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過去と今を繋ぐセーラー服

目をキラキラと輝かせながら、フウと一緒に屋台通りへと駆けていくヘル。

 その姿が見えなくなったところで、春香はぽつりと呟いた。

「ヘルのあんな姿……初めて見た……」

 普段のクールな姿とはあまりにも違う様子に、思わず頬が緩む。

「よし……私も買いに行こうかな」

 春香は、以前リングに連れてきてもらった洋服屋へと向かった。

 昨日も訪れたばかりの店。

 それなのに——。

 なぜか、以前とは少し違って見えた。

 一人で訪れるからだろうか。

 それとも……度重なるレベルアップを経て、自分自身が大きく成長したからだろうか。

 春香は少しばかり胸を躍らせながらも、どこか緊張した面持ちで、ゆっくりと店の扉を押し開け

「すみませーん……」

「はいよー……って、うおっ!?」

 振り返った夫の店主が、手にした服を落としそうになりながら目を丸くした。

「嬢ちゃん!?」

「え?」

「なんか……また少し背が伸びて大きくなってねぇか!?」

「ま、まぁ……その……はい」

 春香は頬をポッと赤らめ、照れくさそうにモジモジと答える。

「それに服もだいぶ汚れちまってるな……ちょっと待ってな!」

 店主はそう言うなり、奥の作業場へと向き直って叫んだ。

「おーい! 嬢ちゃんが戻ってきたぞー!」

 その大声を聞きつけて、奥から店主の妻がひょっこりと姿を現した。

「あらあら、おかえ——」

 妻の視線が、立っている春香の全身を捉えた。

「…………」

 一瞬、店内に完全な静寂が訪れる。

 そして——。

「えぇぇぇぇぇぇッ!?」

妻はもの凄い勢いでドタバタと春香のもとへ駆け寄ってきた!

「かわいぃぃぃぃぃぃッ!!」

「えっ!?」

「前来た時も天使みたいに可愛かったけど、今なんてもう完全に女神じゃない!? いや、何!?美しさも可愛さも兼ね備えちゃってるじゃない!!」

「い、いえ……はぁ……っ」

あまりのハイテンションに春香が固まっている間にも、妻は春香の全身をあちこちの角度から舐めるように眺めまわしている。

「……あら?」

妻の目ざとい視線が、春香の着ている衣装の胸元へ向けられた。

「前の服ほどじゃないけど、今の服も……ちょっとキツそうね?」

「は、はい……そうなんです…」

春香は少し恥ずかしそうに胸元を押さえながら、小さく頷いた。

「なので、その……よかったら、今の私に合う服を買わせてもらえないでしょうか……?」

「きゃわ~~~~~っ!!」

妻の両目が一瞬で少女のように輝いた。

「いいわ! いいわよっ! さあ、選びましょ!!」

「えっ、あの——」

春香の返事を待つこともなく、妻は春香の華奢な肩をガシッと掴んだ。

「ちょうど昨日、新しい服を大量に仕入れてきたばかりなの! 私もまだ目を通してない珍しいものがたくさんあるのよ! さぁ、奥へ行きましょ!」

「ちょ、ちょっと待ってください……っ!」

そのまま春香は勢いに押されるようにして、店の奥の特別展示コーナーへと連れていかれた。

「今の貴女の身の丈なら、このあたりの列ね。どれでも好きなものを選んで頂戴!」

「あ、ありがとうございます」

春香は立ち並ぶハンガーの服を一枚ずつ眺め始めた。

しかし——なぜか店主の妻もすぐ隣にぴったりとついてくる。

「…………」

春香がちらりと横目で見ると、妻はニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

春香がどんな服を選ぶのかをワクワクしながら楽しみに観察している顔だ。

(……なんだか、すごく落ち着かないな……)

並べられた服を眺めながら、春香はふと思った。

(そういえば……普段着てる服って、自分でじっくり選んだこと……あんまりなかったな)

前世の日本にいた頃は、朝から晩まで剣道一筋の毎日だった。服といえばジャージか制服くらいなものだった。

そしてこの異世界に来てからは、妻の店主が用意してくれた服を着ていた。

(服って……どうやって選べばいいんだろう……)

悩みながら通路をゆっくり歩いていると——。

春香の足が、ピタリと止まった。

「…………え?」

そこに飾られていたのは——この異世界では一度も見たことがない、異質な作りの服だった。

見覚えがある。

どころではない。あまりにも慣れ親しんだ形。

けれど——この異世界に存在するはずがない服。

春香は引き寄せられるように、指先をその服へ伸ばした。

「これって……」

「まぁ! それが気になったの?」

妻が興味深そうに覗き込んできた。

「い、いえ……そういうわけでは……っ」

春香はその服から目を離すことができない。

「それね、私も初めて見たデザインなのよ! あまりに珍しかったから早速仕入れてみたの!」

妻は嬉しそうに手を叩いて笑った。

「うん! 決まりね!」

「え?」

「さぁ! 試着室に入って着てみましょ!!」

「ちょ、ちょっと……待ってくださいっ!」

「いいから! いいからっ!」

春香は背中をドンと押され、そのまま試着室の個室へと押し込まれた。

シャッ……とカーテンが閉まる。

静かな個室の中で一人になった春香は、抱え込んだ手の中の服をじっと見つめた。

(……これ、着るの……何年ぶりだろう……)

懐かしい。

胸が締め付けられるほど、あまりにも懐かしい。

指先でしっかりと織られた布地にそっと触れる。

(なんで……こんなものが、この世界にあるんだろう……?)

胸の奥深くに眠っていた前世の中学時代の記憶が、濁流のように一瞬で蘇ってきた。

朝の登校風景。

日差しの差し込む教室。

放課後の廊下。

そして——汗と竹刀の匂いに包まれ、ただ愚直に剣術だけに打ち込んでいた、かつての自分。

春香は深く、静かに息を吐き出した。

「……懐かしいな……」

そして、脱いだ衣服を丁寧に畳み、新しい服へゆっくりと袖を通していった。

     ◇

——シャッ!

試着室のカーテンがゆっくりと開く。

「…………」

店主の妻が、息を呑んでそのまま石のように固まった。

春香もまた、試着室の前に置かれた大きな姿見の鏡に映る自分を、じっと見つめていた。

そこに立っていたのは——。

純白のセーラー服に、鮮やかな胸元の赤いリボン。そして、深みのある濃紺のプリーツスカートを身に纏った春香だった。

異世界で手に入れた美しく輝く金髪の長い髪が、セーラー服の白い襟元と濃紺の生地の上に、さらさらと流れるように広がっている。

異世界の店内に、まるで——前世の日本の記憶から、そのまま幻想的に抜け出してきたかのような可憐な少女が立っていた。

春香は鏡の中の自分を、不思議そうに見つめる。

「……本当に……私が着てるの……」

ほんの少しだけ、照れくさそうに口元が緩む。

けれど、その瞳に宿っていたのは、単なる過去への哀愁や懐かしさだけではなかった。

かつての、ただ剣道しか知らなかった不器用な自分とは違う。

異世界に召喚され、かけがえのない仲間たちと出会い、傷つき、戦い、何度も壁を乗り越えて成長してきた新しい自分。

春香は鏡の中の「セーラー服を着た今の自分」に、そっと誇らしげに笑いかけた。

「……なんか、すごく不思議」

次の瞬間——!

店の奥から妻の悲鳴のような大絶叫が響き渡った!

「——かわいぃぃぃぃぃぃぃッッ!!!」

「えっ!?」

「最高よ!! 最高すぎるわ!! そのまま買い取り決定!!」

「え、ええええ!! 」

店中に、春香の慌てふためく可愛い声が賑やかに響き渡ったのだった。

——異世界で始まった、二度目の新しい人生。

その中で初めて袖を通した、かつての記憶と同じセーラー服。

それは、過去の少女と今の強くなった春香を、固く繋ぐ特別な一着となった。

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