本物の関係
すっかり巨体となったフウが、静まり返った森の中で横たわるSランク冒険者たちのもとへ、ゆったりとした足取りで一人ずつ歩み寄っていく。
そして、その大きな前足で彼らの身体へとそっと触れていった。
最後の一人に触れ終えると、春香は深く息を吐いて愛刀を鞘へと収め、横たわる彼らに向けて優しく両手をかざした。
春香の手のひらから、神聖で淡い黄金の光が広がり、倒れている冒険者たちの全身を包み込んでいく。
(あ……すごく温かい……)
発動した光はこれまでとは明らかに違っていた。
傷や疲労が急速に癒えていく確かな感覚を、術者である春香自身も手のひらを通してリアルに感じ取っている。
(スキルのレベルが上がったのが自分でも分かる……!)
やがて——。
「……ん…………」
最初に倒れていた剣士が、眉をひそめながらゆっくりと目を開けた。
それを合図にするかのように、周囲の冒険者たちも次々と意識を取り戻し、体を起こし始める。
剣士はまだかすむ視界で、体を起こしながら周囲を見渡した。
「ここは……一体……」
「森の中よ……」
ヘルが腕を組み、冷ややかな声で短く答える。
「よかった……っ!」
春香の表情がパッと太陽のように明るくなった。
「本当に……戻ったんですね……!」
その感極まった言葉に、アルドは困惑したように眉をひそめた。
「君たちは……?」
見知らぬ深い森の中。
そして、目の前に立っている、見覚えのない少女たち。
状況をまったく理解できず、剣士は強い警戒と困惑を隠せないでいた。
その瞬間——。
「たくっ…ホントイヤ、な〜にが『君たちは?』よ。私の羽に刀ぶっ刺しておいて、よくそんなことが言えたわね」
「ヘル……っ!」
春香は慌てて両手を振り、ヘルを制止しようとした。
「まぁまぁ! この人たちだって操られてたんだから……!」
「そんなこと関係ないわよ!」
ヘルはムッと頬を膨らませ、剣士を鋭い眼光で睨みつける。
その凄まじい迫力に、堂々たる剣士のアルドすら思わず気圧されて戸惑った。
「実はみなさん、敵の洗脳スキルで操られていたんです。それを……先ほど、このフウちゃんのスキルで解除したんですよ」
春香が自慢そうにフウの頭を優しく撫でた。
「ヴォンッ!」
フウも誇らしげに胸を張り、嬉しそうに一声鳴く。
「操られていた……? 俺たちが……?」
アルドは自分の大きな手を見つめ、固まった。
周囲の仲間たちも、同じように互いの顔を見合わせ、自分の身体や装備を確認している。
「やっぱり……操られていた時の記憶は残ってないんですね」
春香が少し寂しそうに呟く。
「でも……本当に元に戻ってよかったです」
「す、すまない……あまりにも突然のことで、まだ頭の整理が追いつかないんだ」
剣士が困惑を隠せない様子で答えた。
「たくっ…ホントバカ。揃いも揃ってSランクの冒険者なんでしょ、置かれた状況くらい瞬時に把握しなさいよ。ホント情けないわね」
「もー、ヘル〜……」
春香は苦笑いを浮かべるしかない。
どうやらヘルは、先ほど彼らに全力で襲いかかられたことを相当根に持っているらしい。
「……それなら」
剣士がキリッと顔を上げた。
「俺たちを操っていた奴は、今どこにいるんだ? 記憶がないとはいえ……もう少し情報を整理したい」
「それなら……」
春香は静かに振り返った。
「あっちで倒れています」
指差した先——そこには、激闘の末に白目を向けて気絶しているフードの男が転がっていた。
「春香がバキバキにしちゃったから、起きたとしても動けないはずよ」
「ちょっと、ヘル! 言い方!」
「本当のことでしょ? ほら、気になってんなら早く見に行きなさいよ」
冒険者たちは顔を見合わせると、春香が指差した方向へ慎重に歩き始めた。
春香たちも、その後を静かについていく。
そして——。
「……ッ!?」
倒れている男の顔を覗き込んだ瞬間、アルドの目が見開かれた。
「こいつは……あの時の……!」
「知ってるんですか?」
春香が驚いて尋ねる。
「ああ……確か、この森に入った時、道を教えてほしいと声をかけられて……少し案内してあげたんだ。その後、礼を言われて別れたはずだが……」
「その時、コイツに直接触られたりしなかったの?」
ヘルが腕を組んだまま尋ねる。
「触られた……?」
オルクスが記憶の糸を必死に手繰り寄せる。
「……確かに触られた。別れ際に、握手を交わした覚えがある」
オルクスの表情が一変した。
「今思えば……あそこからの記憶がない…」
「私も……」
「俺は確か……すれ違いざまに肩に手を置かれたな」
「俺は……3人の様子が急におかしくなったのを見て……」
緑髪で素手の男が頭を押さえ、顔を歪めた。
「そうだ……そこからお前らと戦闘になった。そうだよなネメシア…!」
ネメシアも、断片的に残る不気味な記憶を言葉にする。
「えぇ……ガイアを援護しようとしたら、オルクスとルナ、それにアルドが襲いかかってきたわね」
「えっ!?」
「な!!」
「何だって!?」
剣士のオルクスとピンク髪のルナ、そして大柄なアルドが驚愕の声をあげる。
「確か、ミラも一緒に戦ったはずよ」
ネメシアの言葉に、本を持った女・ミラが青ざめた顔で頷いた。
「えぇ……そうね。でも、そこから先の記憶が全くないわ」
「俺もだ……」
六人は必死に頭を抱え、記憶のピースを繋ぎ合わせていく。
そして少しずつ——春香たちが言っていた恐ろしい事実が、紛れもない現実なのだと理解し始めていた。
「操られて……本当に……俺が……」
オルクスが、愕然と呟く。
「『俺が』っていうか、アンタたち全員で束になってね」
ヘルが容赦なく冷ややかに突っ込む。
六人の表情が、重く不気味に沈み込んでいった。
「まさか……」
アルドが青ざめた顔を上げる。
「君たちに……何か取り返しのつかないことをしたのか……俺たちは……」
「たくっ……ホントバカ」
ヘルが呆れたように腕を組む。
「襲ってきたなんてレベルじゃないわよ。本気でぶっ殺されかけたんだから。並の奴なら一瞬で死んでたわよ」
ヘルは細い指を一本立てた。
「出会い頭に容赦なく極大の火の玉ぶっ飛ばしてくるわ」
ルナを見る。
「平気で人に殴りかかってくるわ」
ガイアを見る。
「なんか意味不明に仁王立ちで突っ立ってるわ」
アルドを見る。
「戦場で呑気に本開いてるわ」
ミラを見る。
「人の動きをとめてくるわ」
ネメシアを見る。
「剣ぶんなけてくるわ」
オルクスを見る。
「……」
「……」
六人が、それぞれ気まずそうに、申し訳なさそうに視線を逸らした。
自分たちのしでかした異常な行動を改めて突きつけられ、ようやく事態の重さを実感したのだ。
「もう、ヘルったら!」
春香が慌てて止めに入る。
「この人たちだって、好きでやってたわけじゃないんだから! もうその辺にしてあげなよ!」
「うっさいわね! 春香は甘すぎんのよ、こういうのは甘やかすと——」
「……すまなかった!!!!」
「え!?」
「あっ!?」
ヘルと春香が同時に驚いてオルクスを見た。
オルクスは地面に片膝をつき、深々と頭を下げた。
「操られていたとはいえ……本当にすまなかった。君たちを襲った事実に変わりはない。それに……この惨状を見れば、どれほど大変だったかも分かる」
力強く顔を上げる。その瞳には偽りのない誠実さが宿っていた。
「どうか……俺たちの手でできることなら、どんなことでも償いをさせてほしい」
真剣そのものの眼差しだった。
「どうだろうか……!」
「いえ、そんな……償いなんて滅相もないです……!」
春香が恐縮してオロオロと両手を振る。
「そんなの……」
慌てる春香を横目に、ヘルはフッと小さく息を吐き出した。
「たくっ…ホントバカ」
髪をファサーと払い、そっぽを向く。
「見返り求めて、こっちも命張って戦ってたわけじゃないのよ……変な勘違いしてんじゃないわよ」
オルクスがハッとして顔を上げる。
「せっかく元に戻ったんなら、さっさと帰って、自分たちの姿でも見せたほうがいいんじゃないの?」
そして、少しだけ視線を脇へ逸らした。
「これ以上、周りの人たちに迷惑かけてんじゃないわよ」
言葉のトゲは相変わらず強い。
けれど——その不器用なセリフの裏には、温かく確かな優しさが溢れていた。
「……本当に、ありがとう」
オルクスは目頭を熱くし、もう一度、深々と頭を下げた。
すると、ピンク色の髪をした魔法使い・ルナが、静かに春香の前へ歩み寄ってきた。
「私からも、心よりお礼申し上げますわ。本当に……ありがとうございました」
「俺もだ!」
ガイアも豪快に頭を下げる。
「君たちのおかげで命が助かった。ありがとう!」
続けて、アルド、ミラ、ネメシアも、感謝と誇りを込めて次々と頭を下げた。
「そ、そんな……頭を上げてください……!」
春香はどうしていいか分からず、真っ赤になってオロオロと手足をバタつかせている。
その時。
オルクスが倒れているフードの男へ鋭い視線を向けた。
「この男は……俺たちが責任を持ってギルドの本部まで運んでいこう」
重厚で真剣な眼差しだった。
「問いたださなければならないことも、山ほどある」
「アンタたちで本当に大丈夫なの?」
ヘルが即座に疑わしそうに突っ込む。
「また油断してやられちゃうんじゃないの?」
「騎士に二度はない」
オルクスはブレない瞳でまっすぐに答えた。
「どうか……我々を今一度信じていただけないだろうか」
「けどねぇ……」
ヘルが不安そうに腕を組む。
その時——。
「それなら……任せて」
ネメシアが一歩前へ踏み出してきた。
黒髪に紫色の毛先が揺れる。
彼女はフードの男の前にしゃがみ込むと、男の腹部へそっと指先を滑らせた。
すると——。
漆黒と紫の怪しい光を帯びた紋様が、男の身体にじわじわと刻み込まれていく。
「私の指示なく行動することを禁ずる」
その言葉に呼応するように、男の身体に刻まれた紋様が不気味な光を放った。
「これで……この人は私たちに何一つ抵抗できない」
ネメシアがすっと立ち上がる。
「私の【禁止スキル】は、この紋様を施した対象のあらゆることを禁ずることができる」
そして、静かに、冷徹に付け加えた。
「……人に対して『敵意』や『悪意』を抱くことすらも禁じれるわ」
「……っ!」
春香が思わず目を見開く。
その凄まじいスキルに圧倒されていると、ヘルが上空に金色の輪を浮かべ、ネメシアのスキルをじっくりと鑑定した。
「……ふん」
しばらくして、ヘルは問題ないと判断したように視線を逸らした。
「まぁ……いいわ。しっかり連れて行きなさいよ」
そう吐き捨てるように言うと、ヘルはすたすたと前へ歩き出した。
「ほら……さっさと帰るわよ」
「え?」
春香が不思議そうに振り返る。
「ヘルも……一緒について来てくれるの?」
「あ?」
ヘルがピタリと足を止める。
「何言ってんのよ?」
「いや……」
春香の表情が、少しだけ不安そうに陰る。
「フードの男との戦いが終わったら……その……もう『さよなら』ってなっちゃうのかなって……思ってたから……」
「そうね……」
ヘルは少し考えるように、夕焼けに染まり始めた空を見上げた。
「戦いも終わったんだから帰って、どこかでまたのんびり可愛い聖獣ちゃんを探す……それもアリね」
「……」
春香の顔が、さらにしゅんと曇ってしまう。
「それに……」
ヘルは成長したフウへ視線を向けた。
「今のフウちゃんの【封印スキル】なら……多分、春香の『レベリングスキル(パーティ登録)』自体も解除できるわ」
「……っ!」
「今なら解除しても、フウちゃんに頼めば私のワープも問題なく使えるし」
フウも察したように、どこか寂しそうな瞳で春香を見つめた。
春香は言葉を失い、寂しげに目を伏せた。
静まり返った森に、切ない沈黙が流れた。
「……けど」
ヘルがボソッと口を開いた。
「面倒だから……今はいいわ」
「えっ……?」
春香がパッと顔を上げる。
「ほら……アイツみたいに操る奴が、この先もまた現れたら厄介じゃない?」
ヘルは前を向いたまま、ツンとした横顔で話を続ける。
「だから……わざわざ今、この仲間って関係を解除するのは得策じゃないと思ったのよ」
そして——。
ヘルの声が、一瞬だけ蚊の泣くような小さな音になった。
「……まあ、それに……」
「え?」
「……案外、悪くなかったしね。こういう……『関係』も」
春香は耳を疑った。
「ヘル……今、なんて言ったの……!?」
「あっ!?」
ヘルが真っ赤になって勢いよく振り返る。
「春香のスキルを解除するのに、わざわざフウちゃんの手を煩わせるのは申し訳ないって言ったのよ!!」
「ヘルーーーーーッ!!!」
春香は涙を流しながら勢いよく駆け寄り、ヘルに思い切り抱きついた。
「ちょっと! アンタ何回もベタベタ触ってんじゃないわよ!?」
「やっぱりヘル好き〜! 本当に大好き〜〜っ!」
「たくっ…ホントバカ!!」
ヘルは顔を真っ赤に染めながら、抱きついてくる春香を振りほどこうとする。だが、その手にはまるで力がこもっていなかった。
その周りを、大きく頼もしく成長したフウが嬉しそうに尻尾を振って見守っている。
「ヴォンッ!」
茜色の鮮やかな夕焼けに染まっていく森。
正気を取り戻した6人のSランク冒険者たちが、そんな賑やかな春香たちの姿を微笑ましく眺めていた。
そして、オルクスが静かに、心からの敬意を込めて呟く。
「……いいパーティーだな」
「えぇ……そうね」
仲間たちの温かい言葉とともに——。
春香、ヘル、そしてフウ。
真の絆で結ばれた新たな「本物の仲間たち」のシルエットが、美しい夕焼けの光の中へと溶け込んでいくのだった。




