強奪
「ここにはもう、あなたに操られる魔物も人もいません」
春香は愛刀の先を静かに下ろし、フードの男を鋭い眼光で見すえた。
「自分のしでかした愚かさも……洗脳した人たちが負わされた痛みも。今から全部、あなた自身で受け止めてください」
「ふっ……なんだ。もう勝った気でいるのかい?」
フードの男は、口元を歪めて薄く笑った。
「あなたには負けない」
春香は愛刀の柄を強く握り直す。
一歩。
また一歩。
覚悟を胸に、フードの男へ向かって静かに歩み出した。
「調子に乗るなよ」
男の冷徹な言葉が空気を震わせた、まさにその瞬間——。
「……っ!」
春香の姿が視界から消えた。
コンマ数秒後、全身に激しい紫銀の雷撃を纏わせた春香が、疾風の如き速度でフードの男の至近距離へと肉薄していた。
「終わらせる……ッ!!」
研ぎ澄まされた閃光の刃が、男の喉元へ向かって一直線に走る。
その刹那——フードの男がニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。
——パチンッ!
指を鳴らす澄んだ音。
瞬間、春香の目の前に見覚えのある眩い黄金の輪が出現した。
(これは……っ!?)
一瞬の悪寒。
(しまっ……!?)
春香の全身が、超常の引力によってゲートの中へと強引に引きずり込まれる。
「くっ……!」
次の瞬間。
春香の身体は、十数メートル離れた上空に突如開いた別のゲートから、勢いよく投げ出された。
「——くっ!」
空中へ放り出された春香は、体勢を崩しながらも咄嗟に愛刀を地面へと深く突き立てた。
ガキィィンッ!
刃が硬い地表を捉える。
その反動を利用して空中を一回転し、地面への凄まじい激突を間一髪で回避した。
(……今のは……ヘルのワープ……!?)
春香が素早く体勢を立て直し、跳び起きる。
その瞬間——!
「っ!?」
目の前まで、フードの男が残像を引いて迫っていた。
(速い……ッ!!)
禍々しい男の手が、春香の喉元へ一直線に伸びてくる。
春香は反射的に刃を翻し、その腕を斬り払おうと振り抜いた。
キィィンッ!!
しかし——。
(かたい……!?)
春香の一撃は、男の手のひらに直接受け止められていた。
まるで重厚な鋼鉄の塊でも斬ったかのように硬質な衝撃が腕を走り、刃が一切通らない。
春香は即座に後方へ飛び退き、大きく距離を取った。
(剣が通らない……。雷撃のダメージも遮断されてる……ううん、それより……)
春香の鋭い視線が、不気味に佇む男へと向けられる。
「……どうして、あなたがワープを!?」
「……」
男は一瞬だけ口をつぐみ、不気味な沈黙を保った。
そして——顔を歪ませ、心底楽しそうに口元を吊り上げた。
「気になるかい?」
「……えぇ。そうですね。」
「いいよ。教えてあげる……どうせ君も、じきに僕の道具になるんだからね」
男は不敵な笑みを浮かべたまま、両手をゆっくりと広げて見せた。
「僕はね……触れただけで人間を洗脳することができる」
そして——言葉を区切る。
「それだけじゃない。僕は強奪スキルを持っていてね触れた相手の『スキル』を奪うことだってできるのさ」
「スキルを……奪う……!?」
「そう……まぁ、奪えたとしても、スキルの本来の効果よりは少し劣ってしまうんだけどね」
男は淡々と、自らの持つ凶悪な権能を自慢するように語る。
春香の表情が、怒りでどこまでも険しくなっていく。
「けど……最高だろ?」
男の口元に、狂気じみた笑みが浮かんだ。
「触れただけで、そいつの全てを奪い取れるなんてさ」
「あなた……っ!!」
春香の胸の中で、フツフツと激しい怒りが燃え上がる。
仲間たちの意思を奪い。
その力やスキルまで強奪し。
そして今度は——。
「そういえば……」
男が品定めるような、ねっとりとした視線で春香全身を見つめてくる。
「君がそこまで急に強くなっているのも……『スキル』が関係しているんだろ?」
男の目が、極上の獲物を見つけた狩人のように細められた。
「実に興味深い……素晴らしいスキルだ。」
一歩。
男が足を踏み出す。
「すごく、欲しい!!」
次の瞬間——!
「君に触って……全部奪ってあげるよ!」
男が一気に凄まじい踏み込みで距離を詰めてくる。
「仲間も——!」
さらに一歩。
「そのスキルも——!」
伸ばされた悪魔のような手が、春香の顔面へ迫る。
「全部、全部、僕のものだ!!」
「させない……ッ!!」
春香は全身の力を込めて刃を振り抜いた。
だが——男は紙一重の身体捌きでそれをかわしてみせた。
「っ……!」
すぐさま逆の手が迫る。
春香は必死に刀で薙ぎ払い、牽制する。
しかし、男の動きは先ほどよりも一回転ごとに加速度を増していく。
(どんどん……動きが速くなってる……!?)
後退を余儀なくされる春香。
(このままじゃ……っ!)
男は洗脳した冒険者たちの体術やスキルを組み合わされた巧みな動きで、春香を完全に翻弄していく。
右手が春香の頭部へと伸びる。
「くっ……!」
春香が防ぐために剣を振り上げた、まさにその瞬間——。
「もう慣れたよ」
ドンッ!!
男の冷酷な左脚が、無防備になった春香の腹部を的確に捉えた。
「ぐっ……ガハッ……!?」
春香の華奢な身体が弾丸のように吹き飛ばされる。
そのまま背後の巨木へと激しく打たれた。
バキィッ!!
木々が激しい衝撃を受け止め、春香の身体がドサッと地面へ崩れ落ちる。
「はぁ……はぁ……っ!」
大きく肩で息を荒げながら、春香は必死に腕で身体を起こそうとする。
(絶対に……負けられない……っ!)
泥を噛みながら立ち上がろうとした、その時——。
——パチンッ!
「……っ!?」
目の前の空間に、再び黄金のワープゲートが開いた。
(クッ……!)
春香は咄嗟に身体を捻り、左方向へ跳んで逃げようとした——その瞬間。
「——捕まえた…」
背後から、耳元に直接冷ややかな声が落ちてきた。
そして——。
ぽんと、春香の肩に生温かい手が触れた。
「……っ!?」
今まで一度も感じたことのない、全身の血が凍りつくような不快な悪寒。
春香の身体が、金縛りに遭ったようにピキリと硬直する。
男の手が、逃がさぬようにゆっくりと、確実な力で春香の肩を掴み込む。
「さぁ……」
耳元で、黒幕が蛇のように不気味に囁いた。
「——いただくとしよう……君の全てを」




