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青い稲妻

「ったく……ホント、イヤ」

 ヘルは苛立ちながら右手を持ち上げ、パチンッと指を鳴らした。

 しかし――何も起こらない。

「……ワープ、使えないんだけど」

 もう一度、指を鳴らす。

 パチンッ! パチンッ!

 何度繰り返しても、いつもの黄金の輪が現れる気配はなかった。

「ちッ……! アイツのスキルのせいかしら……!」

 ヘルは忌々しげに顔をしかめ、前方へ視線を向けた。

「あの人数を相手に、春香一人……。それに……」

 ヘルの表情が険しくなる。

 先ほどまで自分たちを追い詰めていた強敵たち。それを、春香一人に任せなければならない。

 ヘルの胸に、拭いきれない不安がよぎる。

 そのとき――。

 白龍が長い首を伸ばし、ヘルの顔へそっと近づいてきた。

 それに続くように、フウも足元へ駆け寄ってくる。

「ウォンッ!」

「……レイちゃん、フウちゃん」

 二匹を見つめたヘルは、少しだけ目を細めた。

 そして、ふっと小さく笑みをこぼす。

「……ありがと」

 ヘルは静かに息を吐いた。

「そうね。焦ったところで仕方ないわよね」

 もう一度、自分の右手に視線を落とす。

「さすがに、フウちゃんみたいに一生使えないってわけじゃないでしょうし……。そのうち何とかなるはず…」

 そう言って、ヘルは再び顔を上げた。

「……負けんじゃないわよ、春香」

――その頃。

 春香は刀を構え、フードの男と五人の冒険者たちを真っ直ぐに見据えていた。

 周囲を取り囲む強敵たち。それでも、春香の瞳に迷いはなかった。

「……一つ、聞いてみたいんだけど」

 不意に、フードの男が口を開いた。

「これだけの強敵の数相手に、たった一人で立ち向かわなくちゃいけないっていうのは……どんな気分なんだい?」

 男は口元を歪め、愉快そうに笑う。

「やっぱり、どうしようもなく絶望するのかい?」

「……そうですね」

 春香は静かに答えた。

「絶望感は……確かにあります」

「へぇ……?」

 男の笑みが深まる。

 しかし、続く春香の言葉に、その表情がわずかに変わった。

「今から、これだけの人たちを……自分の手で傷つけなきゃいけないっていう、嫌な絶望感が」

 春香はそっと刀の柄に手を添えた。

 そして――。

 ――シャキンッ!

 澄んだ金属音とともに、鞘から刀を引き抜く。

「でも――」

 その瞬間だった。

 ――バチッ! バチバチバチッ!!

 剣身を青白い稲妻が駆け抜けた。

 激しい放電音とともに、眩い雷光が春香の全身を包み込んでいく。

「希望も……見えてきました」

「……あぁ?」

 フードの男が眉をひそめる。

 春香はゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。

「今の私なら――」

 雷を纏った刀を、正面へ構える。

「あなたを倒して……みんなを元に戻せるっていう希望が……!!」

 ――ビシュンッ!!

 次の瞬間、春香の姿が消えた。

「なっ……速いッ!?」

 青白い閃光が、一瞬にしてフードの男との距離を詰める。

 まさに電光石火。

 男が反応するよりも早く、雷を纏った一閃が襲いかかった。

 しかし――。

 ――ガキィィンッ!!

 凄まじい衝撃音が響き渡る。

 間一髪、二人の間に割って入った大男が、巨大な盾で春香の一撃を受け止めていた。

 ――バチバチバチッ!!

 刀身から放たれた雷が、盾の表面を激しく駆け巡る。

 だが、分厚い盾はびくともしない。

「……硬いッ!」

 その隙に、フードの男が素早く後方へ退いた。

 代わって、素手の男と念力を操る女が春香の行く手を塞ぐ。

 しかし、春香は慌てなかった。

 目の前にそびえ立つ巨大な盾を一瞥すると、わずかに腰を落とす。

「だったら……!」

 ぐっと刀を押し込み、その反動を利用して身体をひねる。

 そして、盾の側面を滑るようにすり抜けた。

「っ――!?」

 大男が春香を見失う。

 春香はすでに、その背後へ回り込んでいた。

「……ごめんなさい!」

 ――バチィッ!!

 雷を纏った刀の峰が、大男の背中を捉えた。

 迸る電撃に巨体が大きく震え、その動きがぴたりと止まる。

「……ッ!」

 大男は力を失い、その場に膝から崩れ落ちた。

 だが、春香は振り返らない。

 すでに、その視線は次の相手を捉えていた。

 ――本を手にした女。

「次……!」

 春香は地面を蹴り、一気に距離を詰める。

 相手が本を開くよりも早く、刀を返して峰を向けた。

「ごめんなさい……!」

 ――バチッ!!

 首元を打ち抜くと同時に、青白い電撃が走った。

 女の身体から力が抜け、そのまま地面へ倒れ込む。

 ――二人目。

「……ッ!」

 直後、念力を操る女が春香へ向けて手をかざした。

 それとほぼ同時に、後方の魔女が杖を大きく掲げる。

 ――ゴォォォォッ!!

 轟音とともに、巨大な火球が春香めがけて放たれた。

 周囲の空気を焼きながら迫る、灼熱の炎。

 しかし――。

 春香の足は止まらなかった。

「……遅いッ!」

 雷を纏った刀を、下から一気に振り上げる。

 ――ズバァッ!!

 青白い斬撃が、巨大な火球を真っ二つに切り裂いた。

 次の瞬間、雷と炎が激しく衝突する。

 ――ドガァァァンッ!!

 凄まじい爆発音とともに、眩い閃光が周囲を包み込んだ。

 巻き上がる土煙。

 視界を奪われた魔女が、慌てて周囲を見渡す。

「……!?」

 その背後で、青白い光が瞬いた。

「……ごめんなさい!」

 ――バチッ!!

 振り返る間もなく、雷を纏った刀の峰が魔女の首元を捉えた。

 身体を走り抜ける電撃。

 魔女はそのまま、糸が切れたように崩れ落ちた。

 ――三人目。

 残る冒険者は、あと二人。

 だが、春香が次の一歩を踏み出した瞬間――。

 ――ブォンッ!!

 凄まじい風切り音とともに、素手の男が渾身の拳を振り抜いた。

「……ッ!」

 春香は咄嗟に身体を横へ滑らせる。

 巨大な拳が、鼻先すれすれを通り過ぎた。

 その一瞬の隙を、春香は見逃さなかった。

 素早く踏み込み、刀の柄を握り直す。

「……はぁッ!」

 ――ゴッ!!

 突き出した柄頭が、男の喉元を捉えた。

「ぐはッ……!?」

 男の巨体が大きくのけぞり、そのまま後方へ吹き飛んでいく。

 ――ズザザザッ!!

 地面を滑るように倒れ込んだ男は、二度と立ち上がらなかった。

 ――四人目。

 そして、最後の一人。

 念力を操る女が、春香の背後から両手を突き出した。

 しかし――。

 春香は振り返らなかった。

 刀を肩に担ぐように構え、切っ先だけを背後へ向ける。

「――これで、終わりです」

 ――バチィィィィッ!!

 刀の切っ先から、青白い雷撃が一直線に放たれた。

 女が能力を発動するよりも早く、凄まじい電撃がその身体を捉える。

「……ッ!!」

 全身を駆け抜ける衝撃に、女の身体が硬直した。

 そして――。

 ――ドサッ。

 力なく、その場に崩れ落ちた。

 ――五人目。

 それを最後に、辺りは静寂に包まれた。

 先ほどまで激しく鳴り響いていた衝撃音も、爆発音も、すでに聞こえない。

 残されているのは、倒れ伏した五人の冒険者たちと、静かに剣を握る春香。そして、目の前の光景にただ唖然とするフードの男の姿だけだった。

 そのとき――。

 春香の目の前に、見慣れた文字が浮かび上がった。

【春香 レベルアップ】

【レベル53】

 

【フウ レベルアップ】

【レベル46】


【ヘル レベルアップ】

【Lv.69】

春香はその表示を一瞥すると、ゆっくりと息を吐いた。

 雷光が徐々に収まり、周囲に静けさが戻っていく。

 その一方で――。

「……バカな」

 フードの男の口元から、先ほどまで浮かんでいた余裕の笑みが完全に消えていた。

 目の前で起きた出来事が、信じられない。

 見開かれた瞳が、わずかに震えている。

「Sランクの冒険者五人を……たった一人で……!?」

 男の声には、明らかな動揺が滲んでいた。

 圧倒的な戦力差。

 勝敗など、最初から決まっているはずだった。

 それなのに――。

 目の前の少女は、誰一人命を奪うことなく、五人の強敵を一瞬にして制圧してしまったのだ。

「……ありえない。こんなことが……!」

 その呟きを遮るように、ジャリッと地面を踏みしめる音が響いた。

 春香が、ゆっくりと男へ向き直る。

 金色の髪が、風に揺れた。

 その手には、青白い雷光をわずかに残した一振りの刀。

 春香は鋭い眼差しで男を見据えると、静かに剣を構え直した。

「これで……」

 一歩、前へ踏み出す。

 そして――。

「――あなただけです」

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