仲間のおかげ
「僕と……友達になろうか」
耳元でそう不気味に囁きながら、フードの男はヘルの背後からしなやかに腕を回した。
先ほどまで強烈な念力によって全身の身動きを封じられていたヘルは、抵抗すらできずに男の背後からの抱擁を受け止める形になる。
「キィィィィン……!」
ヘルの危機に白龍が激怒の咆哮をあげ、救援のため一気に滑空しようとした。
しかし、洗脳されたSランク冒険者たちがそれを阻む。土魔法による障壁や魔法の連撃を繰り出し、白龍の進路を遮るように立ちはだかった。
それでも白龍は口元に眩い光を集めると、念力を操る眼鏡の女へ向けて光線を放つ。
念力の女は危険を察知して身を翻し、紙一重でその照射を回避した。
その一瞬——。
光線の回避により、ヘルを拘束していた強力な念力の波動が途切れた。
だが——ヘルは逃げようともせず、動かなかった。
背後から抱きしめたままのヘルを、フードの男は勝利を確信したように白龍に向けて静かに口を開く。
「そう慌てるな……君もこの子と同じように——後で僕の僕の友達に——」
「たくっ……ホントバカ……」
ヘルが小さな声で、吐き捨てるように呟いた。
「なるわけないでしょ……上辺だけの『友達』なんて」
「なに……!?」
次の瞬間。
ヘルは自分を縛るように回されていた男の両腕を、逆手に力強く掴み取った。
「なっ——」
身体を鋭くひねる。
空中でくるりと可憐かつ苛烈に一回転し、遠心力と神聖な威力を全身に乗せたまま——。
ドォォォォンッ!!
フードの男の巨体を、容赦なく地面の岩盤へと豪快に叩き落とした!
「クッ……バカな……!?」
男は衝撃に絶句しながら地面に手をつき、苦しげに身体を起こす。
「既に契約化にある魔物でもない限り、スキルの上書きは不可能なはず……!」
男は倒れ伏した体勢のまま、見下ろしてくるヘルを信じられない面持ちで見つめた。
「どうして…洗脳が効かない……!」
「さぁ……どうしてかしらね」
ヘルは乱れた赤い髪を片手で払い、冷ややかな眼差しで見下ろす。
「契約はしてないけど……一応『仲間』にはなったかしら」
「……なに!?」
フードの男の冷徹だった表情が、ここで初めて大きく揺らいだ。
——少し前。
春香とヘルがワープゲートへ突入する直前での出来事。
「ヘル…」
「なによ?」
「残りの人たちを全員連れていくって……本当に大丈夫なの……?』
春香が不安を隠しきれない面持ちでヘルへ尋ねていた。
「だって、騎士の人以外をまとめて連れていくってことは……あの洗脳スキルを持っている男も一緒に連れていくってことだよね?」
春香の表情が暗く陰る。
「もし……ヘルの連れていく友達や、ヘル自身が洗脳されて操られちゃったら……」
「それは、多分大丈夫…」
「え?」
「ていうか、アイツと戦う上で一番相性良いのが私たちなのよ」
春香は思いがけない言葉に、ぽかんと目を丸くした。
「さっき言ったわよね? 【契約関係】にある者には、スキルの「上書き」はできないって」
「うん……」
「だから、私の友達の方は大丈夫…もちろん対等な契約関係にあるわ」
「でも、ヘルは……」
「仲間」なんでしょ?」
「……え?」
「春香のスキルで、私は「仲間」に加わってるのよね。しっかり表示されたんでしょ?」
「う、うん」
「だから大丈夫だって言ってんのよ」
ヘルはツンとした態度のまま淡々と続けた。
「契約と同じで、すでに発動して結びついているスキルに、他のスキルで上書きによる干渉はされない。つまり、アイツは私を洗脳できない…」
そして、ほんのわずかだけ、不敵に口元をゆるめた。
「な、なるほど……!」
春香は思わず感嘆の声を漏らした。
「まぁ、こんな感じで「仲間」ってのが役に立つとは思いもしなかったけど…」
春香は思わず苦笑いを浮かべる。
「……むしろ、春香からしたらアイツとの相性は最悪ね」
「え?」
「スキルの大元の春香が洗脳されたら、連鎖してフウちゃんまで操られる危険がある」
「な……っ」
春香は思わずフウへと視線を向けた。
「てことで、アンタが一番許せないあの洗脳男は、私たちがボコボコにしておくけど……別に構わないわよね?」
「え……ええ、まぁ……それは……」
春香の返事は、どこか歯切れが悪く、思い詰めたような響きを含んでいた。
それを敏感に察取したヘルが、むっと眉をひそめる。
「何拍子抜けた返事してんのよ」
「……」
「たくっ……ホントバカ。もっとシャキッとしなさいよ」
ヘルは春香の目をまっすぐに見つめ返した。
「全員の洗脳を解いて、目を覚まさせるんでしょ?」
「……はい」
「なのに、どこまで自分の理想にこだわってんのよ」
「いや別に……そんな…」
「こだわってんでしょうが……どう見ても…」
春香は何も言い返せず、黙り込んでしまった。
「たくっ…ホントバカ、お互いの苦手な部分を補い合って戦うのが……そんなに不満なのかしら?」
「苦手……」
ヘルは小さく優しく息を吐いた。
「私みたいなスキル使いからすれば……大人数を相手にしている最中に、一気に距離を詰めてくる手練れの近接戦闘使いが一番厄介なのよ」
ヘルはそこで一度言葉を切ると、春香へと視線を向けた。
「でも、春香はそんな相手とも互角にやり合える。……あの時だって、一応守ってくれたわよね? 」
春香の脳裏に、あの銀髪の剣士がヘルに斬りかかった瞬間がよみがえる。
間一髪のところで飛び込み、その剣を受け止めた時のことを。
「だから……頼んでるのよ」
ヘルは少しだけ頬を赤らめると、気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「その分、春香の苦手な相手は私たちがどうにかしてあげるわよ。……それが『仲間』ってやつなんじゃないの?」
そして、照れ隠しするように小さく付け加えた。
「……知らないけど」
「……」
春香は呆然とヘルを見つめていた。
「な、なによ」
「ううん……」
春香の口元に、自然と温かい笑みがこぼれ落ちる。
「ヘルも……そういうこと言えるんだなって」
「たくっ…ホントバカ!」
ヘルは真っ赤になって顔を背けた。
「いつまでも青くさい理想をぶら下げてるから、言い聞かせてあげただけよ!」
「ヘル……」
「あ〜あ、楽で良いわよね〜私たちと違って、アンタは剣士一人に集中すればいんだから』
ヘルはわざとらしく肩をすくめると、春香に向かって不敵な笑みを浮かべた。
「ってことで…負けたら……後でぶっ飛ばすから」
「……はいっ!!」
——そして、現在。
衝撃で地に伏せたフードの男のもとへ、洗脳されたSランク冒険者たちが素早く集まり、陣形を整える。
フードの男はゆっくりと立ち上がると、鬱陶しそうにヘルを睨みつけた。
「そうですか……」
そして、すべてを理解したように低く呟く。
「あの女の方が、上でしたか……」
「何のことかしら」
ヘルは美しく背の翼を広げ、構えを取る。
「別に、私たちに上下関係なんてないんだけど。対等……だからこそ成り立つのよ」
「よ〜く分かりました」
男は冷酷な笑みを浮かべ、周りの冒険者たちへ視線を送る。
「あなたたち全員を僕の道具にするのは……『あっちの女』を落としてからですね!」
その瞬間——!
魔法書を手にした眼鏡の女が一歩前へ踏み出してきた。
開かれた本のページから、複雑かつ巨大な転移の魔法陣が急速に描き出される。
彼女がそのページをドカンと地面へ叩きつけると——。
パァァァァッ!!
眩い光のラインが幾重にも重なり、地面全体へ爆発的に広がっていく!
「しまっ……!」
「あなたの相手は、また後で………」
「行かせると思ってんの……!?」
ヘルが即座に左手を高々と掲げた。
「——パチンッ!」
指を鳴らす音。
しかし——。
「……っ!?」
ワープゲートが発動しない。
「なんで……!?」
次の瞬間。
「グォォォォォン……!!」
白龍レイちゃんが咆哮をあげ、全身から溢れ出る圧倒的な神聖光で敵全体を包み込もうと光線を放つ。
だが——ほんの僅かな差だった。
光が敵に到達するよりも一瞬早く、女の転移魔法陣が完成してしまう。
Sランク冒険者たちとフードの男の姿が、光の粒子とともに空間の歪みの中へと掻き消えていった。
「クソっ、やられた……!」
ヘルが悔しそうに固く拳を握り締める。
◇
——そして、場面は変わる。
静まり返った森の中。
春香は膝をつき、倒れている銀髪の騎士の身体にそっと両手を当てていた。
すると、春香の手から温かく淡い黄金の光が広がっていった。
その光に包まれた胴の深い傷が、みるみるうちに塞がり、やがて傷跡すら残らない綺麗な肌へと戻っていく。
(深い傷まで……治せるようになってる……!)
自身の治癒能力の成長に驚きながらも、春香がほっと安堵の息をついた、まさにその瞬間だった。
森の奥、先ほど本を持った女が残していった魔法陣の跡が、唐突に邪悪な漆黒の光を放ち始めた。
「……?」
光の収束とともに現れたのは——。
洗脳されたSランク冒険者たちの強固な陣形。
そして、その中心で余裕の笑みを浮かべる、あのフードの男だった。
男は地面に倒れて治療されている剣士へ視線を向けると、すべてを察したように口元を歪めた。
「へぇ……君、一人で倒したのか。結構やるんだね」
フードの男が話してる最中も冒険者たちがフードの男を守るように周囲を隙なく固めていく。
「……ヘルたちは!? 私の仲間はどうしたの!?」
春香は胸の動揺を押し殺し、愛刀を強く握りしめて鋭い声で問いただす。
「あれ?」
男は春香の全身を品定めるように見つめた。
「君……さっきと何か変わってないか? どことなく身体や雰囲気が……」
「いいから答えてっ!!」
「あぁ……彼女たちなら、もつ死んじゃったよ」
「……っ!?」
「君が仲間なのに助けに来なかったからさ」
「この……っ!!」
春香は悔しさに歯を喰いしばり、拳を強く握りしめた。
その時——頭の中に、先ほど剣士を倒した際に表示されたレベルアップの表示を思い出す。
春香はスーッと深く、静かに息を吐き出した。
(落ち着け……私……!)
(ヘルたちのレベルは上がってた。ヘルたちはちゃんと生きてる……! 何かの妨害で、今すぐここに来られないだけ……!)
(あのヘルたちが、こんな奴に負けるわけがない……!!)
春香はブレそうになる心を強く持ち直し、目の前の絶対的な敵を見据えた。
(それより今は……目の前の敵に集中しなきゃ……!)
「一人で残されて、寂しいだろ……?」
フードの男が、嘲笑を浮かべながら春香へ向けてすっと手を差し出す。
「どうする?このままあの子達と一緒に死ぬか…それとも僕の『友達』になるか?」
「どっちも嫌です」
春香は迷う素振りすら見せず、間髪入れずに即答した。
「人の気持ちを踏みにじるような人とは、分かり合える気がしませんから」
男は黙って、冷ややかな瞳で春香を見つめ返す。
「あなたは……自分で操っておきながら、傷ついて倒れた仲間を見ても、心配の言葉一つかけなかった」
春香の声が、低く、重厚に響く。
「本当にあなたには……人の心がないんですね」
「ひどい言われようだな」
男は呆れたように肩をすくめてみせた。
「でも、そいつをそんな目に遭わせたのは……君だろ?」
「君だって、関係ない人を巻き込んで傷つけているじゃないか。僕と同じだよ」
「……そうですね」
春香は一度、静かに目を伏せた。
「確かに私は……関係ない人を傷つけました」
握りしめた剣の柄が、微かに震える。
「とても……気分のいいものじゃありませんでした。……ううん、最悪の気分でした」
そして——力強く顔を上げる。
「最悪の気分だったからこそ……こんな思いをするのは、私で最後にします!!」
春香は刀を正眼に構え直した。
「そのためにも……ここで私があなたを倒す!!」
フードの男は、しばらくの間、まっすぐな瞳で自分を見つめる春香を凝視していた。
そして——。
「そう……本当に残念だ」
男が静かに、殺意に満ちた構えを取る。
「じゃあ——勝負と行こうか!」
静寂な森に、再び激しい決戦の気が満ち溢れていった。




