友達になろうか
――ゲートの先。
ヘル、フウ、そして白龍のレイは、ヘルの開いたゲートを抜け、地下のような薄暗い空間へと降り立った。
そこには、先ほど戦ったフードの男と五人の冒険者。
そして――森にいた魔物たちが、所狭しと集められていた。
白龍の光が消える。
それまで奪われていた視界が戻り、魔物たちが周囲を見渡す。
洗脳された冒険者たちもまた、状況を理解しようと辺りを見回していた。
――ゲート突入前。
「私が別の場所で敵と対峙するとき、フウちゃんを借りたいんだけど。いいかしら?」
「フウを……? いいけど、どうして?」
ヘルはフウへ視線を向ける。
「そもそも、私たちが今こうして生きていられるのは、この子のおかげでもあるのよ」
「え!?」
思いもよらない言葉に、春香は驚きを隠せず尋ねた。
「あの冒険者たちが出てきたとき、フウちゃんは奴らの顔をしっかり見てたの?」
「……あ……ってことは…!!」
「そう、だから奴らの一番得意なスキルや魔法は使えなかったはずよ」
その言葉を聞いた瞬間、春香は思い出す。
――ヘルとの戦い。
あのときも、フウがヘルの顔を見た直後から、彼女のワープは思うように機能しなくなっていた。
「そ、そうだった……!」
春香はフウを見る。
「すごい……フウ!」
「ウォン!」
フウが小さく胸を張った。
「でも、得意なものを封じられた状態であの強さだったってことですか…」
「まぁ、そういうことになるわね」
ヘルはどこか苦笑いを浮かべた。
じゃあ、今も冒険者たちは――」
「ええ。まだ使えないはずよ、私がそうだったからね」
その言葉に春香の胸にはわずかながらに希望が芽生えた。
「けど、あのフードの男はフウちゃんも顔を見れていないはず」
「うん…ずっと被ってたし…」
「だから、あいつのスキルは今も使えるでしょうね」
ヘルはそう言って、ゲートへ視線を向ける。
「だから、私がワープで連れていくのは冒険者だけじゃないわ」
「……?」
「フードの男。そして、そこら中にいる、あいつの支配下にある魔物たちも全員連れていく」
ヘルの金色の瞳が細くなる。
「え!?それはいくら何でも……!」
春香が心配して驚く。
「だからフウちゃんにもついてきてもらうのよ」
「魔物の中には、魔法を使う奴もいるわ。だから――そいつらをフウちゃんのスキルで無効化できれば、数は関係なくなる」
「そ、そうなんですか……」
それでも不安を拭いきれない春香に、ヘルは静かに頷いた。
「ええ…」
そして、足元のフウへと視線を落とす。
「フウ、お願いできる?」
「ウォン!」
フウは元気よく吠え、応えるように尻尾を振った。
そして――
現在。
白龍の頭上に乗ったフウの瞳が、青く輝きを放っていた。その視線は、集まった者たちの顔を一人ひとり捉えていく。
やがて、すべてを確認し終えたかのように、フウがヘルへ向かって吠えた。
「ウォン!」
「……よし」
ヘルが小さく呟いた。
その瞬間。
魔物の群れから、何羽もの鷲のような魔物が飛び立った。
翼を大きく羽ばたかせ、口を開く。
魔力が集まり、何かを放とうとした――その瞬間。
――シュンッ。
集められていた魔力が霧散した。
「……?」
突然の異変に、魔物たちは戸惑いを見せる。
「調子狂うわよね」
その様子を見つめながら、ヘルは口元に薄く笑みを浮かべた。
「普段使ってるものが使えないっていうのは」
かつて自分自身も、フウのスキルによってワープを封じられた経験がある。だからこそ、その戸惑いは誰よりもよく理解していた。
ーーそのとき。
フードの男が、静かに口を開いた。
「わざわざ僕たちと場所を移してまで、こうして構ってくれるなんて……」
フードの奥で、男の口元がわずかに吊り上がる。
「優しいんだね」
「たくっ……ホントバカ」
ヘルはため息を吐いた。
「こうでもしないと、見せれないじゃない」
「見せる……何を?」
男が首を傾げた。
ヘルは右手で長い赤髪をさらりとかき払う。
そして――不敵な笑みを浮かべた。
「何をって……」
背後では、白龍がゆっくりとその身体をうねらせている。
その白龍の頭上には、堂々と立つフウの姿。
ヘルの金色の瞳が、敵を真っ直ぐに捉えた。
「――友達の良さってやつ」
そう言って。
ヘルは白龍と共に、魔物の群れへ向かって飛び出した。
それを見た魔法使いが杖を掲げる。
詠唱とともに、巨大な火球が生み出された。
鎧の男は詠唱を唱え、土の壁をフードの男の周りに形成する。
魔物たちも一斉に白龍へと襲いかかる。
「無駄ね」
ヘルが言い切った。
――パチンッ。
左手の指が鳴る。
その瞬間、魔法使いの杖の先に黄金のゲートが開いた。
膨れ上がろうとしていた火球が、ゲートの向こうへ吸い込まれていく。
「……!」
魔法使いが目を見開く。
そして――
白龍が、ゆっくりと口を開いた。
その奥に、神々しい光が集まっていく。
「加減してね、レイちゃん」
白龍の瞳が輝く。
次の瞬間――
――ズオォォォォォンッ!!
凄まじい光が、白龍の口から一気に放たれた。
視界が、白に染まる。
何も見えない。
ただ、轟音だけが地下空間を震わせていた。
そして――
光が晴れる。
そこには。
地面に倒れ伏した、無数の魔物たち。
一匹、また一匹と、力なく地面へ倒れていく。
「この辺は余裕ね……ありがとうレイちゃん」
そうして白龍に礼を告げたヘルは、ふと視界に入ったフウの姿に違和感を覚えた。
『あれ? フウちゃん大きくなって……』
その瞬間だった。
――バァンッ!!
土の壁が、粉々に砕け散った。
飛び出してきたのは、素手の男。
拳を握り締め、そのままヘルへと突っ込んでくる。
「――っ!」
ヘルが身を引く。
同時に、黒髪の女が手を翳した。
砕けた土壁の破片が、まるで意思を持ったかのように宙へ浮かび上がる。
そして――
一斉にヘルへ向かって飛来した。
「チッ……!」
ヘルは左手を鳴らす。
――パチンッ。
素手の男の前にゲートが開く。
だが男は止まらない。
宙を舞う瓦礫を足場にして、進行方向を変える。
まるで空中を駆けるように。
「なっ……!」
ヘルへと迫る拳。
しかし――
頭上から、炎が降り注いだ。
四方八方から迫る炎。
今ここで下手に動けば、炎に呑まれる。
「クッ……!」
その瞬間。
――バチィンッ!!
白龍の長い尾が、横から素手の男を弾き飛ばした。
凄まじい勢いで吹き飛ばされる男。
だが――
空中で、その身体がピタリと止まった。
黒髪の女が、手を翳している。
「……!」
ヘルが振り返る。
「ありがとう、レイちゃ――」
その言葉を遮るように。
巨大な盾が、ヘルへ向かって飛んできた。
「……!」
ヘルは右手を鳴らす。
――パチンッ。
目の前にゲートが開く。
盾が、その中へ入ろうとした。
――しかし。
止まった。
空中で、完全に。
盾の表面には――魔法陣が描かれていた。
「……あの盾……まさか」
魔法陣が、輝く。
次の瞬間。
盾の向こう側から――
一人の男が姿を現した。
フードの男。
「……!」
ヘルの目が見開かれる。
男は、そのまま跳躍した。
そして――ヘルの頭上へ。
「……っ!」
ヘルは咄嗟に翼を羽ばたかせた。
だが――動けない。
まるで見えない糸に縛りつけられたかのように、身体が空中でぴたりと静止していた。
それと同時に、宙に浮かんでいた盾が支えを失ったように落下していく。
――黒髪の女の力だ。
その隙に。
フードの男が、ゆっくりと降下してくる。
その動きを察知した白龍が、すかさず動き出した。
だが――その行く手を、突如として巻き起こった炎が塞ぐ。
さらに、素手の男が拳を構え、鎧の男が土魔法を唱え、行く手を阻む土の壁を形成した。
(レイちゃん……!)
声を出すことすらできないヘルは、心の中で必死に叫んだ。
しかし――
もう、遅かった。
目の前まで迫ったフードの男が、ゆっくりと両手を伸ばす。
「見してくれるんだろ…? 友達の良さを」
その両手が、身動きの取れないヘルに触れた。
「――僕とも、友達になろうか….」




