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王道にして最強

 眩い光の収束とともに、春香たちは先ほどまで死闘を繰り広げていたあのワープ地点――大きな岩の上へと舞い戻ってきた。

 周囲の空気には、まだ激戦の余韻と焦燥の匂いが色濃く残っている。

 春香は愛刀の柄を固く握り直し、鋭い視線で周囲の気配を警戒した。隣に立つヘルも腕を組み、険しい表情で静かに前方を見つめている。

「ウォン!」

 春香の足元で、フウが低く唸り声を上げながら鋭い眼差しで吠えた。

「来ます……っ!」

 春香が叫んだ、まさにその瞬間だった。

 ——ゴォォォォッ!!

  背後から凄まじい火の玉が迫り来る。

 灼熱の炎は、凄まじい熱量を帯びて春香たちへ一直線に襲いかかってきた。

「……!」

 春香とヘルは同時に岩を蹴って飛び降り、迫り来る火の玉を紙一重で回避した。

 凄まじい轟音とともに火の玉が岩を焼き込み、周囲の木々を燃やし尽くしていく。

 ——そして、舞い散る黒煙と爆風の向こう側に、一人の男が静かにたたずんでいた。

 その隣には、一冊の本を手にした眼鏡の女。

 さらにその傍らには、禍々しい炎の残り香を漂わせる杖を握ったピンク髪の女。

 三人とも無表情のまま、春香たちを冷たい眼差しで見つめていた。

「すごいね……」

 フードの男が、初めてその口を開いた。

「こうも易々と避けるなんて」

「……来ると思っていましたから……!」

 春香は剣を斜めに構え、鋭く言い放つ。

先ほどの死闘で、銀髪の剣士が投げつけてヘルの翼を貫いたあの剣。それが岩の上に残されていないことに、春香は着地した一瞬で気づいていたのだ。

「ふ〜ん……勘がいいね」

男は心底感心したように、低く笑った。

「ところで……僕たちが来ると思ったうえで戻ってきたってことは、何か目的でもあるのかな?」

 まるで旧知の友人と雑談でもするかのような、拍子抜けするほど軽い口調。

 だがその一方で、男の背後に控える眼鏡の女は、無言のまま手元の本へと何かを高速で書き込み続けている。

「えぇ」

 春香は逃げずに、男の視線を真っ直ぐに見据え返した。

「あなたに……本物の関係を、教えなきゃと思いまして…」

「本物?」

 男が心底不思議そうに首を傾げる。

「楽しいですか?」

 春香の表情が格段に険しくなる。

「意思も感情も奪った人たちを側に置いておくのは楽しいですか!?」

 隣でヘルも腕を組んだまま、冷徹な黄金の瞳で男を睨みつけていた。

「楽しい……?」

 男は顎に手を当て、一瞬考えるような素振りをしてみせた。

(コイツ…)

 今の春香の発言で、自分たちの『洗脳スキル』のカラクリをすでに看破されているのだと男は察知する。

 だが、動揺する素振りすら見せず——。

「……別に」

 そして、酷く冷めた笑みを口元に浮かべる。

「僕は、こいつのことを何とも思っていない。だから楽しいという感情もないかな。」

 その言葉に、春香の眉根が激しく跳ね上がった。

「こいつらは優秀で役に立つ『道具』だ。だから側に置いてある。……君だって、そうだろう?」

 男は洗脳された手下たちへ無造作に視線を送った後、嘲るような笑みを春香へ向けた。

「そいつのスキルは役に立つよな〜なんせあの……」

「あなたと一緒にしないで……!」

 フードの男が言い切る前に、春香が強く一歩を踏み出し、毅然と言い返す。

「私たちは、お互いの意思でここに並び立ってる……!」

「意思があろうとなかろうと、形なんて一緒じゃないか」

 男は感情の起伏もなく、淡々と言葉を重ねる。

「誰かの役に立つから、そこに存在する。それだけの単純なことだろ」

「違うっ!!」

 春香の鋭い叫びが森にこだました。

「それはただの道具であって、人じゃない……!」

 男の表情が、ほんの一瞬だけピタリと止まる。

「一緒に過ごして、ぶつかって、相手のことを知って……そうやって少しずつ、心が通じ合っていく」

 春香は両拳を強く握りしめた。

「誰かを本気で思える気持ちがあるから、人は変われる! 強くなれる! 成長できるんです……!」

 迷いのない足取りで、さらに一歩前へ出る。

「あなたのやり方に成長はない!」

「……」

「だからあなた自身も、そこで止まってる!!」

 重い静寂が、その場を支配した。

「……道具に成長など期待していないのだがね」

 男は気にした風もなく平然と答えた。

「アンタ自身の話をしてんのよ」

 ヘルが横から、凍りつくような冷たさで吐き捨てる。

 その一言に、男の顔から完全につくりものの笑みが消え失せた。

「……どうやら、君たちとは分かり合えないみたいだ」

 男は小さくため息を漏らす。

「疲れるよ……」

 次の瞬間——。

 眼鏡の女が本へ最後の文字を書き込み、手にしたページの開かれた面を地面へと強く押し当てた。

 ——ズウンッ……!

 地面を持ち上げた瞬間、そこには禍々しくも巨大な陣形を描く魔法陣が浮かび上がっていた。

「……っ!?」

 魔法陣が光を放ち、次元の歪みから次々と人影が姿を現す。

先ほど春香たちを追い詰めた、6人の冒険者たち。

そして、その後ろからは無数の獰猛な魔獣たちが溢れ出してきた。

 あっという間に、春香たちの視界は重厚な敵の群れによって埋め尽くされていく。

 男は冷酷な満足感を漂わせて笑った。

「けど……おかげで、僕の『道具たち』は揃ったみたいだ」

 春香は一瞬の迷いもなく刀を正眼に構え直す。

「言葉で聞いても理解できない相手には……」

 男はフードの奥の暗闇から、冷酷な眼光で二人を射抜いた。

「力ずくで考えを変えるしかないな」

 男が一歩、前へ踏み出す。

「さぁ——どちらが正しいかここで決めよう」

「同感ね」

 ヘルもまた、一歩前に踏み出した。

「こういうのは、語るよりやる方が早いわ」

 金色の瞳に、眩いばかりの神聖な戦意が宿る。

「喋ってても解決なんてしないのよ」

「……フッ、いいこと言うじゃないか」

 男が嘲笑う。

「ここにいるのは、国を代表する最精鋭のSランク冒険者パーティー。そして……この森に蠢く魔獣のほとんどは、僕の意のままに動く」

 男がそう告げた瞬間、森の地鳴りが激しさを増した。

 木々の隙間から。巨岩の陰から。そして魔法陣の奥から。

圧倒的な密度の魔獣の群れが溢れ出し、春香たちを幾重にも囲い込んでいく。

 包囲網を完成させた男は、その圧倒的な軍勢を背に受けながら、嘲るように笑った。

「今度は逃さない」

 そして男の冷徹な視線は、ヘルの頭上の輪と背の翼へと向けられる。

「女神の使徒……」

 敵の頭目からの冷酷な眼光を真っ向から受けながらも、ヘルは一切たじろぐことなく、胸を張って堂々とした態度で佇んでいた。その金色の瞳には、一切の迷いも恐れもない。

「本気で勝てると思っているのか?」

「ワープごときで」

「……」

吹き抜ける風に、ヘルの赤い髪がたなびく。

 ヘルは乱れた長い髪を片手で颯爽と払うと、顔をわずかに斜めに傾け、高飛車な不敵さを宿した視線でフードの男を上から冷ややかに見下ろした。

「たくっ……ホントバカ」

 ヘルはそのまま髪を靡かせた手で指を鳴らす。

 ——パチンッ!

 高らかな指鳴らしの音が静寂を切り裂く。

 その瞬間、ヘルの顔の横の空間が縦に大きく割れ、神々しい黄金のワープゲートが展開された。

「……?」

 男が微かに眉をひそめる。

 ゲートの奥から漏れ出してきたのは、これまで見たこともないような圧倒的な神聖さを誇る、目も眩むような黄金の光芒。

まるで、太陽そのものがその狭間に顕現したかのような熱量と圧倒的な神気。

 静かに——その光の中から「巨大な影」が姿を現す。

白銀の鱗に覆われた長大な体躯と、神々しい光を宿した黄金の瞳。

 ゲートから悠然と姿を現したのは——『白龍』。

 その超常の巨体が、ヘルを守護するように空中を優雅に旋回する。

白龍が全身から発する清らかな光芒が暗い森林を隅々まで照らし出し、取り囲んでいた魔獣たちの姿を白日のもとに晒し上げた。

「——キィィィィィン……!」

 世界を震わせる透き通った咆哮が、静かに、そして力強く森全体へ響き渡る。

 フードの男の余裕に満ちていた表情が、ここで初めて凍りついた。

「……こいつは……!?」

 たなびく髪を抑えることもせず、ヘルは不敵に口元を吊り上げた。

「ワープこそ——」

 一拍の溜め。

 そして——。

「王道にして最強なのよ」

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