フードの男
「すごい……」
春香が思わず感嘆の声を漏らす。
「ウォン!」
抱えられたフウも、見事だと言わんばかりに、ヘルへ向かって高らかに吠えた。
その無邪気な声援に、ヘルの口元が一瞬だけ緩む。
「なに圧倒されてんのよ……」
しかし、すぐにいつもの澄ました表情に戻ると、ツンと顔を背け、春香へ詰め寄った。
「で、いくつなわけ? 私のレベルは」
「確かレベル『60』でした」
「ふ〜ん……アンタはどのくらいなのよ?」
春香はヘルとの勝負を制した直後に浮かんだ表示を思い出す。
「ヘルと戦った後に上がって、35になりました」
「へぇ……そんなもん。まあ、そりゃそうね」
ヘルは自分とのレベル差を確認すると、さも当然と言わんばかりに頷いた。
その余裕たっぷりの態度に、春香は改めて自分との実力差を思い知らされるのだった。
「あの……さっきの魔物はどこに飛ばされたんですか?」
「極寒の凍えるような場所に飛ばしておいたわ。今頃、凍りついて死んでるんじゃないかしら」
「……」
あまりにも容赦のない処理方法に、春香は何とも言えない引きつった表情を浮かべた。
「それより……今のでレベルに変化はなかったのかしら?」
「何も表示は出てないですね……」
「そう……アンタみたいに、直接手を下さないと『倒した判定』にならないのかしらね」
右手の指先をあごに当て、上を向きながら思考を巡らせるヘル。
「まあ、数を倒していけば分かるわ……どんどん行くわよ」
そう言い放つと、ヘルは有無を言わせぬ勢いで先陣を切って歩き出した。
——森の奥へ進むにつれ、魔物の数は目に見えて増え、その凶暴さも増していく。
「ハッ……!」
春香は素早い踏み込みから剣へ稲妻を走らせ、迫り来る魔物たちを次々と切り裂き、撃破していく。
「ふぅ……だんだん数が増えてきましたね」
少し息を乱しながら、後ろで腕を組んで優雅に佇むヘルへ話しかける春香。
「増えたところで、ザコはザコでしょ」
呆れたように吐き捨てるヘル。
(あれ以降、一歩も動いてないくせに……)
心の中で小さくツッコミを入れる春香だったが、ヘルは落ちている魔物の亡骸を見下ろしながら、ポツリと呟いた。
「アンタ……それにしても、結構やるじゃない」
「そうですか……?」
「まあ、私に比べたらまだまだ全然だけど」
相変わらずの高飛車な態度に、春香は苦笑いを浮かべるしかなかった。
とても先ほどの勝負で自分に敗れた者の言葉とは思えない。
「さっさと行くわよ」
自分で会話を切り上げると、ヘルは再びすたたと先に進み始める。
しかし、しばらく進んだその時——。
先頭を歩いていたヘルが、突然ピタリと足を止めた。
「……くさいわね」
「え? ……?」
「えぇ。なんか……ヤバい匂いがするわ」
いつも余裕たっぷりのヘルから笑みが消え、珍しく険しい表情を浮かべていた。
そのただならぬ雰囲気を感じ取った春香も、思わず鼻をくんくんと鳴らしてみる。
(ぜ、全然分からない……)
春香が内心で頭を抱えていると、不意にヘルが鋭い声を上げた。
「何かいるわ……!」
二人は咄嗟に、フウを抱えたまま大きな木の陰へと身を潜めた。
静まり返った森の奥——。
岩山の瓦礫が広がる開けた場所に、異様な光景が広がっていた。
そこには、これまで見たこともないほどの巨体を誇る一匹のオークを中心に、無数のオークたちが群れをなして集まっていたのだ。
「大きい……あんなのが……!」
あまりの威圧感に、春香が息をのむ。
「オークキングね……でも……」
ヘルは目を細め、静かに周囲の様子をうかがう。
しかし、その視線はオークキングではなく、さらに奥へと向けられていた。
「……あれじゃないわ」
「え……?」
思わずヘルを見返す春香。
「どうします……?」
「あのデカいのだけなら今からでもやるけど……少し様子見ね」
ヘルは何かが引っかかる様子で、ジッと岩山の奥を見つめている。
「分かりました……」
岩穴の暗がりから、ついに〝それ〟が姿を現した。
「何か来るわ……!」
ヘルが思わず声を潜める。
そこから姿を現したのは——。
なんと、オークでも魔物でもない。『人間』だった。
フードを深く被った何者かが、堂々とした足取りで岩穴から歩み出てきたのだ。
(体格からして…男?…)
ヘルはその姿を注意深く観察する。
フードの男が姿を現した途端、あの巨大なオークキングが、ずしんと地面を揺らしながら片膝をつき、深々と頭を垂れたのだ。
それに続くように、周囲のオークたちも一斉にひざまずき、頭を下げた。
(魔物が……人間に頭を下げてる……!?)
人間を見つければ狂暴に襲いかかってくるはずの魔物が、まるで王に仕える家来のように、揃って頭を下げている。
ヘルもまた言葉を失っていたが、即座に頭上の黄金の輪を目の前に引き寄せると、その輪越しに男を凝視し——『鑑定』を行った。
「何……アイツ……」
直後、ヘルは不快感と戦慄の混ざった低い声で、ぽつりと呟いた。




