レベル60
「一緒っていうのは……」
春香が不思議そうに首を傾げながら話しかける。
「たくっ……ホントバカ。そのまんまの意味よ。それともなに? 私がいたら迷惑なわけ?」
ヘルは腕を組み、傲慢な態度で春香を見下ろしてきた。
「いや、全然そういうわけじゃないんですけど……」
「じゃあ、なに?」
「いや……あんまり『仲間』っていうのが好きそうじゃない人だと思っていたので」
春香が思っていたことを素直に口に出すと、少女はふんと鼻を鳴らした。
「確かに。人との関係とか、心底興味ないわね」
「それなら……なんで……」
「そういうのには興味ないけど、アンタの『スキル』には興味があるのよ」
少女がビシッと指を突きつけて言った。
「え……?」
「アンタのスキル、レベルが上がったらあらゆる能力が上昇するって出てたじゃない。……ってことは、アンタの仲間になった私も、レベルアップしたら今よりもスキルが強化される可能性があるってことでしょ」
少女が得意げに胸を張る。
「そ、そうなんですかね……」
春香は仲間によるスキルのレベルアップなど見たことがないため、何とも言えない。
「アンタ……レベルが上がって、身体能力やスキルがレベルアップしたことは実際にあるの?」
尋ねられ、春香は自分の『治癒スキル』のレベルアップ表示や、背が伸びて身体能力が格段に跳ね上がった時の感覚を思い出していた。
「はい。私はありました」
「ふ〜ん……やっぱりスキルは上昇するのね。なら、私にもその可能性があるわ」
少女はどこか楽しそうに目を輝かせる。
「魔法はともかく、一度覚えたスキルがレベルアップすることなんて滅多にないのよ。私は今のままでも満足してるけど、その先があるなら見てみたいじゃない」
先ほどまでの自暴自棄なパニックが嘘のように、落ち着いた口調で語る少女。
「だからアンタと一緒にいて、どうなるか試してみるってこと」
「そうですか……まあ、その……天使さんがいいなら……」
「なによ……その『テンシ』って……」
「え?」
(あ……もしかして、この世界では使われない言葉なのかな?)
前世の知識とこの世界の常識の違いに、春香は内心で戸惑う。
「ヘル・フランペ……これが私の名前。聞き慣れない言葉で呼ばれるよりは、名前で呼ばれる方がまだマシね」
ヘルがサラッと自己紹介した。
「じゃ、じゃあ……ヘルさんで」
春香も流れに沿って名前で呼んでみる。
「その『さん』っていうのウザいからやめてくれない?」
「わ、分かりました。ごめんなさい……ヘル」
春香は気を使うように深く謝罪した。
(一応年上だと思って敬語を使ってたけど、こういうのも嫌いなのかな……)
異世界との文化の違い、そして年の近い同世代とまともに会話する機会自体が少なかった春香にとって、これも一つの学びであった。
「私は宮本春香……よろしくね、ヘル」
「あ? あっそ……」
相手が名乗ってくれたので、こちらも礼儀として本名を名乗った春香だったが、あっさりと軽く流されてしまった。それどころか、少しウザそうな顔すらされている。
(これ、絶対覚えてくれてないな……)
春香が心の中で苦笑していると、ヘルは何事もなかったかのように言葉を続けた。
「まあ、アンタといるのはレベルのこともあるけど……」
(やっぱり名前覚えてない……!)
「なんといっても……この子の可愛い姿を見続けられるのも、理由の一つなのよね」
ヘルはフッと口元を緩め、春香の抱くフェンリルを愛おしそうに見つめた。
フェンリルも不思議そうにヘルを見つめ返している。すでにヘルへの恐怖や警戒は和らいでいるようだ。
「そう言えば、この子の名前はなんて言うのよ?」
ヘルが初めてフェンリルへ視線を向けながら尋ねる。
(私の名前には興味もなかったのに……)
「名前……そういえば、まだ付けてないです……」
「付けてあげなさいよ。こんなに懐いてんだから」
春香が見つめ返すと、フェンリルもじっと春香の瞳を覗き込んできた。
その時、静かな森林に爽やかな風が吹き抜け、フェンリルの美しい青い毛並みがささぁっと心地よさそうに揺れた。
「フウ……」
春香の口から、思わずその言葉が溢れ出た。するとフェンリルは、「ウォンっ!」と嬉しそうに短く吠えて応える。
「ふふ、喜んでる……! じゃあ、あなたの名前はフウ……よろしくね」
春香が優しく頭を撫でると、フウは気持ちよさそうに目を細め、再び「ウォン」と優しく声を上げた。
「ふ〜ん……」
その様子を、ヘルは何とも言えない表情で見守っている。心なしか、その眉根は柔らかく緩んでいるように見えた。
ヘルはそっと腰を落とし、フウの目の前に顔を近づける。
「よろしくね、フウちゃん」
普段の生意気な態度が嘘のような、心底優しげな笑みを浮かべて挨拶するヘル。フウは春香の時とは違って吠えはしなかったが、ぽかんとした表情でヘルを見つめ返していた。下手にフウに触ろうとしないあたり、ヘルなりの配慮なのかもしれない。
「ところでアンタ、この場所には修行に来たって言ってたわよね?」
フウに向けていた顔を立ち上がらせ、春香へ向けて話し出すヘル。
「はい」
「その理由、スキルに関係してるんでしょ? レベル上げってところかしら」
「そうですね」
「なら、ちょうどいいわ。さっさと雑魚を倒して色々確かめましょうよ」
(ざ、雑魚って……)
「どんな魔物が相手でも決して油断しないように」と教わった春香にとって、この森の魔物を「雑魚」と言い切るヘルは、あまりにも規格外に映った。
「さぁ、そうと決まれば行くわよ」
ヘルは迷いのない足取りで、さっさと前へ踏み出していく。歩きながら振り返りもせずに話しかけてきた。
「そういえばアンタ、私のレベルとか見えたりするの?」
「ううん、ヘルみたいにいつでも見れるってわけじゃないみたいで……」
「見れる時はいつなのよ」
「え〜と、たしか……仲間に加わった時と、レベルが上がった時……だったかな」
「そう。じゃあ私のレベル、あの時見えたんじゃないの? 一体、いくつだったのかしら?」
尋ねられ、脳裏の記憶を探る春香。
「え〜と、確か……」
口に出しながら思い出そうとした瞬間——。
ガサガサッ!!
草むらを激しく揺らし、一匹の大狼が素早い勢いでヘルの右側から飛びかかってきた。
左側にいた春香は一瞬、反応が遅れる。
春香は瞬時にヘルの斜め前に滑り込み、大狼へ向けて正面を向き直した。
「危ない——っ!!」
叫ぶと同時に、親指で刀の鍔を押し上げ、居合の体勢に入る春香。
しかし、そのすぐ隣に立つヘルは、逃げる素振りすら見せず余裕綽々であった。
「たくっ……ホント雑魚。……パチンッ!」
ヘルが顔の横で左手の指を鳴らす。
その瞬間、大狼の進行方向に鮮やかな黄金の輪——ワープゲートが展開した。勢いを殺せない大狼は、そのまま吸い込まれるようにゲートへと突撃し、空間の彼方へと消え去ってしまった。
「どう? これでレベルは上がったのかしら?」
一歩も動くことなく、襲いかかってきた脅威を跡形もなく処理してみせたヘル。
その圧倒的な姿に、春香は刀の柄に手をかけたまま、呆然と固まっていた。
(これが……レベル60……! すごい……!)
生意気で高飛車な天使は、あまりにも頼もしすぎる味方であった。




