レベリング
「……原因が、あの子に……?」
春香は信じられないといった様子で、目を丸くして尋ねた。
「そうよ。あの子もスキル持ちだったってわけ。それも、かなり厄介なね」
天使の少女はうんざりしたように肩をすくめ、はぁーっと深いため息をつく。
「どんな能力だったんですか?」
「『封印スキル』って出てたわ。あの子に顔を見られた者は、最も得意でかつ最大威力を誇るスキルや魔法をが封印される……って」
「そ、そんなことが……。でも今、その輪っかを使って鑑定されてますよね……?」
疑問に思った春香が問いかけると、少女は自分の顔の前に浮く輪っかを指先で軽く叩いた。
「確かに鑑定も便利っちゃ便利だけどさ。私にとっての一番の強みはワープだからね」
「ワープ……あ、そういえば!」
春香は、この天使少女が空から落ちてきた時の光景を思い出した。
「私が指で音を鳴らした瞬間、この輪っかが連動してゲートが開くのよ。右手で鳴らすと自分の周り、左手で鳴らすと遠い距離に輪っかを飛ばすことができるの」
「す、すごい……!」
あまりに万能な移動能力に春香が心から感動していると、少女は至極淡々と自分の作戦を明かした。
「だからあんたの攻撃が飛んできた瞬間、電撃ごとどっかに転移させて、自分で突っ込んできたら輪っか飛ばしてそのままどっかに追い払ってやろうとと思ってたわけ……」
(それで、決着方法にこだわりがなかったのか……!)
春香は心の中で深く納得した。もしフェンリルの能力がなければ、手も足も出ずに転移させられていたかもしれない。
「それじゃ……私、この子がいなかったら今頃どこかに……」
「ぶっとばしてたわよ。まぁ……ギリ死なないような場所にはしてあげてたけど」
「……っ」
さらりと言い放つ天使の恐ろしさに、春香は固唾を飲んだ。
「ほら、全部喋ってやったわよ。これで満足?」
「は……はい、ありがとうございます。あの……もう少しだけ」
「はぁ?……何よ」
だるそうにするが一応答えてはくれるみたいだ。ツンとした態度の裏に、どこか根の優しさが覗いている。
「どうして、この子を追いかけてたんですか?」
「は!? そんなの可愛いからに決まってんでしょ!」
「は……はぁ」
開口一番、堂々と叫んだ少女に春香は思わず引き気味の声を漏らした。
「私はねぇ……可愛い『聖獣』と契約したいの!」
「聖獣……? 魔物ではないんですか……?」
聞き慣れない単語に首をかしげる春香へ、少女は呆れ果てたように眉をひそめる。
「は? こんな可愛い子が魔物なわけないでしょ? あんた、違いも分かんないわけ!?」
「いや、確かに今までの魔物とは違うなっていうのは何となく分かるんですけど……その、いまいち違いが……」
春香は自分の足元で、自らの手で愛らしく顔をなで回しているフェンリルを見つめながら言葉を返す。
「たくっ……ホントバカ。違いも分かんないのに譲らないとか……いい!? 魔物は基本、魔力の塊みたいなものなの! だから魔法を使うし、本能的に襲ってくる野蛮な奴らなのよ!」
「そ、そうだったんですか……」
言われてみれば、これまで遭遇したモンスターたちは会った瞬間に敵意をむき出しにして襲いかかってくる者ばかりだった。
「確かに……」
「けど、聖獣は違う! 魔法じゃなくて基本はスキルを使うのよ。魔力の塊じゃないから人を無差別に襲ったりもしないし、意思疎通も図れる! そしてなにより……可愛いわ!!」
魔物の説明の時とは一転、少女は胸を張って『むふん!』と熱弁を振るう。
(最後のは主観のような……)
少し引きつつも、春香は気になっていた本題を尋ねた。
「なるほど……じゃあ、その……『契約』したいっていうのは……」
「だから!! さっきも言ったけど可愛いからよ!」
「いや、そうじゃなくて……その、契約というのは配下にするとか、しもべにするってことですか?」
「まぁそういう契約の使い方もあるけど、私のは違うわ。私は自分が『いいな』って思った相手とは、対等でいられたらそれでいいの」
「対等……」
これまでの高飛車で傲慢な態度からは想像もつかない言葉に、春香は思わず呟いた。
「何よ?」
怪訝そうに横目で見つめてくる少女に、春香は柔らかく微笑む。
「いや……なんか、関係的に『友達』みたいだなって」
「友達……」
少女は思いがけないワードを反芻するように深く考え込むと、フッと口元に笑みをこぼした。
「……そうね。友達ってそういうものなのよね。」
どこか遠くを見るような、けれど確かな温もりを宿した瞳で、少女は改まったようにその言葉をくり返した。
だから無理に使うとかじゃなくて、相手と自分が会いたい時に会えたらそれでいいのよ」
そう語る少女の顔は、先ほどまでの生意気な表情とはまるで異なり、すっきりと眩しく輝いていた。
(意外と相手思いなところがあるんだな……)
横顔を見つめる春香の目元が、自然と柔らかく緩む。高飛車な天使だと思っていた目の前の少女に対する見方が、ほんの少しだけ温かいものへと変わっていた。
「じゃあ、わざわざ契約を結ばなくてもいいんじゃ……?」
「契約っていうのは両者のスキルや魔法が違う形で反映されるのよ。例えば私と契約を結べば私のスキルが生かされるわ。どこにいたって輪っかから出てきてもらうことができるの」
「そ、それは凄いですね!」
「でしょ!? だからその子とお友達になって契約したかったってわけ。まぁ大抵の聖獣は大きくなったら人に懐かなくなっちゃうから、この子みたいに小さい時に徐々に仲良くなるのが絶好の機会だったの。だからこの子を見つけた時はホントテンション上がったわ!」
「は、はぁ……」
急にスイッチが入ったように喋り倒す少女に、春香はただただ圧倒される。
「だからちょっとワープで私の知ってるお気に入りの場所に案内しようとしたら、なぜかこんな場所に来ちゃったってわけ。今思えば、この子の能力と先に発動してた私の能力が関係してたのね」
左手の指パッチンで遠距離のワープゲートを開いた直後、フェンリルがこちらを振り向いた瞬間のことを思い出して愚痴る少女。
(封印スキルと、先に発動していたワープスキルで誤作動みたいなのが起きたってことか……)
春香は頭の中で状況を整理した。
「でも、あんたのせいで私嫌われちゃったみたいだし、勝負は勝負だから大人しく引くわよ。もういいでしょ?」
「そ、そんな…」
ふんと横を向く少女に、春香は申し訳なさを感じた。そんな中、ふと天使が自分を鑑定した時のことを思い出して問いかけた。
「そ、そういえば……私を見て『レベリング』っておっしゃってましたけど、それにはなんて出てたんですか?」
「あぁ……あんたのやつね。あんたのも見たことないやつだったわね」
少女は頭上の輪っかをフワリと動かし、改めて春香を鑑定する。
「『レベリングスキル』……自分を含めた仲間のレベルが上昇し、その者のスキルや魔法、身体能力などあらゆる能力値が上昇する……って出てるわ。あと『レベルに応じて身体変化も伴う』って……」
「自分だけでなく、仲間も……」
春香の脳裏に、これまでの出来事が駆け巡る。
急激に上がったレベル。使えるようになった治癒スキル。明らかに速くそして強くなった身体。さらに大きくなった体——同じくレベルアップの表示がなされたフェンリル。
「いいの持ってるじゃない。最後のはあんま意味分かんなかったけど」
スキルの上昇、身体能力の向上、身体の成長。
バラバラだったすべてのパズルが、春香の中で完璧に繋がった。
(レベリング……これが、私のスキル……!)
この世界に来て初めて自分の本当の能力を知り、春香の胸は期待と興奮で高らかに躍っていた。




