譲れぬ誇り
すました顔のまま、静かにイライラしたオーラを漂わせて歩み寄ってきた天使の少女。
彼女は眉をぎゅっと顰め、至近距離で春香の顔を覗き込んできた。
「え……と、私は魔物を討伐しようと、この森に――」
あまりの圧に、春香が思わず言葉を紡ごうとする。
だが、最後まで言い切る前に少女が強引に口を挟んだ。
「たくっ…ホントバカ。そういうことじゃなくて、その可愛いフェンリルちゃんとあんた、どういう関係ってことよ」
「あ……えっと、この子が弱っていたのを見つけて……。」
春香が言い切るより早く、少女が身を乗り出して口を挟んできた。
「で!?」
春が答える。
「そ、それで、その後も魔物に襲われそうだったので私が倒して、怪我の手当てをしたんです。そしたら、私のことを気に入ってくれたみたいで」
春香は腕の中で丸くなるフェンリルを両手で優しく包み込み、撫でながら答えた。
「あぁ……そういうこと。そういうきっかけね」
少女は腕を組み、冷ややかな視線のまま一応の納得を示した。
「あんた、もうその子と『契約』はしたのかしら?」
「契約……?」
「知らないってことは、してないわね。今は気に入られてるみたいだけど……そもそも、その子を最初に見つけたのは私なわけ…だから――私に譲ってもらえるかしら?」
少女がじり、と一歩踏み込んで圧をかけてくる。
「いや……でも……さっき、『仲間』になったって出ましたし……」
春香が恐る恐る話す。
「はぁ!? 何わけわかんないこと言ってんの?」
意味が分からないと言いたげに不機嫌さを露わにする少女。
しかし、春香も今回は退かなかった。フェンリルを庇うように抱き直すと、少女の威圧に負けじとしっかりと見返す。
「そ、それに……この子、あなたに対して少し怯えてるみたいですし……あんまり強引なのは良くないんじゃないでしょうか」
「たくっ……ホントウザ。埒が明かないわね」
少女は呆れたように息を吐き出すと、春香の腰に差された刀へと視線を滑らせた。
「あんた……剣、使うの?」
「えぇ……まぁ、はい」
「ってことは、それなりに戦えるってことよね」
「……修行中ではありますけど」
春香の答えを聞き、少女は顎に手を当ててしばし思考を巡らせる。
(フェンリルがこの子にくっついてる今、あれは使えないし……)
何かを弾き出した少女は、ふっと不敵な笑みを口元に浮かべた。
「いいわ! ならこうしましょ! 私とあんたで勝負して、勝った方が全てを決めるっていうのはどう?」
「え……!?」
「だから、私とあんたで勝負すんのよ。あんたも少しは戦えるんでしょ? 私の方が確かにあんたよりは少し年上みたいだけど……私は正直、戦闘向きじゃない…だからこれでチャラってことでいいじゃない」
反論する隙すら与えず、天使の少女はどんどん一人で話を進めていく。
「私にとってもその子は譲れないの」
「そ、それは……」
「どっちも譲る気がないなら、お互いが納得する形を取るのが一番じゃない?」
「いや、別に私は勝負で決めるなんて、納得は……」
强引なペースに巻き込まれ、戸惑いを隠せない春香。
そんな春香の優柔不断な態度に、少女の苛立ちが限界を迎える。
「は!? 何よそれ……じゃあ、その剣は飾りなわけ?」
少女の冷酷な切り捨て文句。
その瞬間、春香の脳裏に、あの時の情景が鮮やかに蘇った。
――リングから、この刀を託された時のこと。
「強くなる」と誓い、ポニーテールを結び直したあの熱い瞬間。
「たくっ…ホントゴミ。飾りなんていらないのよ。…」
少女が吐き捨てた一言が、春香の胸の奥でバチンと弾けた。
「……ゴミじゃないです!」
「は!?」
春香は毅然とした声で言い返し、まっすぐ少女を見据えた。
その瞳には、先ほどまでの戸惑いは消え、揺るぎない決心が宿っていた。
「分かりました。その勝負、受けます」
フェンリルの頭を最後に一度だけ優しく撫でると、春香は地面にそっと降ろし、静かに立ち上がった。
柄に手をかけ、引き締まった表情で告げる。
「――私が勝ったら、私の言うことを聞いてもらいますからね」
その強い眼差しを受け、少女の口元が愉悦に歪んだ。
「フッ……最初からそう言えばいいのよ」
木々が風に揺れ、緊張感が頂点に達する。
二人の間に、静かな決戦の火蓋が切られた。




