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新しい仲間

リングと別れた春香は、静まり返った森の中を一人進んでいた。

 ここは、春香が初めてこの世界に投げ出され、何も分からぬまま迷い込んだ思い出の森だ。

 しかし――あの頃の自分とは、何もかもが違っていた。

 以前は、風で草木が揺れる音を聞いただけで身体が硬直した。

 けれど、今は――。

――ガサッ。

 前方の茂みが揺れる。

 春香はすっと足を止め、落ち着いた動作で柄に手を添えた。

 その直後、茂みを掻き分けて一体の魔物が飛び出してくる。

 だが、春香の心は微動だにしなかった。冷ややかに相手との距離を測り、魔物が前足を踏み込んできた絶妙の瞬間――。

 春香もまた、一歩前へ踏み込んだ。

――一閃。

 鋭い一撃が魔物を捉える。

 理由も分からぬまま倒れ込む魔物を見下ろし、春香は刀を構えた姿勢のまま、しばらく周囲の気配を探った。

 やがて完全に安全を確認してから、静かに刀を鞘へと納める。

「……大丈夫」

 自分に言い聞かせるように呟き、春香は再び森の深部へと歩みを進めた。

 それからも、魔物が現れるたびに冷静に刀を抜いた。

 相手との間合いを見極め、鋭く踏み込み、斬る。そして指先まで神経を研ぎ澄ます『残心』を取る。

 その一連の動作を、春香は何度も、何度も繰り返した。時には刀身から迸る稲妻の力で遠くの敵を打ち倒すこともあった。

(私、いったい何体倒したんだろう……)

 ふと足を止めが、レベルアップの表示は現れなかった。

(前は、魔物を一体倒すだけでもレベルが上がったのに……)

 おそらく、自分の強さが上がったことで必要な経験値が増え、このあたりの魔物では成長効率が悪くなっているのだろう。

(もっと強い魔物がいる場所を探さないと)

 春香は気持ちを切り替え、さらに木々の生い茂る森の奥へと足を踏み入れた。

 すると――。

「……ん?」

 木々の隙間の陰に、小さな生き物の姿が見えた。

青く美しい毛に覆われた、子犬のような見た目だ。だが、身体には痛々しい泥がつき、心なしかぐったりと弱っているように見えた。

「大丈夫……?」

 心配になって駆け寄ろうとしたその瞬間――。

『――冒険者として最も大切なことは、決して油断しないことだ』

 去り際にリングが残した言葉が、頭の中で鮮明に蘇る。

春香はハッと息を呑み、ピタリと足を止めた。

(……そうだ。油断しちゃダメだ)

目を凝らし、周囲の静寂に意識を向ける。

静まり返った森。だが、その静けさの裏に潜む悪意を、春香の感覚が捉えた。

――ヒュッ!

「っ!」

 木の上から一射の矢が飛来する。

矢は容赦なく子犬の身体を射抜き、小さな悲鳴とともに子犬がその場に倒れ込んだ。

「……っ!」

春香は息を呑み、目を見開いた。

 あまりにも突然の出来事に、思考が一瞬凍りつく。

その隙を突くように周囲の茂みから、下品なニヤニヤ笑いを浮かべたゴブリンたちが次々と姿を現した。

一体、二体、三体……全部で五体。

さらに――木の上からもう一体のゴブリンが、倒れた子犬へ向けて追い打ちをかけんと跳び下りてくる。

「させない……っ!」

春香は咄嗟に刀を抜き放った。

――バチバチッ!

刀身から眩い稲妻が迸る。

「――そこっ!」

放たれた鋭い電撃が、空中で刃を構えていたゴブリンを正確に撃ち抜いた。悲鳴とともに地上へ落ちていくゴブリン。

仲間を叩き落とされた残りのゴブリンたちが、ギャアギャアと叫びながら一斉に春香へ襲いかかってきた。

だが、春香は引かない。相手の動きを冷静に見極める。

(まず対処すべきは……!)

春香の視線が、先ほど矢が飛んできた頭上の大木に向けられた。

「そこっ!」

踏み込みとともに、刀を天へ向けて振り抜く。

――バチィッ!

木を駆け上がった稲妻が、隠れていた弓持ちのゴブリンを激しく打ち据え、地面へと叩き落とした。

残った地上組が間合いに肉薄してくる。

春香は最小限の身こなしで攻撃をかわすと、軸をぶらさずに前へ踏み込んだ。

――一閃。

一体が崩れ落ちる。

間髪容れずに足を踏みかえ、次の相手との間合いを詰める。

――一閃。

また一体。

春香の動作には、一切の無駄がない。剣術の基本と体幹が生み出す完璧な連撃。

最後の一体が必死の形相で飛びかかってくるのを、冷酷なまでに冷静な目で見据え――。

――一閃。

静寂が、再び森を包み込んだ。

春香は刀を構えたまま周囲の気配を完全に確認し、ゆっくりと鞘へ納めた。

「……終わった」

息を整えた春香は、すぐさま倒れている子犬のもとへ駆け寄った。

「大丈夫!?」

子犬の身体には、深く矢が刺さったままだ。

「痛いよね……ごめんね、今抜くからね……!」

慎重に矢を引き抜き、春香は傷口にそっと手をかざした。

体の中から温かい力が湧き上がってくるのを感じ、その自然な流れに身を任せてみる。

すると、春香の手のひらから優しく淡い光が広がり、子犬の身体を包み込んだ。

光が収まる頃には、深かった傷が綺麗に塞がっていく。

『すごい……傷が塞がっていく…』

自分の治癒スキルの効果に、春香は思わず目を見張る。

(そういえば、あの時『治癒スキルレベルアップ』って表示が出てた…)

春香は、デーモンタランチュラを倒した時の出来事を思い出した。

魔物との激闘の中でスキルが成長していたのだと、今さらながら実感する。

春香はデーモンタランチュラを倒した時のことを思い出した。

「……治った?」

子犬がパチリと目を開け、ゆっくりと立ち上がる。

そして次の瞬間――。

「わっ、ちょっと……!」

元気を取り戻した子犬は、春香の周りを嬉しそうにクルクルと駆け回り始めた。

「ふふっ、良かった……元気になって」

春香がしゃがみ込んで頭を撫でてやると、子犬は春香の顔をじっと見つめてきた。

「……どうしたの?」

首を傾げる春香に、子犬はトコトコと顔を近づけると――。

こつん。

小さなおでこを、春香のおでこにそっと重ね合わせた。

「……ふふっ」

温かいぬくもりに、春香の表情が緩む。

「……私と一緒に、来たいの?」

子犬はちぎれんばかりに尻尾を振った。

この小さな子を危険な森に置いていくのは心配だったし、何より自分をこんなにも慕ってくれている。

「……よし。一緒に行こう!」

そう言って抱き上げた瞬間――春香の視界に、初めてみる表示が浮かび上がった。

『――【仲間:フェンリル レベル1】』

「……え? 仲間…フェンリル……!?」

春香は目を丸くした。

子犬だと思っていたこの可愛らしい生き物は、前世の神話やこの世界の伝承でも耳にする、あのフェンリルだったのだ。

手元のウィンドウと、自分の腕の中で嬉しそうに鼻を鳴らす子犬を交互に見つめる。

(仲間って表示が出てた…ってことは……この子も、私と一緒に強くなれるってこと……?)

パッと表情を輝かせ、春香はフェンリルをぎゅっと抱きしめた。

「……一緒に頑張ろうね!」

その時だった。

――ドォォォン!!

「えっ!?」

突然、すぐ背後の空間から激しい爆風と地響きが巻き起こり、大量の土煙が一気に舞い上がった。

春香は反射的にフェンリルを抱える。

土煙の向こうから、何かが激しく咳き込む声と、いかにも不満そうな少女の声が聞こえてきた。

「いった~~~~っ! 何これ最悪なんだけど!」

「たくっ…ホントイヤ、意味わかんない……」

「やっと見つけた可愛いフェンリルちゃんは見失うし、スキルは上手く発動しないし……ホントイヤ……」

「……フェンリル?」

春香が目を凝らすと、次第に土煙が晴れていく。

そこに立っていたのは――燃えるような鮮やかな赤い髪に、神秘的な金色の瞳。

背中には大きな真っ白な羽を生やし、頭上には金色に輝くリングがフワフワと浮かんでいた。

まさに、物語に出てくる『天使』そのものの姿をした少女だった。

少女は足元にいる春香とフェンリルに気づくと、カッと目を見開いた。

「……あ! いた! フェンリルちゃん!」

少女は叫びながら駆け寄ろうとする。

しかし――フェンリルは春香の腕の中で「キュン……」と身を縮め、春香の服の裾をぎゅっと噛んで隠れてしまった。

「……え?」

少女の足がピタリと止まる。

フェンリルは春香の胸元にすっぽりと収まり、すっかり春香に懐いて離れようとしない。

少女は信じられないといった様子で、冷ややかな視線を向けてきた。

 そのまま感情を殺したような顔で、静かに、けれど苛立ちを隠そうともせずにズカズカと歩み寄ってくる。


あまりの圧に、春香は思わず身構えた。

「……あんた」

「は、はい……」

少女はジト目で春香とフェンリルを交互に見比べ――不機嫌そうに言い放った。

「……なに?」

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