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第四十六章



新人OLとしての生活が板についてきた、入社一ヶ月目。

雅由美は、秘書課の女性社員たちから、

すっかり「気の利く、癒し系の神龍寺ちゃん」として慕われていた。


「神龍寺ちゃん、今日も飲みに行きましょう!

駅前のオシャレなバーを予約してあるの!」


「はいっ、先輩! 喜んでお供させていただきます!」


週末の夜。

お局様や先輩OLたちに連れられ、雅由美は繁華街のバーへとやってきた。

仕事の愚痴や、恋バナで盛り上がる、平和で楽しい女子会。

雅由美は、ウーロン茶をストローで啜りながら、

ニコニコと相槌を打ち、普通の女の子としての時間を満喫していた。


しかし、その平和な時間は、唐突に破られた。


「おいおい、姉ちゃんたち。そんなに男の悪口言ってないで、

俺たちと楽しく飲もうや。おごってやるぜ?」


ドカッ、と。

雅由美たちのテーブルに、いかにもその筋の「チンピラ」といった風体の、

派手なスーツを着た男たちが数人、強引に割り込んできたのである。


「な、なによあなたたち! 警察呼ぶわよ!」


お局様が気丈に言い返すが、チンピラのリーダー格の男は、

ニヤニヤと下劣な笑いを浮かべて凄んだ。


「警察ぅ? 呼んでみろよ。

俺たちを誰だと思ってんだ。泣く子も黙る、

『龍神連合会』の直系幹部様の、お身内だぞぉ?」


その言葉に、先輩OLたちが「ヒッ……」と悲鳴を上げて青ざめる。

一般市民にとって、日本最大の暴力団の名前は、絶対的な恐怖である。


「……あの」


恐怖に震える先輩たちの背後から。

野暮ったい黒縁メガネの新人OLが、スッと立ち上がった。


「あぁ? なんだ、この地味な女。

お前みたいな不細工は引っ込んで……」


男が暴言を吐こうとした、その瞬間。


雅由美は、ゆっくりと黒縁メガネを外し。

そして、きつく結んでいた三つ編みを、パラリと解いた。


ドクンッ……。


バーの空気が、物理的な重さを持って軋んだ。


「……龍神の、直系幹部の身内?」


雅由美の鳶色の瞳から、深海に沈めていた『龍の覇気』が、

ほんのわずか、わずか一割だけ、漏れ出した。


「どの組の、誰の身内か。……私の前で、もう一度名乗ってみなさい」


「…………ッ!!?」


チンピラたちは、息を呑み、そして完全にフリーズした。

彼らは知っていたのだ。組の事務所に飾られている、

絶対に逆らってはならない、日本最大の組織のトップの顔写真を。

その写真の主が、今、自分たちをゴミを見るような目で見下ろしている。


「は、はひっ……!! は、八代……っ!!」


「シーッ」


雅由美が、人差し指を唇に当てて微笑むと、

チンピラたちは、白目を剥いて泡を吹き、

その場で全員、綺麗な土下座ドゲザの姿勢のまま気絶した。


「え……? な、何が起きたの……?」


「ふふっ。先輩、私が少しキツく睨んだら、

酔っ払って寝てしまったみたいですわ。さあ、河岸を変えましょう?」


雅由美が再びメガネをかけてニコッと笑うと、

先輩たちは「神龍寺ちゃん、意外と度胸あるのね!」と、

全く事態を飲み込めないまま、大絶賛するのであった。



また別の日。

神龍寺グループの社内には、営業部の若手エースでありながら、

女性社員を次々と食い物にしている、

有名な『女たらし』のイケメン社員がいた。


彼は、最近秘書課でチヤホヤされている「野暮ったい新人」の雅由美を、

からかい半分のターゲットに選んだのである。


「神龍寺ちゃん。今夜、仕事の相談があるんだけど……

ホテルのラウンジで、二人きりでどうかな?」


甘いマスクで誘ってくるプレイボーイに、雅由美は

「えっ……私なんかで、よろしいんですか?」と、

嬉しそうに頬を赤らめて見せた。


その夜。

都内の高級ホテルの、密室のスイートルーム。


「神龍寺ちゃん。君、メガネを取ったら絶対に可愛いと思うよ。

……僕が、本当の女の喜びを教えてあげる」


男が、ベッドの上で雅由美の肩を抱き寄せようとした、まさにその時。


「……本当の女の喜び、ですか?」


雅由美の声が、突然、絶対零度の吹雪のように冷たく変わった。


「え……?」


男が戸惑う中、雅由美は持っていたビジネスバッグから、

分厚いファイルの束をドサリとベッドの上に投げ出した。


「あなたが過去に泣かせた、女性社員十七名のリスト。

そして、その交際費を捻出するために、

営業部の経費から着服した、約五百万円の横領の完全な証拠データですわ」


「なっ……!! お、お前、何を……!?」


男が慌てて後ずさるが、雅由美はメガネを外し、

本物の『夜の女王』のような、恐ろしくも艶やかな笑みを浮かべて見下ろした。


「さあ、選びなさい。

明日、このデータを社長室と警察に提出されて、刑務所に入るか。

それとも、被害者の女性全員に土下座して謝罪し、

横領分を全額返還して、自主退職するか」


「ひぃっ……! あ、謝ります! 土下座でも何でもしますぅっ!!」


翌日、社内一のプレイボーイが、秘書課の前で号泣しながら

土下座をして回るという珍事件が発生したが、

その理由を知る者は、誰もいなかった。




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