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第二十一章



三月上旬。

春休みを迎え、普段の喧騒が少し落ち着いた大学キャンパス。

その近くにある瀟洒なアンティークカフェで、雅由美は親友たちと

春の新作スイーツである苺のタルトを楽しんでいた。


「ねえ皆様、最近SNSで話題になっているニュース、見ました?」


麗華が、スマートフォンの画面を見せながら身を乗り出した。


「黒部代議士の黒い噂でしょう? なんだか裏金がどうとか……」


茉莉恵がミルクティーをかき混ぜながら答える。

黒部といえば、テレビでもよく見る大物政治家だ。

最近、彼に関する真偽不明の怪文書や噂が、ネット上で散見されていた。


「SNSって、情報の広がり方が早くて怖いですわね。

どれが本当のことなのか、分からなくなってしまいますわ」


栞が不安そうに呟くと、雅由美はフォークを静かに置き、

ふわりと、春の陽だまりのように優しく微笑んだ。


「ええ、本当に。ですから、流れてくる情報を鵜呑みにせず、

真偽を見極める『確かな目』を持つことが、何より大切ですわ」


完璧な令嬢としての、知的で穏やかな顔。

しかし、その鳶色の瞳の奥底には、誰にも見えない

冷たく鋭い「蜘蛛の糸」が、すでに張り巡らされていたのである。



その日の深夜。

神龍寺本邸の地下深くに作られた、極秘のセキュリティルーム。

無数の最新鋭サーバーが青白く点滅し、冷却ファンの低い駆動音が鳴る中、

雅由美は漆黒のパンツスーツ姿で、複数のモニターの前に立っていた。


「……お呼びでしょうか、八代目」


何台ものパソコンを同時に操っていた、ボサボサ髪の細身の青年が、

モニターから目を離さずに声をかけた。

彼らは、龍神連合会が極秘に囲っている子飼いの天才ハッカー集団、

通称『電脳組』のリーダー、結城ゆうきである。


「ええ。結城、少し大きな『お掃除』を頼みたいの」


雅由美は、モニターの一つに大物代議士・黒部の顔写真を映し出した。


「ターゲットは、この黒部代議士。

裏金ルート、隠し口座、愛人スキャンダル、関与する全ての裏組織。

その全てを、文字通り『丸裸』にしなさい。

……ただし、単なるネットの噂レベルでは駄目よ」


雅由美の声が、氷のように冷徹に響き渡る。


「検察が動かざるを得ない、法廷で通用する『完璧な裏取り』を徹底すること。

音声データから裏帳簿の画像まで、言い逃れのできない決定的な証拠を集めなさい」


「……了解です。俺たちの腕が鳴りますよ」


結城の指が、キーボードの上で目にも留まらぬ速さで踊り始めた。



三日後。電脳組の執念の調査により、驚愕の事実が判明した。

黒部の裏金のマネーロンダリング(資金洗浄)を担うダミー会社が、

なんと、雅由美の兄・貴哉が経営する貿易会社に、

新規の大型取引を持ちかけて巧妙に入り込もうとしていたのだ。


(……お兄様の会社を、隠れ蓑にしようというのね。万死に値しますわ)




雅由美はすぐさま、貴哉のオフィスの社長室を訪れた。


「雅由美? どうしたんだ、急に会社に来るなんて」


貴哉が驚いて立ち上がる。雅由美は、完璧な「妹」の顔で微笑んだ。


「お兄様、お仕事中ごめんなさい。実は大学の経営学のケーススタディで、

お兄様の会社の新しい取引先である『クロスポート社』について

少し調べてみたのですけれど……」


雅由美は、手元に用意したダミー会社の不審な財務データを貴哉に示した。


「実態のないペーパーカンパニーの疑いが、極めて濃厚ですわ。

コンプライアンスの観点から、即刻取引を停止すべきではないかしら」


「……なんだと? いや、しかしこの会社は紹介で……

……っ! 本当だ、役員構成も資金の流れも、明らかにおかしい!」


優秀な経営者である貴哉は、データを見た瞬間に青ざめた。


「雅由美、よく気づいてくれた! 危うく泥沼に巻き込まれるところだった。

すぐに法務部を動かして、この会社とは完全に手を切る!」


「お役に立てて嬉しいですわ、お兄様。無理なさらないでくださいね」


愛する兄を間一髪で救い出し、雅由美はオフィスを後にした。

これで、憂いは完全に断たれた。



そして、作戦は決行された。

海外の無数のプロキシサーバーを経由し、追跡不可能な状態から、

黒部代議士の「決定的な汚職の証拠」が、一斉にネットの海へ投下された。


生々しい裏取引の音声データ。

暴力団幹部との料亭での密会写真。

一円単位まで記載された裏帳簿の高画質画像。


情報は瞬く間にSNSで爆発的に拡散され、大炎上を引き起こした。

さらに、主要マスメディアのリーク窓口にも同時に送られた完璧な証拠に、

マスコミも一斉に報道を開始。世論の怒りは頂点に達した。


もはや言い逃れは不可能だった。

翌朝には東京地検特捜部が電撃的に動き、黒部はあっけなく逮捕。

関与していた暴力団や半グレ組織、ダミー会社も一網打尽に摘発された。

一滴の血も流すことなく、電脳の蜘蛛の糸によって、

巨悪はもろとも「社会的・政治的に完全に抹殺」されたのである。



数日後。神龍寺家の柔らかな日差しが差し込むサロン。

雅由美は、彩美や親友たちと優雅に春のお茶会を開いていた。


「皆様、ニュース見ました!? 黒部元代議士の事件、

すごいことになってますね! 毎日トップニュースですわ!」


麗華が興奮気味に語る横で、雅由美はダージリンを静かに一口飲んだ。


「ええ。悪いことをすれば、必ずお天道様の下に引きずり出される……

世の中、そういう風にできているということですわね」


天然な笑顔でふわりと微笑む雅由美。

その時、手元のスマートフォンが微かに震えた。

画面には、未知のアドレスから一行だけ、短いメッセージが届いている。


『見事な手並みだ。敬服する。――老狸より』


御堂筋翁からの、最大級の賛辞であった。

雅由美は誰にも見えぬようにスマートフォンの電源を落とし、

窓の外で綻び始めた桜の蕾へと、美しく涼やかな視線を向けた。

令嬢の完璧な大掃除は、春の足音と共に、鮮やかに完遂されたのであった。



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