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第十六章



十月も下旬。風が運ぶ空気が、ひんやりと心地よい冷たさを帯びる季節。

見渡す限りの山々が、燃えるような紅や鮮やかな黄金色に染め上げられた、錦秋の軽井沢。

神龍寺家が所有する、広大な森に囲まれた豪奢な洋館風の別荘では、

暖炉の煙突から細く白い煙が、抜けるような秋晴れの空へと立ち上っていた。


「皆様、軽井沢の秋はいかがかしら。空気も澄んでいて、とても気持ちが良いですわね」


深いボルドーカラーの、クラシカルな秋物のワンピースに身を包んだ雅由美が、

テラスの藤椅子に腰掛けながら、ティーカップを片手に微笑みかける。


「本当に素晴らしい眺めですわ、お姉様! 空気が美味しくて感動してしまいます」


「読書をするにも、最高の環境ですね。こんな素敵な別荘に呼んでいただけて……」


妹の彩美や、親友の麗華、茉莉恵、栞、そして瑞希たちが、

色とりどりの秋の装いで、嬉しそうにテラスから森の景色を眺めている。

だが、その優雅な令嬢たちのティータイムの背景で、

ドスッ、ドスッという、ひどく重く、暴力的な音が響いていた。


「……ふんっ!」


「……はっ!」


庭の隅で、別荘の管理人兼護衛として同行している竜也と黒田が、暖炉用の薪を割っているのだ。

しかし、厚手のフランネルシャツの袖をまくり上げた二人の尋常ではない体格と、

無言のまま、親の仇のように凄まじい迫力で丸太を叩き割る鋭い眼光のせいで、

どう見ても「山奥に潜伏している危険な逃亡者」にしか見えなかった。


「まあ、管理人のお二人、とってもワイルドで素敵ですわね!」


麗華が頬に手を当ててうっとりとした声を上げる。


「ええ、斧を振り下ろす筋肉が、まるで映画の俳優さんみたいですわ」


茉莉恵もキャッキャとはしゃいでいるが、薪を割る竜也の胃は、秋空の下でも悲鳴を上げていた。

(お、俺たちは極道だぞ……。なぜお嬢様方に筋肉を褒めちぎられながら薪を……っ)

胃薬を飲みたくても斧を置くタイミングが掴めず、竜也はただ涙目で丸太を割り続けた。


「ふふっ。竜也さんたち、とても張り切っていらっしゃいますわ。

……さて、皆様。私はこれから、森の茶室で美味しいお抹茶を点てますわね」


「わあ、お姉様のお点前、とても楽しみです!」


雅由美は親友たちに微笑むと、一人、別荘の裏手にある森の野点のだての席へと向かった。

赤や黄色に染まった落ち葉の絨毯を踏みしめ、茶室の準備を整えていると、

背後の木立から、気配を完全に消した竜也が音もなく近づいてきた。


「……お嬢。お楽しみのところ、誠に申し訳ありません」


「あら、竜也さん。薪割りは終わったのかしら」


「はい。……それよりも、裏の報告です。関西の武闘派組織『虎狼会』の残党が、

若き女会頭を舐めてシマを荒らそうと、この軽井沢まで命を狙って入り込んでおります」


竜也の低い声に、雅由美は茶筅を清める手をピタリと止めた。


「……まあ」


親友たちとの、穏やかで美しい秋の時間を邪魔されたことへの、静かで冷たい怒り。

鳶色の瞳から一切の温度が消え去り、極道のトップとしての冷酷な光が宿る。


「……散りゆく紅葉は美しいですが、不作法な落ち葉は掃除しなければなりませんわね」



雅由美は、用意してあった秋草模様の訪問着へと素早く着替え、

大きな赤い野点傘のだてがさの下で、再び静かに湯を沸かし始めた。

南部鉄器の重厚な鉄瓶から、しゅうしゅうと白い湯気が立ち上る。

カサッ、と。

周囲の落ち葉を踏む音が幾重にも重なり、木々の陰から、

武装した柄の悪い男たちが、下劣な笑みを浮かべて姿を現した。


「お嬢ちゃん、おままごとは終わりや。その綺麗な首、関西に持ち帰らせてもらうで」


チャカとドスを構えた虎狼会のヒットマンたち。

だが、雅由美は茶筅を動かす手を一切止めず、鳶色の瞳を氷のように冷たく細めた。


「……お茶の香りが濁ります。お引き取りを」


「ナメた口ききやがって! 死ねや!」


男の一人がドスを振りかざし、雅由美へと飛びかかってきた。

その瞬間、雅由美は片手で、熱湯の入った重い南部鉄器の鉄瓶を軽々と持ち上げた。


「なっ……!?」


振り下ろされた刃を鉄瓶の側面で的確に受け流し、その重みを利用して男の体勢を崩す。

さらに雅由美は、傍らに立てられていた大きな赤い野点傘をバサッと閉じ、

それを槍のように構え、流麗な合気道の足捌きで男たちの懐へと飛び込んだ。


「がはっ……!」


傘の先端が、男たちの急所を次々と、そして正確に突いていく。

銃を構える暇すら与えず、美しい紅葉を一枚も散らすことなく。

雅由美は一滴の血も流させずに、男たちを落ち葉の絨毯の上へと音もなく沈めていった。


「……日本の美しい秋を汚す罪、その身をもって知りなさい」


倒れ伏す男たちを見下ろす彼女の姿は、恐ろしいまでに気高く、美しかった。



数十分後。男たちを竜也に引き渡し、全てを片付けた雅由美は、

何事もなかったかのように、親友たちの待つ別荘へと戻ってきた。


「お待たせいたしました。少し、お湯を沸かすのに手間取ってしまって」


「雅由美さん、なんだか森の方で音がしませんでしたか?」


瑞希が不思議そうに首を傾げると、雅由美は天然な笑顔でふわりと微笑んだ。


「ええ、少し大きな森のイノシシが出たものですから、追い払っておりましたの」


「まあ! イノシシなんて、危ないですわ!」


「大丈夫ですわ。管理人さんたちが、立派な筋肉で追い払ってくれましたから」



その日の夜。

満天の星空と、ライトアップされた紅葉を望む、別荘の広大な露天風呂。

雅由美は背を隠し友人達と、温かな湯に肩まで浸かり、秋の澄んだ空気の中で笑い合っていた。


「はぁ……極楽ですわね。神龍寺さんとこうして過ごせて、私、本当に幸せです」


湯気越しに、瑞希が分厚い眼鏡を外した素顔で、心底嬉しそうに微笑む。


「ええ、瑞希さん。私も、皆様とのこの時間が、何よりの宝物ですわ」


雅由美は、夜空の星を見上げながら、優しく微笑み返した。

極道の会頭としての冷酷な世界と、完璧な令嬢としての穏やかな日常。

二つの世界を完璧に泳ぎ切りながら、少女たちの絆は、

錦秋の深まりと共に、どこまでも温かく、強く結びついていくのであった。




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