表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/35

6話

始業式が終わってから、あっという間に数日が経ち、気がつけば週末の金曜日だった。


(……ほんと疲れた)


 9月は嫌いだ。無駄に暑さが残ってるくせに、しっかり学校は始まるし。まあ、疲れの大体の原因は――間違いなく千亜希なんだけどね。


 あの後、あれやこれややらされて、そのたびに百合にウザがられて。


 最終的には――


『……いい加減にして』


(……はい、俺もそう思います)


 ──あの時の笑顔。


 笑ってるのに、声は凍るほど冷たかった。内心、ブチ切れてたんだろうな。


――そんな金曜日の夜。


「おりゃっ!」


リビングのテレビに繋いだ野球ゲーム。

俺の投げたボールがバットに弾かれ、乾いた快音が鳴った。


――カキーン!


綺麗な放物線を描いた白球は、無情にもスタンドへ突き刺さる。


「……あっ」


コントローラーをぎゅっと握ったまま項垂れると、隣の弟――幸人がニヤリと口角を上げた。


「兄ちゃん、弱すぎ」


「……舐めやがって、このガキ」


悔しさを込めて構え直し、幸人のバッターに投げ込む。


結果――三者連続三振。


「ふっ……兄の威厳は、まだ保たれたな」


俺が得意げに腕を組むと。


「四球、四球、四球、四球……からのホームラン撃たれてる時点で、威厳も何もないでしょ」


後ろのソファから、妹――由紀恵が冷ややかに言い放った。


「ごもっともで……」


こうやってこいつらとダラダラしてる時間が、一番落ち着く。

ふと壁の時計を見ると、思ったより時間が経っていた。


(そろそろ晩飯、作らないとな……)


そう思った矢先、幸人がこっちの隙を突くみたいにポンポン投げてくる。


「おいコラ、ずりぃぞ――」


言いかけたところで、横から由紀恵が俺のコントローラーをグイッと奪い取った。


「見てられない。私がやる」


(助かるよ、由紀恵……)


「ええ……姉ちゃん下手いからやだあ」


「下手じゃねえよ、この野郎」


──小学生相手にムキになるなって。


俺は苦笑いしつつ、キッチンへ向かった。


食べ盛りの幸人が満足できて、由紀恵にもちゃんと食べてもらえて、母さんの負担も増やさない。


罪悪感がなくて、身体にも良くて、財布にも優しい――


(……豆腐ハンバーグで決まりだな)


冷蔵庫を開け、材料をワークトップに並べる。


「よし。それじゃ――始めますか」


しばらくして、味噌汁の香りが漂い始めた頃。

リビングから軽い足音が近づいてきた。


「どうした、由紀恵?」


「何か手伝うことないかなって」


髪を指でくるくるしながら、のぞき込むように顔を出す。


眠そうだし、たぶん暇なんだろう。


「あらかた終わったよ。幸人は?」


「ストレートとフォーク織り交ぜてボコしたら、姉ちゃんとはもうやらないって」


「ええ……」


小学生相手に容赦ねーな。


俺は苦笑いしつつ、種をフライパンに落として焼き始める。ジュウ、と香ばしい音。湯気が立ちのぼった。


「ねえ、兄」


「……ん?」


「最近、なんかあった?」


「別に。なんで?」


「いや、なんか……楽しそうだなって」


「……楽し……そう?」


楽しいどころか、酷い目に遭いまくってるんだが。


「うん。充実してる顔してる」


――悪い意味で充実してるよ。ほんとに。


「全然。全く。微塵もこれっぽっちもっ!」


俺は豆腐ハンバーグを勢いよくひっくり返した。

ジュウッ、と油が弾けて、顔に少しだけ熱気がかかる。


「……そ、そうなんだ」


由紀恵は困ったように苦笑いして、ぽつりと言った。


「私てっきり、兄に彼女でもできたのかなって」


「……」


──沈黙。


キッチンに響くのは、焼ける音だけだ。ジュウウウ……。


「……今ので、だいたいわかった」


「……なんで、そんなこと聞くんだよ」


「最近、服とか髪型とか気を使ってたし。そういうの、できたのかなって思って」


ああ……なるほど。


レンタル彼氏のバイト始めてから、清潔感とか意識するようになったしな。誤解もされるか。


「……大人になると、みんなそんな感じになっていくんだよ」


「私と二つしか違わないじゃん……」


由紀恵が、じとっとした目で俺を見上げる。


――ガチャリ。


リビングのドアが開く音。


「あっ、お母さんおかえり〜」


「んかえりー」


「ただいまー」


仕事帰りの母さんは少し疲れた顔をしてたけど、それでも笑っていた。


「お母さん、今日早かったね」


「ええ。珍しく仕事が早く片付いたのよ」


……無理してるな。疲れてるの、こいつらに見せたくないんだろう。


(よし……ここは俺があの王道ネタで元気にして――)


俺はキリのいいところで手を止めて、母さんの方へ向かう。


「母さん、おかえり」


「敏之、いつもありがとね」


よし、今だ――いっちょ決めるか。


「ご――」


「……敏之。あんた今日、晩飯抜きね」


「まだ何も言ってないよ!!」


「あんたの顔見れば、大体わかるのよ」


母さんに呆れたようにため息をつかれて、俺は黙った。


……親って、やっぱ息子の考えてることくらいお見通しなのかもしれない。

いや、単に俺が分かりやすいだけか。


 

 ◇◇◇◇


夕飯も終わり、俺は母さんの隣で食器を拭いていた。母さんが洗った皿を、俺が布で拭いて食器カゴへ置いていく。


「敏之、あんたもゆっくりしてればいいのに」


「いいんだよ。俺が好きでやってるだけだから」


母さんは「……そう」とだけ言って、穏やかに微笑んだ。


――以前の俺なら、こんなことしなかったと思う。変わったのは、三年前。父さんが交通事故で亡くなってからだ。


父さんは不器用で、愛情表現も下手くそで。

由紀恵にはウザがられてたけど、俺たちはみんな父さんが大好きだった。


居眠り運転の車が原因で起きた、あっけない事故。何気なく続いていた日常が、たった一瞬で崩れ落ちた。


あの時、幸人はまだ幼くて、何が起きたのか分からない顔をしていた。由紀恵も、普段はウザがってたくせに、声を上げて泣いていた。


――そして母さんは。


俺たちの前では気丈に振る舞って、無理にでも笑っていたけど。


夜中、隠れて泣いている姿を見てしまった。あの光景だけは、今でも忘れられない。


でも、あの時の俺は――泣けなかった。


悲しくなかったわけじゃない。現実を受け止めきれなかったわけでもない。


むしろちゃんと「父さんはもういない」と理解していたのに、涙だけが出なかった。


ただ、眠るように冷たくなった父さんを、呆然と見つめることしかできなかった。


……今でも、なんであの時だけ涙が出なかったのか、分からない。


でも――あの日以降、俺は「誰かのそばにいる」ことが増えた。


別に自分の部屋でやればいいことでも、気づけばリビングにいる。


母さんたちも、たぶん同じだ。理由もないのに、リビングで過ごす時間が増えた。


……本当に同じ気持ちかは分からないけど。


それでも俺は、こうしてみんなと一緒に過ごしていたいと思う。


「敏之、電話鳴ってるよ」


「……え?」


母さんの声に顔を上げる。

あ、本当だ。誰だよ、こんな時間に……。


ズボンのポケットからスマホを取り出す。


「なに、兄ちゃん、彼女?」


「あら、敏之〜」


「違う違う、彼氏だよ、彼氏」


「チィ!」


――全面撤退。


高校卒業したら、マジで一人暮らししたい。

ヒソヒソ笑い合う二人に、舌打ちで応戦してやる。


そして、スマホの画面を見た。


(……この番号)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ