18話
最悪だ。とんでもなく面倒なことになってしまった。
和泉くんから、西村先輩が私を狙っていると聞いたからだ。
あの人は、とにかくしつこい。
前に告白を断ったときも、しばらく引き下がってくれなかった。
やっと、終わったと思ったのに……。
(……うぅ、どうしよう)
和泉くんに「なんとかして」って言ったけど、普通に断られた。
……まあ、そりゃそうだ。私だって学校では「関わらないで」って言ったし。
それに、もしクラスメイトに私たちの関係がバレたら――いろいろまずい。
だから仕方ない。仕方ないんだけど……。
……どうしよう。
学校に行くのが、すごく怖い。
西村先輩に何をされるのか――――そう考えただけで、もう……。
……でも、どれだけ悩んでも。朝は、容赦なくやってくる。
……とにかく、一人にならないようにしよう。
できる限り誰かと一緒にいれば、さすがの西村先輩でも絡んでこないはず。
学校にいる間は、楓たちもいるし――たぶん、なんとかなる。でも問題は、登下校だ。
……久しぶりにお姉ちゃんと一緒に行くか。
多分それが手っ取り早いし何よりあんしんする。でもいざお姉ちゃんにお願いしようと試みるも――凄く恥ずかしい。
普通に「一緒に行こ」って言えばいいだけなのに。
なのに、高校生になってから一回も一緒に行ってない。
お姉ちゃんの高校に行きたくて同じとこ選んだけど、できるなら頼りたくない。
「私は私でやる」って、ずっと思ってた……のに。
……それで今さら、って感じ。
しかも気づいたら、私、変に陽キャ女子の中心っぽい立ち位置になってて。
余計に気まずくなっちゃって……。
背に腹はかえられない。
私は勇気を出して、お姉ちゃんにお願いしてみたら――
「行くっ! 一緒に行こっ!」
……って。
少女漫画の主人公が、学校一のイケメンに告白されて「えっ……私!?」ってなる時みたいな、驚きと嬉しさが混ざった声を出して。
私のほうが、なんか恥ずかしくなってしまった。
とはいえ、これでひとまず安心――って思ったんだけど。
千亜希も「私も一緒に行く」って言い出した。
……いや、別に嫌とかじゃないよ?
むしろ、お姉ちゃんは「千亜希ちゃんも!?」ってなった瞬間、さらに嬉しそうで。
でも千亜希って、たまに何考えてるのか分からなくて。
自分の妹なのに、ちょっと怖いんだよね。
実際、一緒に学校へ行くときも――なぜか私たちの“一歩後ろ”を、ずっと歩いてたし……。
久しぶりに三人で学校に行って、無事に教室までたどり着いた。
あとは普段通り。
楓たちと適当に喋って、授業を受けて、気づけば放課後だった。
――のだけど。今日はやたら楓たちの距離が近かった。
いや、あの子たちはいつも距離感がバグってるんだけど。今日は特にすごい。
どこへ行くにも、誰かが必ず私のそばにいる。
……もちろん、今の私にはものすごく助かるんだけど。
実際、お昼休み。
飲み物を買いに楓たちと自販機へ向かったとき、西村先輩と鉢合わせた。
その瞬間、楓たちがさっと私を囲むみたいに前へ出てくれて――おかげで、西村先輩に声をかけられずに済んだ。……すごく、すごく助かった。
でも――
めちゃくちゃ疲れた〜。
今日、一人になるタイミング、ゼロだったんだもん……。
西村先輩のことで頭がパンパンなのに、そこでずっと陽キャやり続けるの、ほんと……限界。
もう、ギリッギリ。
帰り道。
空はまだ少しオレンジで、夏の名残みたいな湿った風が制服の袖をぺたっと肌に張りつかせる。
最寄り駅へ向かう道を、私は楓と並んで歩いていた。
今朝。お姉ちゃんたちと学校へ行く途中、楓からラインが来た。
『今日、一緒に帰ろ〜』って。
教室と変わらないノリで、楓はどうでもいい話を投げてくる。私は適当に相槌を打ちながら歩いていると、楓がふっと話題を変えた。
「そういえばさ〜」
「ん〜?」
「うちのクラスに、今泉っておるじゃん?」
「……今泉?」
「あ〜違った。和泉だ、和泉。」
「あ〜……いたね」
……まさか楓の口から、和泉くんの名前が出るなんて思わなかった。
「そいつがさ〜。西村先輩に絡まれたみたいで」
「……へぇ」
「ほら、和泉って……ん〜、ナツには悪いけどさ。ナツの彼氏にクリソツらしいじゃん……?」
「…………」
「それを、ゆっくんが『似てる〜』って西村先輩に言っちゃったらしくて」
「……それで?」
「西村先輩が、またナツのこと狙ってるっぽい」
「えぇ〜……マジ?」
「マジマジ。」
楓は肩をすくめて、ふんっと鼻を鳴らした。
「だからさ。腹立つんだよね」
「……なにが?」
「せっかくナツが彼氏といい感じの時にさ。そういうのに水差す奴」
「…………」
「うちらも、付き合いたての頃にやられたからさ。西村先輩に」
楓は軽く舌を出す。
「だから――仕返しついでに、ナツに手ぇ出させないようにしてやろってさ。あたしらで決めたの」
「……ありがと」
「も〜、らしくない顔すんなよ」
楓はそう言いながら、私の腕を軽く肘で小突いた。
……でも歩く速度は少しだけゆっくりになっていて。その優しさが、なんだか余計にむず痒い。
――と。
「……あ」
楓が急に立ち止まった。
「どしたの?」
「スマホ……ない」
「……は?」
楓はポケットを叩いて、バッグの中をガサガサ探して、顔をしかめる。
「やっば。教室に置いてきたわ、これ」
「はぁ!? なんで今気づくの!」
「だって今まで喋ってたし! スマホ触る暇なかったし!」
……開き直りがすごい。
「取りに戻る! ナツ、着いてきてっ!」
「えぇ!?」
「ナツ1人にする方が心配じゃん?ほら早く早く〜」
「んも〜」
楓が私の腕を引っ張って、くるっと方向転換する。 駅のほうへ向かっていた足が、学校へ引き戻された。
昇降口まで戻ると、まだ帰りの生徒がちらほら残っていた。
……よかった。誰もいないより、百倍マシ。
「んじゃ、ナツ、ここで待ってて」
「ええ!? ここで!?」
楓は「余裕っしょ」みたいな顔で、さっさと校舎へ入っていく。私は置き去り。あっけに取られて声も出ない。
(いやいやいや、ここで置いてかれたら意味ないって!!)
ほんのちょっぴり、昇降口が静かになった気がした。人の気配が、薄くなっていく。
なんか……いやだな。
「――百合さん」
「……っ!?」
反射で肩が跳ねた。
恐る恐る振り返る。
爽やかな顔で、西村先輩がそこにいた。
(……最悪)
私は少し嫌そうに目を逸らした。
「ここで何してるの……?」
「……友達待ってるだけ」
「へぇ……」
「今から、ちょっと遊びに行かない?」
「……は?」
あまりにも自然に言われて、逆に反応が遅れた。
(今の格好、部活中でしょ……?)
サッカー部の練習着。どう見ても「今から遊びに行く」格好じゃない。
「西村先輩、部活は大丈夫なんですか?」
「ん〜、大丈夫でしょ」
軽く笑って、肩をすくめる。
「サッカー部の部長さんなんでしょ?」
「……別にいいよ。サッカーもお遊びだし」
私はただ苦笑いするしかなかった。
(楓、早く帰ってきて……)
「それで、どう……?」
「だから友達待ってるって……」
「うん、知ってる。だからちょっとだけ」
さらっと言って、西村先輩が私の手首を掴んだ。
「――ゃ」
痛い、というより――動かない。指が食い込んで、骨まで押さえられてるみたいに力が強い。
(……やだ。怖い)
助けを呼ばなきゃ、って頭では分かってるのに。息が喉に引っかかって、声が出ない。
「……っ」
口を開いたはずなのに、出てきたのは掠れた空気だけだった。
――笑って返せ。冗談で流せ。そう思うのに、喉が震えて音にならない。
(……やだ。助けて)
――その時。
「待ってっ!」
その一言で、胸の奥がほどけた。
視界の端から、お姉ちゃんが飛び込んできた。




