17話
俺は生徒会室へ向かうため、廊下の人波を縫うように歩いていた。
ふと、今朝のことを思い出す。
あのあと松田たち――陽キャ女子グループは、できるだけ百合と行動を共にしていた。
休み時間も移動も、いつも以上に一緒にいる。
さすがの西村先輩も、あれじゃ手を出しにくかったんだろう。
結局、特に何事もないまま放課後を迎えた。
そしてさっき。
百合は松田に手を引かれるみたいにして、教室を出ていった。
(……思ったより、あいついい奴なんだな)
口はうるさいし、ノリも軽いし、正直苦手なタイプだ。
でも、なんだか少し見方が変わった。
(……これなら大丈夫だな)
肩の力がふっと抜けて、俺はそのまま生徒会室の前まで来た。
軽く扉をノックして、生徒会室に入った。
「あっ、和泉くん!」
パイプ椅子に座っていた百合先輩が、こっちを見て微笑む。
その笑顔だけで、変に緊張する自分に腹立つ。
「百合先輩、早いんですね」
「そりゃ、私が呼び出したんだし。早いに決まってるよ」
百合先輩は、向かいの席を手で示して俺を促す。
「……とりあえず、座って座って!」
……なんか、テンション高いな。
百合先輩の目が、やけにキラキラして見えた。
「……はい」
俺が椅子に腰を下ろしたところで、切り出す。
「百合先輩が俺を呼び出した理由って――」
言いかけた瞬間。
「それより聞いてよ! 和泉くん」
「……あ、はい」
「今日ね。菜月ちゃんがねっ! 『一緒に学校行こ』って誘ってきたんだっ!」
「はあ……そうなんですか」
百合先輩はミーティングテーブルをパンッと叩いた。
「反応が薄いよ、和泉くん!」
「……す、すみません」
「いい? 和泉くん。菜月ちゃんが……菜月ちゃんがね。一緒に学校行こって、言ってきたんだよ?」
百合先輩は、しみじみした顔でうなずく。
「高校に入ってから、いっっちども一緒に行かなかったのに……」
声が、少しだけ震える。
「……今日、いっしょに行こって……」
「……逆に、これまでなかったんですか?」
「……中学の頃が最後だよ。あの頃は菜月ちゃんと千亜希ちゃん、三人で一緒に行ってたのに……」
百合先輩は、どこか遠い目をした。
「高校生になったら、みんなバラバラで行くようになっちゃってさ……」
「……先輩から誘ったりは?」
「誘ったよ。けど、菜月ちゃんは『いい』って断るし……千亜希ちゃんは、いつの間にか家にいないし……」
(――菜月はまあ、学校の人たちに百合先輩と一緒にいるところを見られたくないんだろう。分かる。でも千亜希の「いつの間にか家にいない」は、なんか別の怖さがある)
百合先輩は、胸の前で指をぎゅっと握って――
「だからね……今日、いっしょに行こって誘ってもらえたのが嬉しかったし……」
「それに、千亜希ちゃんも……ちゃんと、そこにいて……」
「……もう、嬉しくて……嬉しくて……」
「……それは、良かったですね」
「あっ、でも帰りは別でって断られた」
百合先輩は肩を落として、机にぺたっと頬を乗せた。
「まあ、いいんですよ。十分です、私……」
……と思ったら、すぐにケロッとした顔に戻って満足そうにうなずく。
「……ところで、百合先輩」
俺は改めて切り出す。
「ん? なにかな……?」
「俺を呼んだ理由って、なんですか……?」
「この話をするため」
「――は?」
「だって、聞いてほしかったんだもんっ!」
俺はがくっと体勢を崩して、椅子からずっこけた。
俺はてっきり、昨日の話の続きが来ると思ってた。
だからちょっと身構えてたんだけど……違ったらしい。
「あっ、ちなみに。教室で菜月ちゃん、どうだった……?」
「あぁ〜、いつも通りでしたよ。女子達と普通に笑ってました」
「そっか、そっか」
百合先輩が、ほっとしたように頷く。
「菜月ちゃんにちょっかいかける子は……いなかった?」
「…………えぇ、まあ……」
俺は少しだけ視線を逸らした。
「……そういえば、百合先輩」
「ん? なにかな?」
俺は気まずさをごまかすみたいに、別の話題を振る。
「家だと……妹さんたちと、どんな感じなんですか?」
「え?」
一瞬きょとんとしたあと、百合先輩はふふっと笑った。
「うーん……普通だよ。ほんとに普通」
「普通?」
「うん。意外かもしれないけど、家だと結構静かでね。ソファにだらーってしながらスマホ触ったり、ドラマ観てたり……」
(……百合らしいな)
「……想像つかないですね」
「でしょ? 和泉くんが知ってる菜月ちゃんとは別人みたいだよね」
百合先輩は指を折りながら、楽しそうに続ける。
「千亜希ちゃんはね。普段は自分の部屋でゲームしてることが多いかな。……何のゲームかは分かんないけど、お父さんから借りたやつをやってるみたい」
「……へぇ」
「リビングに来るとき、いつも満足そうなんだよね」
(――想像、したくねえ……)
「百合先輩は、家で何してるんですか?」
「えっ……私!?」
百合先輩はちょっと驚いた顔をして、すぐに視線を泳がせた。
「私は普通。……特に何もしてないよ」
「……何も、はないでしょ」
「え〜、ほんと全然おもしろくないよっ。勉強したり、料理したり、本読んだり……」
「他には?」
「……部屋で、その……ちょっと……」
百合先輩は唇をもごもごさせて、耳のあたりまで赤くなる。
「そ、それより! 和泉くんの方はどうなの!?」
百合先輩は咳払いをひとつしてから、こっちを見た。
「え、俺っすか……?」
「うんっ!」
「それこそ俺なんて面白くないですよ。晩飯作ったり、部屋の片づけしたり、妹と弟の面倒見たり……」
「えっ、和泉くん、きょうだいいるの!?」
「はい。百合先輩と同じで、俺が一番上です」
「そうなんだ……」
「うち、親が仕事で遅いんで。俺がいろいろやってる感じです」
百合先輩は目を丸くして、少し間を置いてから――
「……偉い」
ぽつりと、噛みしめるみたいに言った。
「私とは、全っ然違う……」
「……いや、そんなことないと思いますけど」
「そうかな〜」
「多分、妹さんたちも百合先輩のこと、すっごく頼りにしてると思いますよ」
「そっ、そう……?」
百合先輩は一瞬きょとんとしてから、照れくさそうに視線を泳がせた。
でも、口元だけは少しだけ嬉しそうに緩んでいた。
――その瞬間。
「……っ」
百合先輩の表情が、すっと固まる。
さっきまでのゆるい空気が、一気に引っ込んだ。
「……菜月ちゃんの声が聞こえた……」
「えっ……?」
けど、百合先輩は何か聞こえたらしい。
「行かないと……菜月ちゃんが呼んでる」
「えっ、えぇ!?」
百合先輩は思い切り立ち上がると、そのまま生徒会室を飛び出していった。
俺も慌てて椅子を引き、追いかける。
(いや、マジで聞こえたのか……?俺には何も聞こえなかったけど)




