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11話

月曜日の昼休み。

千亜希に呼び出されて、俺は屋上へ向かったのだが――


「一体何がどうしたら、こんな面白い展開になるんですか!」


「知るかよ……」


千亜希は手にした一枚のプリクラを見て、ケラケラ笑っている。

その様子に、俺は盛大にため息をついた。


彼女が握っているのは、先週末――ナツさんと撮った、あのプリクラだ。


あの日の夜。なぜか千亜希からラインが来た。


『トシ先輩、今日プリクラ撮った相手いませんでしたか?』


なんで知ってんだよ、と返したら。


『とりあえず月曜の昼、屋上に持ってきてください』


……それだけ。


「まさかナツ姉が、トシ先輩をレンタルするなんて」


「……偶然だぞ」


よく考えれば当然だった。


百合菜月にそっくりだった“ナツさん”が――


普通に、百合本人だっただけの話だ。


本当に別人だったら、逆にホラーだし。あそこまで似てたら。

 

とはいえ、面倒くさい状況になったのは事実。

これじゃあもう、エロ同人みた――


「こんなエロ同人みたいな展開するなんて」


「言うんじゃないよ!!!」


俺が心の中で思ってたことを、そのまま口にする千亜希に、思わず全力でツッコんでしまった。


「これでサクッとナツ姉のこと寝取れますね、トシ先輩!」


「妹の口から出る言葉じゃねぇよ……」


俺は小さくため息をついて、言いづらいことを切り出す。


「……千亜希」


「なんです?」


「やっぱさ、これ使うのはやめとこう。なんか、その……」


「ナツ姉が可哀想、ってことですか?」


「まあ、そうだな」


千亜希はプリクラをひらひら揺らしながら、じとっと俺を見てくる。


「……この前、ナツ姉の“素”を知っちゃったから気が引けてるんですね?」


「まぁ……」


「確かにナツ姉は“高校デビューしただけの、実はド陰キャ”ですけど――」


「……おい」


「だっっっからいいんじゃないですか!!」


「えぇ……」


「これまで必死に築き上げた陽キャイメージ、人間関係……それが、たった一人のモブに秘密を握られて、ズルズル堕ちていくっていう……あぁ……興奮してきた……」


「……まともじゃない」


俺はドン引きしかなかった。


「まあ、トシ先輩が“嫌だ”って言うなら――」


「なら?」


「トシ先輩の秘密、全部バラしちゃうだけです♡」


「…………」


沈黙。


俺はそっと、千亜希の手からプリクラを抜き取った。


「じゃ、寝取ってきまーす」


(悪いな……百合)


俺は家族のためなら、良心の一つや二つくらい捨てられる男だ。あの小悪魔の言いなりになって寝取りでもなんでもしてやる。


(よし……寝取るぞ。これ使って寝取るぞ……!)


そう心の中で呟きながら、俺は屋上を後にした。


あいつのことだ。


たぶん、教室にいる。


そう思って階段を降りる。


踊り場を通り過ぎ、廊下へ出た――その瞬間。


「……いたっ!!」


背後から鋭い声が飛んできた。

振り返ると、百合が立っていた。


……ちょうどいい。これを見せて、あとは――


(……って、あれ? なんかめっちゃ怒ってない!?)


鬼の形相でズカズカ歩いてきた百合は、俺の目の前に立つなり――


「ちょっと。面、貸しなさい」


「えっ……!?」


「いいからっ!」


腕を掴まれ、そのまま空き教室へ引きずり込まれた。


――な、なにこれ!?もしかしてバレた!? いや、まだ気づいてないはず――


バタン、と扉が閉まった瞬間。


「あんた、何したの?」


「えっ、はっ、え?!」


「千亜希に何したの!?」


「おっ……落ち着いて」


「とぼけないで! あんた、さっき千亜希とどっか行ったでしょ!?あたしにちょっかい出すだけならまだしも……千亜希にまで何かするなんてっ!!」


「ちょ、ちょっと待ってっ!」


まくし立てる百合に、俺は後ずさる。

足がもつれて――そのまま、しりもちをついた。


その拍子に。


手に持っていたプリクラが、するりと滑って菜月の足元へ落ちた。


「……なにこれ。プリクラ?」


百合が拾い上げる。


……あ。まずい。


心臓が跳ねた。


「…………なんで、これが?」


百合はスカートのポケットからスマホを取り出し、プリクラの裏を確認する。


「落としてないし……他のは家に置いてあるはずなのに……なんで……」


ぶつぶつと独り言をこぼしてから、百合はゆっくり俺を見る。次に手元のプリクラを見る。

そして、また――俺。


「…………」


視線が往復した、その刹那。


「……っ!?」


百合の肩がびくりと跳ねた。


目を丸くして、息を呑み――信じられないものを見るみたいに、じり、と後ずさる。


(あちゃ……)


心臓が、嫌な音を立てた。


「ト、ト……トシ……さん……?」


震える声で、百合が俺の名前を呼ぶ。


……あぁ。バレちゃった。


「あ、あはは……ど、どうも」


乾いた笑いしか出てこない。


「…………」


百合は震えていた。

小刻みに、細かく。


(……いや、待て、ここがチャンス……!)


「これがバレたらどうなるかわかって――」


 言いかけた瞬間。


「……ありえない。ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない……」


百合は同じ言葉を反芻しながら、目を泳がせる。


「……これは悪い夢……そう、悪い夢……あはは……」


(……ダメだこりゃ)


完全に現実逃避してる。


百合の目は虚ろで、魂がすっと抜けていくみたいで――


「……終わった……私の学校生活……終わった……ああぁぁ…………」


周囲の空気だけが、白く燃え尽きたみたいに冷えていった。


(え、どうしよこれ。どうしたらいいんだ……?)


「おーい、聞こえてる?」


百合の目の前で手を振ってみるが――


「…………」


反応ゼロ。


そのときだった。


キーンコーンカーンコーン。

昼休み終了のチャイムが鳴り響く。


「あ、やば……。おーい、昼休み終わったぞ〜」


「…………」


(……無反応!)


このまま二人とも遅れたら、変に疑われるのは確実だ。


「……百合。俺、先行っとくぞ」


そう言って背中を向けた、その瞬間。


ガシッ。


腕を掴まれた。


「どこにいくの? どこにいくの? どこにいくの? どこにいくの? どこにいくの? どこにいくの? どこにいくの? どこにいくの? どこにいくの? どこにいくの? どこにいくの? どこにいくの……?」


(ひぇ…………怖ひ!!)


腕を掴んだまま、壊れたオルゴールみたいに同じ言葉を繰り返す百合。

声は小さいのに、背筋がぞわっとするほど圧がある。


(……これ以上動いたら、やばい)


いや、下手に刺激したら何するか分からない。

百合の目は、完全に理性のスイッチが切れている。


――とりあえず、命が最優先。


落ち着かせるしかない。

ここは逃げずに、なだめる。それしかない。


「……ひゃ、百合。お、落ち着け……な? 話は……ほ、放課後に続き、しよう……?」


声が震える。

でも仕方ない。生き残るには、これしかない。


「……放課後?」


ぴたり、と百合が言葉を止めた。

そして、ぎこちない人形みたいに顔を上げて俺を見る。


「…………逃げない?」


「……逃げません」


「……わかった……じゃあ放課後」


ふっと力が抜けて、腕が解放される。


(あ、危ねぇ……)

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