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10話

はぁ……疲れた。


今日はほんと暑かった。

化粧は汗でよれてくるし、髪もふにゃっとしてくるし、もう限界。


家に着くなり、お風呂場に直行してシャワーを浴びた。

髪をざっとタオルで拭いただけのまま、リビングのソファにぽふっと沈み込む。


(……はぁ〜〜……)


我ながら、よく頑張ったと思う。

休日に――

お姉ちゃんと千亜希ちゃん以外の“誰か”と出かけるなんて。

しかも男の人と。

しかも初対面の人と。


そんなの、今まで一度もなかったのに。


事の発端は、楓が

『ねぇねぇ、彼氏の写真ないの? 見てみたいっ!』

なんて言い出したことだった。


すると周りの子たちも、待ってましたと言わんばかりに

『え〜気になる!』『見せてよ〜!』

って一斉に便乗してきて……。


……そう。


ちょっと前に私が、見栄張って“彼氏がいる”なんて変な嘘をついちゃったせいで、


こんな大惨事になってしまった。


まあ確かに、そのおかげで変な男子が寄ってこなくなったっていうメリットはあった。


『お姉ちゃんはダメでも、妹ならいけるかも』みたいな浅はかな子も、ぱったり。


――あのバカを除いて。


あのバカについては……うん、もういい。放置。


今いちばん怖いのは、“彼氏がいない”ってバレることだ。


これまでは言葉を濁したり、話題を逸らしたりして誤魔化してきたけど……正直、限界。

どこかで絶対ボロが出る。確実に。


なら、その前に。

「彼氏がいるっぽく見える証拠」があればいい。


写真でもなんでも。

楓たちに“ほらね”って見せられれば、たぶんそれで終わる。


あの子たち、基本ノリで生きてるし……。

――ただ、問題がひとつ。


肝心の“彼氏役”がいないこと。


しかも、私の口が勝手にハードルを上げたせいで……

楓たちには『大学生のイケメン彼氏』なんて、余計な設定まで盛ってしまった。


……いや無理だよ。

そんな人、いないって。

そもそも私に、そんなコミュ力ないし。


どうしようって悩んでた時――ふと思い出した。


ちょっと前に読んだ、レンタル彼女が題材のラブコメ漫画。

“レンタル彼女があるなら、レンタル彼氏もあるでしょ!”って、軽い気持ちで検索してみたら――


……あった。


普通に、あった。


しかも彼氏役の人たち、みんなモデルみたいにかっこいい。


これなら……いける。

プリクラを一枚撮ってしまえば、あとは何の問題もない。


――そう思ってた。思ってたのに。


高い!?


サイトを開いた瞬間、現実が殴りかかってきた。


1時間で5000円。

しかも2時間からじゃないと予約できないし、そのうえ、デート代はこっち持ち。


ぼったくりかと思って慌てて他のサイトも見たけど――

どこも、だいたい同じだった。


高校生には、この出費は痛すぎる。

バイトしてたらまだしも、うちの学校バイト禁止だし。


……う〜ん、どうしよう。


悩みに悩んだ末、背に腹はかえられず、私は意を決して予約を入れた。


『高校生以下の利用はご遠慮ください』の文字を見なかったことにして……


選んだ相手は、条件にしてた“大学生のイケメン”にちゃんと当てはまっていた。

本当は、こういう「いかにも陽キャです!」みたいな人、ちょっと苦手なんだけど……ここは我慢。


前払いだったので、そのまま支払いも済ませた。

あとは当日を迎えるだけ――の、はずだった。


……のに。


前日になって、思わぬ連絡が入った。

担当予定の人が風邪を引いたらしい。

このままキャンセルするか、料金を一部返金したうえで“代わりの人”を紹介できる、と。

正直、財布的にはかなりダメージが大きかった。


少しでも安くなるなら助かる。

迷った末、私は“代わりの候補”から選ぶことにした。


送られてきた一覧の中に――


トシさんの名前があった。


彼を選んだのは……まあ、消去法に近い。


最初に予約してた人みたいな陽キャ全開!でもない。

かといって、他の候補みたいに、写真だけでイケメンオーラが漏れてるわけでもない。


特別に、容姿が飛び抜けてるから――じゃない。


でも――写真の中の彼は、どこか“普通っぽくて”、“優しそう”だった。


……うん。たぶん、それだけでよかった。


当日。

緊張しすぎて、私は待ち合わせより少し早く着いてしまった。


……なのに。


もう、彼はそこにいた。


写真で見たときの、あの柔らかい雰囲気。

そのままで、ちょっとホッとした。


――のだけど。


私の顔を見るなり、


「あ、いや……ちょっと知り合いに似てたもので」


急に変なテンションでキョドり始めて――


(……この人、大丈夫かな……?)


って、普通に思った。


第一印象は優しそうだったのに、

一言しゃべった瞬間、さっきまでの緊張が吹き飛ぶくらい――不安が増えた。


……でも。


それも、最初だけだった。


歩きながら、話してるうちに、

いつのまにか不安も緊張も、どこかに消えていって。


あぁ、こういうのが“デート”なんだ。


隣に誰かがいて、どうでもいいことで笑って、

同じ景色を見て、同じタイミングで顔を見合わせたりして――


……いいなあ、って。


気づいたら、心がふわっと軽くなっていた。


だから――本当に、あっという間だった。


まだ時間あるって思ってたのに、気づけばもう終わりで。最初の目的すら、どこかへ置き忘れてしまうくらい楽しくて。


帰り際になって、やっと――やっと勇気を出して、彼に「一緒にプリクラ撮ってほしい」とお願いした。


……終わり間際に、無茶なお願いだったのに。


トシさんは驚くほど自然に、

当たり前みたいに笑って、引き受けてくれた。


その優しさを思い出すだけで、胸の奥がふわっと温かくなる。


私はもう一度、あの時撮ったプリクラを眺める。


(……うぅ〜……)


見れば見るほど恥ずかしい。

本当に、仲良しのカップルみたいで……。


その場のノリ――だったはずなのに。

よくあの時、あんな距離で撮れたなって、自分でも不思議に思う。


終わり際で、緊張がほとんどほどけていたから、なのか。

それとも――トシさんだったから、一緒に撮れたのか。


胸の奥が熱くなる、その理由を自分でもうまく言葉にできなくて、ただぼんやりとプリクラを見つめていた。


「…………」


「……っ!?」


ふと視線を上げた瞬間――

ダイニングテーブルの椅子に座っていた千亜希と、ばっちり目が合った。


スマホ片手に、じーっとこっちを見てる。

その顔は呆れ半分、興味半分……いや、ほぼ呆れだ。


「……ち、千亜希、いたの!?」


「ん。ずっとね」


……気づかなかった。


いや、それより――私、変な顔してなかった!?


絶対ニヤけてたよね!? やだぁぁぁ……。


「てかナツ姉。ちゃんと髪乾かしてケアしなよ。前みたいにギシギシになって泣く羽目になるよ?」


「う、うるさいなあ!!」


……うぅ、図星すぎて、言い返せない……!


「だめよ、菜月ちゃん。ちゃんと乾かさないと。せっかく綺麗な髪が傷んじゃうでしょ?」


ダイニングキッチンのほうから、お姉ちゃんがひょいっと顔を覗かせた。


「……うぐっ」


「あぁ、もう……わかったよ。乾かしてくる」


――よし。このまま流れに乗って、自分の部屋に逃げよう。


私は居心地の悪いリビングから逃げるみたいに、ソファから立ち上がった。


「――あ、ナツ姉」


「もう何?」


背中から千亜希の声が刺さる。


「さっきまで、何を見てニヤニヤしてたの……?」


「ぐっ……!?」


やばい。変な声が漏れそうになる。


「あぁ〜、そういえば確かに菜月ちゃん、ニコニコしてたね」


お姉ちゃんまで即参戦。


「休みの日なのに珍しく頑張ってオシャレして出かけてたし。ねー、ナツ姉?」


「ほんとほんと。今日はいつも以上に可愛かったわ〜。お友達とお出かけだったのかしら?」


……もう、やめて。恥ずかしい。


「てか、あれだけオシャレするなんて男の子でしょ? 彼氏とか」


「……っ」


千亜希がニヤリ。

なんて鋭いの、この子。


(……いや、逆にチャンス?“本当に男の子とデートしてきた”って言えば、千亜希を黙らせられるんじゃ――)


そう思って口を開きかけた、その瞬間。


「それは絶対ないわ」


お姉ちゃんが、即答でバッサリ斬ってきた。


「…………」


……ひどい。


お姉ちゃんから見て、私はそんなに“彼氏いなそう”に見えてたのか……。じ、地味に傷つく……。


「じゃ、さっきナツ姉が見てたやつ見ればわかるでしょ!」


「ちょ……!? 待ってっ!」


千亜希が勢いよく私に飛びついてくる。


私はプリクラを守ろうと必死に身体をくねくねさせるけど――


あっさり奪われた。


「あ……」


終わった。

絶対いじられる。


「…………」


千亜希は無言でプリクラを見つめている。

まじまじと。じっと。


……ねぇ、それやめて。ちょっと怖い。


「こら、千亜希ちゃん! 菜月ちゃんが困ってるでしょ!」


お姉ちゃんの叱る声が飛ぶ。


「……はい」


「ふえ……?」


千亜希は素直に、私へプリクラを返してきた。


……え、どういうこと?もっと騒がれたり、いじられたりすると思ってたのに。逆に怖いよ、千亜希……。


「菜月ちゃん、本当に困ってたんだからね。千亜希ちゃんもほどほどにしなさい」


「はーい」


お姉ちゃんに注意されると、千亜希はいつもの調子に戻って、スタスタとダイニングの椅子へ戻っていく。


手に戻ってきたプリクラをそっと胸に抱えたまま、私はぽかんとしつつリビングを後にした。

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