表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/35

12話

放課後。

俺は学校の最寄り駅から少し外れたカフェに来ていた。――少し前に、千亜希と入った、あの店だ。


クラスの連中に見つからないように、時間をずらして、別々に来る。

それが、百合との約束だった。


そして今。


俺の向かいの席には、“ナツさん”――百合本人が座っている。

二日前も、こうしてカフェで向かい合っていた。


違うのは――あの時みたいな空気じゃないってことくらいだ。


百合はアイスカフェラテをひと口飲み、ストローを軽く噛んでから口を開いた。


「……誰にも、言ってないですよね?」


「言ってない。……っていうか、ずっと見てただろ」


陽キャモードは完全に解除されている。

もうバレた以上、取り繕う意味なんてないんだろう。


今の百合は、完全に“素”だ。


――昼休みのあと。


百合に解放され、俺はギリギリで教室に滑り込んだ。だが、そこからが地獄だった。


午後の授業中も。

授業と授業の間の、短い休み時間でさえも。


じぃ……


百合の席のほうから、刺さるような視線が飛んでくる。


定期的に。

いや、体感だと数分おきに。


その視線はもう――

「余計なことしたら分かってるよね」って、無言で言ってくるレベルの圧だった。


おかげで。


午後の授業内容は、一ミリも頭に入らなかった。


「……スマホ、貸してください」


「だから言ってないって!」


「人にちょっかいかけてくる人のこと、信用できます?」


「……うぐ」


言い返せない。

実際、信用度ゼロの行動を積み重ねてきた自覚はある。


百合はカップを机に置いて、俺をまっすぐ見据えた。


「……昼休みのとき。私に何かしようとしてましたよね?」


「…………いいえ」


即答。

全力で否定。


(クソ……どう切り抜ける)


「それと、千亜希の件についても……ちゃんと説明してもらいますから」


「…………」


完全包囲網。逃げ道、なし。


「逃がしませんよ?」


百合は淡々と――でも確実に刺さる声で言う。


「……あんなバイトしてたことも。これまで私にちょっかいかけてきたことも。周りの人たちに、全部言いますから」


――詰みかけてる。


「……はあ。わかったよ」


俺は観念して、背もたれに体を預けた。


「まず最初に言っとくけど。俺は本当に、誰にも言ってない」


「……信用できません」


「じゃあ逆に聞くけどさ。言ったところで、誰が信じる?」


百合は黙る。


「俺と、お前だぞ?」


「……でも、あのプリクラがあるじゃないですか」


「そうだな。あれを見せたら、間違いなく信じてもらえる」


俺は一度息を吐いてから、続けた。


「でもさ。そんなことになって、周りから色々言われたら……お前ならどうする?」


「……復讐がてら、あなたがレンタル彼氏なんてしてるって先生にチクります」


「だろ?」


俺は苦笑いを浮かべる。


「だからこそ困るのは俺なんだよ。言った瞬間、一番終わるのは俺自身なんだから」


「…………」


百合はストローを指先で弄びながら、じっと俺を見つめてくる。


「……じゃあ。千亜希との件は?」


「……それなんだけど」


少し言いづらくて、俺は視線を逸らした。


「お前の妹――千亜希。あいつ、俺があのバイトしてること、知ってるんだ」


「……え?」


「信じなくてもいい。でも、そのことで俺に命令してくるんだよ。逆らえないって分かってて」


「……命令?」


「お前と――百合先輩に、ちょっかいかけろって」


 まあ、寝取れなんて、流石に言えんけどさ。


(そんなこと正直に言ったら、話が余計ややこしくなるし)


「……なるほど。そういうことですか」


「え、納得するんだ……」


百合は一瞬だけ視線を落として、静かに息を吐いた。


「……この前、千亜希にあのプリクラを見られたんです」


「あぁ……うん。それで俺にもってこいって言ってたしな」


「その時、あの子の反応が妙に気になって……。今の話を聞いて、点と点が繋がったというか……」


百合は小さく呟く。


「……結局、原因はあの子かあ……」


「結局ってことは、前にも何かあったのか?」


「うん……千亜希って、面白そうって思ったら後先考えずに突っ走るタイプだから……」


「あぁ……分かる。今回も完全にそのノリだったし」


想像以上にぶっ飛んでるヤツだよ。ほんとに。


「……いろいろ迷惑かけちゃって、ごめんね」


百合は少し申し訳なさそうに頭を下げる。


「いや、俺も嫌な思いさせたし……まあ、おあいこってことで」


「……うん。ありがとう」


少し間が空いてから、百合が思い出したように口を開いた。


「それなら……私から千亜希に釘刺しておこうか?あなたに迷惑かけるなって。そうすれば、私もちょっかい出さなくて済むし」


「……いや、それはやめてくれ」


「え? なんで?」


百合はきょとんとした顔でこっちを見る。


「……あいつの性格だと、腹いせに俺のバイトのこと先生にチクりかねない」


「そ、そこまでしないよ……? 根はいい子だし……」


「仮にバレたら、お前の秘密も道連れだ」


「なんでよっ……!!」


「旅は道連れ、世は情けってやつ」


「意味わかんないしっ……!!」


百合はムッとした顔で反論してくる。


「これだと、私だけやられ損です。不公平……だから」


百合は一拍置いて、はっきりと言った。


「私のお願い、聞いてもらいます」


「……俺にできる範囲なら」


「私の彼氏になってください」


――まあ、要するに“彼氏役”ってことだろう。

ここは、この前の仕返しをしてやる。


「そういうことか。悪いけど俺、お前みたいなやつには興味――」


「わっ……!!」


百合が慌てて身を乗り出す。


「ち、違う! そういう意味じゃないです!!」


顔を赤くして、ぶんぶん手を振った。


「……あと、それ。この前のこと、絶対根に持ってますよね?」


ムッと口を尖らせて睨んでくる。


「純粋無垢な男の子の心を傷つけた罪は、重たいのよ」


「そ、それに関してはごめんなさいっ!」


「……ごめん。普通に真に受けないで」


あぁ……、無理してあのノリを演じてるんだな。


「……で。あれ、もう見せたんでしょ? 反応はどうだった?」


「評判、良かったですよ」


「そ、そういう意味じゃなくて……俺だって、気づかれなかった……よね?」


千亜希にはバレた。

他にも気づくやつがいるかもしれない。正直、それはマズい。

百合は少し考えてから、首を横に振った。


「大丈夫だと思います。雰囲気、全然違いますし」


「……そっか。それなら、いい」


俺は小さく息を吐いて、肩の力を抜いた。


「……そうなると、なんでまた彼氏のフリをする必要があるんだ?」


「必要ってほどじゃないですけど……万が一に備えて、です」


百合は淡々と言う。


「ほら、保険はいくつあっても困りませんから」


「……なるほどね」


あのプリクラ一枚だけだと、正直心許ない。

そう考えると、百合の言い分は理にかなっている。


「その……和泉くんの都合のいい時に合わせますので……」


「あぁ……わかった」


俺は短く相槌を打つ。


「参考までにさ。どういうところがいいとか、あるか?」


「ん〜……あんまり人が多くなくて、落ち着いたところがいいです」


「仮にも陽キャキャラ演じてる割には、ずいぶん大人しいな」


「……海が見える温泉とか」


「年寄り臭いこと言ってんな……」


そう言った瞬間、百合がじっと俺を睨んできた。


(……やっべぇ。今のは失言だったわ)


一瞬、殺気みたいな圧を感じて、俺は慌てて言葉を重ねる。


「と、とりあえず。百合が気に入りそうで、それっぽい雰囲気の場所、探してみるよ」


百合は数秒、俺の顔を見つめたまま――


「……楽しみにしてます」


そう短く答えた。


さっきまでの圧が影を潜めて、俺は内心ほっと息をつく。


「とりあえず、いろいろ疑いも晴れたし……今日は解散でいいか?」


「そうですね……あっ」


「ん? どうした?」


百合は少し間を置いてから、こちらを見る。


「和泉くん。私たち協力関係ってことになりましたけど……」


「うん」


「学校では、あくまで今まで通りでお願いします」


念を押すみたいに、はっきりした口調。


「そりゃ、もちろん」


これ以上ややこしいことになるのは御免だ。


「では……末永く、よろしくお願いします」


にこり、と営業スマイルみたいな笑顔。


……その台詞は絶対違うだろ。


内心、ツッコミを入れつつ、俺は黙って頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ