第8話 冒険者と村
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助けた冒険者四人組は、思っていた以上に賑やかな面々だった。
いや、助けた直後から片鱗は見えていたのだが、いざ同じ道を進むことになってみると、片鱗どころではなかった。四人しかいないのに会話の密度が妙に高い。若い冒険者というのは、たぶんこういうものなのだろう。元気があるのはよいことだ。少なくとも、全員が重たい沈黙に沈んでいるよりは、ずっと助かる。
最初に名乗ったのは、斥候役らしい軽装の少女だった。明るい茶髪を後ろでひとまとめにしていて、目がよく動く。見るからに落ち着きがない――いや、機敏と言ったほうが本人は喜ぶかもしれない。ちょっと怪しいが、そうしておこう。
「あたしはリナです! 斥候やってます!」
元気がいい。さっきまで魔物に襲われていたとは思えないくらい元気がいい。たぶんこの人は生命力が高い。
次に、杖を抱えていた少年が少し慌てたように頭を下げた。やわらかそうな灰色の髪に、どこか気弱そうな目つき。けれど手にしている杖はきちんと使い込まれていて、軽そうには見えなかった。
「僕はノアです。土属性の魔法を使います」
土か、とアルトは思う。雰囲気に少し合っている。派手さより、ちゃんと支えるほうの魔法が似合いそうだった。
その次は剣士の少年だ。黒髪を短く切りそろえ、姿勢が妙にいい。冒険者というより、少し兵士見習いのような雰囲気がある。
「レオです。剣を担当しています」
最後に、盾を背負った少女が一歩前へ出た。落ち着いた濃紺の髪を肩で切りそろえ、目つきは静かだが芯がある。四人の中では、いちばん周りをよく見ているのがこの子だろう。
「私はマリナ。盾役です。改めて、助けていただいてありがとうございました」
全員分の名乗りを聞いて、アルトはなるほどと頷いた。わかりやすい。役割が顔つきに出ているというか、だいたい第一印象通りというか。いや、たぶん実際にはそんな単純ではないのだろうけれど、今のところはかなりわかりやすい。
アルトも馬車の脇に立ち、きちんと頭を下げた。
「僕はアルトです。こっちが妹のフィオナと、弟のルカ」
フィオナは少し緊張したように裾をつまみ、きれいにお辞儀をした。
「フィオナです」
ルカも少し遅れて真似をする。
「ルカ」
サラも控えめに一礼した。
「侍女のサラでございます」
ミレイアはいつもの落ち着いた調子で続く。
「魔術を教えております、ミレイアです」
ガレスは短く。
「ガレスです」
最後に、少し離れて御者台のほうにいたカイルをアルトは見た。
「それから、あっちがカイルです」
名を出されたカイルは、一応こちらへ視線だけ寄越した。相変わらず愛想は薄い。けれど、最初のころのむき出しの警戒に比べれば、かなりましになった。かなり、というのは、目つきが少しだけ「噛みつきます」から「たぶん今は噛みつきません」くらいになったという意味である。進歩だ。たぶん。
最初のうちは、冒険者たちもそこまで深くは気にしていなかった。助けてくれた人たち、道を共にする相手、その程度の認識だったのだろう。
だが、道を進みはじめてしばらくしたころ、リナがふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、アルトさんたちって辺境の村まで何をしに行くんですか?」
その問いに、アルトは素直に答えた。
「領地に移るために移動してるんです」
四人がそろってきょとんとした。
「……領地?」
レオが聞き返す。
「はい」
「その、貴族様の……?」
ノアが少し声をひそめる。
そこでアルトは、あ、そこからか、と気づいた。たしかに普通はそこからだ。辺境へ向かう旅人はいても、「領地へ移る」はだいぶ話が違う。
「はい、侯爵です」
アルトが言うと、四人の顔色が目に見えて変わった。
「侯爵!?」
リナが半歩飛び退き、ノアが杖を抱えたまま固まる。
「こ、侯爵様のご子息でいらしたんですか!?」
マリナまで珍しく目を大きくした。レオも一瞬だけ姿勢が揺らいだ。
しまった、と思わなくもない。いや、隠すつもりはなかったのだが、言うとこうなる。さっきまでわりと気安く話していた空気が、一瞬で「えっ偉い人!?」に切り替わってしまった。肩書きというのは怖い。
「一応、そうですね」
アルトが苦笑すると、四人は露骨に姿勢を正した。怖がらなくていいのに、と思うが、侯爵位というのは平民や冒険者からするとそういう響きなのだろう。
「も、申し訳ありません!」
ノアが慌てて頭を下げる。
「その、ずいぶん気安くお話ししてしまって」
「無礼がありましたら」
レオまで硬くなった。マリナもきりっとしすぎて少し怖い。リナに至っては、さっきまでの勢いがどこへいったのかというくらい大人しくなっている。人は驚くとここまで一斉に固まるものなのだな、とアルトは少し感心した。
だから、できるだけ軽い声で笑った。
「いや、そこまで畏まらなくて大丈夫ですよ」
四人がそろって目を瞬く。
「というか」
アルトは少し肩をすくめた。
「追い出されちゃいましたし、そこまで気にしなくていいです」
その言い方があまりにも軽かったのだろう。四人は今度は別の意味で固まった。
「お、追い出されたんですか!?」
リナがそろそろ聞く。
「はい」
アルトは頷いた。
「なので、いわゆる普通の侯爵家のご子息って感じでは、もうあんまりないです」
「そんな軽く言うことなんですか!?」
ノアがたいへんまともな反応をした。わかる。僕も他人に言われたらたぶん同じことを思う。
「軽く言わないと、ちょっと重いので」
「あ……」
それには妙に納得された。ノアは素直でよろしい。
アルトは続けた。
「だから、本当にそこまで畏まらないでください。助けてもらうのもこっちですし、一緒に旅するなら、そのほうがやりやすいでしょう?」
四人は顔を見合わせた。マリナがいちばん先に頷く。
「……わかりました」
レオも少しだけ肩の力を抜く。
「では、お言葉に甘えて」
リナが恐る恐る言った。
「じゃ、じゃあ……アルト様?」
「あ、はい」
そこは様付けになった。完全に戻りはしないらしい。まあ、無理に戻させるのも変だ。アルトは少し苦笑した。
「そのくらいなら」
「うわ、侯爵家の人に様付けしてる」
「そこは普通では?」
マリナの冷静なツッコミに、リナが「それもそう!」と元気を取り戻す。よかった。やっぱりこのくらい騒がしいほうがしっくりくる。
その日の野営は、思っていた以上に賑やかだった。
火を囲んで食事をするとなると、どうしたって距離は縮まる。むしろ離れて食べるほうが変だ。貴族の食卓なら距離も礼儀もあるが、今は辺境へ向かう旅の途中である。そういうのは少し脇へ置いておくべきだろう。
料理を担当したのは、もちろんサラだった。
簡易鍋で煮た野菜と干し肉のスープ、香草を利かせた焼きパン、保存のきく塩漬け肉を薄く炙ったもの。それだけと言えばそれだけだ。けれど、同じ材料でも作る人が違うと驚くほど味が変わるらしい。アルトたちはもう知っていたが、冒険者組は知らなかったようで、最初の一口で目を丸くしていた。
「えっ」
リナが固まる。
「おいしい……」
ノアが真顔で言う。
「うまいですね」
レオはかなり本気の顔だ。
マリナに至っては二口目が妙に早かった。
サラはやわらかく微笑んだ。
「ありがとうございます」
「いや、でもこれほんとにおいしいです!」
リナがぐいっと身を乗り出す。
「こんなおいしい野営食、初めて食べました!」
「僕もです!」
ノアが力強く頷く。
「野営食ってもっとこう、固くて、味が薄くて、人生について考える感じのものじゃないんですか!?」
「人生について考える野営食」
アルトは思わず繰り返した。
「何それ」
「干し肉かじってると、たまにそうなりません?」
ノアが真顔で補足した。
「僕たち、たまになります」
「へえ……」
それは少しだけわかる気がする。固いものを延々噛んでいると、なぜ自分は今これを噛んでいるのかという根本へ意識が向くことはある。人は咀嚼とともに哲学へ近づくのかもしれない。いや、近づかなくていい。
「本当に、こんなおいしい野営食初めてです」
マリナも珍しく素直に言った。
「これなら毎日でも食べたい」
レオはそこまで言ってから、はっとしたようにサラへ頭を下げた。
「……失礼、厚かましかったですね」
「いいえ」
サラは穏やかに笑う。
「そう言っていただけるのは嬉しいです」
その返し方まで綺麗だなあとアルトは思う。たぶんサラは本当にすごい。料理だけでなく、人への接し方までうまい。もしかして最強なのではないだろうか。少なくとも、生活力においてはたぶん一行最強である。
フィオナとルカも少しずつ冒険者たちへ慣れてきたようだった。ルカはリナの早口に少し圧倒されつつも嫌ではないらしく、隣でぽつぽつ話している。フィオナはマリナの落ち着いた受け答えに安心したのか、少しだけ表情をやわらげていた。
アルトは火の向こうでわいわいしている若い冒険者たちを見ながら、かわいらしい素直ないい子たちだなと思った。年齢は近いし、実際そこまで子ども扱いするのも違うのだろうけれど、感想としてはだいぶそれだった。素直で、わかりやすくて、元気で、ちょっと無茶をしそうで。つまり少し目が離せない。あれ、これ双子を見るときの感覚にちょっと似ているな、と気づいたところで、アルトはそっと視線を逸らした。認めたらたぶん面倒だ。兄属性はときどき勝手に拡張されるので困る。
旅はその後も続いた。森はさらに深くなり、道は悪くなり、人の気配は減る。ようやくルーウェン地方の端へ入ったころには、馬の足にも、乗っている側の身体にも、それなりの疲れが溜まっていた。
そして、その日の夕方。
遠くに、煙が見えた。
最初に気づいたのはリナだった。斥候らしく前方を見ていた彼女が、木立の切れ間から見える空を指差す。
「煙!」
その声で全員の空気が変わる。
アルトも御者台の横から身を乗り出して見た。灰色の煙が、夕暮れの空へ細く上がっている。焚き火にしては量が多い。嫌な予感しかしない。
「村ですか」
マリナが低く言う。
ミレイアは目を細めた。
「位置的に、ルーウェン外れの村の一つでしょう」
ガレスが即座に判断する。
「急ぎます」
馬車の速度が上がる。近づくにつれ、煙だけでなく喚声も聞こえてきた。人の悲鳴。怒号。何かが壊れる音。
村が襲われていた。
野盗だ、とガレスが短く言った。見れば、粗末な武装の男たちが家々を荒らし、村人を追い立てている。数は十を超える。いや、十五はいるかもしれない。多い。思っていたより多い。だが同時に、統率は甘い。ただ力で押し入って、弱い相手を痛めつけているだけの集団だとわかった。
アルトの中で、何かがすっと冷えた。
嫌なものを見るときの冷たさではない。逆だ。頭が静かになる。視界が澄む。考えるべきことが一本にまとまる。
「ミレイア先生」
「ええ」
短い呼びかけだけで、先生はアルトの考えを察したらしい。
「やってみなさい」
その言葉に、アルトは頷いた。
村へ駆け込もうとしていた野盗の一人、その頭上に魔力を走らせる。水属性。周囲の湿気。地中の水分。そこへ自分の魔力を噛ませる。術式は最低限でいい。大事なのはイメージだ。
人ひとりが完全に埋まる量の水を、一瞬で、そこへ。
空中に、巨大な水塊が現れた。
野盗が目を見開く間もない。そのまま頭から落ちた水の塊が、上半身を丸ごと呑み込む。暴れようとしても、水は逃がさない。次。次。次。アルトは視線を走らせるごとに、別の野盗の頭上へ同じ水塊を出現させた。人間一人が完全に埋まる大きさの水が、空から落ち、ぶつかり、包み込む。しかもただの水ではない。逃げようとする力を受け止め、動けば動くほど形を変えて絡みつく。
「うわっ!?」
「な、なんだこれ!」
「た、助け――ぶはっ!」
野盗たちが一斉に混乱した。そりゃそうだ。急に空から自分ひとり分の水が降ってくる経験など、普通の人生ではまずない。できれば僕もされたくない。
だがアルトは止めなかった。生み出した水塊を、一箇所へ集める。野盗たちを包んだまま、引き寄せる。引き寄せる。引き寄せる。大きな水の塊が地面を滑るように動き、中に複数人を呑み込んだまま村の広場の中央へ集まっていく。暴れる男たちは、息を継ぐ暇もなく水の中で方向感覚を失い、やがて一人、また一人と気を失っていった。
全部合わせれば、かなり大きな水塊になっていた。広場の真ん中に、野盗十数人を丸ごと封じ込めた巨大な水団がうねうねしている。見た目としてはだいぶ異様である。やっている本人が言うのも何だが、だいぶ異様だ。
最後の一人がぐったりしたのを確認して、アルトは水をゆっくりと解いた。どさどさと野盗たちが広場へ転がる。全員気絶。たぶん生きている。少なくとも今のところは。
静かになった村の広場で、最初に声を上げたのはミレイアだった。
「素晴らしい!」
思いきり褒められた。
「複数同時生成、個別制御、集束、圧による気絶誘導……非常に良いですね! しかも村人を巻き込まない位置取りまでできている!」
「ありがとうございます」
褒められて嬉しい気持ちはもちろんある。あるが、先生のテンションがちょっと高い。だいぶ高い。たぶん研究者気質の人が好きなものを見るとこうなるのだろう。
その一方で、若い冒険者四人組はと言えば。
全員、揃って引いていた。
リナは口を開けたまま固まり、ノアは杖を持つ手が止まっている。レオはさすがに顔には出しすぎていないが、目が完全に「今の何?」と言っていた。マリナに至っては、盾を構えたまま微動だにしない。たぶん思考が止まっている。
「……えっと」
ノアが最初に絞り出した。
「アルト様」
「はい」
「今の、何ですか」
「水です」
「そうじゃなくて」
だろうね、と思う。そりゃそうだ。
リナがようやく我に返ったらしく、半歩下がりながら言った。
「いや、待って、こわいこわいこわい!」
「怖くはないですよ」
「いやいやいや、あんなの空から降ってきたら普通に怖いですって!」
「そうでしょうか」
「そうです!」
レオが低い声で付け足す。
「……想像していた水魔法と違いました」
「どう想像してたんですか?」
「こう、もう少し穏やかに水球を飛ばす感じかと」
「それは初歩ですね」
ミレイアが横から当然のように答えた。
「今のはかなり良質な制圧術です」
マリナが小さく呟く。
「制圧術って、こういう……」
「こういうのもあります」
先生がきっぱり言い切った。やめてください先生、追い打ちはちょっとかわいそうです。
ルカが馬車の窓から身を乗り出して、きらきらした目で言った。
「アルト兄様、すごい!」
フィオナも呆然としつつ、でも誇らしそうだった。
「……兄様らしいです」
「どういう意味?」
「やさしそうに見えて、わりと容赦がありません」
それは少し心外だった。いや、少しだけだ。たぶん少しだけ。
ともあれ、村は助かった。野盗は全員気絶して転がっている。村人たちは恐る恐る家の陰から出てきて、何が起きたのかわからない顔をしていた。無理もない。村を襲っていた野盗たちが、突然空から降ってきた大量の水に包まれ、ひとまとめにされて気絶しているのだ。説明されても一回では理解しづらいと思う。
夕暮れの中、広場の真ん中でずぶ濡れの野盗たちを見下ろしながら、アルトはひとつだけ思った。
やりすぎたかな。
でもまあ、村人が無事だったので、たぶんよしとしよう。たぶん。きっと。
少なくとも、先生は大絶賛だし、冒険者の四人はまだ引いているし、そのあたりを総合すると、だいぶうまくいったのだと思う。たぶん。
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