第5話 現実は時折、ひどく残酷で
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フィオナとルカの適性検査の日、屋敷の空気は朝から重かった。
アルトが検査を受けた日の緊張とは、また少し違う。あのときは、自分がどう見られるかという不安が大きかった。けれど今日は違う。今日、試されるのは双子だ。そして双子がどう判定されるかによって、父がどう動くかを、アルトはもう知ってしまっている。
それが、怖かった。
朝食の席でフィオナはいつもより静かで、ルカもさすがに落ち着かない様子だった。元気な彼が黙ってスプーンを持っているだけで、兄としてはだいぶ心配になる。元気な子どもは多少騒がしいくらいが平常運転なのだ。静かなルカは、つまりかなり緊張している。
アルトはふたりの向かいに座りながら、できるだけやわらかく言った。
「だいじょうぶだよ」
ルカが顔を上げる。
「兄様……」
「怖いよね」
アルトは正直に言った。
「僕も、自分のときは怖かったし」
フィオナが膝の上で指先をぎゅっと組む。
「……お兄様は、ちゃんと適性がありましたわ」
その声は小さかった。慎重で聡いフィオナは、もうわかっているのだろう。問題は適性があるかどうかそのものではなく、父がどう受け取るかだと。
「そうだね」
アルトはうなずいた。
「でも、たとえ何が出ても、僕はふたりの兄だから」
ルカがわずかに目を見開く。
「兄様」
「だから、ひとりで怖がらなくていいよ」
それは励ましであり、アルト自身への言い聞かせでもあった。
食卓の上座では、父レオンハルトがいつものように無表情に食事を進めていた。母エレノアも、表向きは平静を崩していない。エドガーだけが、いつも以上に静かだった。白銀の髪の下の赤い瞳が、朝から何度も双子へ向いている。何か言いたいのに、言葉が見つからないのだろう。その沈黙が、兄の心の内をかえって雄弁に語っていた。
やがて父が口を開いた。
「時間だ」
それだけだった。
食卓の空気が、さらに冷えた気がした。
適性検査は、アルトのときと同じ小礼拝室で行われた。神聖な場のほうが魔力の乱れが少ないからだという。部屋の中央には淡く光を受ける水晶球。床には術式陣。老司祭とミレイアが控え、後方には父、母、そしてエドガー。アルトも双子のすぐそばに立っていた。
フィオナの手が、少しだけ震えているのが見えた。
ルカは口を引き結んでいる。強がっているのだろう。まだ七つだというのに、そうやって怖さを飲み込もうとしているのを見ると、胸が痛んだ。
「フィオナ」
アルトは小さく呼んだ。
「……はい、お兄様」
「僕がいるよ」
フィオナは少しだけ目を見開いて、それから小さくうなずいた。
「はい」
最初はフィオナだった。
老司祭に促され、水晶へ手を伸ばす。小さな白い指先が透明な球へ触れる。室内は静まり返っていた。誰も息をしていないのではないかと錯覚するほどだった。
だが――何も起きなかった。
水晶は透明なままだった。陣も、光らない。空気も震えない。老司祭が静かに眉を寄せる。ミレイアも水晶へ視線を落とし、もう一度、というようにわずかにうなずいた。
「もう一度、手を」
フィオナは無言で従った。
二度目も、同じだった。
何も起きない。
嫌な沈黙が落ちた。
アルトの胸の奥が、冷たくなる。
老司祭は慎重に言った。
「……四大元素の反応が見られません」
その一言で、空気が変わった。
フィオナの顔から血の気が引く。母が息を呑む。エドガーの表情が強張る。父だけが、ひどく静かだった。
次はルカだった。
「兄様……」
かすれた声で呼ばれて、アルトはルカの肩へそっと手を置いた。
「だいじょうぶ」
嘘かもしれないと思いながらも、そう言うしかなかった。
「やってごらん」
ルカは小さくうなずいて、水晶へ触れた。
けれど。
やはり、何も起きなかった。
一度。
二度。
何も。
老司祭の声は今度こそ重かった。
「……ルカ様にも、四大元素の適性反応はございません」
適性なし。
その判定が、部屋の中央へ冷たい石のように落ちた。
双子はまだ、その意味のすべてを理解してはいないだろう。けれど、悪いことだというのはわかってしまったらしい。フィオナは小さく息を詰め、ルカは唇を震わせた。二人とも目に涙が溜まっていく。
アルトはその姿を見て、頭の中が真っ白になるのを感じた。
違うだろう、と思った。
そんなはずがない。
こんなに、こんなに大事で、こんなにきれいで、こんなに生きているのに、何もないわけがない。何も持っていないわけがない。そう叫びたかった。けれど今ここで、それを言葉にしても意味がないこともわかっていた。
意味を持つのは、父の言葉だ。
そして父は、ゆっくりと口を開いた。
「……そうか」
そのたった一言に、アルトは背筋が凍った。
自分のときの「そうか」とは違う。もっと冷たく、もっと切り捨てる響きだった。
「四大元素の適性なし」
レオンハルトは双子を見た。
「侯爵家の子としては、致命的だな」
フィオナがびくっと肩を震わせる。ルカは耐えきれず、目から涙を落とした。
「父上」
思わずアルトが声を上げると、父の視線がこちらへ向いた。
「黙っていろ、アルト」
「ですが」
「黙れ」
その一喝は大きくはなかった。だが、鋭かった。
母エレノアが前へ出ようとする。
「レオンハルト様、まだ」
「まだ何だ」
父の声は静かだった。
「適性なき者を家に抱える価値があるとでも?」
その言葉に、部屋の空気が凍りついた。
アルトは、一瞬意味がわからなかった。いや、意味そのものはわかった。わかってしまった。だからこそ、理解するのを心が拒んだ。
価値がない、と言ったのだ。
フィオナとルカを。
この小さくて、震えて、必死に立っている双子を、父はそう言った。
ルカがとうとう声を上げて泣いた。フィオナも唇を噛んでいたが、目から涙がこぼれ落ちる。アルトは、その姿を見た瞬間、胸の奥で何かが切れた気がした。
前世の記憶が焼きついている。
守れなかったかもしれないという悔い。
間に合ったのか最後まで知らないまま終わった苦しさ。
そして今、目の前でまた、大切な弟妹が傷つけられている。
「選ばせてやろう」
父の声が響く。
「今ここで私の手にかかるか」
フィオナとルカの顔が恐怖で凍る。
「あるいは貴族籍を剥奪され、追放されるか」
その言葉を聞いた瞬間、アルトは考えるより先に動いていた。
双子の前へ、一歩。
父と双子のあいだへ、自分の身体を滑り込ませる。
「アルト」
父の声が低くなる。
けれどもう、止まれなかった。
「父上」
アルトはまっすぐ顔を上げた。
「……せめて、慈悲を」
「慈悲?」
「この子たちはまだ子どもです。何も知らず、何も選べません」
「だから何だ」
「どうか、どうかそれだけは」
喉が熱かった。怖くないわけがない。父が本気で怒っていることくらい、アルトにもわかる。膝が震えそうになる。けれど、退けなかった。
退いたら、この背中の向こうにいる二人を、父の言葉がそのまま傷つける。
それだけは嫌だった。
「役立たずを庇うのか」
父の声は冷えきっていた。
「なら、お前も不要だな」
その瞬間、エドガーが前へ出た。
「お待ちください、父上」
赤い瞳が、まっすぐ父を射抜いていた。
普段は不器用で、感情を言葉にするのが得意ではない兄が、今ははっきりと前へ出ている。それだけで、アルトの胸が詰まった。
「何だ」
「辺境の余り領地がございます」
父の視線が動く。
「……ルーウェンのことか」
「はい」
エドガーは一歩も引かなかった。
「アルトへあの地を預けてはいただけませんか」
「ほう」
「使い道の薄い土地です。ならば、使い道を作らせればよい」
声は低い。だが、確かに震えていた。怒りでも恐れでもなく、押し殺した焦りと悔しさが混ざった震えだった。
「アルトに領地を治めさせるのです」
「そして?」
「結果を出せなければ、そのとき切り捨てればよろしい」
母が息を呑んだ。
アルトもまた、一瞬だけ兄を見た。
兄は、自分に逃げ道を作っているのではない。
父が飲み込める理屈の形で、なんとか命をつなごうとしているのだ。
それがわかったから、アルトは何も言えなかった。
レオンハルトはしばらく沈黙し、それからゆっくりと言った。
「条件がある」
「……はい」
「五年以内に、ルーウェンを立て直せ」
部屋の空気が張る。
「加えて、武勲を立て、陛下より正式な領地を賜り、爵位を得ろ」
アルトは目を見開いた。
「その爵位の当主となれれば、フィオナとルカをお前の家の者として認めよう」
静かだ。静かなのに、あまりにも重い。
「できなければ」
父の目が、双子へ向く。
「この二人に侯爵家の名は不要だ」
むちゃくちゃだ、と思った。
五年で領地経営を成功させ、武勲を立て、王に認められ、爵位を得る。十歳の子どもへ課す条件ではない。正気を疑う。父は本当に正気なのだろうかと、子として少し心配になるレベルだった。心配したところで優しさは湧かないが。
それでも。
それでも、道がゼロではなくなった。
アルトはぎゅっと拳を握りしめ、深く頭を下げた。
「……お受けします」
エレノアが目を見開く。ミレイアも息を呑んだ。老司祭は沈痛な顔で黙っている。父はただ短く鼻を鳴らした。
「よかろう」
その瞬間、フィオナが嗚咽を漏らした。ルカも声を殺しきれず泣いている。アルトは振り返りたかった。大丈夫だよと言いたかった。けれど今それをすれば、自分まで泣いてしまう気がしてできなかった。
代わりに、背筋を伸ばした。この場では、まだ崩れられない。
すると、その横でエドガーがわずかに顔を伏せた。アルトはそこで初めて、兄の表情をまともに見た。
ぐしゃぐしゃだった。
普段は崩れない兄の顔が、どうしようもなく歪んでいた。罪悪感と無力感と悔しさが、全部そこに出ていた。自分の提案で、アルトに途方もない重荷を背負わせたことを、兄自身が痛いほどわかっているのだろう。
それでも、あの場で兄はこれしか選べなかった。アルトにもそれはわかった。だから、責める気持ちは少しもなかった。エドガーは何か言おうとした。けれど結局、何も言えずに唇を引き結び、そっと目を逸らした。
そしてそのまま、静かに部屋を出ていった。
その背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。
エドガーは口下手と表情金が動かないだけでちゃんと感情豊かな子です
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