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第4話 魔法修行

よろしくお願いします!

二日に一話更新予定です!

 水の初歩魔法を覚えてから、アルトの毎日は前より少し忙しくなった。


 いや、少しどころではないかもしれない。朝は変わらず勉学、昼には剣術、午後には魔術理論と実技、そして空いた時間にはフィオナとルカの見守りである。見守りという名の半分構い倒しだろう、と言われると否定しきれないが、必要なことなので仕方ない。フィオナとルカはかわいいし、見ていないところで転んだり危ないことをしたりすると兄の心臓によろしくない。つまり必要経費である。


 もっとも、双子に関しては最近エドガーもだいぶ同類だった。


 以前は「別に見ていない」「たまたまだ」と言っていた兄だが、今ではその言い訳もだいぶ雑になっている。双子が歩けば見ているし、転びそうになれば支えるし、フィオナが小さく笑えば少しだけ口元が緩む。ルカが危なっかしい動きをすれば、無言で一歩前に出る。どう見ても兄である。


 ある日、アルトが言った。


「兄様、最近だいぶお兄様ですね」

「意味がわからん」

「前よりずっと双子に甘いです」

「甘くない」

「そうでしょうか」

「違う」

「ルカが昨日、兄様の服を引っ張っても怒らなかったのに?」

「……小さいからな」

「フィオナに花を渡されて受け取ってましたよね」

「断る理由がない」

「だいぶ甘いと思います」

「アルト」

「はい」

「お前は最近、俺をよく見ているな」

「兄様もでは?」

「……」


 返事がなかった。勝ったな、とアルトは思った。いや、兄相手に勝ち負けを考えるのもどうかと思うが、こういう小さいやり取りで一歩先に立てると少しだけ楽しい。


 そんなふうに日常は流れていく一方で、魔術のほうでは、アルトの中で少しずつ違和感が育っていた。


 ミレイアに教わる初歩水術は面白かった。水を集める。浮かべる。空中へ少量の水を出す。形を保つ。どれもちゃんと楽しいし、うまくいくと嬉しい。だが、繰り返すうちに、アルトはひとつの疑問を覚えるようになった。


 魔力は、どこから来るのだろう。


 もちろん理論としては教わっている。魔力は術者の内にあり、術式を介して外へ流れ、属性と結びついて現象を起こす。そういう説明だ。間違ってはいない。


 だが、使っている感覚としては、それだけでは少し足りなかった。


 たとえば水を一滴浮かせるとき、確かに自分の内側から何かが出ていく感覚がある。使えば減る、という感覚もある。けれど、ただ減るだけではない。どこかで巡っている。そうでなければ、同じように使い続けたときの回復感が説明しにくい。


 夜、自室で一人きりのとき、アルトはこっそり試すようになった。目を閉じて、自分の中の魔力の流れを探る。どこから生まれ、どこを通り、どう巡っているのか。


 最初はよくわからなかった。そもそも「魔力の流れを感じよう」と思って感じられるなら苦労はない。世の中のだいたいの難しいものは、やろうと思った瞬間にやれていたらもう少し平和だったはずだ。残念ながらそうはなっていない。


 それでもアルトは諦めなかった。


 水術の感覚を思い出しながら、自分の中をたどる。流れるもの。まとまるもの。留まるもの。押し出されるもの。何日も続けて、ようやく、下腹のあたりに妙な感覚があることへ気づいた。


 そこに、核のようなものがある。


 目で見えるわけではない。けれど、意識を沈めると、そこがいちばん濃い。魔力の中心。前世でいうところの、丹田に近い場所だった。


「……ここだ」


 小さく呟いた瞬間、身体の奥で何かがかちりとはまった気がした。


 そこを起点に、魔力が体を巡っている。


 胸へ、腕へ、指先へ。背へ、脚へ、足先へ。使えばそこから流れ、戻ればまたそこへ落ち着く。そう思って意識すると、確かにその通りに感じられた。


 しかも、さらに観察していくと、アルトはもう一つのことに気づいた。


 魔力は自分の中にだけあるのではない。


 大気にも、大地にも、薄く、だが確かに存在している。


 水を扱うとき、空気中の湿りへ意識が伸びるのは前から感じていた。だがそれは湿気だけの話ではなかった。その湿りに絡むように、外の魔力もある。世界そのものが、わずかに魔力を帯びているのだ。


 ならば。


 内から外へ流し、外から内へ取り込めば、循環できるのではないか。


 その発想に辿り着いたとき、アルトは少しだけ興奮した。たぶんこういうのは、興奮すると失敗する。失敗するとたいてい余計なことになる。わかってはいる。わかってはいるが、面白いものを前にして静かでいられるほど達観した七歳ではなかった。


 夜、自室で、慎重に試す。


 下腹の核を意識する。そこから体内へ巡る流れをたどる。指先から外へ少しだけ押し出す。押し出した分を、空気と大地の薄い魔力に触れさせて、今度は逆向きに戻す。


 最初の一回は、何もわからなかった。

 二回目は、少しだけめまいがした。

 三回目で、かすかにわかった。


 戻ってくる。


 自分の魔力だけではない、外の薄い流れを巻き込んだ何かが、静かに内へ還ってくる。


 アルトはそこで無理をやめた。こういうのは、調子に乗った瞬間にだいたい危ない。前世でも今世でも、そこだけは経験則でわかる。面白いからといって一足飛びにやると、ろくなことにならない。たぶん、それは魔力でも同じだ。


 だから少しずつ続けた。


 毎晩、ほんの少し。自分の魔力の流れを確かめ、核を意識し、内と外をゆっくり巡らせる。アルトはそれを、自分の中で勝手に「順転」と呼ぶようになった。内へ、外へ、流して戻す。ただそれだけのことだが、名をつけると少し整理しやすい。人は不思議なもので、名前をつけると理解が進んだ気になれる。実際に進んでいるかどうかは、そのあとで頑張るしかない。


 けれど、この順転の鍛錬は、少しずつ確かな変化をもたらした。


 まず、魔力切れの感覚が来にくい。


 初歩水術を何度も繰り返しても、前よりずっと余裕がある。もちろんまったく減らないわけではない。だが減り方が穏やかで、回復も早い。加えて、魔力を練るときの密度が少しずつ増している気がした。


「……大きくなってる?」


 ある夜、下腹の核を意識しながら、アルトはそう呟いた。


 気のせいかもしれない。だが、始めたころより確かに中心の感覚が強い。核そのものが育っているのではないか。もしそうなら、とても大きい。魔力量の器が広がることになるからだ。


 もちろん、そんな話をすぐ他人にする気はなかった。説明が難しいし、そもそも独学の感覚だ。危ないと言われるか、眉をひそめられるか、そのあたりだろう。だからアルトは黙って続けた。今は結果で見せるほうが早い。


 結果は、思っていたより早く出た。


 水術の習得速度が、明らかに上がったのだ。


 初歩の水球形成、保持、複数生成、空中出現、薄膜化。ひとつずつ、思っていた以上の速さで手に馴染む。ミレイアの教える術式をなぞるだけでなく、「こう動かしたい」が先に立つようになり、水のほうもそれに応えてくれる感覚が強くなっていった。


 授業中、ミレイアが見せた水の薄膜を、数回の試行で再現できた日、彼女は珍しく目を見開いた。


「……速いですね」

「そうでしょうか」

「ええ。普通なら、そこで形を保つまでにもっと崩れます」

「ちょっとだけ、水の動きが前よりわかる気がします」

「それは素晴らしいことです」

 ミレイアははっきりと言った。

「術式は型ですが、魔法そのものは現象です。あなたはそこへ触れ始めている」


 そう褒められると、嬉しい。とても嬉しい。だが同時に、ちょっとだけ照れくさい。嬉しいと照れくさいは両立するのだと、アルトは最近よく思う。


 ガレスのほうも、剣術の成長を見逃さなかった。


 水術が伸びると、なぜか身体の使い方も少しよくなった。たぶん魔力の流れを意識することで、重心や力の通し方にも敏感になったのだろう。ある日の稽古で、木剣の連続打ち込みをこれまでより長く保てたとき、ガレスは豪快に笑った。


「ハハッ! これはこれは、鍛えがいがあります」

「ほんとうですか」

「ええ。身体が前よりずっとまとまっている。良い傾向です」

「……うれしいです」

「素晴らしい! 素晴らしいですな!!」


 誉め方が急に勢いづいた。アルトは少し目を瞬いた。ガレスはわりと豪快な人だったが、誉めるときも全力らしい。全力で誉められると、嬉しい反面ちょっとだけ圧がある。だが嫌ではない。むしろありがたい。全力で育てようとしてくれているのが伝わるからだ。


 そして、ミレイアはもっと率直だった。


「アルト様の才は素晴らしいです」

「ありがとうございます」

「侯爵様の曇ったお眼鏡にはかなわないようですが」

「先生」

「失礼しました」


 失礼しましたと言いながら、まったく反省していない顔だった。少しだけ笑ってしまう。ミレイア先生は案外、怒るところは怒る人なのだろう。というか、アルト関連のことになると少しだけ遠慮が減る気がする。気のせいではないと思う。


 もっとも、その頃には父の関心は本当に露骨に薄れていた。


 水適性とわかった日以降、父はアルトの訓練を見に来なくなった。報告があっても短く頷くだけ。火属性のエドガーに向ける視線と、水属性のアルトへ向ける視線の温度差は、子どもでもわかるくらいには明白だった。


 もちろん、父は露骨に侮辱したりはしない。そんな無駄なことはしない人だ。だが、期待していないことははっきり伝わる。伝わってしまう。


 それは少しだけ、いやかなり痛かった。


 けれど同時に、アルトは思うようにもなっていた。なら、父が見なくても進むしかない。見ない人のために足を止める理由はない。守りたいものがあるのだから、なおさらだ。


 そして、数年が過ぎた。


 時間は早いのか遅いのか、やっぱりよくわからない。ただ、振り返れば確かに積み重なっていた。


 アルトは十歳になり、フィオナとルカは七歳に近づいていた。双子はすっかり大きくなって、歩くどころか走るし、喋るし、時々兄の服にしがみつくし、時々兄を心配そうに見上げるようにもなった。


 フィオナは慎重で聡く、ルカはまっすぐで勢いがある。その差は幼いころ以上にはっきりしていた。ふたりとも金の髪に赤と青のオッドアイを持ち、並んでいるとやたら目立つ。良い意味で。いや、兄の贔屓目もあるかもしれないが、本当にかなり目立つ。将来とんでもないことになるのではないかと、今からちょっと心配になるくらいには整ってきていた。


 エドガーは相変わらず不器用な兄で、相変わらず双子をちらちら見ているし、アルトのことも気にしている。父への反感も、以前より内側で硬くなっているようだった。父がアルトを見なくなったことを、兄はよく思っていない。言葉にしなくても、それは伝わっていた。


 一方でアルトは、水術のほうで着実に前へ進んでいた。


 初歩を終え、中級へ入り、水蒸気を使った幻惑、霧の制御、流体の圧縮、複数同時操作。順転の鍛錬も密かに続けている。その成果か、魔力切れの感覚はほとんど遠くなった。むしろ使えば使うほど馴染む感じすらある。


 そして、十歳になるころには、ついに上級水術へ手が届いた。


 細く圧縮した水流を一気に放ち、厚い木板を貫いたときのことを、アルトはよく覚えている。訓練場の空気が一瞬張り詰め、次の瞬間、板の中央にきれいな穴が穿たれた。


 ミレイアが息を呑んだ。

「……素晴らしい」

 アルトは思わず振り返る。

「成功しましたか?」

「ええ。見事です」

 その声音には、珍しくはっきりした高揚が混じっていた。

「この歳で上級水術を……いえ、まだ完成ではありませんが、それでも十分すぎるほど」

 ミレイアは自分で言いかけて少しだけ咳払いをした。

「とにかく、素晴らしいです。十歳でここまでの上級水術を扱えるのは、常識的にはかなりおかしいです」

「褒めてます?」

「全力で褒めています」


 ガレスもその板を見て、豪快に笑った。


「ハハッ! これはこれは、見事ですな!!」

「ありがとうございます」

「いや素晴らしい! 素晴らしいです!! 水術でここまで叩き抜くとは!」

「叩き抜くって言い方、剣みたいですね」

「良い技はだいたい剣みたいなものです」

「たぶん違うと思います」


 でも、ガレスが上機嫌なのは伝わった。こういうとき、この人は本当にわかりやすい。


 そして父は、やはり来なかった。


 報告だけは届いているはずだ。上級水術の行使など、侯爵家の子として見ても早い。それでも父は訓練場へ足を運ばない。興味がないのだ。火や風のように“わかりやすく価値がある”と思えないものには、あの人は視線を向ける労力すら惜しむらしい。


 それでも、アルトはもう以前ほど傷つかなかった。


 少しは慣れたのかもしれない。あるいは、父に見られなくても、自分の積み重ねを認めてくれる人がいるからかもしれない。ミレイアも、ガレスも、オズワルドも、母も、兄も。そして双子も。


 それで十分だと、言い切るにはまだ少し痛む。けれど、進むには十分だった。


 ある夕方、館の廊下を歩いていると、フィオナとルカが並んで待っていた。


「兄様!」

 ルカがぱっと駆け寄ってくる。

「おかえりなさいませ、お兄様」

 フィオナは一歩遅れて、でもきれいに頭を下げた。アルトは思わず笑ってしまう。双子なのに、こういうところがまるで違う。


「ただいま」

 そう言ってアルトはしゃがみこんだ。

「ふたりとも、待っててくれたの?」

「うん!」

「はい」

「そっか。ありがと」

 ルカがすぐに身を乗り出した。

「今日もすごかったんだって?」

「誰から聞いたの?」

「サラ!」

「情報が早いですね……」

 サラは有能である。たぶん情報伝達も異様に早い。有能すぎて、時々どこまで把握しているのか怖くなるくらいだ。


 フィオナがアルトの袖をそっとつまんだ。

「お兄様、水の魔法がお上手なのですね」

「まだまだだよ」

「そんなことありません」

 ルカもすかさず言う。

「兄様、すごいぞ!」

「ありがと」

「でも兄様、たまに無理してないか?」

 その言葉に、アルトは少しだけ目を瞬いた。

 ルカはまっすぐだった。だからこそ、ときどき核心へすっと触れてくる。

「……だいじょうぶ」

「ほんとか?」

「ほんと。まだまだ頑張れるよ」

 アルトはふたりの頭を順に撫でた。

「僕は、ふたりのお兄ちゃんだからね」


 その言葉は、本音でもあった。


 夜、ミレイアと資料を見ながら、アルトはふと双子の年齢に目をやった。七歳に近い。適性検査の年齢だ。


「先生」

「何でしょう」

「フィオナとルカも、そろそろですよね」

 ミレイアはすぐに何のことかわかったらしく、静かに頷いた。

「ええ。適性検査の時期です」

「……そうですか」

「心配ですか?」

「少しだけ」

 アルトは正直に答えた。

「僕のときより、ずっと」


 自分がどう見られるか、ではない。あの子たちが、父にどう見られるか。それが怖かった。アルト自身が水適性と出たときですら、父の反応は冷えたものだった。もし、双子に望まない結果が出たら。そう思うだけで、胸の奥がざわついた。


 ミレイアは少しだけ表情をやわらげた。

「大丈夫、とは軽々しく申し上げません」

「はい」

「ですが、アルト様」

「何でしょう」

「あなたはもう、あの時の子どもではありません」

 アルトは黙った。

「何が起きても、ただ見ているだけでは終わらないのでしょう?」

「……はい」

 その返事に、ミレイアは小さく頷いた。

「なら、備えておきなさい」

「はい」

「そして、必要なら立ちなさい」

「……はい」


 窓の外には夜が広がっていた。静かな夜だった。けれどアルトの胸の内には、静かではないものが確かにあった。


 水は流れる。形を変える。止まらない。


 ここまで積み重ねてきたものがある。守りたいものもある。だからきっと、何かが起きたとき、もう黙っているだけではいられないだろう。


 そして数日後。


 フィオナとルカの適性検査の日が、ついに決まった。

定期投稿できるように書き貯めに書き貯めてたのを投稿してます

書き貯めボーナスがなくなると…あとはお察しですね


高評価やコメントが励みになります!

別サイトにて掲載もありますのでそちらも気になる方は見てくださると嬉しいです!

Xでは作品にかかわるイラストや関係ないこともつぶやいてますのでよかったら見てみてね!

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