第12話 壁を作ろう
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防壁を作ることにしよう、と決まったあとで、アルトは本気で地面へ線を引きはじめた。
いや、比喩ではない。ほんとうに棒切れで地面へ線を引いていた。館の裏手、村と水場の位置がなんとなく見渡せる場所にしゃがみ込み、ああでもないこうでもないと土の上へ線を引いては消し、引いては首をひねる。
その様子を、双子と大人たちが少し離れたところから見ていた。
「兄様、なんかすごく真剣」
「ええ」
「怖い顔してる?」
「怖いというより、難しいことを考えているお顔ですわ」
「兄様って難しい顔してても、ちょっとかわいいよね」
「ルカ」
「なに?」
「それは口に出さないほうがよろしいかと」
「えっ、なんで?」
「兄様が困るからです」
「それはそう」
「それはそうなんだ」
アルトは顔を上げた。
「いや、聞こえてるからね」
「かわいかった?」
「そこは答えなくていいかなあ」
アルトはもう一度地面を見た。
村を囲うだけなら、ただ丸く壁を巡らせてもいい。だがそれではだめだと思った。真正面から近づいてくる敵には強くても、壁際へ張りつかれたときに死角が生まれる。死角があれば、そこへ敵が溜まる。溜まった敵を上から真下へ叩くのは案外やりにくい。
前世の知識がふっと頭をよぎった。
石の城ではなく、もっと後の時代に発達した形。角が外へ張り出し、横方向から壁際を見られる構造。死角を減らすための形。
「……稜堡」
小さく呟くと、ミレイアが反応した。
「何です?」
「壁の形です」
アルトは立ち上がって振り返った。
「ただ丸く囲うより、ところどころ外へ突き出した角を作ったほうがいいと思うんです」
「角、ですか」
ベランが首をかしげる。
「はい。こう……」
アルトは再びしゃがみ込み、土の上へ線を引いた。
「まっすぐ壁を引いて、そこに三角みたいに外へ張り出す場所を作るんです」
ルカがのぞき込む。
「とがってる」
「うん。とがってる」
「なんで?」
「壁の横を見やすくするため」
「横?」
「敵って、壁の真下まで来ると見えにくくなるでしょ?」
「うん」
「でも、こうやって外に張り出した場所があると、そこから壁沿いを横向きに見られるんだ」
「あー」
ルカは半分わかったような顔をした。
「横からどーんできる?」
「そういうこと」
「兄様、こわい」
「今のはちょっと誤解を招く言い方だな」
「でも合ってると思いますわ」
「フィオナまで」
ミレイアは地面へ描かれた形を見下ろし、ゆっくり頷いた。
「なるほど」
「わかります?」
「ええ。死角を減らすおつもりですね」
「はい」
「単純な円形や四角の囲いより、防御線としてはずっと理にかなっています」
ガレスも腕を組んだ。
「攻め手が壁際へ張りついたとき、横から叩ける」
「そうです」
アルトはうなずいた。
「正面だけじゃなくて、斜めや横からも見られる形のほうが、防ぐにはいいかなって」
ベランは感心したように地面の線を眺めた。
「そんなことまで考えられるのですな」
「……本で見たことがあるんです」
嘘ではない。たぶん前世の知識だが、今ここで細かく説明できる種類のものでもないので、そのへんで丸めておく。
「じゃあ、これでやる?」
ルカが聞く。
「うん」
アルトは線を指でなぞった。
「村と水場を含む形で、全部を滑らかに囲うんじゃなくて、ここ、ここ、それからこのあたりに張り出しを作りたい」
「できるよ!」
ルカが即答した。
「ほんと?」
「精霊たちが、変な形だけどできるって」
「変な形って言われちゃった」
「でも兄様のほうがいいって」
「精霊たちにまでちょっと評価されてる」
「兄様、うれしそう」
「うれしいよ、そりゃ」
その翌朝、防壁づくりが始まった。
場所は村の外れ、森へ向かう開けた地帯だった。まだ村人たちには大きく知らせていない。まず形になるかどうかもわからなかったし、下手に期待だけさせるのも違うと思ったからだ。
ルカは朝から妙に張り切っていた。
「やるよ!」
「うん」
「今日はほんとにすごいよ!」
「それは楽しみ」
「兄様、ちゃんと見てて」
「見てる」
「ほんとにちゃんと」
「さっきからずっとそれ言うね」
「気合い入ってるんですのね」
「はい!」
「そこは大変元気がよろしいですね」
「兄様、なんか他人事っぽい」
「いや、かなり期待してるよ」
「ならよし!」
ルカはアルトが地面に描いた線の中心あたりへ立った。何もないように見える空を見上げ、小さな手を広げる。見えない精霊たちへ話しかけているのだろう。その横顔は、こういうときだけ妙に真剣だった。
「お願いしていい?」
風が揺れた。
「うん」
ルカは頷く。
「ここから、こうぐるって」
小さな指で輪郭をなぞる。
「でも、ここはぴょこって出す」
「ぴょこって」
「兄様が大事って」
「そこ、そう訳されるんだ」
「だいたい合ってるよ!」
「まあ、合ってる」
「それで、このへんもぴょこって」
少し間。
ルカは何かを聞いて、こくこく頷いた。
「うん、それでいい!」
そして振り返った。
「行くよ!」
次の瞬間だった。
地面が、腹の底へ響くような重い音を立てた。
どん、と鈍く鳴り、続いて土がせり上がる。最初は線のように。次に帯のように。そして村と水場を囲むように、長く続く土塁が立ち上がっていった。しかもアルトが描いた通り、ところどころに鋭い張り出しが生まれていく。丸く囲うのではなく、壁線の途中から外へ突き出した角。稜堡の原型だ。
アルトは息を止めた。
すごい。
しかも、ちゃんと形になっている。外へ出た角が、死角を減らす位置にある。精緻ではないが、考えた輪郭はたしかに反映されていた。
だが、それでもまだ粗かった。
土はただ盛り上がっただけだ。高い障害物にはなっている。けれどそれはあくまで「大きな土塁」であって、防壁として使うにはまだ足りない。外面の角度も不揃いだし、上部も狭く、内側に上がる術もない。張り出し部分も輪郭はあるが、そこへ人が立って守れる形ではなかった。
「ルカ」
「どう?」
「すごい」
「えへへ」
「ほんとにすごいんだけど」
「うん?」
「もうちょっと、防壁っぽくしたい」
「防壁っぽく?」
「うん。ただの土の山じゃなくて、ちゃんと上に人が立てて、歩けて、見張れる形」
「う〜ん…。精霊にお願いするにしてもどうお願いしたらいいかな…」
「……そうだなぁ」
アルトは壁を見上げた。
「ちょっとやってみる」
ミレイアが静かに声をかけた。
「アルト様?」
「少し、形を整えます」
「水で?」
「はい」
「……興味深いですね」
アルトは壁の前へ立った。
目を閉じる。
術式ではなく、イメージを先に立てる。
必要なのは、ただ高い土の塊ではない。外から見れば登りにくい、ほぼ垂直に近い壁面。稜堡の張り出し部分も、壁沿いを見渡せるよう輪郭を締める。内側には上へ上がるための階段。通路へ出たあと、人が横に並んで巡回できる足場。さらに、外へ落ちないよう縁を立ち上げる。外側の縁は少し高めに。内側も、足を滑らせにくい程度の返しをつける。門扉や飾りはまだない。出入口はぽっかり空いたままだ。だがそれ以外は、立って守るための壁にしたい。
水を呼ぶ。
地中の湿り。周囲の水分。自分の魔力。
薄く、広く、壁の表層から内部へ流し込む。土の粒を噛ませ、緩いところを締める。外側は削り上げ、近い垂直へ寄せる。内側は一段ずつ土を引き、踏み固め、階段の形へ。上部は幅を取って押し均し、人が巡回できる通路へ変える。さらに、通路の外縁へ土を盛り、落下防止のための立ち上がりを作る。稜堡の張り出し部分も同じように整え、先端へ人が立って左右を見張れるよう足場を取る。
水が走る音がした。
土が締まる音がした。
壁全体が、じわじわと姿を変えていく。
粗く波打っていた土壁が線を持つ。外から見れば切り立った壁。内から見れば階段があり、その上に歩ける通路がある。張り出した稜堡部分も、ただ尖っているだけではなく、立って見張れる形へ整っていく。完全な石造要塞ではない。だが土の防壁としては十分に機能的だった。
門はない。扉もない。飾りもない。出入口だけが空いている。けれど、それ以外は明らかに「守るための壁」だった。
さらにアルトは、出入口の両脇を厚く締めた。門扉がない以上、せめて入口を挟む壁の基部は強くしておきたい。通路へ上がる階段は何箇所かに分けた。一箇所だけだと、そこを止められたら終わりだからだ。稜堡の内側へも、最短で上がれる階段を作る。見張りが移動しやすいように。
どれくらい時間が経ったのかわからない。
気づけば、最初にルカが立ち上げた粗い土塁は、かなりちゃんとした防壁の姿になっていた。
村と水場を含む線に沿って、稜堡を持つ土の防壁が立っている。
外から見れば、登りにくいほぼ垂直の壁面。
内側には階段があり、上には人が歩いて巡回できる足場。
通路の縁には落下しにくいよう立ち上がり。
張り出した角からは、壁沿いの外周を横へ見渡せる。
門扉も櫓もない。だが見た目としても、もう十分に「防壁」だった。
「……これは」
ミレイアがごく小さな声を漏らした。
「これが無詠唱……」
ガレスが低く唸る。
「魔術語も使っておられぬ」
「ええ」
ミレイアの声は抑えられていた。
「術式に寄らず、ただ現象を組み立てている」
「とんでもないですな」
「ええ。ですが」
ミレイアは一度言葉を切った。
「まだ荒い」
「そこを言いますか」
「言います」
ミレイアはきっぱり言った。
「発想は見事です。稜堡の形を取り入れ、死角を減らし、通路と階段を同時に組み込んだ。その判断も早い」
「十分では?」
「十分以上です」
「ですが?」
「通路幅にまだわずかな偏りがありますし、張り出し部分の縁も均一ではありません」
ガレスが少し笑う。
「厳しいですな」
「手放しで絶賛して満足させるつもりはありません。私の教え子ですので」
その声には、驚きと、誇りと、教師としての意地が全部混ざっていた。
アルトには聞こえていない。
壁を見上げて、自分のイメージがどこまで形になったかを確かめていた。
「兄様!」
「すごい!」
「ルカもすごいよ」
「でもこれ、兄様がちゃんと防壁にした!」
「うん、そこはちょっと頑張った」
「上、歩ける?」
「歩けるはず」
「行っていい?」
「まだだめ」
「えー」
「安全確認が先」
そのとき、村のほうからざわめきが聞こえた。
土がせり上がる重い音と、水で壁が締まり形を変える音が、村まで届いていたのだろう。何人かの村人が恐る恐るこちらへ歩いてきていた。昨日の野盗騒ぎに続いて今日も妙な音がすれば、見に来るのも当然だ。
最初に来たのは、やはりベランの顔見知りらしい男たちだった。だが森の手前へ立ち上がった壁を見た瞬間、全員が揃って足を止めた。
「……は?」
「えっ」
「なんだ、あれ」
「壁……?」
「いや、壁だぞ」
「階段あるぞ」
「上、歩けるぞ……」
「なんだこれ……」
ぽかん、という音が実際に聞こえた気がした。いや、たぶん気のせいだ。だがそれくらい、きれいに呆然としていた。
さらに村人たちが集まってきた。女の人も、年寄りも、子どももいる。皆、壁と、アルトたちとを交互に見ている。見る。もう一度見る。やっぱり壁がある。そういう顔だった。
「ベランさん」
誰かがようやく声を絞り出した。
「これ……」
ベランは一度壁を見て、それからアルトたちを見た。
「……アルト様たちが、作られた」
その一言で、ざわめきが大きくなる。
「作った!?」
「今!?」
「この子たちが!?」
「いや、でも」
「だって、稜堡みたいに出っ張ってるぞ」
「見張りの足場まである……」
「そんなことあるか?」
ルカがちょっと誇らしそうに胸を張った。
「ぼくもやった!」
フィオナも静かに頷く。
「わたくしたちも、ご一緒しました」
アルトは少し照れくさくなった。村人たちの視線が一斉にこちらへ集まっている。驚き、戸惑い、信じられないという顔。けれどその奥には、昨日までとは違う色も混ざっていた。
完全な信頼ではない。もちろんそんなものではない。けれど少なくとも、「この新しい領主は、口だけではないらしい」という認識くらいは、生まれ始めている気がした。
それはきっと、小さくない一歩だった。
アルトは土の防壁を見上げた。
門扉もない。櫓もない。装飾もない。だが稜堡を持ち、上に人が立てて、巡回できる。ちゃんと守るための壁だ。
ここから先、まだやることはいくらでもある。
でも、今はまず。
最初の一歩としては、かなり悪くなかった。
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