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第11話 天然資源

よろしくお願いします!

二日に一話更新予定です!

 ルカが見つけた「あったかい水場」は、その日のうちに見に行くことになった。


 アルトとしては、まず村の中の整理と館の立て直しを優先してもよいと思っていた。思っていたのだが、ルカが「今行ったほうがいいよ!」と妙に強く主張し、フィオナまで「早めに見ておいたほうがよろしいかと」と静かに同意したのである。こうなると兄は弱い。いや、弱いというより、二人がちゃんと意味を持って言っているのがわかると、無碍にしたくないのだ。


「そんなに急ぐ理由ある?」

「ある!」

「何?」

「なんかね、あそこ、すごく大事」

「また“なんか”なんだ」

「でもほんと!」

「ルカは感覚で話しすぎですわ」

「でも当たるよ?」

「それはそうですけれど」

「兄様もそう思うでしょ?」

「うん、思う」

「ほら!」

「そこで勝ち誇るのは少し違う気がするなあ」


 サラへ館を頼み、アルトはベランへ声をかけた。ミレイアも同行する。ガレスも護衛としてついてくると言ったし、カイルも無言で剣の位置を確かめていた。双子は揃って張り切っていた。ルカはほぼ案内役の顔をしているし、フィオナは落ち着いて見えるぶん、内側で少しだけ緊張しているのが兄にはわかる。


 村外れを抜け、畑の脇を通り、森の手前へ向かう。道らしい道はなく、草をかき分けながら進むしかない。ルカはときどき空中の何かを見上げて方向を確かめていた。


「こっち!」

「そんなに勢いよく行くと転ぶよ」

「転ばない!」

「それ、前にも聞いたなあ」

「今日はほんとに大丈夫!」

「今日は、ってことは普段は危ない自覚あるんだ」

「……ちょっとだけ」

「あるんだ」

「ルカ」

「なに?」

「少しは慎重に」

「フィオナは慎重すぎる」

「あなたが勢いだけなのです」

「二人でちょうどよくなれない?」

「難しいですわ」

「難しいね」

「兄様はそこで納得しないでください」


 森の縁に差しかかったところで、空気が変わった。


 湿りが増したわけではない。冷えたわけでもない。ただ、息を吸い込んだ瞬間に、身体の内側へ何かが触れる感覚があった。水の匂い。土の気配。葉擦れの音。そういう自然の中に、もっと細い、もっと澄んだものが混じっている。


 ルカがぴたりと立ち止まった。


「ここ」

 その先は、小さく開けた窪地だった。木々に囲まれ、外からは見えにくい。中央には透き通った水を湛えた浅い水場があり、その周囲に苔むした石と柔らかな草が広がっている。水は静かだった。だが、ただ静かなだけではない。じっと見ていると、水面の下で、見えない何かがずっと巡っているように感じられた。


 そして何より、魔力が濃い。


 アルトは思わず息を止めかけた。濃いのに、苦しくない。むしろ深く呼吸したくなる。身体の内側がほぐれるような、妙に居心地のいい空気だった。


「……すごい」

「でしょ!」

「うん」

「精霊たち、ここ大好きって」

「それはすごくわかる」

 ミレイアも目を細めた。

「ええ。非常に良い場所です」

 ベランは首を傾げる。

「わしには、澄んだ水場にしか見えませぬが……」

「それで間違いではありません」

 ミレイアが言う。

「ですが、魔術師にとってはそれ以上です」


 アルトは水辺へ近づいた。指先を水面へ触れさせる。冷たい。けれど刺すような冷たさではない。むしろ澄みきった感触が、そのまま指から腕へ伝ってくる。


 身体が楽だ、とアルトは思った。


 順転を続け、魔力を常に意識している自分だからこそ、余計にはっきりわかる。この場所は、自分の内側の流れを乱さない。むしろ整える。魔力が濃い場所というのは、必ずしも居心地がいいとは限らない。濁っていたり、澱んでいたりすれば逆に身体は重くなる。けれどここは違う。澄んでいる。流れが素直だ。


「兄様?」

「うん」

「どう?」

「居心地いい」

「だよね!」

 ルカは嬉しそうだった。

「ここ、ぼくも好き」

「わたくしも、嫌いではありません」

 フィオナも小さく頷いた。

「静かで、きれいで……落ち着きます」


 その横で、ガレスが少しだけ眉をひそめた。


「……私はあまり得意ではありませんな」

 アルトが振り返る。

「そうなんですか?」

「ええ。何というか、空気が重い」

 それを聞いて、ミレイアがすぐに頷いた。

「それも自然な反応です」

「自然、ですか」

「はい。ここは魔力が濃い。魔力をよく使う者、あるいは魔力量の多い者には心地よく感じられますが、そうでない者には少々重たく感じられることがあります」

「なるほど」

「特に、魔力より身体能力と活力で立つ方には、濃すぎる空気として認識されやすいでしょう」

 ガレスは腕を組んで苦笑した。

「まさにそれですな」

「ご気分は悪くありませんか?」

「悪いというほどではありません。ですが、長居は少し落ち着かぬ感じです」

 カイルも短く言った。

「俺も同じだ」

「カイルも?」

「空気が濃い」

「へえ……」

 アルトは少し不思議な気持ちになった。同じ場所でも、感じ方がここまで違うのか。たしかに、自分とミレイア、それに双子はここを心地よく思っている。対してガレスとカイルは、悪くはないが落ち着かないと感じている。人によって、場所そのものの意味が違うのだ。


「魔力の少ない方が急に入ると、酔うこともあります」

 ミレイアが続ける。

「魔力酔い、というやつですね」

「酔うんですか」

「ええ。頭痛、吐き気、倦怠感。ひどければ立っていられません」

 ベランがぎょっとした顔をした。

「それは危険では」

「管理せず人を出入りさせるなら危険です」

 ミレイアははっきり言った。

「ですが、性質を理解して扱えば、非常に価値の高い場所になります」


 その言葉に、アルトは改めて周囲を見回した。


 水場の周囲には、小さな白い花をつけた草が群生していた。葉には薄く青い筋が入り、陽を受けるとわずかに光って見える。少し離れた岩陰には、見慣れない紫がかった苔が張りついている。さらに奥の石肌には、金属とも鉱石ともつかない、淡い光沢を帯びた鉱脈のようなものまで見えた。


「先生、あれ」

 アルトが指差すと、ミレイアは目を細めた。

「……薬草ですね」

「やっぱり」

「しかも、かなり質がよい」

「こっちの石は?」

「魔力を帯びた鉱石でしょう」

 ミレイアの声に、今度こそ明確な高揚が混じる。

「大きな鉱脈ではないでしょうが、素材としては十分価値があります」

「周りの草も?」

「ええ。魔力濃度の高い場所でしか育ちにくい植物が混じっています」

 ベランが息を呑んだ。

「そんなに、ですか」

「ええ」

 ミレイアはきっぱり頷いた。

「この場所は水場であるだけではありません。資源地です」


 アルトの頭の中で、急にいろいろな線がつながった。


 澄んだ魔力の場。精霊が集う。薬草が採れる。魔力を帯びた植物が育つ。鉱石もある。これは単なる「気持ちのいい場所」ではない。守らなければならない場所だ。ちゃんと管理して、人が勝手に荒らせないようにして、でも必要な形で活かさなければならない。


 領地の強みになりうる。


 いや、もしかすると、ルーウェンにとってはかなり大きい。


「兄様」

 ルカが袖を引く。

「ここ、なくなっちゃだめだよ」

「うん」

「みんなが好きだから」

「うん」

 アルトは静かに頷いた。

「僕もそう思う」

 フィオナも水辺を見つめたまま言う。

「守るべき場所ですわ」

「そうだね」


 ベランはまだ現実味を持ちきれていない顔だったが、それでも水場の周囲を見回す目は昨日までと違った。領主の子どもが来て、精霊だの幽霊だのと言い出して、突然「ここは価値ある場所です」と言われているのだから、追いつかなくて当然である。むしろちゃんと立って聞いてくれているだけでもだいぶ立派だ。


 アルトは水場から少し離れ、周囲の地形を見た。


 村はあちら。館はあちら。水場はこの森の手前。位置としては、村からそう遠くない。けれどこのままでは、見つけた者に勝手に荒らされてもおかしくない。薬草だけ抜かれるかもしれない。鉱石を掘られるかもしれない。野盗やよそ者が根城にしても厄介だ。まして今のルーウェンには、それを防ぐ力がまだ薄い。


「……囲いたいな」

 ぽつりとアルトは呟いた。

 ミレイアがこちらを見る。

「囲う?」

「うん。この場所だけじゃなくて」

 アルトは村の方向へ視線を向けた。

「村と、この水場を含めた形で、防壁があれば少し安心できるかなって」

 ベランが目を瞬いた。

「防壁、ですか」

「はい」

「それはまた、大きく出ましたな」

「ですよね」

 アルトは苦笑した。

「でも、欲しくないですか?」

「……欲しいか欲しくないかで言えば、そりゃ欲しいです」

「ですよね」

 欲しいものはだいたい作るのが大変だ。そして大変なものほど、だいたい必要である。世の中はわりとそういう仕組みでできている気がする。


「村を守れて、この場所も守れて」

 アルトは考えながら続けた。

「将来的に人の出入りを管理できるようにして、必要な資源だけ取る形が作れたら、かなり違うと思う」

「考えとしては悪くありません」

 ミレイアが頷く。

「ですが、もちろん容易ではありません」

「うん」

「土木、人手、時間、資材」

「ですよね」

 アルトは頭を掻きたくなった。掻かなかったけれど。

「どうしたらできるんだろうな……」


 そのとき、ルカが何でもない顔で言った。


「土の壁を立てるだけなら、精霊がやってくれるよ」


 その場が静まった。


 アルトはゆっくりとルカを見る。

「……ルカ」

「なに?」

「今、すごいこと言わなかった?」

「そう?」

「そうだよ」

「だって、できるって」

「誰が?」

「精霊たち」

 ルカは本当に普通のことみたいに言った。

「土の精霊もいるし、水の精霊もいるし、道を決めれば壁くらい立てられるって」

 ミレイアが完全に目を見開いた。

「……ルカ様」

「うん?」

「それをもっと早く」

「言ったよ?」

「その情報を、もっと丁寧に」

「えー」

 ルカがちょっと口を尖らせる。

「だって兄様が考え込んでたから」

「いや、そうなんだけど」

 アルトも正直ちょっと頭が追いつかなかった。


 防壁。


 領地経営ものとしてかなり大事そうな響きのやつ。


 それを、弟が「精霊がやってくれるよ」と言ったのである。兄としては嬉しい。嬉しいが、軽い。情報の出し方が軽い。内容は重いのに出し方が軽い。ルカはそういうところがある。


「ほんとにできるの?」

「できるって言ってる」

「どのくらい?」

「壁くらい」

「壁くらい、が全然軽くないんだよなあ……」

 フィオナが静かに言う。

「ルカ」

「なに?」

「兄様が混乱しております」

「うん、見ればわかる」

「では、もう少し順を追ってお話しなさい」

「はーい」


 ルカはそこで一度、周囲の何もない空間を見上げた。たぶん本人にとっては何もないわけではないのだろう。少し聞いてから、こくこくと頷く。


「えっとね」

「うん」

「村とこの場所のあいだに線を引いて、ここからここまでって決めれば、その通りに土を盛って壁みたいにするのはできるって」

「すごいな」

「でも、すっごく細かいのとか、きれいなのとか、長もちするようにするのは、人があとでやったほうがいいって」

「なるほど」

 それはむしろ現実的だった。とりあえずの防壁を立てることはできる。だが仕上げや補強は人の手がいる。夢みたいな万能回答ではなく、かなり実務寄りだ。精霊たち、意外とちゃんとしている。


 ミレイアが深く息をついた。

「……とんでもないですね」

「先生、これって」

「精霊魔導士としては破格です」

 即答だった。

「少なくとも、普通の子どもが“壁くらい立てられる”などと言う世界ではありません」

「そうだよね」

「そうです」


 ガレスは腕を組んだまま、少しだけ笑っていた。

「防壁ができるなら、だいぶ話が変わりますな」

「ええ」

 ベランも、今度こそはっきりと顔を上げた。

「本当にできるのなら……野盗や魔物からの脅威に怯えて過ごさなくてすみます」

 その声には、昨日までより明確な希望があった。


 アルトは水場を、村を、森の手前の地形をもう一度見た。


 問題は山ほどある。館の修繕も、水路も、備蓄も、道も、まだ何一つ片づいていない。けれど今、目の前に一つの手がある。村とこの場所をまとめて守るための、現実的な一歩が。


 そしてそれを差し出したのは、自分の弟だった。


 胸の奥が熱くなる。


 守りたい双子だと、ずっと思ってきた。

 それは今も変わらない。

 でも、この子たちはもう、守られるだけではない。

 ちゃんと、前へ進む手をくれる。


「……よし」

 アルトは小さく息を吐いた。

「まずは防壁を作ることにしよう」

 ルカがぱっと顔を輝かせる。

「やる?」

「やろう」

「やった!」

 フィオナも静かに頷く。

「ええ。それがよろしいかと」

 ミレイアは笑っていた。

「本当に、やるときはやる方々ですね」

「先生、その言い方ちょっと他人事っぽい」

「わたくしももちろん手伝いますよ」

「それは助かります」

「やはり、ついてきて正解でした」

「先生、最近ちょっと楽しそうですよね」

「はい」

 そこは即答だった。


 水場の上を、やわらかな風が吹いた。木々が鳴り、水面が小さく揺れる。ルカには、そのあいだを跳ね回る精霊たちが見えているのだろう。フィオナには、この土地へ積もった静かな記憶が見えているのだろう。


 残念ながらアルトには見えない。でも、双子を通してなら一部わかることもある。


 アルトは改めて村の方向を見た。やるべきことは、また増えた。

 でも、暗闇を手探りで探すような不安から確かに何かを掴んだような、そんな気持ちになれたのだ。

高評価やコメントが励みになります!


別サイトにて掲載もありますのでそちらも気になる方は見てくださると嬉しいです!


Xでは作品にかかわるイラストや関係ないこともつぶやいてますのでよかったら見てみてね!

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