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28. 人任せにはできない


 表が俄かに騒がしくなり、タインは自分に宛てがわれている部屋から顔を出した。渡り廊下の方向から駆けてくるノックスを認めて、声を投げる。


「何があったの」

「ラザフォード卿が落ちた!」

「は?」


 ノックスの向かった先はロチェスターの部屋だ。報告に行くのだと解せばそれ以上問いかけず、タインは頭巾ではなく手間がかからない制帽を被って、ノックスが来た方向へ駆けた。騎士や館の使用人が幾人か集まっており、現場は直ぐに判った。


「タイン、いいところに。この中でお前が一番軽い。斥候を頼む」


 騎士達が携帯している捕縛用の縄を繋ぎ合わせていた一人が顔を上げる。

 一目見れば状況は大体知れた。渡り廊下の石畳が崩落していて、ランタンで照らしても底が見通せない程真っ暗だった。


「落ちたのはラザフォード卿だけ?」


 何故そんなところが崩落しているのか、何故下が空洞なのかを問うのは後だ。タインは自分の縄も差し出し、出来上がっている方の端を剣帯の金具に括り付ける。

 タイン達女性騎士は、王女の最後の盾だ。隊の中で、最後まで温存されるべき立場であるタインを真っ先に下ろすということ、又、ロチェスターの到着を待たずに動いているということは、緊急性が高いのだ。斥候という言い方が気に掛かる。


「クレイグもだ。揉めるような物音がして静かになった。気をつけてくれ」


 敵性のある何かがいる可能性が高いということだ。大怪我の可能性だけでは済まなかった。肝が一瞬で冷えたが、直ぐ様深く呼吸をし、意識を切り替える。タインがすべき事は不確定な想像で足を竦ませることではない。命ある前提で、迅速に動くことだ。

 灯りを灯したままいくべきか迷ったが、地上は底より明るい。消しても下りていく際の姿は丸見えだろう。ランタンを剣帯に取り付けて慎重に足を踏み出した。殆ど垂直になっているが手足をかけられる凹凸はあり、時折重なりの緩い部分を崩して滑り落ちることはあったものの、無事に下りることができた。奇妙なことに、石畳の成れの果てと思われるそれは底に着くまで続いていて、崩落した穴の大きさと全く見合わない量だった。空気は湿っている。殺意や敵意といったタインの神経に触れる生き物の気配はなく、物音もなかった。灯りを掲げて周囲を見渡すと、地面は遠くに行くに従い加工された石は少なくなり、自然が作り出した荒削りの石に紛れていた。前方や左右にランタンの灯りは届かず、全容は判然としない。石の転がり落ちる音の響き方である程度の予測はつけていたが、奥行きも広いのだ。

 タインは遠い地上の穴を見上げ、ランタンの灯りを手で隠し明滅を作って合図を送る。周辺を探るので暫し待つよう伝えて、剣帯から命綱を外した。地上からの淡い灯りを見失わない範囲でゆっくりと探索を開始しようとして、足は直ぐに止まった。血臭を嗅ぎ取ったのだ。地面に灯りを近づけ足元を見ると、血溜まりがある。警戒とは別の緊張が心臓を締めつけた。湧き出てきそうになった息苦しさをやり過ごす間を要したが、決定的な物を見つけたわけではない。時に石の間に紛れ、蛇行する血の跡を辿り、遂にはそれを見つけた。

 倒れ伏したその身体は、赤銅色を纏っていた。文官服の色でも騎士服の色でもない。ツァマーグ族を示す色だった。知らず詰まっていた息が吐き出される。然りとて油断はしない。伏しているその人体を剣先で裏返す。見開かれたままの目は何を映す力もなく、触れて確かめるまでもなく事切れているのが判った。照らし出すことのできる範囲には他の死体も人影もない。タインがその死体の赤銅色の頭巾に手をかけようと屈むと、微かに獣の唸り声のような音が耳に届いた。身体の動きを止め耳を澄ます。断続的なそれは程なくして止んだ。音が反響しているのか、方向も距離も掴めなかった。おそらく遠い。だが、確実に誰か、何かがいる。身体は音に向かって駆け出したがっているが、状況がそれを許さなかった。十分な準備もない単独の身でこれ以上離れると、遭難必至だ。

 タインは逸る気持ちを抑えて頭巾を剥ぎ取り、穴の下に戻った。

 灯りで合図を送ると、命綱が下される。先には紙とペンが括り付けられ、詳細報告を求む旨が記されていた。タインは広い余白に足場の状況や探った限りのことを記し、頭巾と一緒に括り付ける。合図を送ると引き上げられていった。

 暫くして、比較的軽量の騎士が一人、また一人と下りてきた。数人下りるごとに足場が崩れる。昇降は最小限にした方がよさそうだった。


「ここは洞窟なんだそうだ。かなりの大きさらしい。片方は海に繋がっているとのことだが、詳しいことは判らないようだから手探りになる」


 館の主人から仕入れたという情報は何とも心許ない。急遽捜索隊の隊長に任じられたボーデンがタインに簡単な説明を行った。崩落の原因や館主とツァマーグ族との繋がりなどの詳しいことは地上の人間が詰めることであるから、話は捜索に関することのみだ。

 その間に下りてきたのは人間だけではない。食料や水に灯り、毛布や医療品を運んで、騎士達は比較的平らな場所に拠点を作り始めた。幾人かはタインが見つけた死体の回収に向かっている。


「待機班と捜索班に分かれる。残るか?」


 最悪の事態も踏まえて、タインを気遣った言葉だった。


「いえ。捜索班に入れてください。足手纏いにはなりません」


 タインは平静を示すように、真っ直ぐにボーデンの目を見た。何もせずにいる方が困難である精神状態を、タインは自覚していた。


「その言葉、違えるなよ」


 ボーデンは観察するように数秒黙した後、頷いた。






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