2018年10月31日 16時10分
「本日をもって君たちは配電訓練所を卒業し、各職場へ本配属となる。この半年間で学んだことをいかんなく発揮するように。」
講堂に集められた中部支社の配電新入社員は、指導員の言葉に聞き入っている。中には泣いている奴も居た。
「俺にとって君たちはただの訓練生だったが、今日をもって俺の後輩になったことを認めてやる。半年間よく頑張った。」
指導員の言葉に俺は目が潤む。
明日からは皆それぞれの職場へ戻り、OJTを受けながら実業務を行うことになっていた。
このメンバーで過ごすのも今日で最後。感慨深い。
「半年間あっという間だったね。」
配電B02班のメンバーは、名古屋の居酒屋でお別れ会を行っていた。
「一番怒られた班だったんじゃないかぁ。冗談抜きで。」
田村がおちゃらけた感じで言う。
「滝内がいろいろとトラブルを引っ張ってくるからな。苦労したよ。」
桑田が笑いながら俺を見る。半年間積み上げた数々のやらかしを俺は回想する。
「でも楽しかった。」
美雪の言葉に皆笑顔で頷く。
「またこうやって集まれると良いね。」
「そうだね!また名古屋で集まろうよ!」
「お!飲み物きたよ!」
店員が飲み物を運んできてテーブルに並べる。
「滝内。乾杯の音頭頼むわ。」
桑田に大役を押し付けられる。
こういうの苦手なんだけどなと思いながら、俺はグラスを構える。
「ええと、電力公社の益々の発展と今後の皆の活躍を願って...。」
「固いぞ!」
「ええー、半年間良く乗り切った乾杯!!!」
「かんぱー-い!!!」
ビールを一気飲みする。この最初の一杯が格別だ。
会社の話題で皆は盛り上がる。とても楽しい。
「来年で電力公社も解体か。どうなっちゃうんだろうね。」
「みんな西日本で同じ会社になるんでしょ?仕事内容も変わらないし、あまり影響ないんじゃない?」
「俺の県は富士川で会社が真っ二つなんだよねー。伊豆と沼津の電力管区は東日本に移管されるらしい。」
伊豆と沼津の同期を思い出す。来年からは別会社だと思うと少し寂しい。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、時刻は22時を回ろうとしていた。
「やべえ。そろそろ帰らないと!終電終電。行くぞ田村!」
桑田が時計を見て慌てる。2人は明日仕事らしい。
「わかった!滝内、山田さんと後楽しんでね。またメッセージするよ。」
桑田と田村はそそくさと帰っていった。
別れなんてあっけないな。そんなことを考える。
「二人きりね滝内。これからどうする?」
俺と美雪は配属先が気を遣ってくれており、明日からは4連休が確保されていた。
2人で名古屋でオールして始発で帰る。そんな計画だった。
「場所移そうか。ちょっと歩いたところにお洒落なバーがあるらしい。」
「オッケー。」
静かな名古屋の街並みを2人で歩く。明日からは11月なだけあって、かなり肌寒い。
「私もっと強くなりたい!」
美雪がアニメの主人公みたいなことを言う。
「前から気になってたんだけど、美雪ってなんで配電部を選んだの?女の子なら、電子通信とか、営業に行く人とか多いじゃん。」
少し考えるような仕草をし、美雪は口を開く。
「やっぱり、電力公社といえば電柱昇ってるあのCMでしょ。昔からあの姿に憧れていたんだよね。私、子供の頃から体弱かったから、こういった体使う仕事をして力つけたいと思ってたんだ。警備部って選択肢もあったけど、あそこは運動能力適性とかあるからね。」
そういえば美雪の過去は何も聞かされていない。
桑田と田村とは互いの出身地のことをよく話していた。
「美雪はどこ出身なの?」
「山梨県のすっごい山奥だよ。電気も通ってない。場所言っても滝内分からないと思う。」
平成の時代に電気が通ってないなんて驚きだった。
「そんなところあるのか!隠された秘境みたいな!忍者みたいだね。」
「くノ一な。悪い世の中を正すため、この会社にスパイとして潜入してるのだよ。」
スパイ映画の見過ぎだなと俺は思った。まあ俺も推理小説読みすぎと言われたが。
「そんなことより、私達ちゃんと配属先でやっていけるのかな。」
美雪が不安そうな表情を見せる。
正直俺もやっていけるか不安だった。実現場はもっと厳しくて過酷だと聞いていた。
「あのしんどい研修を耐えてきたんだ。きっと大丈夫だよ。」
「たしかにきつかったね。何度辞めようと思ったことか。」
2人で笑いあう。
「ねえ、絶対に辞めないでよ滝内。あんたに辞められると、私が配電技術者で一番非力になっちゃうから。」
「ああ、絶対に辞めない。生活が懸かってるからな。そして俺が一番非力っていうのは言い過ぎだと思うぞ。」
「約束ね!お互いにもっと力つけて立派な配電マンになろう!」
美雪は俺に手を差し出す。
「うん!何年後かにお互い成長した姿を見せれるといいね!」
2人で固い握手を交わす。
通行人達ははその姿を怪訝そうに眺めていた。
............
≫オージェ―ティー【OJT】
OJTとは「On-the-Job Training」の頭文字を取った言葉。職場内訓練や仕事をしながらおこなう訓練という意味で、企業に新しく配属された社員が、実務を通して必要なスキルや知識を学ぶための取り組みを指す。




