2022年5月29日 4時30分
西電の車に近づくと、ガチャンと扉が開き美雪が降りてくる。
「まだ帰ってなかったのか?」
「うん、殺人事件で取調べって言うから、滝内のことが心配で...。」
「ありがとな。今終わったんだ。」
美雪は心配そうに俺を見る。
「会社に戻らなくて良いのか?」
「司令には警察の事情聴取って言ってある。」
美雪は舌をペロリとだす。
「美雪は聴取受けなかったのか?」
「停電の原因聞かれたくらいかなぁ。ヘビが侵入したって。それくらいかな。停電起きたとき、私はあの場に居なかったし。」
俯き気に美雪は答える。
「そんなことより、犯人は見つかったの?パトカーどっか行ったみたいだけど。」
「ああ、常務の娘だそうだ。産まれた時期に常務に捨てられて、恨みを持ってたって話だ。」
「そう...。無事に捕まって良かった。」
美雪はほっと胸を撫でおろす。
ここで解散しても良かったが、俺はためらいながら口を開く。
「俺はどうしても別に犯人が居る気がしてならないんだ。」
「なんで?」
美雪が表情を強張らせる。
構わず俺は続ける。
「あの停電はタイミングが良すぎる。警察は偶然だとか言ってるが、天文学的な確率だ。」
「事実は小説よりも奇なりって言うし、そんなこともあるんじゃない。」
「それに杉浦が毒ガスの容器を持ってたままっていうのも変だ。普通犯行後はどこかに処分するだろう。わざわざ持っていなくても。」
「推理小説の読み過ぎじゃない?実際はそんなもんよ。突発的に行動すると後先考えないものなの。ただでさえ人を殺して気が動転してるんでしょ。サリンの処分までは気が回らないんじゃない?」
もうこのくらいにしたいが、このままでは杉浦が冤罪になってしまう。
「電気の知識を持ってる奴だったら、今回の停電は人為的に起こせる。」
「何...言ってるの?」
美雪の目の瞳孔が開いている。
「簡単だ。電気室の扉を開けて、ヘビを電線間に押し付けるんだ。そうすれば簡単にショートさせることが出来る。」
「じゃあ、常務の娘がそれをやったんじゃないの?」
「不可能だな。」
俺は美雪の話を遮る。
「電気室の鍵は特殊なやつだ。会社の配電部門員しか自由に持ち出せない。」
「それに、素手でヘビを電線に押し当ててみろ。たちまち自分が感電してしまう。」
「さらに、電気室の鍵と感電しないような保護具は杉浦の持ち物から出てきていない。不可能なんだ。」
美雪は明らかに不機嫌そうだ。
「だから!偶然の停電なんでしょ!警察も判断したんだし!それでいいじゃん!」
「1人だけ停電を起こすことが出来る奴がいる。」
「どうしちゃったの滝内!?一旦落ち着こ?」
美由の悲しむ姿は見たくない。
例え、かつての仲間を売るようなことになっても。
「美雪...。美雪だったら出来るんだよ。電気室の鍵も持っていたし、保護具も持っていた。毒ガスが流し込まれたダクトも電気室のすぐ横だ。」
「何言ってるの!?私はただ仕事で...!」
「出向時間も早すぎだ。佐久支社からならどんなに急いでも30分はかかる。」
「あれはたまたま電線調査が軽井沢で出て...!何なら会社に確認して!」
「そんなの、カスタマーセンターに電話すれば誰だって出来るさ。軽井沢で電線が垂れ下がってるとでも言ったんだろう。」
「なんでそこまで私を犯人にしたがるの?私達同期だよ!訓練所のこと忘れたの!?一緒に苦難を乗り越えたじゃん!」
かつての仲間を追い詰めるのは辛い。
俺を論破してほしい。推理を覆して欲しい。そう願いながら俺は続ける。
「ただ毒ガスをダクトに入れるだけじゃ、確実な殺人は担保出来ない。換気扇は回っているだろうし、異常を感じた工藤常務がセーフルームから出てしまうかもしれない。確実にターゲットを閉じ込める必要が出てくる。停電は必要だったんだ。」
「分かったよ滝内...。」
美雪はため息をついて俺に語りたける。
「証拠はあるの?」
「この車の中にある送風機だ。」
美雪はぎょっとした表情を浮かべる。
「確実に毒ガスをターゲットに届けるために、送風機を利用したんだ。地中線工事用のを使ったんだな。会社に置いてあるやつだ。」
マンホール内で作業する際、有毒ガスが発生している可能性があるため、送風機で換気するようになっていた。
「これは...午前中に地中線の契約廃止があって...。それが置きっぱなしになってて....。」
「今度は確認してって言わないんだな。」
「うっ...。」
「最初車に保護具と絶縁測定器を取りに行った時は、送風機は確かに無かった。そして、電気室に戻った時に美雪は居ない。次に車に行った時には送風機が置いてあった。」
「あのタイミングで送風機をダクトから回収したんじゃないのか美雪?」
美雪は肩を震わせる。
「ごめん....地中線ってのは嘘で...本当は身に覚えのない送風機が車の中にあって...。怖くて嘘ついちゃったの。ごめんね滝内....ねっ?」
「俺は毒ガスがサリンだなんて一言も言っていない。」
「うくっ....。」
美雪はあとずさりする。
「あれは会議室にいたメンバーと警察しか知らないはずだ。ずっと外にいた美雪が何で知っているんだ?」
数十秒の沈黙を挟んだのち美雪は口を開く。
「さすが推理小説オタクね。私感動しちゃった。」
とびっきりの笑顔の彼女に俺は激しい恐怖を覚える。
「フフッ、あの貧弱滝内に追い詰められるなんてね。」
「別に警察や美由に話すつもりはない。お前は大事な同期だ。」
美雪は頬を赤らめる。
「なに?私を口説いてんの?」
「理由が知りたかっただけだ。何でこんなことをする?」
また数十秒の沈黙の後に、美雪は口を開く。
「まあ、どうせ滝内には死んでもらうから話しても良いか。」
その言葉に俺は驚愕した。




