2022年5月29日 3時30分
「佳奈が...常務の娘...?」
「そうだ。工藤と最初の奥さんとの子供らしい。杉浦が産まれてすぐ、工藤は奥さんと離婚し、家を出て行った。」
荒木は淡々と説明する。
「自分を捨てて出て行った父親に恨みがあったんだろうよ。殺すためにわざわざ西電に入るだなんて。手の込んだことするよまったく。」
俺は合点がいかなかった。
杉浦の悔しそうな表情と涙を浮かべた目。あれが嘘とは到底思えない。
「どうやって殺したというんです?佳奈はずっと警護任務についていたはずで...。」
「やつは当時、建物の周辺警備だった。」
美由の質問を荒木は遮って話す。
「セーフルームは核シェルターみたいに密閉されているが、唯一換気のために通気口が存在する。」
「停電発生後に、外のダクトからサリンを流し込んだんだろう。」
「まさか!」
「それにもう一つ。」
荒木は人差し指を立てる。
「20時前の殺害予告の電話。女の声だったそうだ。杉浦は20時までは非番。さらにその時間帯の非番の警備部員のうち、女性なのは杉浦だけだ。」
「直前まで私は佳奈と一緒にいました!」
美由が荒木につっかかる。
「それは何時何分までだ?」
「ええっと確か...19時40分頃まで...。警備部は20分前行動だからって着替えて出て行きました。」
「殺害予告の電話は19時55分だ。これじゃアリバイにならないな。」
荒木は無表情で突っぱねる。
俺も黙っていられない。
「それだけじゃ乱暴です!第一そんなタイミングよく停電なんて起きるものなんですか?」
「停電は偶然だったと我々は見ている。」
俺にはどうしても偶然に思えない。
「普通にダクトにサリンを流し込むだけでも、工藤常務を殺害することは可能だ。停電によって、常務は長い間サリンに晒されて死亡した。杉浦にとっては幸運だっただろうな。」
「あとは杉浦が自供して事件はお終い。あっけなかったな。」
俺と美由は押し黙る。
「さあ分かったら帰った帰った。俺たちは忙しいんだ。俺が当直の時に限って....まったく!」
荒木は早歩きでエントランスの方に向かっていく。
車受けにはパトカーが何台も止まっていた。
国警の警官に囲まれ、杉浦がパトカーに乗せらていた。手には手錠がかかっている。
「佳奈!」
美由が大声で声をかける。
杉浦はこちらに気づいて顔を上げるが、すぐに俯いた。
杉浦を乗せたパトカーはサイレンを鳴らして、軽井沢荘から去っていく。
俺たちはその姿を呆然と眺めていた。
美由を見ると、かなり憔悴している。同期の逮捕に加えて、6時間以上の取調べだ。無理もないだろう。
ふと遠くに、西日本電力の車が停まっているのを俺は見つけた。あのフォルムは間違いない。サービスカーだ。
「美由。部屋に戻って休んでな。相当ショックだろう。」
「うん....。優人はどうするの?」
「停電のどさくさでスマホを落としたみたいで。ちょっと探してくる。」
「うん...分かった。」
強引な嘘で美由を部屋までうながす。
美由はふらついた足どりで、軽井沢荘の中へと入っていった。
美由の後ろ姿を見送り、俺は西日本電力のサービスカーに向かって歩き出す。
あの車種は間違いない。何度も見た美雪の車だ。
≫こっかちほうけいさつ【国家地方警察】
1948年に設置された日本の警察組織。略称は国警。自治体警察(自治警)が設置された区域を除く小規模な町村での警察事務を担う。




