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神葬戦争  作者: 水煮込み
9/12

待った!


午前九時二十分。

ジャポネ北部、旧研究施設跡。


ぱちん。


将棋の駒が盤上に置かれた。

「……王手じゃ」

「…………」


黒瀬迅は、盤面を見つめていた。

向かいには、小柄な白髪の少女。


ロージャ。


いつも通り、涼しい顔をしている。

「……なあ、師匠」

「何じゃ?」

「俺、今何手目?」


ロージャは少し考えた。

「……十七手目じゃの」

「…………」


迅は盤面を見た。

自分の王将。

その周囲には、敵の駒がずらりと並んでいる。


逃げ道がない。

「……詰みじゃ」


ロージャが言った。

迅はゆっくりと顔を上げた。

「……待った」

「駄目じゃ」

「まだ何も言ってねぇだろ!」

「言ったではないか」

「いや、そうだけどよ!」


ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


迅は盤面を指差した。

「今の一手、なし!」

「駄目じゃ」

「じゃあ、その前の一手!」

「駄目じゃ」

「その前の前!」

「駄目じゃ」


迅は腕を組んだ。

「……師匠」

「何じゃ?」

「将棋って、こんなに難しかったっけ?」

「お主が考えずに指すからじゃ」

「考えてるって!」

「何をじゃ?」


迅は少し黙った。

そして。


「……どうやったら師匠に勝てるか」

ロージャは頷いた。


「……それはよい」

迅の目が輝いた。

「おっ!」


しかし。


「じゃが、目の前の一手しか見ておらぬ」

「…………」

「三手先を考えよ」


迅は眉をひそめた。

「……三手?」

「そうじゃ」

「……一手じゃ駄目?」

「駄目じゃ」

「……二手」

「三手じゃ」


迅は頭をかいた。

「……めんどくせぇ」


ロージャは静かに言った。

「戦いも同じじゃぞ」


迅が顔を上げた。

「……あ?」

「速く動くことばかり考えておると、相手の罠に気づかぬ」

「…………」

「一歩先を見て、二歩先を考え、三歩先に備える」


迅は盤面を見た。


そして。


「……なるほどね」


ロージャは頷いた。

「……うむ」


迅はにやりと笑った。

「……じゃあ、もう一回!」

「よかろう」


ロージャは駒を並べ直した。

迅も手を伸ばす。

「……今度こそ勝つ!」

「そうかの」

「絶対勝つ!」

「……ふむ」


ぱちん。


対局開始。

五分後。


「……詰みじゃ」

「待った!!」

「駄目じゃ」

「早すぎんだろ!!」


廃墟に、迅の叫び声が響いた。



午前十時四十分。

旧研究施設、休憩室。

迅は机に突っ伏していた。


「……くそっ」

将棋、十二連敗。

最後の対局に至っては、わずか十一手で敗北した。

「……おかしいだろ」


ロージャは隣でお茶を飲んでいた。

「……何がじゃ?」

「師匠、強すぎ」

「そうかの」

「絶対なんかズルしてるだろ」


ロージャは首を傾げた。

「……しておらぬぞ」

「……本当か?」

「本当じゃ」


迅はじっと見つめた。

ロージャも見つめ返した。

数秒の沈黙。


そして。


「……まあ、いっか」


迅は椅子にもたれた。

ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


そのとき。


ぐうううう。


迅の腹が鳴った。

「……腹減った」


ロージャは顔を上げた。

「……そうか」

「おう」

「……ふむ」


ロージャは少し考えた。

そして、机の下から小さな包みを取り出した。

「……ほれ」


迅の目が輝いた。

「……お!」


包みの中には、肉まんが入っていた。

湯気が立っている。

「……マジ!?」

「食うがよい」


迅は笑った。

「師匠、最高!」


肉まんを受け取る。


そして。


「いただきまーす!」


大きくかじった。

「…………」


数秒後。


迅の動きが止まった。

「…………」


ロージャは静かにお茶を飲んでいた。

「……どうじゃ?」


迅はゆっくりと顔を上げた。

「…………」


そして。

「……かっっっっら!!」


絶叫した。

「辛ぇぇぇぇ!!」


椅子から飛び上がる。

「水! 水!!」


ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


迅は机の上の水筒を掴んだ。

蓋を開ける。

一気に飲む。

「……っはぁ!!」


ようやく息をついた。

「……師匠!!」


ロージャは首を傾げた。

「……何じゃ?」


迅は肉まんを指差した。

「何入れた!?」


ロージャは静かに答えた。

「……唐辛子じゃ」

「入れすぎだろ!!」

「少しだけじゃ」

「少しの量じゃねぇって!!」


ロージャは小さく笑った。

「……ふふふ」


迅は目を細めた。

「……お前、わざとだろ」

「…………」


ロージャは少し黙った。


そして。


「……すまぬ」


軽く頭を下げた。

「すまぬ、すまぬ」

「軽っ!!」


ロージャはもう一度頭を下げた。

「……すまぬ、すまぬ」

「回数増やせばいいってもんじゃねぇぞ!」

「……すまぬ、すまぬ、すまぬ」

「そういうことじゃねぇ!!」


ロージャはとうとう声を出して笑った。

「……ふふっ」


迅は数秒黙った。


そして。


「……ははっ!」

つられて笑った。


「……ったく、しょうがねぇ師匠だな!」

ロージャは目を細めた。

「……そうかの」


迅は肉まんを見た。

「……これ、どうすんの?」

「食うがよい」

「無理だろ!!」


ロージャは机の下から、もう一つ包みを取り出した。

「……では、こちらじゃ」


迅は眉をひそめた。

「……また辛ぇやつ?」

「今度は普通じゃ」

「……本当か?」

「本当じゃ」


迅は疑いながら受け取った。

小さくかじる。


「…………」


甘辛い肉汁。

柔らかい生地。

普通の肉まんだった。


「……うめぇ」


ロージャは頷いた。

「……そうじゃろ」


迅は笑った。

「……最初からこっち出せよ!」

「それでは面白くなかろう」

「俺は面白くねぇんだよ!!」


ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


迅も笑った。

「……ははっ!」


しばらく、二人の笑い声が続いた。

そして。

迅はふと、ロージャを見た。

「……なあ、師匠」

「何じゃ?」

「……お前、結構悪戯好きだよな」


ロージャは少し考えた。

「……そうかの」

「絶対そうだろ」

「……ふむ」


迅は肉まんをかじった。

「……でも、まあ」


ロージャが顔を上げる。

「……何じゃ?」


迅は笑った。

「……面白ぇから、いいけどな」

ロージャは少しだけ目を細めた。


そして。


「……そうか」

静かに頷いた。

「……それは良かったの」



同日。

午後零時三十分。

ジャポネ無宗教軍、第七駐屯基地。


「……おい、聞いたか?」

食堂の一角。

数人の兵士たちが、声を潜めて話していた。


「……何を?」

「三軍合同演習の話だよ」

「……ああ、あれか」

「どうやら、本当に動いてるらしいぞ」

「マジか?」

「まだ正式発表じゃねぇけどな」


その会話を、ラフバ・エラーが聞いていた。

「…………」


ゆっくりと振り返る。

「……おい」


兵士たちが顔を上げた。

「……何だ?」


ラフバは笑った。

「……合同演習って、いつだ?」


兵士は肩をすくめた。

「知らねぇよ。まだ噂だ」

「……そうか」


ラフバは少し考えた。


そして。


「……楽しみだな!」

兵士は苦笑した。


「お前、何が楽しみなんだよ」

ラフバは拳を握った。

「強ぇ奴と戦えるだろ!」

「……まあ、そうかもしれねぇけど」


ラフバは笑った。

「ははっ! 最高じゃねぇか!」


そのとき。

「……ラフバ」


背後から声がした。

振り返ると、アギが立っていた。

「……何だ?」


アギは端末を見せた。

「……少し、気になることがあります」


ラフバは首を傾げた。

「……何が?」


アギは静かに言った。

「合同演習についてです」

「……お?」


ラフバの目が輝いた。

アギは続けた。

「どうやら、軍の上層部でも話し合いが進んでいるようです」

「……マジか!?」

「まだ確定ではありませんが」


ラフバは笑った。

「……よっしゃ!」


アギはため息をついた。

「……ただし」

「ん?」

「合同演習は、単なる戦闘訓練ではありません」


ラフバは首を傾げた。

「……そうなのか?」


アギは頷いた。

「三軍の連携確認や、情報共有、戦術の検証なども目的になります」


ラフバは少し考えた。


そして。


「……つまり?」

アギは静かに答えた。

「……協力するための訓練です」


ラフバは笑った。

「なるほどな!」


アギは少し安心した。

「……分かってくれましたか?」


ラフバは拳を握った。

「じゃあ、協力して強ぇ奴を倒すんだな!」

「……違います!!」


食堂に、アギの声が響いた。



同日。

キリスト教軍、東方方面軍本部。

巨大な会議室。

白を基調とした軍服を着た将校たちが、円卓を囲んでいた。

中央には、立体映像。

三つの軍の紋章が表示されている。


キリスト教軍。

仏教軍。

無宗教軍。


一人の将校が口を開いた。

「……三軍合同演習についてですが」


別の将校が頷いた。

「……話は聞いている」

「無宗教軍から、正式な打診があったようです」

「……ほう」


将校たちは顔を見合わせた。

「……しかし、無宗教軍か」

「戦力も資金も乏しい軍だ」

「合同演習を行う価値があるのか?」


そのとき。

一人の若い将校が口を開いた。

「……私は、価値があると思います」


周囲が振り返る。

「……理由は?」


若い将校は端末を操作した。

映し出されたのは、旧市街での戦闘記録。

黒髪の少年。

赤髪の青年。

刀を持つ少女。


「……この三人です」

将校たちが画面を見つめた。

「……何者だ?」

「無宗教軍の第十三混成班です」

「……ほう」


若い将校は続けた。

「未覚醒でありながら、アリス教軍の機械兵三体を撃破しています」

「……未覚醒で?」

「はい」


将校たちの表情が変わった。

「……興味深いな」

「確かに、普通ではない」


若い将校は頷いた。

「合同演習が実現すれば、彼らの実力を直接確認できるかもしれません」


一人の将校が静かに笑った。

「……なるほど」


そして。

「……面白くなりそうだ」


会議室に、静かなざわめきが広がった。



同日。

仏教軍、中央司令部。

広大な庭園に囲まれた施設。

その一室で、数人の軍幹部が会議を行っていた。


「……三軍合同演習ですか」


一人の将校が呟いた。

「はい」


別の将校が頷いた。

「キリスト教軍、無宗教軍との共同訓練です」

「……なるほど」


将校は少し考えた。

「……悪くない話ですね」

「そうお考えですか?」

「ええ」


将校は静かに言った。

「アリス教軍との緊張が続く以上、他軍との連携は必要です」


周囲の幹部たちが頷いた。

「……確かに」

「ただし、政治的な問題もあります」

「……そうですね」


そのとき。

別の将校が端末を操作した。

画面に、一人の少女の顔が映し出される。


アギ・ハワー。


「……この者をご存じですか?」

将校が顔を上げた。


「……アギ・ハワー?」

「はい」

「……もちろんです」


将校は静かに頷いた。

「我が軍でも、非常に優秀な人材として知られています」

「現在は、無宗教軍の第十三混成班に所属しています」

「……そうでしたね」


将校は少し考えた。


そして。

「……合同演習が実現すれば、彼女の成長も確認できますね」


別の将校が頷いた。

「はい」


将校は小さく微笑んだ。

「……楽しみです」


会議は、静かに続いていった。



午後三時。

旧研究施設跡。


「……おらっ!」


迅の拳が、空を切った。

ロージャは、ほんの少し体を傾けただけで避ける。

「……遅いの」

「くそっ!」


迅は踏み込む。

右拳。

左拳。

回し蹴り。


しかし。


「……甘いの」


トン。


ロージャの指先が、迅の額に触れた。

「……うおっ!?」


迅は勢いを止められず、地面を転がった。

「……いってぇ!」


ロージャは腕を組んだ。

「……まだまだじゃの」


迅は笑った。

「……ははっ!」


立ち上がる。

「……もう一回!」


ロージャは頷いた。

「よかろう」


迅は構えた。


しかし。


今度は、すぐに動かなかった。

ロージャを見つめる。

肩。足。視線。呼吸。


そして。


「…………」


少しだけ、何かが分かった気がした。

迅はゆっくりと踏み込んだ。

ロージャの右手が、わずかに動く。


その瞬間。


迅は左へ回り込んだ。


「……そこだ!」

拳を伸ばす。


しかし。


「……ふむ」

ロージャは静かに避けた。

迅の拳が空を切る。

「……くそっ!」


ロージャは小さく頷いた。

「……今のは悪くない」


迅は顔を上げた。

「……マジ?」

「うむ」


ロージャは続けた。

「少しずつ、相手を見るようになってきたの」


迅は笑った。

「……だろ?」

「じゃが、まだ足りぬ」

「……分かってるって!」


ロージャは静かに言った。

「……よいか、迅」

「ん?」

「速さは、お主の武器じゃ」

「……おう」

「じゃが、速さだけでは勝てぬ相手もおる」


迅は少し黙った。

昨日までの戦闘。

重力を操る超越者。

自分の拳が届かなかった相手。


「…………」


ロージャは続けた。

「だからこそ、考えるのじゃ」


迅は顔を上げた。

「……考える?」

「そうじゃ」


ロージャは小さく頷いた。

「相手が何をするのか」

「…………」

「どうすれば、届くのか」


迅は拳を握った。

「…………」


そして。


「……なるほどね」


にやりと笑った。

「……じゃあ、もう一回!」


ロージャは微笑んだ。

「……うむ」



夕暮れ。

旧研究施設跡。


ぱちん。


将棋の駒が盤上に置かれた。

「……王手じゃ」


迅は盤面を見た。

「…………」


ロージャは静かにお茶を飲んでいる。

迅は少し考えた。


そして。


「……待った」

「駄目じゃ」

「一回だけ!」

「駄目じゃ」

「頼むって!」


ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


迅は頭をかいた。

「……くそっ」


盤面を見つめる。

逃げ道。

相手の駒。

自分の駒。

三手先。


「…………」


迅はゆっくりと駒を動かした。


ぱちん。


ロージャの目が、わずかに動いた。

「……ほう」


迅は笑った。

「……どうよ?」


ロージャは盤面を見た。


そして。


「……悪くないの」


迅の目が輝いた。

「……お!」


ロージャは駒を動かした。


ぱちん。


迅はすぐには指さなかった。

考える。

もう一度、考える。


そして。


ぱちん。


ロージャは小さく頷いた。

「……ふむ」


数手後。


「……詰みじゃ」


迅は固まった。

「…………」


ロージャは静かにお茶を飲んだ。

迅は盤面を見た。


そして。


「……ははっ!」


笑った。


「……また負けた!」

ロージャは小さく頷いた。

「そうじゃの」


迅は笑った。


「……でも」

ロージャが顔を上げる。

「……何じゃ?」


迅は盤面を指差した。

「……今日は、結構粘っただろ?」


ロージャは少し考えた。


そして。


「……うむ」

小さく頷いた。

「……前よりは、よくなった」


迅は笑った。

「……だろ!?」


ロージャは静かに言った。

「……じゃが、まだまだじゃ」

「分かってるって!」


迅は駒を並べ直した。

「……もう一回!」


ロージャは小さく微笑んだ。

「……よかろう」


ぱちん。


新しい対局が始まった。

夕日が、廃墟を赤く染めていた。

二人の影が、長く伸びる。

迅は盤面を見つめた。


そして。


「……なあ、師匠」

「何じゃ?」


迅は笑った。


「……将棋って、結構面白ぇな」

ロージャは少しだけ目を細めた。

「……そうか」


静かに頷いた。

「……それは良かったの」



夜。

第七駐屯基地、宿舎。


「……おい、迅!」

ラフバが声をかけた。

迅はベッドに寝転がっていた。


「……ん?」

ラフバは笑った。

「合同演習の話、聞いたか!?」

迅は顔を上げた。

「……ああ」

「楽しみだな!」


迅は笑った。

「……だな」


ラフバは拳を握った。

「俺、絶対勝つからな!」


迅も笑った。

「……俺が先だろ」

「はぁ!? 俺だ!」

「俺!」

「俺!!」


二人は睨み合った。

そのとき。

「……静かにしてください!」


隣の部屋から、アギの声が響いた。

迅とラフバは顔を見合わせた。


そして。


「……ははっ!」

「……はははっ!」


二人は笑った。

まだ見ぬ強敵。

キリスト教軍。

仏教軍。


そして、世界に名を轟かせる超越者たち。


その存在を思うだけで、胸が高鳴る。

迅は天井を見上げた。


「……なあ、ラフ」

「ラフバだ」

「……俺ら、もっと強くなろうぜ」


ラフバは笑った。

「……当たり前だろ」


迅も笑った。

「……だな」


窓の外。

巨大な月が、夜空に浮かんでいた。

世界は広い。

強い奴は、まだまだいる。


そして。


その全てが、これから待っている。

迅は小さく呟いた。

「……楽しみだな」


ラフバも笑った。

「……ああ」


二人の笑い声が、夜の宿舎に響いた。


次回予告


ついに、三軍合同演習の正式な開催が発表される。


キリスト教軍、仏教軍、無宗教軍。


三つの軍が一堂に会する大規模演習。


迅とラフバは強敵との戦いを楽しみにし、アギは班長として準備に追われる。


一方、各軍では演習に向けた代表選抜が始まっていた。


そして、三人の前に新たな強敵たちが姿を現す。

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