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神葬戦争  作者: 水煮込み
16/17

初めての共同任務

 

 午前七時十二分。

 ジャポネ無宗教軍、第七駐屯基地。


「黒瀬! エラー! ハワー!」


 演習準備室に榊原宗一郎大佐の声が響いた。

「三人とも、前へ!」


「はい!」

 アギが即座に返事をする。


「おう!」

 迅が立ち上がった。


「何だ、朝飯のおかわりか?」

 ラフバが続いた。


「だったら俺は肉がいい!」

「貴様らは食堂に呼ばれたと思っているのか!」

 榊原の怒声が飛ぶ。


 二人は姿勢を正した。

「「任務であります!」」

「最初からそう言え!」


 アギは二人の後ろで、申し訳なさそうに頭を下げた。

 会議室の正面に、天城市東部の立体地図が投影される。


 高層住宅群。貨物鉄道。地下物流路。


 そして、そのさらに東側には、第一次世界大戦で破壊された旧市街地が広がっていた。

 榊原が赤い光点を指差す。

「本日午前四時五十八分、天城市東部の通信中継施設で障害が発生した」


 画面が切り替わる。

 第七東部通信中継所

 障害発生。

 周辺の民間通信回線、約三割が不安定。

 軍用予備回線、一部停止。


「三軍合同演習の準備に影響が出ている。原因調査のため、合同調査班を編成する」


 迅は首を傾げた。

「通信障害って、そんなに大変なのか?」


 アギが答える。

「軍用通信だけではありません。病院、物流、公共交通にも影響します」

「へぇ」

「例えば、救急車の位置情報が届かなければ、搬送先の調整が遅れます」


 迅の表情が変わった。

「……そりゃ困るな」


 榊原は頷いた。

「今回の任務は戦闘ではない。原因の確認、現場の安全確保、復旧作業の支援だ」


 ラフバが腕を組む。

「敵がいたら?」

「必要な範囲で対処しろ。ただし、民間施設への被害は絶対に避けること」

「了解!」


 榊原は続けた。

「参加者は第十三混成班の三名に加え、キリスト教軍からエリオット・グレイ、グラン・バルク。仏教軍からミナ・レン」


 迅が笑った。

「おっ、昨日の連中じゃん!」

「昨日は模擬戦だったが、今日は実任務だ。勝負と勘違いするなよ」


 榊原は特に迅とラフバを見た。

 二人は同時に目を逸らした。

「……何で俺らを見るんだよ」


「心当たりがあるからでしょう」

 アギの一言に、二人は反論できなかった。



 午前八時。

 基地の車両整備場。


 古びた装甲偵察車、JAT-16が停まっていた。


 車体には何度も塗り直された跡があり、右側の扉は相変わらず少し傾いている。

 整備兵の宮田が、工具を片手に車体の下から出てきた。


「よし。エンジンは問題なし」


 迅が運転席を覗き込む。

「なあ宮田さん、これ本当に動くの?」

「動くように整備したんだよ!」

「途中で止まったら?」

「押せ!」

「雑じゃね!?」


 宮田は迅を睨んだ。

「お前なら押せるだろ」

「押せるけどさ!」


 その横に、キリスト教軍の大型装甲輸送車CMT-42が停車していた。


 白を基調とした車体。

 滑らかな装甲。

 自動姿勢制御装置。


 迅は二台を見比べた。

「……なあ」


 ラフバが振り向く。

「何だ?」

「何であっちは新品みてぇなのに、こっちは古い弁当箱みてぇなんだ?」


 宮田の工具が止まった。

「誰が弁当箱だ!」


 ラフバは豪快に笑った。

「ははは! 確かに弁当箱だな!」

「お前ら降ろすぞ!」


 そんな騒ぎの中、エリオットとグランが姿を現した。

「おはようございます」

「よう、昨日ぶりだな!」


 エリオットは整った敬礼をした。

 グランはラフバを見るなり、口元を吊り上げた。

「昨日の借りは、いつか返すからな」


 ラフバも笑った。

「いつでも来いよ!」

「今日は勝負じゃありませんからね」

 アギがすかさず釘を刺す。


 そこへミナがやってきた。

「おはよう、みんな」

「おはようございます、ミナ」


 アギが微笑む。

 ミナは二台の車両を見て、少し首を傾げた。

「……どっちに乗るの?」


 迅が即答した。

「新しい方!」


 宮田が即答した。

「お前はこっちだ!」

「何で!?」

「うちの車両の積載物を見張る係だからだ!」


 迅は肩を落とした。

「……ちぇっ」


 グランが古いJAT-16を眺めた。


「しかし、本当に年季が入ってるな」


 宮田は鼻を鳴らす。

「年季じゃねぇ。現役だ」

「それ、同じ意味じゃないのか?」

「違う!」


 エリオットは車体を軽く叩いた。

「整備が行き届いていますね」


 宮田が顔を上げる。

「……分かるか?」

「ええ。古い機体ですが、交換できない部品を別規格の部品で補っています」


 宮田の表情が明るくなった。

「そうなんだよ! 特に右側の駆動系がな――」


 話が始まった。


 迅はラフバに囁く。

「……長くなりそう」

「……ああ」


 アギは二人の背中を押した。

「先に荷物を積んでください」

「「へーい」」


 こうして、三軍六人による初めての共同任務が始まった。



 午前九時二十分。

 天城市東部、南霞地区。


 中心街の巨大な商業施設とは違い、この一帯には低い住宅や古い工場が多かった。

 頭上を貨物列車が走る。

 その下では、小さな商店が朝の営業を始めていた。


 しかし、今日は様子が違った。


「また止まった!」


 青果店の主人が、決済端末を叩いている。

「朝から三回目だぞ!」


 隣のパン屋では、店員が紙の伝票を並べていた。

「配達先が表示されないから、手書きで確認するしかないのよ」


 迅は車窓からそれを眺めた。

「……結構困ってんな」


 アギが頷く。

「はい。通信は、今の都市では生活の一部ですから」


 ラフバが腕を組む。

「俺は端末がなくても困らねぇけどな」


 迅も頷いた。

「俺も!」


 アギは二人を見た。

「あなたたちは、そもそも使いこなせていませんからね」

「「うっ」」


 ミナが笑いをこらえた。


 そのとき、通りの向こうで声が上がった。

「誰か、ちょっと手を貸してくれ!」


 小型配送車が路肩に停まっていた。

 荷台には医療用の保存容器が積まれている。

 運転手の男性が困り果てた顔で立っていた。

「病院に届ける荷物なんだが、配送システムが落ちててな。予備の経路も分からん」


 アギが近づいた。

「どちらの病院ですか?」

「東部第三医療センターだ」


 ミナが端末を操作する。

「こちらの地図なら、通信が切れていても使えます」

「助かる!」


 しかし、運転手は車体を指差した。

「それと、荷台の固定装置まで固まっちまってな」


 迅が覗き込んだ。

「……これ外せばいいの?」

「無理に引っ張ると壊れるぞ!」

「分かってるって」


 迅は固定具の構造を確かめた。

 金属製の留め具が、途中で噛み合っている。

 力任せに引けば、保存容器の側面まで傷つけかねない。


 迅は一度手を離した。

「……あー、こういうのか」


 思い出したのは、ロージャの宿題だった。

 重量物を持ち上げるだけではない。

 薄い金属板を曲げずに取り外す。


 小さな石を、決められた位置へ正確に置く。

 力を出すことより、力を止めることの方が難しい。


「……よし」


 迅は固定具を押し込み、わずかに角度を変えた。


 かちり。


 留め具が外れた。

「おお!」


 運転手が目を丸くする。

「どうやったんだ!?」

「ちょっとずらしただけ」


 迅は笑った。

「こういうの、師匠に散々やらされたからさ」


 グランが荷物を確認する。

「壊れてないな」


 エリオットは運転手に紙の経路図を渡した。

「この道を使えば、交通規制を避けられます」


 ミナが続ける。

「病院側にも、別回線で連絡しておきます」


 運転手は何度も頭を下げた。

「ありがとう。本当に助かった!」


 迅は手を振った。

「気をつけてな!」


 車が走り去る。


 ラフバが迅の肩を叩いた。

「やるじゃねぇか」


 迅は笑った。

「だろ?」


 アギは腕時計を見た。

「では、急ぎましょう。中継所まであと十五分です」


 六人は再び車両へ乗り込んだ。

 その名前を知る市民は、ほとんどいない。

 彼らはまだ、ただ任務に来た若い軍人たちだった。



 午前十時。

 第七東部通信中継所。


 巨大な鉄塔が、曇り空へ伸びていた。

 その根元には、二階建ての制御棟。

 外壁の一部は戦時中のものを補修して使っている。


 現場責任者の男性が六人を迎えた。

「軍の方ですね。助かります」


 アギが敬礼した。

「合同調査班です。現在の状況を教えてください」


 男性は疲れた顔で答えた。

「主電源は正常です。通信機器も大半は生きています。ただ、地下の補助中継回線が応答しません」


 エリオットが尋ねる。

「設備故障ですか?」

「その可能性が高いのですが……」


 男性は言葉を濁した。

「……実は、地下に向かった整備員と連絡が取れないんです」


 空気が変わった。

 アギの表情が引き締まる。

「何名ですか?」

「三名です。午前五時過ぎに地下へ入りました」


 ミナが確認する。

「非常用の有線電話は?」

「それも応答しません」


 グランが腕を組んだ。

「閉じ込められてる可能性があるな」


 迅は地下へ続く扉を見た。

「……じゃあ、早く行こうぜ」


 アギは頷いた。

「ただし、無闇に突入してはいけません。構造を確認します」


 施設の図面が広げられる。

 地下二階。地下三階。

 そして、旧戦時施設につながる地下四階。


 一部の通路は現在使われていない。


「最後に整備員が確認されたのは地下三階です」


 アギは図面を指差した。

「二組に分かれましょう」


 迅が顔を上げる。

「どう分ける?」


「私、ミナ、エリオットさんは制御室で情報を確認します。迅、ラフバ、グランさんは地下三階の入口まで進み、状況を報告してください」


 ラフバが笑った。

「任せろ!」


 グランも頷いた。

「了解」


 アギは迅を見た。

「勝手に奥へ進まないこと。必ず報告してください」


 迅は頷いた。

「分かってる」


 アギは少し目を細めた。

「本当に?」

「今日はちゃんとやるって!」


 ラフバが横から言った。

「昨日もそんなこと言ってなかったか?」

「お前もだろ!」


 グランが呆れた顔をした。

「……本当に大丈夫か、この班」


 アギは微笑んだ。

「普段は、もう少し大変です」

「これ以上なのか!?」



 午前十時三十二分。

 地下三階。


 非常灯が、薄暗い通路を照らしていた。

 古い配管が天井を走り、壁には錆びた番号札が残っている。


 迅が先頭を歩く。

 ラフバが後ろ。

 グランは携帯端末で図面を確認していた。

「……この先が補助中継室だ」


 迅は頷いた。

「了解」


 三人が角を曲がった。

 その瞬間。


 ガンッ!


 奥から金属音が響いた。

 ラフバが足を止める。

「……何だ?」


 グランが身構えた。

「機械音か?」


 迅は耳を澄ませた。

 また音がした。


 ガンッ、ガンッ。


 そして。


「……誰か!」

 かすかな声。


 迅の表情が変わった。

「人だ!」


 走り出しかける。


 しかし。


 足を止めた。

 アギの言葉が頭をよぎった。

 勝手に奥へ進まないこと。


 迅は通信機を取った。

「アギ! 地下三階の奥から声がする!」

『了解。場所は?』

「東側の通路! 何か叩いてる音もする!」

『分かりました。救助が必要な可能性があります。周囲の安全を確認してから進んでください』

「了解!」


 ラフバがにやりと笑った。

「珍しくちゃんと報告したな」


 迅は睨んだ。

「うるせぇ!」


 グランが先へ進む。

「こっちだ!」


 三人は補助中継室へ向かった。

 扉は閉まっていた。

 その上には、赤い警告灯。


 内部安全装置作動中


 グランが操作盤を調べる。

「電源が落ちて、電子錠が非常固定されてる」


 ラフバが拳を握った。

「壊せばいいか?」


 迅も拳を握った。

「俺も手伝うぜ!」


 グランは二人を止めた。

「待て! この扉の向こうには高圧設備がある!」


 二人の拳が止まった。

「……マジ?」

「下手に壊せば、中にいる人まで危険だ!」


 迅は扉を見つめた。

「……じゃあ、どうする?」


 グランは端末を確認した。

「手動解除装置があるはずだ」


 壁の保護板を外す。

 内部には、古い機械式の操作機構が残っていた。


 グランが力を込める。

「……くっ!」


 動かない。

 ラフバが横から覗き込む。

「貸せ!」

「おい、力任せに――」


 ラフバは機構を握った。

 しかし、すぐには引かなかった。

「……これ、どっちに動かすんだ?」


 グランが驚いた顔をする。

「……あ?」

「向きが分からねぇまま引っ張ったら壊れるだろ」


 グランは数秒黙った。

 そして、図面を確認した。

「……右に四分の一回転だ」


 ラフバが頷いた。

「よし」


 ゆっくりと力を込める。


 ぎぎぎ……。


 錆びついた機構が動いた。


 かちん。


 解除音。

 グランが目を丸くした。

「……やるな」


 ラフバは笑った。

「力加減なら、最近ちょっと鍛えてるからな!」


 迅が扉に手をかける。

「じゃあ、開けるぞ!」


 重い扉が動いた。

 中には、三人の整備員がいた。


 一人は壁にもたれ、二人は工具を持って立っていた。

「助かった!」


 迅が駆け寄る。

「怪我は!?」

「大きな怪我はない。ただ、非常換気まで止まって、空気が悪くなってきていたんだ」


 ラフバが周囲を見た。

「何で閉じ込められた?」


 整備員の一人が答えた。

「設備を調べていたら、突然、補助電源が落ちたんだ」


 グランが眉をひそめた。

「突然?」

「そうだ。しかも……」


 整備員は奥の壁を指差した。

「中継回線が、物理的に切断されている」


 迅は首を傾げた。

「……切断?」


 グランの表情が変わった。

「それは故障じゃない可能性があるな」



 午前十一時。

 制御室。


 六人と整備員たちは、地下で見つかった損傷箇所を確認していた。


 映像には、太い通信ケーブル。

 その一部が、明らかに切れていた。


 エリオットが画面を拡大する。

「……切断面が不自然ですね」


 ミナも頷いた。

「劣化で切れたようには見えない」


 アギは整備員に尋ねた。

「最後に正常動作を確認したのは?」

「昨日の午後十一時です」

「その後、地下に出入りした人は?」

「記録上は、今朝の整備員三人だけです」


 グランが腕を組む。

「記録に残らない侵入者か」


 迅が顔を上げた。

「……敵ってこと?」


 アギは首を振った。

「まだ断定できません」


 ラフバが尋ねる。

「でも、誰かが切ったんだろ?」

「その可能性は高いです。ただし、目的は分かりません」


 そのとき。

 制御室の警告灯が点滅した。


 ピピピッ!


『地下四階、旧保守区画に動体反応』

 全員が画面を見た。


 地下四階。

 現在は使われていないはずの区画。

 そこに、小さな光点が動いていた。


 迅が目を細めた。

「……何かいるな」


 エリオットが端末を操作する。

「熱源は一つ。人間より少し小さいですね」


 ミナが続けた。

「機械の可能性があります」


 グランが拳を握った。

「行くか?」


 アギは少し考えた。


 そして。


「まず施設の管理者に確認します」


 現場責任者が首を振った。

「地下四階には、現在稼働中の機械はありません」


 アギは頷いた。

「分かりました」


 そして、五人を見た。

「調査に向かいます。ただし、目的は正体の確認です。危険なら退避し、応援を要請します」


 迅が笑った。

「了解!」


 ラフバも頷いた。

「おう!」


 グランは肩を回した。

「面白くなってきたな」


 アギは三人を見た。

「……遊びではありませんよ」

「「「分かってる!」」」


 ミナが小さく笑った。

「……似た者同士だね」


 エリオットも微笑んだ。

「ええ。本当に」



 午前十一時二十分。

 地下四階。


 通路は、地下三階よりもさらに古かった。

 壁には第一次世界大戦当時の軍用表示が残っている。


 床には、長年積もった埃。

 その上に、新しい車輪の跡があった。


 迅がしゃがみ込む。

「……これ、最近通った跡だな」


 エリオットが頷いた。

「そうですね」


 アギは通信機を確認した。

「全員、周囲に注意してください」


 六人は慎重に進んだ。


 そして。


 通路の奥。

 小さな作業用機械が動いていた。

 四本の脚。丸い胴体。

 先端には、切断工具。

 機械は壁の配線を調べるように動いていた。


 ミナが呟く。

「……保守用ロボット?」


 エリオットは端末を向けた。

「旧式の設備点検機に似ています」


 グランが眉をひそめる。

「でも、ここは使われてないんだろ?」


 その瞬間。

 機械の頭部が動いた。

 赤い光。


 ピッ。


 迅が叫んだ。

「……来るぞ!」


 機械が跳ねた。

 先端の工具が、迅へ向かう。

 迅は身体をずらした。


 金属の腕が空を切る。

「……危ねっ!」


 ラフバが踏み込む。

「おらっ!」


 拳が伸びる。


 しかし。


「待ってください!」

 アギの声。


 ラフバは寸前で拳を止めた。

「……何だ!?」


 アギは機械の後方を指差した。

「背後に主配線があります! ここで破壊すると、さらに通信障害が広がります!」


 ラフバは舌打ちした。

「……くそっ!」


 機械が再び跳ねる。


 グランが横から回り込んだ。

「こっちだ!」


 機械の注意がグランへ向く。

 エリオットが動いた。

「アギさん、停止方法は?」


 アギは端末を操作する。

「旧式の保守機なら、胴体下部に緊急停止装置があるはずです!」


 ミナが機械の動きを観察する。

「でも、あの速度じゃ近づけない!」


 迅が笑った。

「……じゃあ、俺が行く」


 アギが顔を上げる。

「迅!」


 迅は頷いた。

「壊さず止めりゃいいんだろ?」


 アギは一瞬考えた。


 そして。


「……お願いします。ただし、無理はしないでください」


 迅は笑った。

「任せろ!」


 機械が跳ねる。

 迅は横へ動いた。


 しかし、すぐには近づかない。


 機械の動きを見る。


 右。左。

 そして、着地。


「……なるほど」

 迅は足元の床を見た。


 機械が跳ねるたび、わずかに体勢を崩す。

 その瞬間だけ、胴体下部が露出する。

 迅は息を整えた。


 ロージャとの修行。

 速く動く。

 正確に止まる。

 必要な場所へ、必要なだけの力を伝える。


「……よし」


 機械が跳ねた。

 迅も動いた。

 一瞬で距離を詰める。

 しかし、拳は振るわない。


 機械の下へ滑り込む。

 指先が、緊急停止装置に触れた。


 かちっ。


 機械の赤い光が消えた。


 がしゃん。


 四本の脚が止まる。


 静寂。


 迅は床から起き上がった。

「……よっしゃ!」


 ラフバが笑った。

「やるじゃねぇか!」


 グランも頷いた。

「速いだけじゃねぇんだな」


 エリオットは機械を調べた。

「……停止しています」


 ミナが安堵の息を吐いた。

「良かった」


 アギは迅を見た。

「……見事でした」


 迅は笑った。

「だろ?」


 しかし。


 アギは続けた。

「ただし、最後に滑り込んだとき、少し右肩が上がっていました」


 迅は固まった。

「……え?」

「次は、もう少し身体を低くした方が安全です」


 迅は顔をしかめた。

「……今褒めてくれたばっかじゃん!」


 アギは微笑んだ。

「褒めていますよ」


 ラフバが笑った。

「ははは!」


 迅は頭をかいた。

「……ま、いいけどさ」



 午後一時。

 通信中継所、制御室。


 停止した作業用機械が、整備台に置かれていた。

 技術者が端末を接続する。


「……妙ですね」


 アギが尋ねる。

「何か分かりましたか?」


 技術者は画面を見せた。

「この機械は、二十年以上前に廃棄された旧式の保守ロボットです」


 エリオットが頷く。

「それが、なぜ今になって動いたのでしょう」

「そこなんです」


 技術者は記録を表示した。


 起動時刻:午前四時四十七分

 起動命令:外部入力

 命令元:不明


 グランが眉をひそめた。

「……誰かが動かしたってことか」


 技術者は頷いた。

「少なくとも、自動起動ではありません」


 ミナが尋ねる。

「切断された回線も、この機械が?」

「工具の形状は一致しています」


 迅は腕を組んだ。

「……じゃあ、誰かがこいつに線を切らせたんだな」


 アギは静かに頷いた。

「その可能性が高いです」


 ラフバが拳を握った。

「犯人を探すか?」


 アギは首を振った。

「まずは復旧が優先です。調査は専門部署に引き継ぎましょう」


 グランは少し不満そうだった。

「……逃がすのか?」


 アギは答えた。

「今、私たちが犯人を追えば、通信復旧が遅れます」


 グランは黙った。


 アギは続けた。

「市民の生活を戻すことが、今回の任務の目的です」


 数秒後。


 グランは頷いた。

「……分かった」


 エリオットが微笑んだ。

「適切な判断だと思います」


 ミナも頷いた。

「うん」


 迅はアギを見た。

「……やっぱ、アギだな」


 ラフバも笑った。

「だな!」


 アギは少し困ったように微笑んだ。

「……二人とも、手伝ってください」

「「おう!」」



 午後二時。

 通信中継所。


 復旧作業が始まった。

 エリオットは技術者と通信経路を確認する。

 ミナは医療施設への影響を調べ、優先順位を整理する。


 グランとラフバは、地下から予備のケーブルを運び出す。

 迅は、狭い通路を走り回って工具や部品を届けていた。


「迅! 絶縁工具!」

「おう!」

「次、固定具!」

「はいよ!」

「予備の接続端子!」

「……どれ!?」

「青い箱だ!」

「了解!」


 迅は次々と荷物を運ぶ。


 しかし。


「……おい」

 グランが迅を見た。

「何でそんなに速く動けるんだ?」


 迅は笑った。

「慣れ!」


 グランは呆れた。

「……慣れで済む速さじゃねぇだろ」


 ラフバが笑った。

「こいつ、昔から速ぇんだよ」


 迅は首を傾げた。

「昔って、知り合ってまだそんな経ってねぇだろ」

「細けぇこと気にすんな!」

「お前が言うな!」


 そんなやり取りの横で、アギは作業全体を見ていた。

 必要な人員。

 不足している工具。

 復旧の優先順位。

 そして、全員の疲労。


「ラフバ、グランさん。次の運搬が終わったら休憩してください」


 ラフバが顔を上げた。

「まだいけるぜ!」

「分かっています。でも、次の作業でも力が必要になります」


 グランは頷いた。

「……了解」


 アギは迅へ向き直った。

「迅も、五分休憩してください」


 迅は笑った。

「俺はまだ走れる!」

「知っています」


 アギは微笑んだ。

「でも、今は休むのが仕事です」


 迅は少し考えた。

「……なるほど」


 そして。


「……じゃあ、飯食っていい?」

「五分ですよ」

「よっしゃ!」


 迅は持参したパンを取り出した。


 ラフバがそれを見た。

「……お前、何個持ってきた?」

「六個」

「多くね!?」

「朝飯少なかったから」

「お前の少ないは信用できねぇ!」


 エリオットが笑った。

「……賑やかですね」


 ミナも微笑んだ。

「うん。でも、いいチームになってきたね」



 午後四時二十分。

 最後の接続確認が終わった。


 技術者が端末を操作する。

 一秒。二秒。三秒。

 そして。


 ピンッ。


 通信回線、復旧。

 制御室に歓声が上がった。

「戻った!」

「全回線、正常!」

「病院への通信も回復しました!」


 迅は拳を握った。

「……よっしゃぁ!」


 ラフバも笑った。

「ははっ! やったな!」


 グランは大きく息を吐いた。

「……疲れた」


 ミナが笑った。

「お疲れさま」


 エリオットは静かに頷いた。

「無事に終わって良かったです」


 アギは全員を見た。

「……皆さん、お疲れさまでした」


 六人は顔を見合わせた。

 昨日までは、模擬戦の対戦相手だった。

 軍も違う。信仰も違う。育った国も違う。


 しかし、今日。

 同じ目的のために動いた。

 それは、勝負とは違う達成感だった。



 午後七時。

 ジャポネ北部、旧研究施設跡。


「師匠ー!」

 迅が扉を開けた。


 ロージャは、広い訓練室で何かを並べていた。

 床には、大小さまざまな金属製の重り。

 壁際には、腕立て伏せ用の台。

 そして、中央には大きな石柱が置かれていた。


 迅は立ち止まった。

「…………」


 ロージャが振り返る。

「来たか、迅」


 迅は石柱を指差した。

「……何これ」

「宿題じゃ」

「……いや、見りゃ分かるけど」


 ロージャは小さく頷いた。

「今日から、少し負荷を上げる」


 迅は目を細めた。

「……どれくらい?」


 ロージャは指を三本立てた。

「まず、腕立て伏せ三百回」

「……おう」

「腹筋三百回」

「……おう」

「その後、三トンの石柱を持ち上げよ」


 迅は石柱を見た。

「……三トン?」

「うむ」

「……前より重くなってね?」

「当たり前じゃ」


 ロージャは平然と答えた。

「お主が前より強くなったからの」


 迅は少し黙った。

 そして。


「……へへっ」


 笑った。


「……そっか」


 ロージャは小さく微笑んだ。

「ただし、回数をこなすだけでは不合格じゃ。姿勢を崩さず、力を正しく使うこと」

「了解!」


 迅は床に手をついた。


 腕立て伏せを始める。

 一回。二回。三回。


 ロージャは横で見ていた。

「腰が落ちておる」

「……うっ」

「肘の角度が違う」

「……はい!」

「呼吸を止めるでない」

「……分かってる!」


 ロージャは小さく頷いた。

「よし」


 百回。二百回。三百回。


 迅は最後の一回を終えた。

「……っしゃ!」


 しかし。


 ロージャは首を振った。

「二百九十八回じゃ」


 迅は顔を上げた。

「……は?」

「途中の二回、姿勢が崩れた」


 迅は床に額をつけた。

「……厳しすぎねぇ!?」


 ロージャは静かに答えた。

「実戦での一瞬の乱れは、命取りになる」


 迅は少し黙った。


 そして。


「……分かったよ」

 再び腕立て伏せの姿勢を取る。

 一回。二回。


 ロージャは頷いた。

「……よし。合格じゃ」


 迅は床に転がった。

「……つっかれたぁ!」


 ロージャは水を差し出した。

「休め。次は腹筋じゃ」


 迅は水を飲んだ。

「……師匠」

「何じゃ?」


 迅は笑った。

「……今日、俺ちょっと役に立ったんだよ」


 ロージャは首を傾げた。

「……ほう?」


 迅は今日の任務を話し始めた。

 通信障害。

 閉じ込められた整備員。

 旧式の作業用機械。

 そして、六人で復旧させたこと。


 ロージャは静かに聞いていた。

「……なるほどの」


 迅は笑った。

「師匠に教わった力加減、役に立ったぜ」


 ロージャは小さく頷いた。

「……それは何よりじゃ」


 迅は続けた。

「速く動くだけじゃ、駄目だったんだよな」


 ロージャは頷いた。

「そうじゃ」


 そして。

「速さは、使い方を間違えれば、ただの乱暴な力になる」


 迅は静かに聞いていた。

「じゃが、正しく使えば、人を助けることもできる」


 迅は笑った。

「……だな!」


 ロージャは少しだけ目を細めた。

「……お主は、今日一つ強くなったの」


 迅は拳を握った。

「……よっしゃ!」


 しかし。

 ロージャは続けた。

「では、腹筋三百回じゃ」


 迅は叫んだ。

「余韻に浸らせてくれよ!!」


 ロージャは楽しそうに笑った。

「すまぬ、すまぬ」



 午後八時。

 訓練室。


 迅は三トンの石柱の前に立っていた。

 腕立て伏せ。腹筋。

 その両方を終えた後だった。


「……よし」

 迅は石柱に手をかけた。

 足を踏ん張る。

 背中を伸ばす。


 そして。


「……ふんっ!」

 石柱が、ゆっくりと持ち上がった。

 床から十センチ。二十センチ。三十センチ。


「……っ!」

 迅の額に汗が浮かぶ。


 ロージャは静かに見ていた。

「……よいぞ」


 迅は歯を食いしばった。

「……まだ!」


 石柱を持ち上げる。


 そして。


 指定された台の上へ、ゆっくりと置いた。


 どん。


 床がわずかに震えた。


 迅は大きく息を吐いた。

「……っしゃぁ!」


 ロージャは頷いた。

「……合格じゃ」


 迅は笑った。

「……どうよ!」


 ロージャは小さく微笑んだ。

「前より、力の使い方がよくなった」


 迅は拳を握った。

「……よっしゃ!」


 しかし。

 ロージャは石柱を見た。

「……ただし」


 迅は顔を上げた。

「……ん?」

「持ち上げることに集中しすぎて、置くときの力が少し荒い」


 迅は台を見た。


 表面に、小さなひびが入っていた。

「……あ」


 ロージャは頷いた。

「次は、台を傷つけずに置くのじゃ」


 迅は頭をかいた。

「……なるほどね」


 ロージャは続けた。

「重いものを持ち上げる力と、重いものを正確に扱う力は違う」


 迅は頷いた。

「……おう」

「強い拳を作るには、力を出すだけでは足りぬ」


 ロージャは迅の拳を指差した。

「いつ、どこで、どれほどの力を使うか。それを身体に覚えさせるのじゃ」


 迅は自分の拳を見た。

 今日、機械を止めたときの感覚を思い出す。

 全力で殴るのではなく。

 必要な場所に。必要なだけ。


「……分かった」


 迅は笑った。

「じゃあ、もう一回やる!」


 ロージャは頷いた。

「……よい心がけじゃ」


 迅は再び石柱へ向かった。

 その背中を、ロージャは静かに見つめていた。

 まだ、できないことは多い。


 だが。

 昨日できなかったことが、今日はできる。

 今日できなかったことが、明日はできるかもしれない。

 迅は、その繰り返しを楽しんでいた。

 ロージャは、そんな弟子の姿を見ていた。



 同日夜。

 三軍合同演習準備本部。


 今日の任務報告書が、各軍の担当将校へ送られていた。

 報告書には、六人の名前が記されている。

 黒瀬迅。

 ラフバ・エラー。

 アギ・ハワー。

 エリオット・グレイ。

 グラン・バルク。

 ミナ・レン。


 キリスト教軍の将校が、報告書を読んでいた。

「……通信中継所の復旧か」


 隣の将校が頷いた。

「はい。民間への影響も最小限に抑えられました」

「……良い結果だ」


 画面には、任務中の評価が表示されている。


 黒瀬迅。

 身体能力:優秀

 状況対応:良好

 精密動作:向上傾向


 ラフバ・エラー。

 身体能力:優秀

 協調性:改善傾向

 重量物作業:優秀


 エリオット・グレイ。

 技術判断:優秀

 通信支援:優秀


 グラン・バルク。

 近接対応:優秀

 現場協力:良好


 ミナ・レン。

 情報整理:優秀

 医療・民間支援:優秀


 そして。


 アギ・ハワー。

 指揮判断:優秀

 人員配置:優秀

 民間被害抑制:優秀

 総合評価:高


 将校は、その名前を見つめた。

「……アギ・ハワー」


 隣の将校が頷いた。

「模擬戦でも優秀でしたが、実任務での判断も安定しています」


 将校は静かに頷いた。

「……興味深い」


 そして。


 報告書を保存した。

 まだ、彼らの名を知る者は少ない。

 世界の大半の人々は、今日の出来事さえ知らない。


 しかし。

 三軍の中で、少しずつ記録が積み重なっていた。

 その小さな積み重ねが、いつか大きな意味を持つことを。

 このとき、誰も知らなかった。



 深夜。

 天城市東部、通信中継所。


 復旧した制御室では、技術者が最後の確認作業を行っていた。

 停止した旧式保守ロボットの記録。

 そこには、まだ一つだけ不明な項目が残っていた。


 外部起動命令

 送信元:記録なし


 技術者は眉をひそめた。

「……妙だな」


 通常、外部から機械を起動すれば、何らかの接続記録が残る。

 しかし、今回は違った。

 命令が存在したことだけが分かる。

 誰が送ったのか。どこから送ったのか。

 それは、まったく分からなかった。


 技術者は記録を保存した。

「……専門部署に回すか」


 画面が暗くなる。

 窓の外では、天城市の明かりが輝いていた。

 通信は復旧した。

 市民の生活も、元に戻りつつある。


 しかし。


 なぜ、古い機械が突然動き出したのか。

 その答えは、まだ見つかっていなかった。


 そして。


 三軍合同演習の開催まで、あと九日。


次回予告


通信障害事件を受け、三軍の合同演習準備本部は、若手六人による特別な連携訓練を実施する。


迅とラフバの圧倒的な身体能力。


エリオットとグランの技術。


ミナの判断力。


そして、アギの指揮。


それぞれの長所を組み合わせれば、どこまで戦えるのか。


しかし、六人は早速、意見の食い違いを起こしてしまう。


迅「……俺が先に行けば早くね?」


ラフバ「いや、俺が正面から突破する!」


グラン「お前ら、作戦聞いてたか!?」


アギ「……全員、一度黙ってください」


三軍六人の、騒がしい訓練が始まる。

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