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神葬戦争  作者: 水煮込み
15/17

強者の条件


午前六時四十分。

ジャポネ無宗教軍、第七駐屯基地。


「アギィィィ!!」


朝の静けさを破る絶叫が、宿舎に響き渡った。

「助けてくれぇぇぇ!!」


廊下を走る足音。

勢いよく開かれる扉。

「アギ! 大変だ!!」


アギ・ハワーは、ちょうど髪を結んでいるところだった。

「……何ですか、朝から」


迅は端末を突き出した。

「俺の端末が乗っ取られた!!」

「……はい?」

「知らねぇ奴らが、ずっと俺に話しかけてくる!!」


アギは端末を受け取った。

画面には、大量の通知。

『黒瀬迅さん、フォローありがとうございます!』

『第十三混成班の方ですか!?』

『合同演習、応援しています!』

『ラフバ選手との勝負はいつですか?』

『ファンです!』


アギは数秒黙った。

「…………」


そして。

「……迅」

「何だ!?」

「これ、SNSです」

「知ってる!」

「……では、何が問題なんですか?」


迅は真剣な顔で答えた。

「昨日、エリの連絡先を探してたんだよ」

「はい」

「そしたら『おすすめ』って出てきたから、全部押した」

「…………」


アギの手が止まった。

「……全部?」

「おう!」

「何件ですか?」

「……百ちょい?」

「…………」


迅は胸を張った。

「で、そいつらが一斉に話しかけてきた!」


アギは額を押さえた。

「……迅」

「何だよ」

「それ、百人以上をフォローしたんです」


迅は首を傾げた。

「……ふぉろー?」

「相手の投稿を見られるようにする機能です」

「……へぇ」

「しかも、あなたのアカウントは公開設定になっています」


迅は少し考えた。


そして。


「……つまり?」


アギは深く息を吐いた。

「あなたが誰をフォローしたか、他の人にも分かるんです」

「…………」


迅は固まった。

「……マジ?」

「マジです」


そのとき。


廊下からラフバが現れた。

「おい、迅!」


迅が振り返る。

「……ん?」


ラフバは端末を見せた。

「お前、何だこれ!」


画面には、迅の投稿。

『えりのれんらくさきどこ』


その下には、大量の反応。

『誰かエリオットさんを呼んであげて』

『あの足が速い無宗教軍の新人だ!』

『戦闘は得意なのにSNSは苦手なのか』

『足は速いのに、ネットでは迷子』

『端末の使い方を教えてあげたい』


ラフバは腹を抱えて笑った。

「ははははっ!!」


迅は顔をしかめた。

「笑うな!!」


アギは迅を見た。

「……どうしてこれを投稿したんですか?」


迅は真顔で答えた。

「検索するところだと思った」

「……それは投稿欄です」

「似てんだろ!!」

「似てません!!」


ラフバは笑いながら言った。

「ははっ! お前、機械に負けてんじゃねぇか!」


迅はラフバを睨んだ。

「……じゃあ、お前はできんのかよ!」


ラフバは胸を張った。

「当然だ!」


アギが端末を差し出した。

「では、この投稿を削除してください」


ラフバは画面を見た。

「…………」


三秒。五秒。十秒。


「…………」


迅がにやりと笑った。

「……どうした?」


ラフバは端末を傾けた。

「……これ、どこ押すんだ?」


迅は叫んだ。

「お前も分かんねぇじゃねぇか!!」


アギは二人から端末を取り上げた。

「……もういいです。私がやります」


朝の宿舎に、二人の笑い声が響いた。



午前十時。

東部広域共同訓練区域、第五演習場。


今日行われるのは、三軍の若手兵士による模擬戦闘訓練。

正式な合同演習ではない。

各軍の戦闘技術を共有するための、交流試合だった。


「……よっしゃ!」

迅は拳を握った。

「ようやく戦える!」


ラフバも笑った。

「ははっ! 待ってたぜ!」


アギは端末を確認していた。

「模擬戦ですからね。勝敗よりも、技術交流が目的です」


迅は頷いた。

「分かってる!」


ラフバも頷いた。

「おう!」


アギは二人を見た。

「……本当に?」

「「本当!!」」


アギは小さく息を吐いた。

「……では、対戦相手を確認しましょう」


画面に名前が表示される。


第一試合

黒瀬迅 対 エリオット・グレイ


第二試合

ラフバ・エラー 対 グラン・バルク


第三試合

アギ・ハワー 対 ミナ・レン


迅の目が輝いた。

「……おっ!」


ラフバも笑った。

「いいじゃねぇか!」


アギは少し驚いた。

「……ミナとですか」


そのとき。


「おはようございます」

背後から声がした。


エリオットだった。

白い軍服。

金髪。

青い瞳。


いつもどおり、落ち着いた表情。


迅は笑った。

「お、エリ!」


エリオットは微笑んだ。

「今日はよろしくお願いします」


迅は拳を握った。

「おう!」


そして。


「……なあ」

「はい?」


迅は首を傾げた。

「……お前、何でそんなに落ち着いてんの?」


エリオットは少し考えた。

「……緊張はしていますよ」


迅は目を丸くした。

「……マジ?」

「はい」


エリオットは笑った。

「黒瀬さんは、かなり速いと聞いていますから」


迅はにやりと笑った。

「……だろ?」


エリオットは頷いた。

「だからこそ、楽しみです」


迅は笑った。

「……いいねぇ!」


二人は訓練場へ向かった。



午前十時三十分。

第五演習場。


模擬戦開始。

「……始め!」


合図と同時に、迅が動いた。

地面を蹴る。

一瞬で距離を詰める。

「……おらっ!」


拳が伸びる。


しかし。


エリオットは、わずかに身体をずらした。

迅の拳が空を切る。

「……おっ?」


エリオットは踏み込んだ。

手のひらが、迅の肩へ伸びる。


迅は後ろへ跳んだ。

「……へぇ!」


エリオットは静かに構えた。

「……やはり速いですね」


迅は笑った。

「お前もな!」


再び踏み込む。

今度は右。続けて左。

さらに足を払う。


エリオットは、最小限の動きで対応した。

「……っ!」


迅の拳が、あと少しのところで届かない。

観客席で、ラフバが笑った。

「ははっ! いい勝負じゃねぇか!」


アギは静かに見つめていた。

「……エリオットさん、上手いですね」


ミナが頷いた。

「うん。迅さんの速さに、無理に追いつこうとしてない」


アギも頷いた。

「……動きを予測していますね」


訓練場。


迅は距離を取った。

「……なるほどね」


エリオットが首を傾げた。

「……何でしょう?」


迅は笑った。

「……お前、師匠と似たことすんだな」


エリオットは少し驚いた。

「……師匠?」


迅は頷いた。

「おう!」


そして。


「速ぇ奴を追いかけるんじゃなくて、先に行く場所で待ってんだろ?」


エリオットは静かに頷いた。

「……そのとおりです」


迅は笑った。

「……やっぱり!」


エリオットは続けた。

「速さに勝てないなら、速さが必要ない場所で戦えばいい」


迅は拳を握った。

「……面白ぇ!」


そして。


再び構えた。

「……じゃあ、これはどうよ!」


迅が飛び出した。


しかし、今度は一直線ではない。

右へ。左へ。

一度止まり。

そして、踏み込む。


エリオットの目が細くなった。

「……!」


迅は、エリオットが動く方向を読んでいた。


拳が伸びる。


エリオットは避けようとする。


しかし。


「……そこ!」

迅の指先が、エリオットの肩に触れた。


判定音。


ピッ!


黒瀬迅、一本。


観客席がざわついた。

「……速っ!」

「今の、見えたか!?」


迅は笑った。

「……よっしゃ!」


エリオットは少し驚いた。


そして。


静かに笑った。

「……見事です」


迅は拳を握った。

「……だろ?」


エリオットは頷いた。

「……ですが」


迅が顔を上げる。

「……ん?」


エリオットは構え直した。

「次は、そう簡単にはいきませんよ」


迅はにやりと笑った。

「……上等!」


模擬戦は続いた。

エリオットは、迅の動きを少しずつ読み始めた。

迅も、エリオットの予測を崩そうと工夫する。

一進一退。


そして。


最終判定。

黒瀬迅、三本。

エリオット・グレイ、二本。


勝者、黒瀬迅。


迅は拳を握った。

「……よっしゃぁ!」


エリオットは息を整えながら笑った。

「……負けました」


迅は笑った。

「……強ぇな、お前!」


エリオットは少し驚いた。

「……ありがとうございます」


迅は続けた。

「次もやろうぜ!」


エリオットは頷いた。

「……ぜひ」


二人は拳を軽く合わせた。

観客席では、アギが小さく微笑んでいた。

「……迅、成長していますね」


ミナも頷いた。

「……うん」


ただ速いだけではない。

考える。読む。

そして、相手に合わせて戦い方を変える。

ロージャの修行は、確実に迅の中に残っていた。



午前十一時三十分。

第二試合。


ラフバ・エラー対グラン・バルク。

「……ははっ!」


ラフバは拳を握った。

「ようやくだな!」


グランも笑った。

「……ああ!」


二人は向かい合った。

グランは、キリスト教軍の中でも体格に恵まれた兵士だった。


筋力。耐久力。

そして、近接戦闘の技術。

どれも高い水準にある。


しかし。


ラフバは笑っていた。

「……お前、強ぇんだろ?」


グランは頷いた。

「……当然」


ラフバはにやりと笑った。

「……最高じゃねぇか!」


合図。

「……始め!」


二人が同時に踏み込んだ。

拳と拳がぶつかる。


鈍い衝撃音。

「……っ!」

グランがわずかに後退した。

「……何だ、この力!?」


ラフバは笑った。

「ははっ!」


そして。


「……まだまだ!」

再び拳を振るう。

グランは腕で受けた。

衝撃が走る。


しかし、倒れない。

「……舐めるな!」


グランが反撃した。

ラフバの肩に、模擬判定用の拳が触れる。


ピッ!


グラン、一本。

ラフバは目を見開いた。

「……おっ!」


グランは笑った。

「どうだ!」


ラフバは数秒黙った。


そして。


「……ははっ!」


笑った。


「……いいねぇ!」


グランは眉をひそめた。

「……何がおかしい?」


ラフバは拳を握った。

「……強ぇ奴と戦えることだよ!」


そして。


再び踏み込んだ。

今度は、力任せではない。

一度、右へ。

相手の拳を誘う。


そして。


左から回り込む。

グランが反応する。


しかし。


「……遅ぇ!」

ラフバの拳が、グランの胸に触れた。


ピッ!


ラフバ、一本。

観客席で、迅が笑った。

「……やるじゃん!」


アギも頷いた。

「……ラフバも、以前より動きが良くなっていますね」


ミナが首を傾げた。

「……前は違ったの?」


アギは苦笑した。

「……以前は、もっと力任せでした」


迅が笑った。

「師匠に八トンの塊持たされてたからな!」


ミナは固まった。

「……八トン?」


迅は頷いた。

「おう!」


そして。


「……紙を破らずに持ち上げろって」


ミナは目を丸くした。

「……何それ」


アギは静かに答えた。

「……私たちも、最初は意味が分かりませんでした」


訓練場。

ラフバとグランの攻防は続いた。

グランは技術で対抗する。

ラフバは力と速度で押し返す。


そして。


最終判定。

ラフバ、三本。

グラン、二本。


勝者、ラフバ・エラー。


ラフバは拳を握った。

「……よっしゃぁ!!」


グランは息を整えた。

「……くそっ」


しかし。


すぐに笑った。

「……強ぇな、お前」


ラフバも笑った。

「お前もな!」


グランは拳を差し出した。

「……次は勝つ」


ラフバは拳を合わせた。

「……上等!」



午後一時。

第三試合。


アギ・ハワー対ミナ・レン。

「……久しぶりだね、アギ」


ミナが笑った。

アギも微笑んだ。

「……そうですね」


二人は訓練場の中央に立った。

ミナは木刀を構えている。


アギは素手だった。


ミナは首を傾げた。

「……刀、使わないの?」


アギは静かに答えた。

「……今回は、素手で」


ミナは少し笑った。

「……相変わらずだね」


アギも小さく微笑んだ。

「……そうかもしれません」


観客席で、迅が首を傾げた。

「……なあ」


ラフバが振り返る。

「ん?」


迅は訓練場を指差した。

「……アギ、何で刀抜かねぇんだ?」


ラフバは笑った。

「……さあな!」


エリオットが静かに言った。

「……おそらく、必要がないと判断しているのでしょう」


迅は頷いた。

「……なるほど」


そして。

「……でも、ミナも強ぇんだろ?」


エリオットは頷いた。

「はい」


迅はにやりと笑った。

「……じゃあ、面白そうだな!」


合図。

「……始め!」


ミナが踏み込んだ。

木刀が、アギの肩へ伸びる。


しかし。


アギは半歩ずれた。

木刀が空を切る。

ミナは続けて攻撃した。


右。左。

そして、下段。


アギは全てを避けた。


「……っ!」


ミナの表情が変わった。

「……やっぱり!」


アギは静かに言った。

「……ミナ、少し力が入りすぎています」


ミナは笑った。

「……分かってる!」


再び踏み込む。


しかし。


アギは、ミナの手首に軽く触れた。

そのまま身体を回す。

ミナの体勢が崩れた。


トン。


アギの手が、ミナの肩に触れる。


ピッ!


アギ、一本。


観客席で、迅が笑った。

「……おお!」


ラフバも笑った。

「……やるじゃねぇか!」


ミナは距離を取った。

「……強いね、アギ」


アギは首を振った。

「……ミナも、以前より上手くなっています」


ミナは笑った。

「……ありがとう」


そして。


「……でも、まだ負けないよ!」

再び構える。


今度は、先ほどよりも慎重だった。

アギは静かに頷いた。

「……いいですね」


攻防が続いた。

ミナは、アギの動きを観察する。

アギは、ミナの攻撃を受け流す。


一度。二度。三度。


そして。


ミナの木刀が、アギの腕に触れた。


ピッ!


ミナ、一本。


観客席がざわついた。

「……おっ!」


迅が笑った。

「……やるじゃん!」


ラフバも笑った。

「ははっ!」


ミナは息を整えた。

「……取った!」


アギは小さく微笑んだ。

「……見事です」


そして。


次の瞬間。


アギが踏み込んだ。

速い。

しかし、無駄がない。


ミナが木刀を構える。

その前に。

アギの指先が、ミナの肩に触れた。


ピッ!


アギ、二本。


さらに。

アギは一歩引いた。

ミナが追う。


その瞬間。

アギは身体を回した。


トン。


ミナの背中に、軽く手を添える。


ピッ!


アギ、三本。


試合終了。

勝者、アギ・ハワー。


ミナは息を吐いた。

「……負けたぁ」


アギは微笑んだ。

「……いい試合でした」


ミナは笑った。

「……ありがとう」


二人は軽く頭を下げた。

観客席で、迅が拳を握った。

「……よっしゃ!」


ラフバも笑った。

「三人とも勝ったな!」


エリオットは静かに頷いた。

「……第十三混成班、恐ろしいですね」


迅は笑った。

「……だろ?」


しかし。

アギは、勝利を喜ぶよりも先に、ミナへ声をかけていた。

「……最後の踏み込み、良かったですよ」


ミナは顔を上げた。

「……本当?」


アギは頷いた。

「はい。あの動きなら、私も少し危なかったです」


ミナは笑った。

「……そっか」


アギは続けた。

「ただ、最初の攻撃で力を使いすぎています。もう少し余裕を持った方がいいですね」


ミナは頷いた。

「……うん」


二人は、そのまま技術について話し始めた。

迅は、その様子を見ていた。

「……なあ、ラフ」

「ラフバだ」

「……アギってさ」

「……ん?」


迅は笑った。

「……やっぱ、すげぇよな」


ラフバも頷いた。

「……ああ」


そして。


「……俺らの班長だからな!」

迅は笑った。

「……だな!」



午後五時。

ジャポネ北部、旧研究施設跡。


「……師匠ー!」

迅が扉を開けた。


ロージャは、いつもの将棋盤の前に座っていた。

「……来たか、馬鹿弟子」


迅は笑った。

「おう!」


ロージャは首を傾げた。

「……今日は、どうじゃった?」


迅は拳を握った。

「勝った!」

「……ほう」

「キリスト教軍の奴と戦って、三対二!」


ロージャは静かに頷いた。

「……そうか」


迅は続けた。

「ラフバも勝ったし、アギも勝った!」


ロージャは小さく微笑んだ。

「……よい日じゃったの」


迅は笑った。

「……おう!」


ロージャは茶を飲んだ。


そして。


「……では、今日の宿題じゃ」

迅は身構えた。

「……おっ!」


ロージャは指を一本立てた。

「……強い者とは、何じゃと思う?」


迅は首を傾げた。

「……強い奴?」

「うむ」


迅は少し考えた。

「……勝つ奴?」


ロージャは首を振った。

「……それだけかの?」


迅は腕を組んだ。

「……うーん」


ロージャは静かに続けた。

「では、問おう」


迅が顔を上げる。

「……ん?」

「百人の敵を倒せる者と、百人の仲間を守れる者」


ロージャは迅を見た。

「……どちらが強い?」


迅は少し黙った。

「…………」


そして。


「……状況によるだろ」

ロージャは小さく笑った。

「……ほう?」


迅は続けた。

「敵を倒さなきゃ仲間を守れねぇときもあるし」

「……うむ」

「仲間を守るために、戦わねぇ方がいいときもある」


ロージャは静かに頷いた。

「……そうじゃな」


迅は少し考えた。


そして。


「……あ」

ロージャが首を傾げた。

「……何じゃ?」


迅は笑った。

「……アギだ」


ロージャは小さく微笑んだ。

「……ほう」


迅は続けた。

「俺とラフバ、強ぇ奴と戦うの好きだけどさ」

「……うむ」

「アギは、いつもちゃんと目的考えてんだよ」


ロージャは頷いた。

「……よいことじゃ」


迅は笑った。

「……だから、俺ら三人で勝てるんだな」


ロージャは静かに答えた。

「……そうじゃ」


そして。


「強さとは、一人で全てを成し遂げることではない」

迅は顔を上げた。


ロージャは続けた。

「誰かに任せることも、誰かを頼ることも、強さの一つじゃ」


迅は少し考えた。

「……なるほどね」


ロージャは小さく微笑んだ。

「……覚えておくがよい」


迅は頷いた。

「……おう!」


そのとき。


ロージャは机の上に、小さな皿を置いた。

「……さて」


迅が顔を上げた。

「……ん?」


皿には、丸い饅頭が二つ。


迅は目を細めた。

「……また?」


ロージャは頷いた。

「……褒美じゃ」


迅は警戒した。

「……どっちが辛い?」


ロージャは首を振った。

「……どちらも辛くないぞ」


迅はさらに警戒した。

「……じゃあ、どっちが苦い?」

「……どちらも苦くない」


迅は腕を組んだ。

「……怪しい」


ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


迅は饅頭を見た。


そして。


「……師匠」

「何じゃ?」

「……先に食ってみ?」


ロージャは頷いた。

「……よかろう」


一つを取る。


ぱくり。

「……うむ。うまい」


迅は少し安心した。

「……じゃあ、俺も」


残った饅頭を取る。

一口。

「…………」


もぐもぐ。

「…………」


甘い。

「……うまっ!」


ロージャは満足そうに頷いた。

「……そうじゃろ」


迅は笑った。

「……今日は普通じゃん!」


ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


そして。


「……では、将棋じゃ」

迅は拳を握った。

「……よっしゃ!」


盤面が整えられる。


ぱちん。ぱちん。


数分後。

「……王手じゃ」


迅は固まった。

「…………」


そして。


「……待った!!」

「駄目じゃ」

「……くっそぉ!」


ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


迅は盤面を睨んだ。


しかし。


ふと、将棋盤の脇に目が止まった。

小さな根付。


『王将』。


以前、迅が贈ったものだった。

ロージャは、今もそこに置いていた。

迅は少しだけ笑った。

「…………」


ロージャが顔を上げた。

「……何じゃ?」


迅は首を振った。

「……何でもねぇ」


ロージャは小さく微笑んだ。

「……そうか」


迅は盤面を見つめた。


そして。


「……よし!」

駒を動かした。


ぱちん。


ロージャの目が、少しだけ細くなった。

「……ほう」


迅は笑った。

「……どうよ?」


ロージャは静かに頷いた。

「……悪くないの」


迅は拳を握った。

「……よっしゃ!」


しかし。


次の一手。


ぱちん。


「……詰みじゃ」

迅は天井を仰いだ。

「……負けたぁぁぁ!!」


ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


迅も笑った。

「……ははっ!」


廃墟に、二人の笑い声が響いた。



午後七時。

旧研究施設、玄関。


迅は靴を履いていた。

「……じゃあ、師匠!」


ロージャは椅子から立ち上がった。

「……うむ」


迅は笑った。

「また明日な!」


ロージャは頷いた。

「……迅」


迅が振り返る。

「……ん?」


ロージャは指を一本立てた。

「風呂に入れよ」


迅は笑った。

「……へいへい」

「歯も磨け」

「分かってるって!」

「宿題も忘れるでないぞ」


迅は顔をしかめた。

「……師匠」

「何じゃ?」


迅は笑った。

「……俺、もう十八だぞ?」


ロージャは静かに答えた。

「十八でも、馬鹿弟子は馬鹿弟子じゃ」


迅は叫んだ。

「ひでぇ!!」


ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


そして。


「……風邪もひくでないぞ」


迅は少し黙った。

「…………」


それから。

「……師匠もな」


小さく笑った。

ロージャは頷いた。

「……うむ」


迅は手を振った。

「……じゃあな!」


ロージャも小さく手を振った。

「……またの」


迅は歩き出した。

夜の風が、頬を撫でる。

空には、巨大な月。


遠くには、ジャポネの街明かり。

迅は、ふと振り返った。

旧研究施設の入口。

ロージャは、まだそこに立っていた。


小さな白い姿。

迅は少しだけ笑った。

「…………」


そして。


もう一度、手を振った。

ロージャも手を振り返した。

迅は歩き出した。

胸の奥が、少しだけ温かかった。

理由は、まだ分からない。


ただ。


あの場所に帰れば、師匠がいる。

それが、何となく嬉しかった。



同日夜。

三軍合同演習準備本部。


会議室には、各軍の担当将校が集まっていた。

巨大な画面には、今日の模擬戦結果が表示されている。


「……黒瀬迅」

キリスト教軍の将校が呟いた。

「未覚醒で、あの速度か」


仏教軍の将校が頷いた。

「……異例ですね」


別の将校が続けた。

「ラフバ・エラーも優秀です。身体能力は、若手の中でも突出している」


キリスト教軍の将校は頷いた。

「……将来が楽しみな二人だ」


そのとき。

仏教軍の将校が画面を切り替えた。

アギ・ハワー。


「……そして、この少女」

キリスト教軍の将校が顔を上げた。

「……アギ・ハワーか」


仏教軍の将校は頷いた。

「はい」


画面には、今日の模擬戦の映像。

アギが、ミナの攻撃を受け流している。


そして。

わずかな隙を突き、一本を取る。

キリスト教軍の将校は静かに頷いた。

「……技術は高い」


仏教軍の将校は続けた。

「それだけではありません」


画面が切り替わる。

前日の輸送競技。

迅とラフバが、アギの指示で動いている。

「……この二人を、統率しています」


会議室が静かになった。

キリスト教軍の将校が呟いた。

「……なるほど」


そして。


「……確かに、興味深い」

仏教軍の将校は頷いた。

「……アギ・ハワー」


その名前が、再び記録に残された。

まだ、小さな評価だった。

まだ、誰もその先を知らない。


だが。


三軍の上層部は、少しずつ気づき始めていた。

黒瀬迅。

ラフバ・エラー。


そして。

アギ・ハワー。


この三人は、ただの問題児ではない。

いずれ、世界を動かす存在になるかもしれない。

三軍合同演習。


開催まで、あと十日。


次回予告


三軍合同演習の準備中、天城市近郊で通信障害が発生する。


原因調査のため、迅、ラフバ、アギ、エリオット、ミナ、グランが臨時の混成部隊を結成。


異なる軍の兵士たちは、初めて実際の任務で協力することになる。


しかし、現場で彼らを待っていたのは、単なる機械の故障ではなかった。


「……おい、これ、誰が壊したんだ?」

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