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神葬戦争  作者: 水煮込み
14/17

三馬鹿、街へ行く

 午前八時。

 ジャポネ東部、天城市。


「……何でだよ」

 黒瀬迅は、不満そうに呟いた。


 その両腕には、大量の荷物。

 段ボール箱が六つ。

 水の入った容器が四つ。

 さらに背中には、巨大な布袋。


 その隣では、ラフバ・エラーが同じように荷物を抱えていた。

「……おい、迅」

「何だよ」

「俺たち、軍人だよな?」

「……たぶん」

「何で荷物運んでんだ?」

「……知らねぇ」


 二人は同時に振り返った。

 そこには、アギ・ハワーが立っていた。


 端末を片手に、涼しい顔をしている。

「……アギ」

「何ですか?」


 迅は荷物を持ち上げた。

「……これ、警備任務だよな?」

「はい」

「……警備って、荷物運ぶことだっけ?」


 アギは頷いた。

「今回の任務は、三軍合同演習に伴う市街地警備と物資搬入の補助です」


 ラフバが叫んだ。

「聞いてねぇぞ!」

「説明しました」

「……いつ!?」

「昨日です」

「……覚えてねぇ!」

「覚えてください!」


 迅は笑った。

「ははっ! まあ、いいじゃん!」


 ラフバが振り返る。

「何がだよ!」


 迅は荷物を持ち直した。

「どうせ筋トレになるし!」


 ラフバは少し考えた。


 そして。


「……確かに」


 アギは二人を見た。

「……本当に単純ですね」


 三人が歩いているのは、天城市の南部商業区。

 古い商店街と、巨大な近未来建築が混在する地域だった。


 頭上には、透明な高架鉄道。

 その下には、昔ながらの八百屋や食堂。

 さらに奥には、巨大な商業施設がそびえ立っている。


 三軍合同演習の開催が決まってから、街は以前にも増して賑わっていた。

 白い軍服のキリスト教軍兵士。

 蓮の紋章をつけた仏教軍兵士。

 そして、使い古された軍服の無宗教軍兵士。


 様々な国の言葉が飛び交っている。


「……おい、迅」

 ラフバが口を開いた。

「……ん?」

「あれ見ろよ」


 迅が振り返る。

 そこには、巨大な屋台。

 看板には、見慣れない文字。


 その下に、小さく共通語が書かれていた。


『セント・ヴェイル名物 聖都焼き』


 迅の目が輝いた。

「……うまそう!」


 ラフバも笑った。

「ははっ! 食おうぜ!」


 二人が歩き出そうとする。


 しかし。


「待ちなさい」

 アギが二人の襟を掴んだ。

「……ぐえっ!」

「……おわっ!」


 アギは静かに言った。

「まず、荷物を届けます」


 迅は振り返った。

「……一個だけ!」

「駄目です」


 ラフバも叫んだ。

「半分!」

「駄目です」


 迅は真顔になった。

「……匂いだけ!」


 アギは少し考えた。

「……それなら構いません」


 迅とラフバは顔を見合わせた。


 そして。


「「やった!!」」


 アギは額を押さえた。

「……本当に、もう」



 午前十時。

 南部商業区、第三通り。


「……ありがとうございました!」


 小さな食堂の店主が、三人に頭を下げた。

 三人は、物資の搬入を終えたところだった。

 店主は四十代ほどの女性。

 名前は、橘千代。


 この街で二十年以上、食堂を営んでいるという。

「いやぁ、助かったよ。演習が決まってから、お客さんが増えちゃってねぇ」


 迅は笑った。

「いいじゃん! 儲かってんだろ?」


 千代は苦笑した。

「そう簡単でもないんだよ。材料の仕入れ値も上がってるからね」


 アギが頷いた。

「輸送路の一部が、軍用物資の搬入で混雑しているそうですね」

「そうそう。いつもの野菜が届かなくて困ってるんだ」


 ラフバは首を傾げた。

「軍が来たら、街は儲かるんじゃねぇのか?」


 千代は笑った。

「儲かる店もあるし、困る店もある。世の中、そんなもんさ」


 迅は少し黙った。

 店の奥には、小さな厨房。

 壁には、古い写真が飾られている。

 まだ幼い子供と、若い夫婦。

 その隣には、色褪せた街の風景。

 今よりもずっと低い建物が並んでいた。


 迅は写真を見た。

「……この街、昔からこんな感じだったの?」


 千代は首を振った。

「いやいや。戦争の後、何度も建て直したんだよ」

「……へぇ」

「昔はね、この辺りにも空き地がいっぱいあってさ。商売なんて、とてもできなかった」


 千代は少しだけ遠くを見るような目をした。

「でも、人が戻ってきた。店が増えた。子供たちが学校に通うようになった」


 そして、笑った。

「だから、今の街が好きなんだ」


 迅は窓の外を見た。

 通りを走る子供。

 買い物袋を抱えた老人。

 屋台の前で言い争う商人。

 笑い声。

 怒鳴り声。

 料理の匂い。


「……なるほどね」

 迅は小さく笑った。


 千代は三人を見た。

「そうだ。お礼に何か食べていきな」


 迅の目が輝いた。

「……マジ!?」

「もちろん」


 ラフバも笑った。

「やったぜ!」


 アギは慌てて言った。

「いえ、任務ですから、お礼は……」


 千代は手を振った。

「いいのいいの! 余った材料で作るだけだから」


 迅はアギを見た。

「……アギ」


 ラフバも見た。

「……アギ」


 二人の目が輝いている。

 アギは数秒黙った。


 そして。


「……休憩時間内なら」

「「よっしゃぁぁ!!」」


 千代は腹を抱えて笑った。

「はははっ! 元気な子たちだねぇ!」



 午後零時。

 天城市、中央市場。


「……おい、邪魔だ!」


 怒鳴り声が響いた。

 迅が振り返る。

 市場の中央で、二人の男が言い争っていた。


 一人は、ジャポネの商人。

 もう一人は、キリスト教軍の輸送担当者。

「だから、ここは通れないって言ってるだろ!」

「こちらも予定がある! 軍用車両を通す必要があるんだ!」

「予定だぁ!? こっちは毎日ここで商売してんだよ!」


 周囲には、人だかりができていた。


 アギが足を止めた。

「……行きましょう」


 迅とラフバが頷いた。

 三人は、人混みの中へ入った。


「すみません」


 アギが声をかけた。

「無宗教軍、第十三混成班です。何があったんですか?」


 商人が振り返った。

「軍の連中が、勝手に道を塞ぐって言い出したんだ!」


 輸送担当者が反論した。

「勝手ではない! 事前に通行許可を得ている!」


 アギは端末を確認した。

「……少し、お待ちください」


 地図を表示する。

 確かに、軍用車両の通行許可は出ている。


 しかし。


「……あ」

 アギが小さく呟いた。


 迅が首を傾げた。

「……何?」


 アギは地図を指差した。

「許可されたのは、一本隣の道路です」


 輸送担当者が固まった。

「……何?」


 アギは続けた。

「こちらは市場の搬入路です。軍用車両の通行予定には含まれていません」


 商人が叫んだ。

「ほら見ろ!」


 輸送担当者は端末を確認した。


 そして。


「……本当だ」

 頭を抱えた。


「……すまない。経路を間違えた」

 商人は腕を組んだ。

「ったく……」


 しかし。


 そのとき。


「……おい」

 迅が口を開いた。


 全員が振り返る。


 迅は商人を見た。

「……あんた、荷物運ぶんだろ?」


 商人は頷いた。

「……ああ」


 迅は輸送担当者を見た。

「……そっちも急いでんだろ?」

「……そうだ」


 迅は笑った。

「じゃあ、どっちも手伝えばよくね?」


 アギが少し驚いた。

「……迅?」


 迅は続けた。

「俺ら、荷物運ぶの得意だし!」


 ラフバも笑った。

「ははっ! 任せろ!」


 アギは少し考えた。


 そして。

「……そうですね」


 頷いた。

「商人の方の荷物を先に搬入して、軍用車両は正規の経路へ誘導しましょう」


 輸送担当者は頭を下げた。

「……助かる」


 商人も少し困ったように笑った。

「……まあ、頼むわ」


 迅は拳を握った。

「……よっしゃ!」


 ラフバも笑った。

「行くぞ!」


 二人は荷物を持ち上げた。

 その様子を見ながら、アギは小さく微笑んだ。

 迅は、時々驚くほど単純だ。


 だが。


 その単純さが、複雑になった問題を解決することもある。



 午後三時。

 天城市、南部商業区。


 任務が終わり、三人には少しだけ自由時間が与えられた。


「……よっしゃ!」


 迅が拳を握った。

「飯だ!」


 ラフバも笑った。

「勝負だ!」


 アギは呆れたように言った。

「……食事で何を競うんですか?」

「早食い!」

「駄目です」

「大食い!」

「駄目です」

「じゃあ、どっちがうまそうに食うか!」

「……それなら好きにしてください」


 二人は顔を見合わせた。

「「よっしゃ!」」


 アギは深く息を吐いた。


 そのとき。


 迅が、ふと足を止めた。

「……ん?」


 小さな店があった。

 古い木製の看板。

 窓には、色とりどりの小物が並んでいる。

 手作りの飾り。

 小さな人形。

 木彫りの置物。


 そして。


 将棋の駒を模した、小さな根付。

 迅はそれを見つめた。

「…………」


 ラフバが振り返った。

「……おい、迅!」

「……ん?」

「何見てんだ?」


 迅は根付を指差した。

「……あれ」


 ラフバが覗き込む。

「……将棋?」

「おう」


 小さな木彫りの駒。


 表面には、丁寧に『王将』の文字が彫られている。


 迅は少し考えた。


 そして。


「……これ、いくら?」


 店主の老人が答えた。

「三百だよ」


 迅は財布を開いた。


 中には、少しの小銭。

「…………」


 迅は真剣な顔で数えた。

 一枚。二枚。三枚。


「……足りる」


 ラフバが首を傾げた。

「……お前、将棋好きだったっけ?」


 迅は笑った。

「いや、弱ぇ」

「じゃあ何で買うんだ?」


 迅は根付を見た。

「……師匠が好きなんだよ」


 ラフバは頷いた。

「……へぇ」


 迅は店主に言った。

「これ、ください!」


 老人は笑った。

「はいよ」


 迅は根付を受け取った。

 小さな木彫りの駒。

 手のひらに収まるほどの大きさ。


「……よし」


 迅はそれをポケットにしまった。

 アギが静かに尋ねた。

「……ロージャさんへのお土産ですか?」


 迅は頷いた。

「おう」

「……珍しいですね」


 迅は首を傾げた。

「何が?」


 アギは少し笑った。

「迅が、自分の食べ物以外にお金を使うなんて」


 迅は固まった。

「…………」


 ラフバが笑った。

「はははっ! 確かにな!」


 迅は顔をしかめた。

「……うるせぇな!」


 アギは微笑んだ。

「……きっと、喜んでくれますよ」


 迅はポケットを軽く叩いた。

「……だといいけどな」


 そう言って笑った。


 自分でも、少し不思議だった。

 普段なら、三百あれば肉まんを買う。


 それなのに。


 あの小さな駒を見た瞬間、ロージャの顔が浮かんだ。

 将棋盤の前に座り、得意そうに笑う師匠。


『待ったは無しじゃ』


 そんな声まで聞こえてきそうだった。

 迅は小さく笑った。

「……変なの」


 ラフバが振り返った。

「……何が?」


 迅は首を振った。

「……何でもねぇ!」



 午後五時。

 ジャポネ北部、旧研究施設跡。


「……師匠ー!」

 迅が扉を開けた。

 ロージャは、いつもの椅子に座っていた。


 将棋盤。

 湯気の立つ茶。

 そして、小さな菓子皿。


「……来たか、馬鹿弟子」


 迅は笑った。

「おう!」


 ロージャは首を傾げた。

「今日は、どうじゃった?」


 迅は椅子に座った。

「街で警備任務してきた!」

「……ほう」

「めちゃくちゃ人がいたぞ!」

「……そうか」


 迅は続けた。

「キリスト教軍の奴らも、仏教軍の奴らも、普通の街の人も!」


 ロージャは静かに頷いた。

「……賑やかそうじゃの」


 迅は笑った。

「おう!」


 そして。


「……あ、そうだ」


 ポケットに手を入れる。

「……師匠」


 ロージャが顔を上げた。

「……何じゃ?」


 迅は小さな包みを取り出した。

「……これ」


 ロージャは首を傾げた。

「……何じゃ?」


 迅は笑った。

「土産!」

「……土産?」

「おう!」


 ロージャは包みを受け取った。


 ゆっくりと開く。


 中には、小さな将棋の根付。


『王将』の文字が彫られている。


 ロージャは、しばらくそれを見つめた。

「…………」


 迅は少しだけ落ち着かなくなった。

「……あー、まあ」


 頭をかく。

「安物だけどさ」


 ロージャは顔を上げた。

「……わしに?」


 迅は頷いた。

「おう」


 ロージャは、もう一度根付を見た。


 そして。


「……そうか」


 小さく微笑んだ。

「……ありがとう、迅」


 迅は一瞬、言葉に詰まった。

「…………」


 いつもの、からかうような笑い方ではなかった。

 悪戯が成功したときの、得意そうな顔でもない。

 ただ、嬉しそうだった。


 それだけなのに。


 迅は、なぜか視線を逸らした。

「……べ、別に」


 鼻の下をこする。


「たまたま見つけただけだし」


 ロージャは根付を手に取った。

「……よいものじゃの」


 迅は少しだけ笑った。

「……だろ?」


 ロージャは将棋盤の脇に根付を置いた。


 そして。


「……大切にするぞ」


 迅は黙った。

「…………」


 それから。


「……おう」


 小さく答えた。


 胸の奥が、妙に温かかった。

 だが、その理由を考えるより早く。

 ロージャが口を開いた。


「……さて」


 迅が顔を上げた。

「ん?」


 ロージャは机の下から、小さな箱を取り出した。

「……わしからも、お返しじゃ」


 迅の目が輝いた。

「……マジ!?」

「うむ」


 迅は箱を見た。

「……何?」


 ロージャは頷いた。

「菓子じゃ」


 迅は警戒した。

「……辛くねぇ?」

「辛くないぞ」

「……爆発しねぇ?」

「爆発せぬ」

「……紙吹雪出ねぇ?」

「出ぬ」


 迅は少し考えた。


 そして。


「……じゃあ、開けるぞ」


 蓋を開けた。


 次の瞬間。


 ぱぁん!!


「うおおっ!?」


 箱から、紙吹雪が飛び出した。


 迅の顔に、色とりどりの紙片が張りつく。

「…………」


 ロージャは口元を押さえた。

「……ふふっ」


 迅はゆっくりと顔を上げた。

「……師匠」

「……何じゃ?」

「……紙吹雪出たぞ」


 ロージャは頷いた。

「……出たの」

「出ねぇって言っただろ!!」


 ロージャは慌てて頭を下げた。

「……すまぬ!」


 ぺこり。


「すまぬ、すまぬ!」


 迅は叫んだ。

「またかよ!!」


 ロージャはさらに頭を下げた。

「すまぬ、すまぬ、すまぬ!」

「絶対反省してねぇだろ!!」


 ロージャは肩を震わせていた。

「……ふふっ」


 迅はため息をついた。

「……ったく!」


 しかし。


 次の瞬間。


 迅は、にやりと笑った。

「……なあ、師匠」


 ロージャが顔を上げた。

「……何じゃ?」


 迅はポケットから、小さな紙袋を取り出した。

「……俺からも、もう一個ある」


 ロージャは首を傾げた。

「……ほう?」


 迅は笑った。

「……開けてみ?」


 ロージャは紙袋を受け取った。


 中を覗く。


「…………」


 そこには、小さな紙。


『本日の宿題。師匠は一回だけ弟子に負けること』


 ロージャは紙を見つめた。


 そして。


「…………」


 迅は笑った。

「……どうよ!?」


 ロージャは少し考えた。

「……ふむ」


 そして。


「……不合格じゃ」


 迅は固まった。

「……え?」


 ロージャは静かに言った。

「宿題を出すのは、師匠の役目じゃ」


 迅は叫んだ。

「そんなルールあんの!?」


 ロージャは頷いた。

「あるぞ」

「今作っただろ!!」


 ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


 迅は頭を抱えた。

「……くっそぉ!」


 しかし。


 ロージャは紙を折り畳み、将棋盤の脇に置いた。

 その隣には、迅が買ってきた根付。


 迅はそれを見た。

「……捨てねぇの?」


 ロージャは首を傾げた。

「……何をじゃ?」

「……その紙」


 ロージャは静かに答えた。

「……せっかく貰ったものじゃからの」


 迅は少し黙った。

「…………」


 そして。


「……そっか」


 小さく笑った。



 午後六時。

 旧研究施設、休憩室。


「……よし!」


 迅は将棋盤を睨んでいた。

「今日は勝つ!」


 ロージャは茶を飲んでいる。

「……ほう」


 迅は駒を動かした。


 ぱちん。


 ロージャも動かす。


 ぱちん。


 数分後。


「……王手じゃ」


 迅は固まった。

「…………」


 そして。


「……待った!!」

「駄目じゃ」

「早ぇよ!!」


 ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


 迅は盤面を睨んだ。

「……くそっ」


 ロージャは茶を飲んだ。


 そのとき。


 迅は、ふと気づいた。

 将棋盤の脇。

 小さな根付が置かれている。


『王将』。


 ロージャは、それを時々指先で触っていた。

 何となく。

 大切そうに。


 迅は、その様子を見つめた。

「…………」


 ロージャが顔を上げた。

「……何じゃ?」


 迅は慌てて視線を戻した。

「……何でもねぇ!」


 ロージャは首を傾げた。

「……ふむ?」


 迅は駒を動かした。


 ぱちん。


 ロージャも動かす。


 ぱちん。


「……詰みじゃ」


 迅は天井を仰いだ。

「……負けたぁ!」


 ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


 迅は椅子にもたれた。

「……師匠、強すぎんだろ」

「まだまだじゃの」

「……くっそぉ」


 ロージャは立ち上がった。

「……さて」


 迅が顔を上げた。

「ん?」


 ロージャは机の上に、小さな皿を置いた。

「……茶菓子じゃ」


 迅は目を細めた。

「……また?」

「うむ」


 皿には、小さな団子が三つ。


 白。

 桃色。

 緑。


 迅は警戒した。

「……どれが安全?」


 ロージャは頷いた。

「全部じゃ」


 迅は首を振った。

「信用できねぇ」


 ロージャは少し考えた。


 そして。


「……では、わしが先に食べよう」

 白い団子を取る。


 ぱくり。


「……うむ。うまい」

 迅は少し安心した。


「……じゃあ、俺も」

 桃色の団子を取る。


 一口。

「…………」


 甘い。

「……うまっ!」


 ロージャは満足そうに頷いた。

「……そうじゃろ」


 迅は笑った。

「……今日は普通じゃん!」


 そして。


 緑の団子を取った。


 ぱくり。

「…………」


 もぐもぐ。

「…………」


 次の瞬間。


「……にっっっがぁぁぁぁ!!」


 迅が飛び上がった。

「何これ!?」


 ロージャは口元を押さえた。

「……ふふっ!」


 迅は叫んだ。

「師匠ぉぉぉ!!」


 ロージャは慌てて頭を下げた。

「……すまぬ!」


 ぺこり。


「すまぬ、すまぬ!」


 迅は水を飲んだ。

「……苦ぇ!!」


 ロージャはさらに頭を下げた。

「すまぬ、すまぬ、すまぬ!」

「だから、謝るならやめろよ!!」


 ロージャは肩を震わせた。

「……ふふっ」


 迅はため息をついた。

「……ったく!」


 しかし。


 そのとき。


 ロージャが、ふと顔を上げた。

「……迅」

「……ん?」


 ロージャは静かに言った。

「……今日は、ありがとうの」


 迅は首を傾げた。

「……何が?」


 ロージャは将棋盤の脇を見た。

 小さな根付。


『王将』。


「……これじゃ」


 迅は少し黙った。

「…………」


 そして。


「……ああ」


 笑った。

「……気に入った?」


 ロージャは頷いた。

「……うむ」


 そして。


「……とても」


 迅は、また少しだけ視線を逸らした。

「……そっか」


 ロージャは小さく微笑んだ。

「……ふふ」


 迅は頭をかいた。

「……まあ、また何か見つけたら買ってくるわ」


 ロージャは頷いた。

「……楽しみにしておるぞ」


 迅は笑った。

「……おう!」


 そのとき。


 ロージャが指を一本立てた。

「……ただし」


 迅が顔を上げた。

「……ん?」

「……宿題は忘れるでないぞ」


 迅は叫んだ。

「そこは忘れさせろよ!!」


 ロージャは笑った。

「……ふふっ!」


 迅も笑った。

「……ははっ!」


 廃墟に、二人の笑い声が響いた。



 午後八時。

 第七駐屯基地、宿舎。


 迅はベッドに寝転がっていた。

 天井を見上げる。

 今日の出来事が、頭の中を巡っていた。


 天城市。

 商店街。

 食堂の店主。

 市場での騒動。


 そして。

 ロージャ。


「…………」


 迅は、ふと笑った。

「……ははっ」


 隣のベッドから、ラフバの声がした。

「……何笑ってんだ?」


 迅は振り返った。

「……ん?」


 ラフバは首を傾げた。

「……さっきから、ニヤニヤしてんぞ」


 迅は少し驚いた。

「……マジ?」

「おう」


 迅は顔をしかめた。

「……別に」


 ラフバは笑った。

「……何かいいことあったのか?」


 迅は少し考えた。

「…………」


 そして。


「……まあ、あったかもな」


 ラフバは目を輝かせた。

「……おっ!」


 迅は笑った。

「……何だよ」


 ラフバは身を乗り出した。

「……何があった!?」


 迅は首を振った。

「……秘密」


 ラフバは叫んだ。

「何だよそれ!」


 迅は笑った。

「ははっ!」


 ラフバは腕を組んだ。

「……怪しいな」


 迅は天井を見上げた。

「……別に、怪しくねぇよ」


 そして。


 小さく呟いた。

「……師匠が喜んでくれただけだし」


 ラフバは首を傾げた。

「……師匠?」


 迅は頷いた。

「おう」


 ラフバは少し考えた。


 そして。


「……ああ、あのちっこい師匠か!」


 迅は笑った。

「……そうそう」


 ラフバは笑った。

「……お前、師匠のこと好きだな!」


 迅は一瞬、固まった。

「…………」


 そして。


「……は?」


 ラフバは笑った。

「いや、だってさ!」


 迅は慌てて言った。

「……いやいやいや!」


 ラフバは首を傾げた。

「……何だよ?」


 迅は頭をかいた。

「……そりゃ、好きだけど!」


 ラフバは笑った。

「……だろ?」


 迅は続けた。

「……師匠としてだよ!」


 ラフバは頷いた。

「……そりゃそうだろ」


 迅は固まった。

「…………」


 そして。


「……お前、今の言い方!」


 ラフバは笑った。

「ははっ! 何だよ!」


 迅は枕を投げた。

「うるせぇ!!」


 ラフバは笑いながら避けた。

「はははっ!」


 そのとき。


 隣室から、アギの声が響いた。

「……二人とも!」


 迅とラフバが固まった。

「…………」

「…………」


 アギは叫んだ。

「……寝てください!!」


 二人は顔を見合わせた。


 そして。


「……ははっ!」

「……はははっ!」


 笑った。


 しかし。


 迅は、布団に入ってからも少しだけ考えていた。

 師匠が喜んでくれた。


 ただ、それだけ。


 なのに。


 どうして、こんなに嬉しいんだろう。


「…………」


 迅は目を閉じた。


 そして。


「……まあ、いっか」

 小さく笑った。


 まだ、その気持ちに名前をつける必要はない。


 今はただ。

 明日も、あの廃墟へ行きたい。

 あの人に会いたい。

 それだけで、十分だった。



 同時刻。

 ジャポネ北部、旧研究施設跡。


 静かな部屋。

 机の上には、将棋盤。

 湯気の消えた茶。


 そして。


 小さな木彫りの根付。


『王将』。


 ロージャは、それを手に取った。

 指先で、ゆっくりと文字をなぞる。


「…………」


 小さな笑みが浮かんだ。

「……馬鹿弟子め」


 呟く。


 そして。


「……こんなものを、わざわざ」

 根付を、将棋盤の脇に置いた。

 いつでも見える場所。


 そこに。


 大切そうに。

 ロージャは、しばらくそれを眺めていた。


 やがて。


「……さて」


 立ち上がる。

 明日の宿題を考えなければならない。

「……ふむ」


 少し考えた。


 そして。

「……次は、何を仕掛けようかの」


 小さく笑った。

「……ふふっ」


 馬鹿弟子は、明日もきっと来る。

 文句を言いながら。

 笑いながら。


 それでも、必ず。


 ロージャは将棋盤の脇に置かれた根付を、もう一度見た。

「……ありがとう、迅」


 その声は、誰にも聞こえなかった。


次回予告


三軍合同演習の準備が進む中、各軍の若手精鋭による模擬戦が行われる。


迅はエリオットと、ラフバはグランと対峙することに。


一方、アギはミナとの訓練を通じて、指揮官としての新たな課題を見つける。


そして、ロージャは迅に、今までとは少し違う宿題を課す。


「強い者とは、何じゃと思う?」


その問いが、迅の考え方を少しずつ変えていく。

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