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神葬戦争  作者: 水煮込み
12/17

師匠は反省しない

 

 午前六時十分。

 ジャポネ北部、旧研究施設跡。


「……師匠ー!」

 黒瀬迅の声が、朝の廃墟に響いた。

「来たぞー!」


 返事はない。


「……師匠?」

 迅は首を傾げた。

 いつもなら、将棋盤の前で茶を飲んでいるはずだ。

 ところが今日は、椅子だけが置かれていた。

 その上には、一枚の紙。


『本日の宿題。机の上の箱を開けよ』


「……何だこれ」


 迅は机を見た。

 小さな木箱が置かれている。

 蓋には、赤い紐。


「……開けりゃいいのか?」


 迅は箱を手に取った。


 軽い。

 中からは、かすかに音がする。


「……ふーん」


 蓋を開けた。


 次の瞬間。


 ぱぁん!!


「うおっ!?」

 箱の中から、色とりどりの紙吹雪が飛び出した。

 迅の顔に、紙片が張りつく。

 頭にも。

 肩にも。

 鼻の先にも。


「…………」


 沈黙。


 そして。


「……師匠ぉぉぉ!!」


 廃墟の奥から、小さな笑い声が聞こえた。

「……ふふっ」


 迅が振り返る。

 柱の陰から、ロージャが顔を出していた。


 白い髪。

 白い瞳。


 そして、実に楽しそうな表情。


「……おはよう、迅」

 迅は顔の紙吹雪を剥がした。

「おはようじゃねぇよ!!」


 ロージャは小さく笑った。

「……ふふふ」

「何だよこれ!」

「歓迎じゃ」

「歓迎の仕方がおかしいだろ!!」


 ロージャは頷いた。

「……すまぬ」


 ぺこり。


「すまぬ、すまぬ」

「全然反省してねぇだろ!」


 ロージャはもう一度頭を下げた。

「すまぬ、すまぬ、すまぬ」

「回数の問題じゃねぇ!!」


 迅は頭についた紙吹雪を払った。

「ったく……」


 ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


 迅は呆れたように笑った。

「……ははっ。朝から何やってんだよ、師匠」

「お主の反応が面白くての」

「正直すぎんだろ!」


 ロージャは机の上から、もう一つ箱を取り出した。

「……では、お詫びじゃ」


 迅は警戒した。

「……何?」

「菓子じゃ」


 箱を開ける。

 中には、丸い饅頭が三つ。

 迅の目が輝いた。


「……おっ!」


 ロージャは頷いた。

「好きなものを取るがよい」


 迅は一番大きな饅頭を選んだ。

「……じゃ、これ!」


 手を伸ばす。


 しかし。


 ひょい。


 ロージャが箱を動かした。

 迅の手は空を掴んだ。


「…………」


 迅が顔を上げる。

 ロージャは何食わぬ顔をしている。

「……何じゃ?」


 迅は目を細めた。

「……今、動かしただろ」

「……気のせいじゃ」

「絶対動かした!」

「……ふむ」


 ロージャは箱を戻した。

「では、もう一度」


 迅は饅頭を掴もうとした。


 ひょい。


 また箱が逃げた。

「おい!!」


 ロージャは笑った。

「……ふふっ!」


 迅は両手を広げた。

「師匠!!」

「……すまぬ、すまぬ」

「謝るならやめろよ!」

「……では、今度こそ」

「信用できねぇ!!」


 ロージャは饅頭を一つ取り、迅の手に載せた。

「ほれ」


 迅は疑わしそうに見た。

「……変なもん入ってねぇ?」

「入っておらぬ」

「辛くねぇ?」

「辛くないぞ」

「爆発しねぇ?」

「食べ物は爆発せぬ」

「さっき箱が爆発しただろ!」

「箱は食べ物ではなかろう」

「そういう問題じゃねぇ!!」


 迅は饅頭を半分に割った。

 中には、普通の餡。

 一口食べる。


「…………」


 甘い。


「……うまっ」


 ロージャは満足そうに頷いた。

「……そうじゃろ」


 迅は饅頭を頬張った。


 そして。


「……なあ、師匠」

「何じゃ?」

「お前、絶対俺のこと遊び道具だと思ってるだろ」


 ロージャは少し考えた。

「…………」

「おい、否定しろよ」

「……可愛い馬鹿弟子だとは思っておるぞ」


 迅は固まった。

「…………」


 そして。


「……可愛いは余計だ!」


 ロージャは笑った。

「……ふふ」


 迅はため息をついた。

「……ったく」


 しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。



 午前七時。

 旧研究施設、休憩室。


 ぱちん。


 将棋の駒が置かれた。

「……王手じゃ」

「……早ぇよ!」


 迅は盤面を睨んだ。

 ロージャは茶を飲んでいる。

「……待った」

「駄目じゃ」

「まだ詰んでねぇだろ!」

「待ったが許されぬことに変わりはない」


 迅は頭をかいた。

「……くそっ」


 盤面を見つめる。

 昨日の対局。

 一昨日の対局。

 その前の対局。

 何度も負けた。


 だが。


「…………」

 迅は駒を動かした。


 ぱちん。


 ロージャが顔を上げる。

「……ほう」


 迅は笑った。

「……どうよ?」

「悪くないの」


 ロージャは次の一手を指した。

 迅はすぐには動かなかった。


 考える。

 相手の駒。

 自分の駒。

 逃げ道。

 三手先。


 そして。


 ぱちん。


 ロージャは小さく頷いた。

「……ふむ」


 対局は続いた。

 十手。

 二十手。

 三十手。


 迅は何度も追い詰められた。

 それでも、以前のように勢いだけでは指さなかった。


 やがて。


「……詰みじゃ」

 ロージャが言った。


 迅は盤面を見つめた。

「…………」


 そして。


「……負けたぁ!」

 椅子にもたれた。


 ロージャは静かに笑った。

「……ふふ」


 迅は顔を上げた。

「……でも、今日は結構粘ったろ?」

「うむ」


 ロージャは頷いた。

「前よりは、ずっとよい」


 迅は笑った。

「……だろ!?」


 ロージャは駒を並べ直した。

「……さて」


 迅が首を傾げる。

「ん?」

「今日の宿題じゃ」

「……将棋じゃねぇの?」

「違うぞ」


 ロージャは立ち上がった。

「今日は、相手の動きを読む訓練じゃ」


 迅は拳を握った。

「……おっ!」


 ロージャは指を一本立てた。

「ただし、条件がある」

「何だよ?」

「わしに一度でも触れれば合格じゃ」


 迅は笑った。

「……前にもやったじゃん!」

「今日は一人じゃ」

「…………」


 迅の笑顔が消えた。

「……え?」


 ロージャは小さく微笑んだ。

「……頑張るがよい」


 十分後。


「……無理だろぉぉぉ!!」

 廃墟に、迅の叫び声が響いた。

 ロージャは静かに茶を飲んでいた。

「……まだまだじゃの」


 迅は地面に座り込んだ。

「……師匠」

「何じゃ?」

「……一回くらい当たってくれてもよくね?」

「それでは訓練にならぬ」

「……ケチ」


 ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


 そして。


「……じゃが」


 迅が顔を上げた。

「……何?」

「先ほどの三度目の踏み込みは、悪くなかった」


 迅は少し驚いた。

「……マジ?」

「うむ」


 ロージャは続けた。

「お主は速い。じゃが、速さに頼りすぎる」

「…………」

「相手が動く場所を考えよ」


 迅は拳を握った。

「……なるほどね」


 そして。

「……もう一回!」


 ロージャは頷いた。

「……よかろう」


 迅が構える。

 ロージャは静かに立つ。


 次の瞬間。


 迅が動いた。



 午前十時。

 ジャポネ東部、東部広域共同訓練区域。


 巨大な演習場には、三軍の兵士たちが集まっていた。

 キリスト教軍。

 仏教軍。

 無宗教軍。


 それぞれの軍服が、訓練場を彩っている。

 ただし、合同演習の本番はまだ先だ。

 今日は、到着部隊による装備確認と公開訓練。

 正式な対抗戦ではない。


 それでも。


「……うおおお!!」

 迅は目を輝かせていた。

「……すげぇ!」


 隣のラフバも笑った。

「ははっ! 最高じゃねぇか!」


 アギは端末を確認していた。

「……二人とも、今日は見学が中心ですからね」


 迅は頷いた。

「分かってる!」


 ラフバも笑った。

「おう!」


 アギは二人を見た。

「……本当ですか?」

「「本当!」」


 アギはため息をついた。

「……不安ですね」


 そのとき。


 巨大な機械音が響いた。


 ガシャン。

 ガシャン。

 ガシャン。


 キリスト教軍の重装甲アンドロイド。


 HCA-91《ガーディアン》。


 三体が、訓練場に姿を現した。

 白銀の装甲。

 巨大な盾。

 重厚な四肢。


 迅は目を丸くした。

「……でっけぇ!」


 ラフバも笑った。

「ははっ! いいな!」


 エリオット・グレイが隣に立った。

「今日は防御性能の公開試験です」


 迅は振り返った。

「お、エリ!」


 エリオットは微笑んだ。

「おはようございます」


 ラフバが拳を握った。

「……なあ、あれと戦えるのか?」


 エリオットは苦笑した。

「今日は、見学だけですね」

「……ちぇっ」


 アギは頷いた。

「それが普通です」


 訓練場の中央。


 《ガーディアン》が巨大な盾を構えた。


 その正面には、模擬攻撃装置。

 低い警告音。


 次の瞬間。


 ドォォォン!!


 強烈な衝撃が、盾に叩きつけられた。

 土煙が舞う。


 しかし。


 《ガーディアン》は、一歩も動かなかった。


 迅は目を見開いた。

「……おお!」


 ラフバも笑った。

「……すげぇ!」


 エリオットは静かに説明した。

「防御に特化した機体です。単独での攻撃力よりも、味方を守ることを重視しています」


 迅は頷いた。

「……なるほどね」


 アギは画面を見つめた。

「……確かに、優秀な機体ですね」


 そのとき。


 グラン・バルクが姿を現した。

「……よう」


 迅が振り返った。

「お、グラン!」


 グランは腕を組んだ。

「どうだ、うちの機械兵は」


 迅は笑った。

「……すげぇな!」


 グランはにやりと笑った。

「だろ?」


 そして。

「無宗教軍の機械兵とは、違うだろ」


 迅は少し考えた。

「……まあ、確かに」


 アギは小さくため息をついた。

「……否定できませんね」


 ラフバは笑った。

「ははっ! うちの《鉄兵》なんて、たまに勝手に止まるからな!」


 迅も笑った。

「こないだ階段で転んでたし!」


 グランは目を丸くした。

「……大丈夫なのか、お前らの軍」


 アギは静かに答えた。

「……努力はしています」


 エリオットは苦笑した。

「……大変そうですね」


 迅は笑った。

「まあな!」


 そして。


「……でも」


 グランが顔を上げた。

「……ん?」


 迅はにやりと笑った。

「機械が強ぇからって、乗ってる奴まで強ぇとは限んねぇだろ?」


 グランの目が細くなった。

「……ほう」


 ラフバも笑った。

「ははっ! いいこと言うじゃねぇか!」


 グランは拳を握った。

「……言ってくれるな」


 迅も笑った。

「……だろ?」


 エリオットは小さくため息をついた。

「……また始まった」


 アギも額を押さえた。

「……本当に、もう」



 午後零時。

 共同訓練区域、第二演習場。


「……次は、仏教軍ですね」

 アギが言った。


 迅は首を傾げた。

「……何やんの?」


 ミナ・レンが笑った。

「近接戦闘の公開訓練です」


 ラフバの目が輝いた。

「……おっ!」


 迅も笑った。

「いいじゃん!」


 訓練場には、仏教軍の兵士たちが並んでいた。

 全員が軽装。

 武器は訓練用の木刀や模擬槍。

 その中央に、一人の青年が立っていた。


 黒髪。

 細身。

 静かな目。


 ミナが紹介した。

「彼は、仏教軍の精鋭兵士、シオン・カナタです」


 迅は首を傾げた。

「……強ぇの?」


 ミナは頷いた。

「はい。かなり」


 ラフバが笑った。

「……いいねぇ!」


 訓練開始の合図。

 三人の兵士が、シオンに向かって動いた。


 一人目。

 正面から木刀。


 シオンは半歩ずれた。

 木刀が空を切る。


 二人目。

 横から模擬槍。

 シオンは腕を伸ばした。

 相手の体勢が崩れる。


 三人目。

 背後からの攻撃。

 シオンは振り返らずに足を引いた。

 相手の踏み込みが止まる。


 そして。


 トン。


 シオンの手が、三人目の胸に触れた。

 訓練終了。


 わずか数秒。

 迅は目を丸くした。

「……おお!」


 ラフバも笑った。

「……速ぇ!」


 アギは静かに見つめていた。

「……綺麗な動きですね」


 ミナは頷いた。

「無駄が少ないんです」


 迅は拳を握った。

「……戦ってみてぇ!」


 ラフバも笑った。

「俺もだ!」


 アギは即座に言った。

「今日は見学です!」


 そのとき。


 シオンがこちらへ歩いてきた。

「……アギ・ハワー」


 アギが顔を上げた。

「……シオンさん」


 シオンは静かに頭を下げた。

「久しぶりだな」


 アギも軽く頭を下げた。

「お久しぶりです」


 迅は首を傾げた。

「……知り合い?」


 アギは頷いた。

「以前、仏教軍の訓練施設で何度かお会いしました」


 シオンは迅を見た。

「……黒瀬迅か」


 迅は笑った。

「おう!」


 シオンはラフバを見た。

「……ラフバ・エラー」


 ラフバも笑った。

「おう!」


 シオンは静かに言った。

「……噂は聞いている」


 迅はにやりと笑った。

「……へぇ」


 シオンは続けた。

「三人で機械兵を撃破したそうだな」


 アギは頷いた。

「はい」


 シオンは小さく頷いた。

「……見事だ」


 迅は笑った。

「……だろ?」


 ラフバも笑った。

「当然だ!」


 シオンは少しだけ口元を緩めた。

「……だが」


 三人が顔を上げる。

「……機械兵と、人間の強者は違う」


 迅の目が細くなった。

「……ほう」


 シオンは続けた。

「機械兵は、一定の行動傾向を持つ。だが、人間は状況によって判断を変える」


 アギは頷いた。

「……確かに」


 シオンは迅を見た。

「……お前の速さは、確かに優秀だ」


 迅は笑った。

「……だろ?」


 しかし。


「速いだけでは、私には届かない」


 迅の笑みが、少しだけ深くなった。

「……へぇ」


 ラフバも笑った。

「……面白ぇじゃねぇか」


 シオンは静かに言った。

「演習で会うことがあれば、確かめてみるといい」


 迅は拳を握った。

「……上等!」


 ラフバも笑った。

「俺も混ぜろ!」


 アギはため息をついた。

「……本当に、戦うことばかりですね」


 ミナは小さく笑った。

「……ふふ」


 こうして、三人はまた一人、新たな強者を知った。



 午後二時。

 共同訓練区域、第三演習場。


 三軍の若手兵士たちによる、基礎体力測定が行われていた。

 公式の対抗戦ではない。

 各軍の訓練方法を比較するための、公開測定だった。


 迅とラフバは、当然のように参加していた。

「……おい、ラフ!」

「ラフバだ!」

「どっちが速ぇか勝負しようぜ!」

「上等!」


 アギは額を押さえた。

「……測定ですからね?」


 迅は笑った。

「分かってるって!」


 ラフバも笑った。

「おう!」


 最初の種目は、短距離走。

 迅がスタートラインに立った。

 隣には、キリスト教軍の兵士。

 仏教軍の兵士。

 そして、無宗教軍の兵士。


 合図。


「位置について」

 迅は姿勢を低くした。

「……よーい」


 一瞬の静寂。

「始め!」


 迅が飛び出した。

 速い。

 他の兵士たちを、一瞬で置き去りにする。

 風が巻き起こる。


 観客席がざわついた。

「……速っ!」

「何だ、あいつ!?」

「未覚醒だろ!?」


 迅は笑った。

「……ははっ!」


 そして。


 ゴール。


 記録が表示される。

 迅、一位。

 二位との差は、大きかった。


 ラフバが笑った。

「……ははっ! やるじゃねぇか!」


 迅は拳を握った。

「当然!」


 しかし。


 次の種目。

 重量物運搬。

 ラフバが圧倒的な力を見せた。

 巨大な訓練用ブロックを持ち上げる。

 周囲の兵士たちが驚いた。

「……おいおい!」

「何だ、あの力!?」


 ラフバは笑った。

「……ははっ!」


 そして。


「……どうだ、迅!」


 迅は笑った。

「……やるじゃん!」


 ラフバは胸を張った。

「当然だ!」


 アギは静かに二人を見ていた。

「……相変わらずですね」


 ミナが隣で笑った。

「……すごいね、二人とも」


 アギは頷いた。

「……はい」


 しかし。


 測定が進むにつれて、三軍の違いが見えてきた。

 キリスト教軍は、装備を用いた集団行動に優れていた。

 仏教軍は、個々の技術と連携が洗練されていた。

 無宗教軍は、装備も人数も不足していた。

 それでも、兵士たちは工夫を重ねていた。

 古い機材を使い。

 限られた人員で役割を分担し。

 何度も失敗しながら、訓練を続けていた。


 迅は、その光景を見つめた。

「…………」


 ラフバも静かに頷いた。

「……なるほどな」


 アギが口を開いた。

「……何か、分かりましたか?」


 迅は笑った。

「……ああ」


 そして。


「……俺ら、まだまだだな」


 ラフバも笑った。

「……だな!」


 アギは小さく微笑んだ。

「……そうですね」


 三人は、まだ世界の強者たちのほんの一部しか知らない。


 そして。


 その事実が、三人をさらに強くしようとしていた。



 午後五時。

 旧研究施設跡。


「……師匠ー!」

 迅が声をかけた。


 ロージャは将棋盤の前に座っていた。

「……来たか、馬鹿弟子」


 迅は笑った。

「おう!」


 ロージャは首を傾げた。

「……今日は、どうじゃった?」


 迅は笑った。

「……すげぇ奴らがいっぱいいた!」

「……ほう」


 迅は続けた。

「でっけぇ機械兵とか、めちゃくちゃ強ぇ仏教軍の奴とか!」


 ロージャは静かに頷いた。

「……そうか」


 迅は拳を握った。

「……俺、もっと強くなりてぇ!」


 ロージャは小さく微笑んだ。

「……よいことじゃ」


 そして。


「……では、今日の宿題じゃ」


 迅は身構えた。

「……おう!」


 ロージャは机の上に、小さな袋を置いた。

「……この中に、石が一つ入っておる」


 迅は首を傾げた。

「……石?」

「うむ」


 ロージャは続けた。

「袋の中から、石を取り出せ」


 迅は笑った。

「……簡単じゃん!」


 袋に手を伸ばす。


 しかし。


 ひょい。


 ロージャが袋を動かした。

 迅の手が空を切る。


「……あ」


 ロージャは小さく笑った。

「……ふふ」


 迅は目を細めた。

「……またかよ!」


 ロージャは頷いた。

「……うむ」


 迅は拳を握った。

「……今度こそ!」


 手を伸ばす。

 ロージャが避ける。

 迅が追う。

 ロージャが逃げる。


 何度も。何度も。


 そして。


「……そこだ!」

 迅は、ロージャの手が動く方向を読んだ。


 先回りする。

 指先が、袋に触れた。


「……おっ!」

 迅の目が輝いた。

「……取った!」


 ロージャは少し驚いた。

「……ほう」


 迅は笑った。

「……どうよ!」


 ロージャは頷いた。

「……悪くないの」


 迅は袋を開けた。

「……よっしゃ!」


 中を覗く。

「…………」


 空っぽ。

「…………」


 迅はゆっくりと顔を上げた。

「……師匠」


 ロージャは静かに茶を飲んでいた。

「……何じゃ?」


 迅は袋を逆さにした。

 何も落ちない。

「……石、入ってねぇんだけど」


 ロージャは少し考えた。

「……ふむ」


 そして。

「……そうじゃったかの」


 迅は目を細めた。

「……お前」


 ロージャは小さく笑った。

「……ふふっ」


 迅は叫んだ。

「最初から入ってねぇだろ!!」


 ロージャは頭を下げた。

「……すまぬ」


 ぺこり。


「すまぬ、すまぬ」

「またかよ!!」


 ロージャはさらに頭を下げた。

「……すまぬ、すまぬ、すまぬ」

「全然反省してねぇ!!」


 ロージャは笑いを堪えていた。

「……ふふ」


 迅はため息をついた。

「……ったく」


 しかし。


 少しだけ笑った。

「……ははっ」


 ロージャは顔を上げた。

「……何じゃ?」


 迅は笑った。

「……まあ、でも」


 袋を見た。

「……触れたから、いいか」


 ロージャは少しだけ目を細めた。


 そして。


「……うむ」


 静かに頷いた。

「……よくやったの」


 迅は笑った。

「……だろ!?」


 ロージャは小さく微笑んだ。

「……じゃが」


 迅が首を傾げた。

「……ん?」

「次は、本当に石を入れておこう」


 迅は叫んだ。

「最初から入れとけよ!!」


 ロージャはまた頭を下げた。

「……すまぬ、すまぬ」


 迅は笑った。

「……ははっ!」


 廃墟に、二人の笑い声が響いた。



 夜。

 第七駐屯基地、宿舎。


 迅はベッドに寝転がっていた。

 手には、小さな石。

 ロージャから渡されたものだった。


「…………」


 迅は石を見つめた。

 今日の訓練。

 ロージャの動き。

 シオンの技術。

 《ガーディアン》の防御性能。


 そして、三軍の兵士たち。

 迅は小さく呟いた。

「……まだまだだな」


 隣のベッドから、ラフバの声がした。

「……何が?」


 迅は笑った。

「……俺ら」


 ラフバは少し黙った。


 そして。


「……ああ」


 笑った。


「……まだまだだ」


 迅は石を握った。

「……もっと強くなろうぜ」


 ラフバも笑った。

「……当たり前だろ!」


 迅は天井を見上げた。

「……いつか、あのおっさんにも勝つ」


 ラフバは頷いた。

「……ああ」


 重力を操る超越者。

 あの日、三人を圧倒した男。

 その存在は、今も二人の胸に残っている。


 しかし。


 今は、少しだけ違う。

 あの日は、ただ怖かった。

 届かなかった。

 何もできなかった。


 だが。


 今は。


「……楽しみだな」

 迅は笑った。


 ラフバも笑った。

「……ああ!」


 そのとき。


 隣室から、アギの声が響いた。

「……二人とも!」


 迅とラフバが顔を見合わせる。

「……ん?」

「……何だ?」


 アギは叫んだ。

「明日も早いんですから、寝てください!」


 迅は笑った。

「へーい!」


 ラフバも笑った。

「分かってるって!」


 そして。


 世界は広い。

 強い奴は、まだまだいる。


 三人は、まだその入口に立ったばかりだった。

 三軍合同演習。

 開催まで、あと十二日。


 次回予告


 公開訓練で各軍の実力を知った迅たち。


 しかし、合同演習に向けた準備の中で、無宗教軍の装備不足が思わぬ問題を引き起こす。


 キリスト教軍と仏教軍の兵士たちは、無宗教軍の実情を知り、それぞれ異なる反応を見せる。


 そんな中、迅とラフバは、グランから一つの勝負を持ちかけられる。


 勝敗を決めるのは、腕力でも速さでもない。


 三軍の違いが、初めて明確な壁となって立ちはだかる。

次回予告


公開訓練で各軍の実力を知った迅たち。


しかし、合同演習に向けた準備の中で、無宗教軍の装備不足が思わぬ問題を引き起こす。


キリスト教軍と仏教軍の兵士たちは、無宗教軍の実情を知り、それぞれ異なる反応を見せる。


そんな中、迅とラフバは、グランから一つの勝負を持ちかけられる。


勝敗を決めるのは、腕力でも速さでもない。


三軍の違いが、初めて明確な壁となって立ちはだかる。

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