第03話 名前がない ①
金具は、一つではなかった。
朝の光が入る工房の棚に、昨日カイの足を止めたものの隣へ、少し大型のものが並んでいた。穴が二つあるもの。湾曲が浅いもの。太縄用。細縄用。
基本構造はどれも似ていて、必要な力に合わせて形だけが少しずつ変わっている。
「どこにでもある、って言っただろ」
作業台の向こうから、セラの父が手元を磨く動きを止めないまま言った。
「ああ」
「見たいなら見ろ。落とすなよ」
カイは一つ持ち上げて、角度を変えた。
湾曲。穴の位置。荷重を逃がす方向。かなり近い。だが同じではない。
記憶の方の金具は、先端に鋭い爪があった。岩や木へ食い込ませる前提だ。こちらは全体が太くて、荷を吊って長く重さを受ける形をしている。質感も、精度も違う。
同じではない。
同じではないのに、手が勝手に、二度引いて支点を確認する動きをしていた。
「何してるの」
いつの間に来たのか、セラが棚の横から覗き込んでいた。
「確認」
「それ、昨日のでしょ」
「ああ」
セラも一つ手に取って、右へ傾け、今度は左へ傾ける。その程度で何か分かるはずもなく、しばらくして素直に首を傾げた。
「分かんない」
「俺もだ」
「え、分かってなかったの?」
「似てることは分かった」
「似てたら駄目なの?」
カイは黙った。
また同じことを言われた。自分では無表情な人間だと思っているのだが、周囲から見ると違うらしい。
「似てるものがあるのは、変?」
セラが考えたあと、あっさり言った。
「同じこと困ってたら、同じもの作るんじゃない?」
それで終わらせるのか、と一瞬思う。
ただ、考えてみればその方が正しい。力の方向、材料、用途。条件が近ければ、答えだって似てくる。おかしな話ではない。
おかしな話ではないのだが。
昨日から、こういうのばかりだった。町も、魔獣も、魔法も、道具も。最初の一瞬だけ知っているように見えて、一歩近づけばどこかが違う。似ているせいで、違いの方が大きく見えた。
「仕事だぞ」
父の声が飛んできた。
「分かってる」
「お前のことだ」
「私も分かってる!」
セラが半分呆れたように言った。
「カイは見てるだけだよ」
「見てるだけで分かるやつの方が面倒だ」
褒められたのか、半分くらいは否定されたのか、判断に困る。たぶん後者の比率が高い。
町を出る頃には、日がかなり高くなっていた。
港から離れるにつれて塩と魚の匂いが薄れ、代わりに土と草の匂いが増していく。道の両側には畑や低い石垣が目立ち始めて、遠くで牛の鳴く声がした。
セラは短槍を背負って、腰には小さな道具袋と水筒。カイは昨日までとほぼ同じ探索装備で、右腕には包帯が巻かれている。なるべく使うなと言われたので、なるべく使っていない。少なくとも本人はそのつもりだった。
「依頼の中身、聞いてない」
「水路の水が減ってるって」
「原因」
「分かってないから調べるの」
その言葉に、カイの足が遅くなった。
EIDOLON FRONTIERなら、依頼を受けた時点である程度の情報が渡された。目的、報酬、危険度、推奨人数、場合によっては対象名まで。
だがここでは依頼主自身が原因を知らず、知らないから調べてくれと言う。ゲームなら少なくともシステムは答えを知っていた。ここでは多分、誰も知らない。
「何か言った?」
「いや」
「また、いや」
「いい依頼だと思った」
「どこが」
「誰も答えを持ってないところ」
「変なの」
笑われた。なぜ笑われたのかは分からなかったが、昨日ほど気にはならなかった。
町外れの畑と低い石垣を抜けて、小さな橋を渡ると、そこから細い水路が上流へ伸びていた。
セラがすぐにしゃがみ込む。
「昨日より減ってる」
カイも隣へ屈んだ。
流れてはいるが、かなり弱い。水路の底が一部露出して、普段なら水に沈んでいるらしい苔が空気に晒され、白っぽく乾き始めている。
まず水の色を見た。比較的澄んでいる。上流で大量の枝や土砂が一気に流れ込んだなら、もっと濁っていてもいい。時間が経って沈殿した可能性もあるが、それにしても流れ自体が減りすぎている。
水路に沿って歩きながら、カイが見るのは水だけではなかった。土の締まり方、草の傾き、苔の位置、湿り方、流れの音。
三歩進んだところで足が止まる。
「……この下、空いてないか」
「え? なんで」
「沈んでる」
「どこが」
「ここ」
足元を指すと、セラもしばらく見つめた。
「……分かんない」
「少しだけ低い」
「少しって」
「二センチくらい」
「それ見て分かるの?」
「周りと比べれば」
「怖」
「?」
「褒めてる」
「なら、ありがとう」
次に水路壁を見た。苔の乾き方が、一部だけ違っている。
「ここも」
「何?」
「苔」
セラが顔を寄せる。
「あ。ほんとだ」
カイは近くの小石を拾って、壁を軽く叩いた。コン、と乾いた音。少し先で、また同じ音。さらに進んだところで、音がゴッ、と鈍く変わる。
「……音?」
「中が空いてる」
セラが壁とカイを交互に見た。
「そこまで見る?」
「必要なら」
「毎回?」
「必要なら」
「疲れない?」
「死ぬよりは」
「基準が重いんだよなあ」
そう言いながらも、セラはもう腰の袋から小型のスコップを取り出していた。
「ここ?」
「ああ。浅く」
「右腕使わないでよ」
「左でやる」
「ちゃんと覚えてた」
「怒られたからな」
二人で表土をどけていくと、数分で崩れた石材が出てきた。その奥に小さな空洞があって、水路から染み出した水がそこへ流れ込んでいる。
「……当たり」
セラが覗き込む。
「ここから漏れてる」
「ああ」
「よく分かったね」
「痕跡があった」
「私は普通に通り過ぎたけど」
「普通はそうだと思う」
「昨日、私のこと普通じゃないって言ったの誰だっけ」
「俺だな」
セラが笑って、それからもう一度空洞を覗き込んだ。
「ほんと、こういうの得意なんだね」
同じ言葉のはずなのに、昨日とは違って聞こえた。
昨日までのそれは、カイの変さを説明するための言葉だった。今のそれには、そういうことが得意な人間なのだと認める響きがある。
悪くなかった。何が、とは言えない。ただ、悪くなかった。




