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LOST LOG 4617 Re:Log  作者: 臥裳斗真


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第03話 名前がない ①

 金具は、一つではなかった。


 朝の光が入る工房の棚に、昨日カイの足を止めたものの隣へ、少し大型のものが並んでいた。穴が二つあるもの。湾曲が浅いもの。太縄用。細縄用。


 基本構造はどれも似ていて、必要な力に合わせて形だけが少しずつ変わっている。


「どこにでもある、って言っただろ」


 作業台の向こうから、セラの父が手元を磨く動きを止めないまま言った。


「ああ」


「見たいなら見ろ。落とすなよ」


 カイは一つ持ち上げて、角度を変えた。


 湾曲。穴の位置。荷重を逃がす方向。かなり近い。だが同じではない。


 記憶の方の金具は、先端に鋭い爪があった。岩や木へ食い込ませる前提だ。こちらは全体が太くて、荷を吊って長く重さを受ける形をしている。質感も、精度も違う。


 同じではない。


 同じではないのに、手が勝手に、二度引いて支点を確認する動きをしていた。


「何してるの」


 いつの間に来たのか、セラが棚の横から覗き込んでいた。


「確認」


「それ、昨日のでしょ」


「ああ」


 セラも一つ手に取って、右へ傾け、今度は左へ傾ける。その程度で何か分かるはずもなく、しばらくして素直に首を傾げた。


「分かんない」


「俺もだ」


「え、分かってなかったの?」


「似てることは分かった」


「似てたら駄目なの?」


 カイは黙った。


 また同じことを言われた。自分では無表情な人間だと思っているのだが、周囲から見ると違うらしい。


「似てるものがあるのは、変?」


 セラが考えたあと、あっさり言った。


「同じこと困ってたら、同じもの作るんじゃない?」


 それで終わらせるのか、と一瞬思う。


 ただ、考えてみればその方が正しい。力の方向、材料、用途。条件が近ければ、答えだって似てくる。おかしな話ではない。


 おかしな話ではないのだが。


 昨日から、こういうのばかりだった。町も、魔獣も、魔法も、道具も。最初の一瞬だけ知っているように見えて、一歩近づけばどこかが違う。似ているせいで、違いの方が大きく見えた。


「仕事だぞ」


 父の声が飛んできた。


「分かってる」


「お前のことだ」


「私も分かってる!」


 セラが半分呆れたように言った。


「カイは見てるだけだよ」


「見てるだけで分かるやつの方が面倒だ」


 褒められたのか、半分くらいは否定されたのか、判断に困る。たぶん後者の比率が高い。


 町を出る頃には、日がかなり高くなっていた。


 港から離れるにつれて塩と魚の匂いが薄れ、代わりに土と草の匂いが増していく。道の両側には畑や低い石垣が目立ち始めて、遠くで牛の鳴く声がした。


 セラは短槍を背負って、腰には小さな道具袋と水筒。カイは昨日までとほぼ同じ探索装備で、右腕には包帯が巻かれている。なるべく使うなと言われたので、なるべく使っていない。少なくとも本人はそのつもりだった。


「依頼の中身、聞いてない」


「水路の水が減ってるって」


「原因」


「分かってないから調べるの」


 その言葉に、カイの足が遅くなった。


 EIDOLON FRONTIERなら、依頼を受けた時点である程度の情報が渡された。目的、報酬、危険度、推奨人数、場合によっては対象名まで。


 だがここでは依頼主自身が原因を知らず、知らないから調べてくれと言う。ゲームなら少なくともシステムは答えを知っていた。ここでは多分、誰も知らない。


「何か言った?」


「いや」


「また、いや」


「いい依頼だと思った」


「どこが」


「誰も答えを持ってないところ」


「変なの」


 笑われた。なぜ笑われたのかは分からなかったが、昨日ほど気にはならなかった。


 町外れの畑と低い石垣を抜けて、小さな橋を渡ると、そこから細い水路が上流へ伸びていた。


 セラがすぐにしゃがみ込む。


「昨日より減ってる」


 カイも隣へ屈んだ。


 流れてはいるが、かなり弱い。水路の底が一部露出して、普段なら水に沈んでいるらしい苔が空気に晒され、白っぽく乾き始めている。


 まず水の色を見た。比較的澄んでいる。上流で大量の枝や土砂が一気に流れ込んだなら、もっと濁っていてもいい。時間が経って沈殿した可能性もあるが、それにしても流れ自体が減りすぎている。


 水路に沿って歩きながら、カイが見るのは水だけではなかった。土の締まり方、草の傾き、苔の位置、湿り方、流れの音。


 三歩進んだところで足が止まる。


「……この下、空いてないか」


「え? なんで」


「沈んでる」


「どこが」


「ここ」


 足元を指すと、セラもしばらく見つめた。


「……分かんない」


「少しだけ低い」


「少しって」


「二センチくらい」


「それ見て分かるの?」


「周りと比べれば」


「怖」


「?」


「褒めてる」


「なら、ありがとう」


 次に水路壁を見た。苔の乾き方が、一部だけ違っている。


「ここも」


「何?」


「苔」


 セラが顔を寄せる。


「あ。ほんとだ」


 カイは近くの小石を拾って、壁を軽く叩いた。コン、と乾いた音。少し先で、また同じ音。さらに進んだところで、音がゴッ、と鈍く変わる。


「……音?」


「中が空いてる」


 セラが壁とカイを交互に見た。


「そこまで見る?」


「必要なら」


「毎回?」


「必要なら」


「疲れない?」


「死ぬよりは」


「基準が重いんだよなあ」


 そう言いながらも、セラはもう腰の袋から小型のスコップを取り出していた。


「ここ?」


「ああ。浅く」


「右腕使わないでよ」


「左でやる」


「ちゃんと覚えてた」


「怒られたからな」


 二人で表土をどけていくと、数分で崩れた石材が出てきた。その奥に小さな空洞があって、水路から染み出した水がそこへ流れ込んでいる。


「……当たり」


 セラが覗き込む。


「ここから漏れてる」


「ああ」


「よく分かったね」


「痕跡があった」


「私は普通に通り過ぎたけど」


「普通はそうだと思う」


「昨日、私のこと普通じゃないって言ったの誰だっけ」


「俺だな」


 セラが笑って、それからもう一度空洞を覗き込んだ。


「ほんと、こういうの得意なんだね」


 同じ言葉のはずなのに、昨日とは違って聞こえた。


 昨日までのそれは、カイの変さを説明するための言葉だった。今のそれには、そういうことが得意な人間なのだと認める響きがある。


 悪くなかった。何が、とは言えない。ただ、悪くなかった。

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