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LOST LOG 4617 Re:Log  作者: 臥裳斗真


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第02話 風は、スキルじゃない ③

町へ戻る道で、セラが聞いた。


「で、これからどうするの?」


「分からない」


「家」


「ない」


「仕事」


「ない」


「お金」


「借りた」


「私からね」


「ああ」


 数歩進んだところで、セラが横目で見る。


「……ほんとに何もないじゃん」


「確認すると増えるな」


「何が?」


「ないものが」


 セラが口元を押さえた。


「笑ったな」


「ちょっとだけ」


「何が面白い」


「そんな状態なのに、妙に普通だから」


「慌てても増えない」


「何が?」


「家とか金とか」


「まあ、それはそうだけど」


 その時、カイの足がずれた。視界も揺れる。


「ちょっと」


「歩ける」


「その台詞、今日何回目?」


「二回目か」


「そうじゃなくて」


「聞いたのに」


「そこじゃない!」


 セラが額を押さえた。


「ほんと変なとこ細かい」


 カイがもう一度歩こうとすると、止められる。


「待って。……今日だけなら」


 セラが迷う。息を一つ吸って、それから言った。


「工房の上、空いてる」


「工房?」


「父さんの」


「泊まれるのか」


「多分」


「いいのか」


「良くはない」


「父さん、多分文句言う」


「ならやめた方がいい」


「でも」


 セラがこちらを見る。


「このまま放っといたら、また歩くでしょ」


「歩ける」


「ほら」


「?」


「そこ!」


 分からない。だがセラはもう歩き出している。


「父親には?」


「今から言う」


「許可取ってないのか」


「取ったら駄目って言うから」


「それは許可じゃないだろ」


「だから先に連れてく」


「順番がおかしくないか」


「たまにね」


 たまに、というより、かなりだと思う。ただ、こういう前のめりな人間をカイは嫌いではなかった。昔から何人か知っているし、止める役も何度もやった。


 アルノー家の工房は、港から少し離れた通りにあった。木と石の二階建てで、一階が工房、二階が住居。入口には木材や縄、鉄板、荷役用の部品が並んで、中からは一定の間隔で金属を叩く音が聞こえてくる。


「父さん、ただいま」


「遅かったな」


 奥から出てきたのは四十代ほどの男だった。太い腕、大きな手、節の目立つ指。職人だと、見れば分かる。


 男はセラを見て、その後ろにいるカイを見て、そしてもう一度セラへ戻った。


「誰だ」


「カイ」


「カイです」


「そういうことを聞いてない」


 完全に正しい。


「森の外で――」


「一晩だけ泊めて」


 セラが遮る。


「駄目だ」


 即答だった。


「そうだと思う」


「なんであんたまで!」


「普通はそうだろ」


「普通だけど!」


 父親が息を吐く。慣れている。多分、こういうことが初めてではない。


「身元は」


「分からない」


「出身」


「遠く」


「仕事」


「ない」


「金は」


「ない」


 父親が眉を寄せると、セラが横から言った。


「治療代は私が貸した」


 視線がカイからセラへ移る。


「もう貸したのか」


「必要だったから」


「……」


 長いため息。やはり、初めてではないらしい。


 父親がカイを見る。包帯、顔色、立ち方、足元、視線。たぶん、職人なりに見るべきところを見ている。


 間があった。


「一晩だけだ」


「やった」


「勘違いするな」


 父親はセラではなく、カイを見た。


「追い出して、その辺で倒れられても寝覚めが悪い」


「助かる」


「その代わり、明日は働け」


「分かった」


 即答すると、セラがこちらを見た。


「早っ」


「返せるなら早い方がいい」


 父親が初めて、カイをちゃんと見た。


「何ができる」


「運搬。地図。探索補助。簡単な野営。道具の整備はものによる」


「鍛冶は」


「できない」


「そこは即答か」


「できないからな」


 一拍あって、父親は肩をすくめた。


「まあいい」


 警戒はまだ残っている。だが少なくとも、借りを放置する人間ではない。そこだけは伝わったらしい。


「触るなよ」


「見るだけだ」


「ならいい」


 工房の中を、カイはゆっくり歩いた。工具、縄、滑車、鉄板、留め具、木箱。雑多だが、無秩序ではない。よく使うものは手前、重いものは下、同じ用途のものは同じ場所へ。


 こういう場所は好きだった。何がどこにあるか見れば分かるし、必要になった時に探さなくていい。


 昔の拠点を思い出す。誰かが工具を移動させてガレスが怒った。地図の上へ物を置くなと言った。治療道具だけは、誰も勝手に触らなかった。


 棚の前を通る。一歩、二歩、そのまま通り過ぎて――止まった。


 何かが引っかかって、一歩戻る。


 棚に、小さな鉄製の金具が置かれていた。湾曲した本体、端の穴、縄を通す構造。目が止まる。手が伸びる。


「触るな」


 父親の声に、手が引き戻された。


「……これ、何に使う」


「荷揚げの固定具だ」


「荷揚げ?」


「縄を通して荷を固定する」


 父親は、何でもないものを見るように続けた。


「珍しくもないぞ。港じゃ、どこにでもある」


 カイは金具を見る。形。穴の位置。ロープを逃がすための湾曲。


 似ている。かなり。でも同じではない。材質が違うし、表面処理も厚みも細部も違う。


 それでも、記憶が重なった。断崖、風、岩壁。KAIの手が金具を打ち込んで、ロープを通して、体重を預ける。探索用アンカー。何度これに命を預けたか分からない。


 用途は違う。必要が似ていれば、形も似る。別々の場所でも、同じ問題へ向き合えば技術は似た答えに辿り着くことがある。偶然だ。十分あり得るし、むしろその方が自然だ。


 なのに、目が離れない。


「カイ?」


 後ろから名前を呼ばれて、返事が遅れた。


 現在の金具と、記憶の金具が重なる。でも重なりきらない。同じではない。だからこそ、余計に気味が悪い。


「……なんで」


 小さく声が落ちる。


「なんで、これがある」


 父親にもセラにも、答えられるはずのない問いだった。カイはただ、金具を見ていた。

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