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LOST LOG 4617 Re:Log  作者: 臥裳斗真


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第02話 風は、スキルじゃない ②

町の外縁へ出る。セラは途中で荷物を届けるらしく、カイはついていった。暇だから、というより、他に行く場所がない。


 しばらく歩いたところで、草むらが揺れた。


「止まって」


 セラの声から軽さが消える。カイも止まった。


 草の向こうから現れたのは、犬より少し大きい四足の魔獣だった。背中には短い棘が並んで、喉の奥から低い唸り声を上げている。


 似ている、とカイは思った。EIDOLON FRONTIERにも近いものがいた。だが名前は出ないし、HPも敵対表示も何もない。


 セラが荷物を下ろして、短槍を抜く。


 先ほど見た使い方から考えれば、距離を取って風で牽制し、そこから安全に削るはずだ。そう予測した。


 だが、セラは前へ出た。


 普通に走る。魔獣が飛び込んでくると、身体を半分だけ外して爪を空振らせ、直後に槍を反転させた。石突きが魔獣の前脚の内側へ入って、ガッ、と軸が崩れる。


(魔法は?)


 使わない。セラは一度だけ距離を取り、魔獣も体勢を立て直す。互いに、ほんの一瞬止まった。


 次にセラが踏み込んで、槍を突く。わずかに足りない。数センチ。その瞬間だけ風が走って、地面の砂が後ろへ流れ、セラの身体が半歩だけ伸びた。穂先が肩口を捉えて、魔獣の軸がまた崩れる。


 風で戦っているんじゃない。


 槍で崩して、槍で届くところまで作る。それでも少しだけ足りない時、そこだけを風で埋めている。風は主役ではなく、足りない半歩を補うだけだ。セラが戦っているのは、槍だ。


 魔獣が低く唸って、地面を蹴る。左脚、重心、肩。


(次は左脚を軸に右へ薙ぐ)


 カイの口が動いた。


「右――」


 セラは左へ踏んだ。


 次の瞬間、魔獣の前脚が右側を薙いだ。風圧と砂が舞って、カイが安全だと言いかけた場所を爪が通る。


 声が出なかった。


 口の中が乾いていて、舌が上顎に貼りついている。右腕の傷が脈に合わせて鳴っているのが分かるくらい、ほかに何も聞こえなかった。


 もし聞いていたら。あの子が、言われた通りに右へ出ていたら。


 そこで考えるのをやめた。


 やめて、魔獣を見た。


 記憶は引かない。目の前のものだけを見る。


 地面の掻き跡。右の前脚だけが浅い。さっき薙いだ時も、軸にしていたのは左だった。


 右へ出す時、体重が乗り切っていない。乗らないから、その前に一度沈んで作る。


 沈めば、遅れる。


「セラ」


「なに!」


「右へ来る前に、一回沈む」


「それだけ!?」


「それだけだ。沈んだら入れ」


 返事はなかった。


 魔獣が地面を掻いた。前脚が沈む。


 セラが入った。


 風は使わない。普通に踏み込んで腰を落として、槍を突き出す。穂先が深く入って、魔獣の身体から力が抜け、そのまま地面へ倒れた。


 倒れてから、自分の指が震えているのが見えた。


 セラは数秒、魔獣を見たまま動かなかった。それから槍を引いた。


「ふう」


 カイは魔獣ではなく、地面を見ていた。


 傾斜。露出した根。右側の岩。後脚の踏み跡。


 条件が違う。似た外見に似た初動だったから、同じだと思った。だがこいつはこの場所で生きてきた個体だ。似ていたのは外見と最初の挙動だけで、そこから先まで当てはめる方が危ない。


「今なんか言った?」


「右が安全だと思った」


「左だったけど」


「そうだな」


「……あっさり認めるね」


「間違ってたからな」


「でも、そのあとすぐ言った」


「一回見たからな」


「一回で分かるの」


「一回だと分からない。二回目が同じなら分かる」


「それ、何回やったら分かるようになるの」


 カイは答えなかった。


 答えは四千六百十七時間だが、言ったところで単位が通じない。


「……」


「何?」


「いや」


 セラが槍についた汚れを払う。その手つきにも迷いがなくて、慣れているのが分かった。


「手」


「何だ」


「震えてる」


「寒いんだ」


「……そう」


 セラは聞き返さなかった。


 カイはその動きを見ながら、認識を一つ修正する。


 自分の知識が役に立たないわけではない。観察する癖も、距離を測る癖も、危険を先に読む癖も使える。ただ、過去に得た答えまでそのまま持ってくるのは違う。知っているつもりで動く方が、多分危ない。


「今の、強いな」


 セラが止まった。


「……」


「何だ」


「急にちゃんと褒めるじゃん」


「駄目だったか」


「別に」


 目が逸れる。


「駄目じゃないけど」


 照れるのか、とこれも覚えておく。今のところ、やはり使い道はない。

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