第01話 表示されない ②
「……強気だな」
死亡ペナルティではない。死んだら終わり。そのキャラクターのレベルも装備も個人記録も、NPCとの関係まで消える。現実の身体には何も起きない。接続が切れるだけだ。
新しいキャラクターは作れる。同じ人生にはならない。
最初の頃は、よく迷った。崖の途中で朝まで動けなくなったこともある。
続けているうちに、分かるようになった。風。足跡。地面の湿り。敵の縄張り。水場。撤退地点。
強い敵を倒すプレイヤーなら、他にいくらでもいる。どこから入って、何分で戻れるかばかり考えている人間は、少なかった。
だからカイがやった。
死んだら持ち帰れないから、生き残る。
いつの間にか、拠点の壁一面が地図で埋まっていた。
「また増えた?」
ミアが横から覗き込む。
「北側だけ」
「北側、多くない?」
「北は広いからな」
「全部広いでしょ」
少し離れたところでレインが盾を整備していて、ガレスが水筒を投げてきた。カイは地図を見たまま受け取る。
「お前、たまには自分の残量も確認しろよ」
「してる」
「してないから言ってんだ」
ノエルとは、喋らなくても通じた。カイが崖を見て、ノエルが高所を指して、カイが頷く。それで終わる。
エリオは地図の端へ、新しく確認した術式条件を書き足していた。
そして。
「座って」
ユナが言う。
「軽い」
「座って」
「かすり傷」
「この前もそう言って三日腫らしたよね」
「……」
「座って」
「はい」
何度あったか分からない。そんなやり取りと、そんな日々。
全部ゲームだった。ログアウトすれば現実へ戻る。
ただ、四千六百十七時間も同じ場所で生きれば、ゲームだから軽いという話でもなくなる。
最後の依頼も、最初は普通だった。
「撤退路は?」
レインが聞く。カイは遺構の簡易地図と現地地形を見比べた。西は崩落。北は守護種の攻撃線。南東に細い通路がある。
「南東。一分四十」
「安全?」
「この中なら一番」
「じゃ、それで」
七人で入った。古代遺構の中央広間に、大型守護種。もっと危険な場所にも行った。
レインが正面、ミアが側面。ガレスが姿勢を崩して、ノエルが後方を見る。エリオが術式を組んで、ユナが全体を支える。
そしてカイは全部を見る。敵。柱。出口。床。天井。仲間。もう一度、敵。
4,617:31:42
まだ行ける。そう判断した。
直後、敵の外殻が開いた。
「――」
中央柱が砕ける。範囲が変わった。
「下がれ!」
全員が動く。誰も理由を聞かない。それでいい。
南東へ撤退。いつもの撤退になるはずだった。
「足元、崩れてるぞ!」
一瞬、遅い。
「――あっ!」
ユナの足元が抜けた。身体が前へ倒れて、杖が床を叩く。
「ユナ!」
安全通路まで六メートル。カイはすでに通路側へ一歩入っていた。
振り返る。ユナ。敵。出口。距離。攻撃準備。
(戻るな)
答えは出ている。一人を助けに戻って二人死ぬ。悪手だ。何度も判断した。それが正しい。
なのに右足が止まった。膝から下だけ、別の人間の指示を聞いているみたいだった。
何をしている、と思った次の瞬間には、身体が逆を向いていた。
「ごめっ――」
「喋るな、走れ」
ユナの腕を掴んで、引き起こして、押す。ユナの身体が通路へ入って、カイだけが一歩外側に残った。
そこで分かった。これは間に合わない。
敵を見る。光。
4,617:32:18
最後に思ったのは、やっぱり戻るべきじゃなかった、だった。でも、ユナが通路の向こうにいるのを見て、まあいいか、とも思った。
次の瞬間、何もなくなった。
KAI
4,617:32:18
CHARACTER LOST
「……」
カイは瞬きをした。記憶から戻る。
目の前にあるのは森と、包帯も巻かれていない右腕と、湿った土。何も表示されていない右上。
「……そうだった」
死んだ。ゲームの中で。
四千六百十七時間、三十二分、十八秒。桁の一つも間違えずに言える。どこで何秒生きたのかを、まだ全部覚えていた。
覚えているのに、表示だけがない。
「……ゲームで死んだら、リアルでも死ぬ?」
口に出してから、眉を寄せた。
「いや」
即座に否定する。向こうで死んでも、現実の身体は死なない。
条件を並べる。現実の部屋ではない。森だ。身体はKAI。UIはない。傷は痛い。
「……異世界転生?」
自分で言って、少し間が空いた。
「雑だな」
三段くらい飛んでいる。他に説明があるかと言われると、ない。
「まあいい」
分からないなら、後で調べる。真相より先に生存だ。右腕。出血。まず処置。




