第04話 戻らない方が正しい ③
「……」
「……」
「行くぞ」
「うん」
安全側へ移動して、広い場所で足を止めた。呼吸を整える。洞窟の奥の水音は、さっきより大きく低い。長居はできないと分かっている。
それでも。
「なんで戻ったの」
先に聞かれた。
「……」
「カイなら」
少し間があって。
「戻らない方が正しいって分かってたでしょ」
「分かってた」
「……即答」
「正しいからな」
「じゃあ」
顔を見る。髪に土がついて、頬が汚れていて、息はまだ整っていない。
「何で戻ったの」
答えは難しかった。
戻らないことが正しいのは、今も変わらない。二人とも無事だったのは結果論に過ぎない。あの時、外へ出て救援を呼ぶことが、一番生存率が高い選択だった。
それでも戻った。
好きとか、大事とか、そこまで整理していない。必要な言葉が見つからない。
「……お前が死ぬかと思った」
言ったあとで、自分でも止まった。
「……それだけ?」
「それ以上いるか」
「いや」
目が逸れる。
「……いらないけど」
「なら」
「でも」
間。
「戻ったら、カイも死ぬかもしれなかったでしょ」
「ああ」
「そこは」
「分かってた」
「分かってて戻ったの?」
「ああ」
セラは何か言いかけて、やめた。そのあと、困ったように笑う。
「ほんと」
「何」
「変なところだけ、全然合理的じゃない」
反論はできなかった。今回だけは、本当に。
「そうかもな」
「認めるんだ」
「今回は」
正しい判断は分かっていた。それを自分で捨てた。
「行くぞ」
「うん」
外へ出ると、ダンが崖下に立っていた。縄を肩に掛けて、もう走り出す形になっている。ミロは少し離れた岩に座って足首を冷やしていた。
「遅い」
「崩れた」
「見りゃ分かる」
「人は」
「呼びに行くとこだった。あと二分で走ってた」
二分。たぶん、本当に数えていたのだろう。
ダンがカイの全身を上から下まで見る。
「どっちが落ちた」
「どっちも落ちてない」
「嘘つけ」
「落ちる前に掴んだ」
「それを落ちたって言うんだよ」
ダンが縄を肩から下ろした。下ろしてから、一度こちらを見直した。
「おい」
「何だ」
「あんた、奥へ行く前に全員戻ると言ったろ」
「言った」
「あのあと崩れた。どうして分かった」
「分かってない」
「は?」
「あの時点で崩れると分かってたら、入ってない」
ダンが黙った。
「じゃあ、なんで戻ると言った」
「分からない場所で、人数を減らす理由がなかった」
それだけだ。
当てたのではない。読み違えた時に、損が小さくなる側を選んだだけだ。四千六百十七時間でやってきたのは、ほとんどそれだった。
ダンは何か言おうとして、やめた。
やめてから、ミロの方へ歩いていった。
ギルドへ戻る道で、セラは報告書の書き方を一つずつ聞いてきた。崩落の位置、水位の時刻、迂回路の幅。カイが答えると、そのまま紙へ書いていく。
「カイの分も書く?」
「報告を出すのは受注者だ。俺は補助者だ」
「でも見たでしょ」
「見た」
「じゃあ書く」
受付台で報告が通った。帳簿に印が押されて、水脈確認と安全調査の二項目が達成済みになる。受注者の下へ、補助者としてもう一行。
机の上に、臨時補助票と、曲がったピトンが並んだ。
カイはしばらく、その二つを見比べていた。
一つは今日、自分がここにいた証拠だ。
もう一つは、今日、自分が正しい判断を捨てた証拠だ。
戻らない方が正しかった。それは変わらない。
でも、戻らなければよかったとは、どうしても思えなかった。




