↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
徒花の巫女  作者: 葛西渚
第二章 翳りゆく心
91/140

凶門

 識は大広間まで走る。柊と離れても、彼女の万象神覚が危険を訴えることはないため、心配する必要もないようだった。到着した大広間は、どれだけの戦いが繰り広げられたのか、天井も壁も崩れ、御神楽衆の剣士と思われる死体も転がっている。これだけで、翳の妖怪としての強さが十分に窺えた。



「あの男……」



 戦いは庭に移った痕跡があったため、外に出てみると、境が倒れている。死んだのだろうか、と近付いて呼吸を確かめてみたが、ただ気を失っているだけだった。



「翳さまは私が思っていた以上に凄まじい力を持っていたようだ……」



 まさか、今の境が敗れるとは。この里にやってきてから、何度か翳を斬る機会はあった。もし実行していれば、と考えると、嫌な寒気を感じずにはいられない。



 ――助けて、識!



 先程よりも大きな声で、楓が助けを求めているようだ。しかし、ここで駆け付けたところで、翳を止められるだろうか。



「……おい」



 識は倒れた境を爪先で小突く。しかし、反応がないため、少しばかり力を入れて小突いた。いや、蹴り付けた。



「起きろ。こんなところで寝ていたら、紬が死ぬぞ」



 それでも反応がないため、識の中で苛立ちが沸き上がり、足が勝手に動いてしまう。



「起きろ。……起きろ、起きろ、起きろ!」



 何度か蹴り付けると、境が呻き声を漏らす。これなら起きるのも時間の問題だろう。楓を救い出す道が見えてきたが、同時に低い音と地震を感じた。



「中庭の方か……」



 呟いた後、識は足元に弓を見つける。使えるかもしれない、と拾い上げると、今度は屋根に飛び乗った。騒がしさの中心と思われる中庭の方へ移動すれば、背中から大量の蔓を伸ばす翳が、激しい殺意をまき散らしている。そして、その正面に二人の巫女が倒れ込んでいた。間違いない。楓と紬だ。



「外すわけにはいかない」



 識が呟いて弓を構えると、紬が立ち上がって、翳と向き合っていた。これは好機だ。紬を払い除けるとき、さすがの翳も正面に集中するはず。後方から放たれる矢に気付くことはないだろう。だが、彼女の背後で蠢く蔓。その間を通すことができるだろうか。



「いや、今の私ならできるはずだ」



 柊が待っている。そして、彼女のもとに戻れば、二人だけの生活が始まるのだ。そんな希望が、識の万象神覚を高めて行く。当たる。放つ前から、そんな確信があった。



(今だ!)



 紬が一歩前に出ると同時に、識は矢を放つ。それは空を裂き、縦横無尽に動く蔓の合間を縫って、翳の後頭部に突き刺さった。痛みに反応したのか、蔓が暴れ回り、紬を吹き飛ばしたが……あれなら死なずに済むだろう。



(ふん。感謝しろよ、境。私の矢が当たっていなければ、お前の巫女は死んでいたのだからな)



 そして、矢に穿たれた翳だが……一度、バランスを崩して前のめりになったものの、ゆっくりと体を起こした。



(あれで死なぬとは……やはり、化物だな)



 正面から戦わず済んだのは幸いだ。そして、できれば化物は化物と潰し合ってもらいたい。そんな識の願いは叶ったようだ。



「貴様か、人間!!」



 突き刺さった矢を抜いて、へし折る翳は振り返った。その視線の先は、屋根の上にいる識に向けられていない。たった今、駆け付けたばかりの境に向けられているのだった。


 ここから、どのように境を勝たせるか。それを考え始める識だったが、境の頭髪に変化を認める。わずかだが、銀色に染まる部分が増えたようだ。つまり、境がさらに力を発揮する兆候なのだろう。



(どうやら、私の役目は終わったようだな。後は……貴様に任せるぞ)



 視線を移動させ、翳と向き合う境から、楓を見ると、彼女はこちら気付いていたようだった。真っ直ぐとこちらを見つめる楓から、識は少しの間、目を離せなかった。



(だが、行かねばならない。柊の肉体が、あとどれだけ保たれるのか分からないが……それでも、俺は決めたのだから)



 ゆっくりと中庭から離れる識だったが、最後まで楓は視線を反らすことはなかった。屋根から降りて、柊の方へ向かう識。彼女から助けを求める様子はない。ならば、速く駆け付けなければ、と走り出す識だったが……。



(……なんだ、この不快感は)



 すべてが望み通りのはずが、体の芯から催すような吐き気に襲われる。柊が助けを求めているのだろうか、と一瞬考えたが、そうではない。万象神覚はそんな訴えは感知していないのだから。ならば、識自身の万象神覚が何かを訴えているのだろうか。



(せめて、こちらから想いを発することができれば……!)



 識は自分から呼びかけるほど、万象神覚を使いこなせていない。ならば、できることは彼女が待つところまで、全力で走るしかなかった。



「柊!」


 彼女がいるはずの、隠し扉の前。そこには誰もいなかった。


「どこに行ったのだ!」



 叫びながら、さらに強まる不快感に、吐き出してしまいそうだ。それでも、識は冷静を努めて柊の姿を探すが、彼女はどこにもいない。だが、識は何かに導かれるように、例の隠し扉を見た。



(まさか、一人で……?)



 隠し扉の向こうに広がる暗い空間からは、風が抜ける音が悲鳴のように聞こえてくる。それは、地獄につながるかのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。