圧倒
炎のように赤い目を揺らしながら、翳は改めて名乗る。
「月蝕の三姉妹、次姉の翳がどれだけ恐ろしいか……分からせてやろう」
すると、翳の背後から何かが覗き込んできた。縄のように細長く、先端が尖った何かが伸びて、姿を現す。植物の蔓だろうか。それは一本ではなく、二本、三本と翳の背中から現れ、瞬く間に数えきれないほどに増えていた。
「さぁ、逃げ回れ!」
翳の声に反応して、一本の蔓が鞭のようにしなり、境たちを襲った。
「避けろ!」
境はその蔓が持つ破壊力を瞬時に理解し、剣士たちに警告しつつ、自分は飛び退いたが、翳の攻撃はあまりに速く、あまりに力強いものだった。
「ぎゃあっ!!」
剣士の一人が蔓に叩かれたかと思うと、弾かれるように吹き飛んで、壁に叩きつけられる。崩れる剣士の背中から広がる大量の血。それは蔓の一撃がどれほどの威力があったのか、物語るようだった。
「絶対に、あの蔓に当たるな! 死んでも避けろ!」
境は注意を促すが、翳の背中から伸びる蔓の数は、数十本はあり、まるで一体の巨大生物のようだ。翳は既に勝ちは決まっていた、と言わんばかりに笑みを浮かべる。
「そうだ、必死に避けろ。少しは楽しませてもらわねばな」
そして、一斉に動き出す無数の蔓。その多くは境を狙っていた。
「全部、刈り取ってやるよ!」
境は高らかに宣言しつつ、自らを襲う蔓を斬り裂き、横手に回り込んできたものを避けるため、身を屈めた。頭上を通過する蔓の音は、空気を歪ませるような破壊力を感じさせる。
「くそっ!!」
回避したと思えば、目の前に広がる蔓の渦。境は襲い掛かるものを片っ端から斬り落とすが、それは一向に減る様子がなかった。
「ぐあっ!」
小さな悲鳴に振り返ると、倒れる剣士の姿が。そして、その傍らに立つ翳。彼女の両腕は肘から下が刃に変形しているところを見ると、あれで剣士を殺めたのだろう。
「蔓だけ見ていたら、あいつにやられるってわけか」
翳を警戒する境だったが、またも蔓に囲まれてしまう。苛立ちに舌を打ちつつ、蔓を斬りながら距離を取ろうとするが、翳が生き残った剣士に襲い掛かろうとしていた。
「逃げろ!」
剣士は蔓を払いながらも翳の接近に備える。二人の間合いが詰まり、剣士は翳の首を狙って刀を振るったが、空振りに終わってしまう。翳は身を低くして剣士の刀を潜り抜けると、刃と化した自らの腕を振るった。それは剣士の腹を裂いて、一瞬で命を奪うが……。
「もらった!」
その背後に境が迫っていた。凄まじい速さで振り下ろした御神渡が翳の背を斬り付ける。が、やや浅いらしい。翳は素早く振り返りつつ、境に向かって複数の蔓を叩きつけようとした。
「その程度で俺を捉えられると思うなよ!」
境は動き回る無数の蔓を回避しながら、御神渡を振るうことも忘れない。その足元には、蔓の残骸が増えて行くが、竜巻のように刃を振るう境の背後に回る翳の姿が現れる。
「死ね!」
翳の刃が境を襲う。完全な死角からの攻撃は、翳に勝利を確信させたかもしれない。だが、境は蔓を斬り落としながら振り返ると、翳の刃を躱して、御神渡を返した。
「……やるな」
肩口から血を流しつつ、距離を取る翳だが、異物でも目にしたように境を見つめる。
「あれを躱すなど普通の人間ではあり得ない。まさか、貴様も万象神覚とかいう不気味な術を使うのか?」
「お前の蔓がのろいから当たらないだけだ。分からないものは、神だ奇跡だと騒ぐのは良くないぞ」
「……そうだな」
境の嘲笑に、翳が似たような表情を返すと、その背中から今まで以上の蔓が現れた。
「躱されるのなら、躱せないほど数を増やすだけのこと。どこまでやれるか……見せてもらおうか!」
部屋を埋め尽くすほどの蔓は、四方八方から境を捉えようとする。境は数本ほど蔓を斬り落とすが、次から次へと現れ、捌き切れるとは思えなかった。仕切り直すためにも、その場を一度離脱しようとするが、その瞬間を狙ったかのように翳が目の前に現れる。
「しまっ――!!」
翳の刃を躱したものの、大量の蔓が境の体を打った。床に叩きつけられてから跳ね返り、その体をさらに打たれた境は、庭に投げ出されてしまう。
「ここ十年で戦ったどんな猛者よりも手応えがあったぞ、人間」
土の上を転がり、塀に打ち付けられた境を見て、翳は死んだと判断したらしい。だが、御神渡の加護によって体を守られた境は気を失っただけだ。それに気付いていない翳は、庭に出てから、惜しむように境を見つめた。
「さて、この体の重さ……。屋敷の外に巫女がいるようだな」
顔を上げた翳は、凪の神楽の気配を感じた正門に向かって歩き出す。
「凪の神楽が止めば、形勢は一気に逆転するだろう。人間など私が出ればこの程度のものだ」
ふん、と鼻を鳴らす翳だったが、心を痛めたように目を細め、一人呟く。
「識……。姿を現さないということは、人間に斬られたか。……いや、それまでの男だった、と考えるべきなのだろうな」
境の意識は戻らぬまま、翳は楓たちのもとへ迫るのだった。




