後詰
「必ず勝てるぞ! 恐れず進め!」
境の声に剣士たちが前に向かって走り出す。橋落としの罠が士気を高めたのか、彼らの勢いは凄まじいものがあった。
「境、朗報だよ!」
その勢いを後押しするかのように、紬が良い報せを持ってくる。
「御神楽衆の援軍が間に合った! 百を超える剣士が既にこの里を包囲しているってさ!」
「……思ったより早かったな」
少し前に、伝書鴉を使って援軍を要請したが、決戦の日に間に合ってくれたようだ。しかも、既に里を包囲したとなれば、勝ちは目前と言える。
「ただ、北東の包囲は手薄だから、できるだけそっちに逃がさないように、って」
「そんなの思い通りに行くわけねえだろ!」
紬による追加情報に悪態を吐く境だが、援軍の数は想定以上だ。勝利の先を想像した境は思わず笑みを浮かべて、楓の方を見る。
「これで妖怪どもは皆殺しだ。識の野郎も俺が斬る」
楓は何も言わず、ただ微笑みを返すだけ。彼女の言う"ご褒美”は勝ち取ったようなものだ。紬が疑念の視線を向けていることに気付かず、拳を握って喜びを噛み締める境だったが、嫌な感覚が頭を過った。
「噂をすれば……出てきやがったな!」
呟いてから、境は御神渡を抜き、樒ヶ里村の男たちに向かって言う。
「この里に手応えのある妖怪は、お前たちがよく知る識くらいのものだ。そして、その識も俺がぶった斬る。だから、気合入れて行くぞ!」
雄叫びが返ってくる。村の男たちも自分たちの手で自由を取り戻そうという気概があるようだ。そんな村の男たちを引き連れ、相馬の情報にあった翳の屋敷へ向かうのだが、先を行っていたはずの剣士たちが何かに阻まれていた。
「識か!」
境は前に出ながら、剣士たちに指示を出す。
「狐の面を被った野郎は俺がやる! お前たちは他の妖怪を相手にして、屋敷につながる道を作れ!」
人をかき分けて前へ進めば、もう見慣れてしまった狐の面がそこに立っていた。
「今日こそは逃がさねえぞ。楓のためにも死んでもらうぜ」
楓の名前を出した瞬間、識の意識が乱れたようだったが、関係ない。いや、だとしたら尚更、ここで殺すべきだ。境は地を蹴る。対する識はゆったりと刀を構えた。
間合いは一瞬で消え、境が首を狙った一撃を振るう。一瞬の煌めきが識の喉を裂いたように思われたが、紙一重で刃は届いていなかった。
だが、境は知っている。識は身を反らして境の刃をやり過ごすと同時に、反撃の一突きを用意していることを。
「当たるか!」
境は左側へ回り込む。そして、次の一撃を放つために御神渡を引いたが、識は正面に突きを出した直後、境がいる方に振り向いて、追撃の一振りを放ってきた。
「なに!?」
すぐさま後ろへ飛び退くが、胸に皮が裂かれる痛みが走る。浅かったものの、識の一撃を受けてしまったのだ。
(こいつ、剣の鋭さが増している?)
さらに踏み込んでくる識に、近寄らせまいと御神渡を振るが、それも空を斬るだけ。だが、回り込む識を察知して、素早く迎撃の一閃を放つ。
(躱された!?)
万象神覚によって、識の動きを先読みした一撃のはずが、それは剣先すら触れることすらなかった。むしろ、識は素早く爪先を突き出して、境の横腹を刺す。その痛みに、ぐっと息を詰まらせながら、境は後退するのだった。
(剣の鋭さじゃない。こいつの万象神覚がより先を見るようになったんだ!)
ここ何度かの斬り合いは、万象神覚の差で優位に立っていた境だが、それが縮まりつつある。だとしたら、かなり厄介だと言えるが、妙な感覚もあった。
(こいつ……本気で斬り合うつもりはないのか?)
なぜか、識の方から攻めてくることはない。まるで、時間を稼ぐようだった。
(だが、斬れるときに斬らなければ、後で痛い目を見るかもしれない。やはり……こいつは、ここで殺す!)
識は大きく息を吐いてから、外側にある何かに意識を向けた。視える。何者かの視線が、そこにある。それを知覚すると、体の中に流れ込む力を感じた。
(行ける。あのときと同じように、さらなる力を引き出せるはずだ)
境は確信した。この感じなら、猛煌を倒したときと同じように、万象神覚の力をさらに引き出せる。そうすれば、識だって敵ではないだろう。再び斬り合うために踏み込もうとする境だったが、何やら辺りが騒がしかった。
「巫女様が前に出られるぞ! 妖怪たちの動きはさらに鈍る! 恐れるな!!」
境は後ろに退がりながら、振り返ってみると、楓の姿があった。どうやら、妖怪たちに接近して、凪の神楽の効果を強めるため、前に出てきたらしい。実際、識を除く妖怪たちは、楓の登場に酷く動揺したようだった。
「これでお前の勝ち筋は消えたな」
境が挑発すると、識はあっさりと身を退いた。やはり、最初から戦う気などなかったように。だが、おかげで剣士たちは善戦し、敵の総大将が待つだろう屋敷は目前となった。
「大丈夫だった?」
周囲に生きた妖怪がいなくなったところで楓が声をかけてきた。
「ああ、おかげで助かったよ」
礼を言う境に楓は微笑む。だが、違和感は浮上する。
(楓が現れて助かったのは……俺だったのだろうか)
とは言え、楓のおかげで一気に屋敷の前まで進んだことには間違いない。総大将である翳は、すぐそこ。この戦いも決着が近いようだった。




