分担
「翳さま! 大変です!」
人間たちを返り討ちにした、という報告を待っていた翳だが、屋敷の中に駆け込んできた妖怪の表情から、想定外のことが起きたと察する。
「何事か!」
「人間たちが東西から攻め、里の中に踏み込んできました!」
「なんだと……??」
ここ最近、上機嫌だった翳の表情が曇る。なぜなら、襲撃は巫女によって先読みされ、百を超える妖怪が準備していたからだ。負けるはずがない、という確信が砕かれてしまえば、それは不快に思うだろう。
「待ち伏せしていたものたちはどうした?」
「それが……人間たちを追って東に向かったまま、帰ってきません」
「……逆に罠にかけられた、ということか?」
翳は控えていた識と柊を見る。
「どういうことだ? 説明しろ!」
「先読みが外れた、としか……」
識の短い答えに、翳は納得しない。
「外れたら、それでお前の役目は終わりか?」
苛立つ翳は、ただ識を責めているわけではないようだった。そこには、識を自分の右腕に置きたい、という私情が含まれているように見える。識は彼女の気持ちに応えるわけではないが、戦いに出なければならなかった。
「もちろん、私が迎え撃ちます。翳さまはここでお待ちください」
「……良い報せを待っているぞ」
翳の目は信頼というよりは、願いに近い感情が込められているようだった。識と柊は頭を下げてから部屋を出ると、屋敷へ迫ろうとする人間たちの声がわずかに聞こえてくる。ここにくるのも時間の問題と言えるだろう。二人で動きたいところだが、急を要する状況では、別れて動いた方が確実に目的を遂げられるはずだ。
「俺は怪しまれないためにも、人間たちの足止めに出る。柊は骸伝の居場所を探ってくれ」
柊を蘇らせてから、骸伝の姿は見ていない。恐らく、翳の他に彼の居場所を知るものはいないだろう。しかし、柊は確信していた。
「やつが持つ人形が離れ過ぎたら、妖術の効果が切れて、私は泥になるはず。こうして動けている、ということは、屋敷の中にいることは間違いないだろう」
「万象神覚で探せるか?」
「誰に言っている」
識は任せて問題ないだろう、と彼女を信じた。
「見つけたら、俺に合図を送ることはできるな?」
「ああ、私の居場所が分かるよう、ちゃんと呼びかけてやる」
「ならば、適当に人間たちを相手にしながら、それを待つ」
それは、識にしてみれば、ただの時間稼ぎでしかなかったが、柊は懸念を訴えるように目を細めた。
「境とかいう討者がきている。大丈夫なのか?」
「お前が心配するほどのことではない」
識は自信を見せたつもりだったが、それは柊に通用しなかった。彼女は識の裾を名残惜しそうに摘まむと、自分の方へ寄せる。
「心配だ。あの男の剣術はお前ほどではない。が、万象神覚によって実力を上回っている。まともに戦っては勝ち目がないぞ」
「何度も言わせるな。俺はお前と生きるためなら、どんな手だって使ってみせる。あの程度の男に殺されたりしない」
逆に言えば、境を相手にしたら必死に生きる道を探さなければならない、という意味だった。それを既に察している柊は目を伏せるが、決して識を止めることはない。
「……約束しろ。お前が私を一人にするようなことはない、と」
「約束する」
柊の手がゆっくり離れ、識は彼女の頬を撫でた。
「柊こそ、骸伝の居場所が分かっても一人で動くなよ。必ず俺を待つんだ」
「分かっている。私はお前ほど自信家ではない」
識は頷く。二人は別々に動き出す。大丈夫だ。離れていても、万象神覚を通じてお互いを感じられる。それだけ、二人の意識は同期しているのだから。識は屋敷の外に出て、戦の空気を吸った。
「御神楽衆め。思ったよりもやるようだ」
まだ敵の動きを目にしたわけではないが、識は妖怪たちが劣勢に立たされていることを感じる。
「……何だ? この嫌な感じは」
敗北が迫っている。それだけではない、大きな流れが迫っているように感じた。
「境だけではない。もっと、大きな力が流れ込んでくるようだ」
だとしたら、思ったよりも時間がないのかもしれない。骸伝の居場所を見つけ、確実にやつから人形を奪うためにも、すぐに屋敷を落とされては困る。
「だとしたら、境とぶつかることは避けられないか……」
識は覚悟を決めて、東の方へ走り出す。境がいるとしたら、樒ヶ里村がある東の方だ。実際、そちらへ向かうと境の存在が感じられた。
「私が感じる、ということは、やつも感じているはずだ。そして……」
そして、境だけではなく、楓の姿もあるはず。もはや関係のない女ではあるが、できれば顔を合わせたくなかった。そして、彼女の存在は得体の知れない不安を感じさせる。
「大丈夫だ。私には柊がいるのだから……」
識は一人呟き、境が待つ戦場へ向かうのだった。




