虚策
「どうにか翳たちの動向を把握できました」
「本当ですか!?」
相馬の報告に、前のめりになる葛城。その向こうで、相馬は微笑みながら頷いた。そして、誰かを探すように視線を巡らせた後、すぐに葛城を見て言う。
「敵は万象神覚を持つ巫女を、あの世から連れ出し、利用しています」
「万象神覚を持つ巫女……!!」
集まった男たちが各々の驚きを言葉にする。万象神覚の凄まじさを理解しているゆえに、敵に回ったときの恐ろしさを痛感しているのだろう。しかし、次の相馬による報せは、さらに驚くものだった。
「しかし、その巫女の協力を得ることに成功しました」
「なんと……!!」
声を上げる葛城だが、紬も驚かずにはいられなかった。誰もが振り回される存在の万象神覚を持つ巫女。それを抱きかかえる相馬に、尊敬すら覚えた。
(きっと……相馬さんは芯の強い人なんだろうな。姿勢にもそれが表れているもの)
紬は真っ直ぐと伸びた相馬の姿勢を見て、そう感じたが、少し離れたところに座る境を見て、自然と溜め息が漏れた。姿勢が悪いどころか、背中は丸まり、今にも眠ってしまいそうなほど目は重たい。同じ人間なのに、こうも違うのかと嘆きたくなるほどだ。
「そこで、妖怪たちに偽りの先読みを伝え、罠に陥れる……という方針はいかがでしょうか」
「どのような罠なのです?」
葛城の質問に、相馬は頷いてから懐から紙を取り出す。そこには、妖怪の里の周辺を表す地図が描かれていた。
「ここに妖怪たちの拠点があります」
相馬は地図の一か所を示す。
「まずは巫女に、人間がここを攻めてくる、と嘘の先読みを妖怪たちに伝えさせます。その後、葛城さんは適当な数でここを攻めてください」
「それでは……」
前回の二の舞になる、と主張しかけた葛城だが、それを遮るように相馬は頷く。
「戦わなくていい。巫女が先読みした通り、人間が攻め込んできたと思わせればいいのです」
「なるほど……」
話の筋が見えてきた葛城が浮かべた納得の表情に、相馬は笑みを返す。
「次はここです。日を置いてから、同じように巫女が先読みして、妖怪たちに伝える」
「そして、我々も攻め込んでから、すぐに撤退する」
「はい。そうすれば妖怪たちも巫女の先読みに絶対の信頼を置くはず。次の先読みについても疑うことなく、従うでしょう」
「では、次はどんな先読みを??」
待ちきれない、といった調子の葛城に、相馬は再び地図の一か所を指し示す。
「ここを攻めた後、こちらに逃げてください」
そう言いながら、相馬は地図の上で指を横に滑らせ、別の一か所を爪の先で叩く。
「巫女にこう伝えさせます。次、人間たちが攻めてきたら、必ず最後まで追うように。そうすれば、人間側の旗振り役を葬れる、と」
「それで、私たちは何をすれば?」
「ここに妖怪たちが作った、吊り橋があります。できるだけ、妖怪たちをこの上に引き付け……」
「吊り橋を切って川底に落とす、ということですね」
葛城と相馬が同時に笑みを浮かべる。勝利を確信した笑みは、周りにいる人間たちに希望を与えたらしく、明るい空気が流れた。これには紬も少しばかり心が軽くなり、相馬へ感謝の気持ちを胸の内で述べるが、地図を眺めていた葛城がさらに閃いたらしい。
「橋の位置は蓮華沢村と逆ですね。こちら側に本命の戦力を置けば、一気に畳みかけられるかもしれない」
「よし、決まった!」
今度は境が立ち上がった。
「まずは狙い通り橋を落とせるか、調べる必要があるな。あと、蓮華沢村に話も通さなければならない」
「蓮華沢村には私から話しますので、橋の方をお願いします」
葛城も意気揚々と周りに指示を出した後、改めて相馬に礼を伝えた。
「ありがとう、相馬さん。これで翳を倒せる!」
さらに境が続く。
「俺もあんたが命を賭けて作ったこの状況に、必ず報いてみせるぜ」
古くから友人だったように、境と相馬は視線を合わせた。
「やりましょう、皆で!」
相馬の一声に全員が応える。そんな様子も眺めていた紬は、ひっそりと部屋を出たが、誰にも引き止められることはなかった。
「誰も私に期待していないんだろうな……」
凪の神楽は楓に及ばず、戦力としては境のように圧倒的というわけではない。それに比べ、相馬という男は、特別な力がなくても、大きな成果をもたらしている。
自分にできることは、何があるのだろう。
そんな紬の疑問は、答えが出ることはなく、彼女は途方に暮れてしまうのだった。思考を止め、ただ中庭を眺める紬だったが、またも唐突に声をかけられてしまう。
「紬さん、でしたね?」
驚きながら振り向くと、意外な人物が立っていた。
「そ、相馬さん……。どうかしましたか?」
なぜ、彼が自分に声をかけてきたのだろうか。困惑する紬に、相馬は優しげな笑みを見せるのだった。




