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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第二章 翳りゆく心
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擁護

 猛煌という強敵を退かせた境だったが、彼の万象神覚は楓の助けを受け、これまでにない感情の波に溺れていた。なぜなら、楓は確かに助けを求めていたにも関わらず、目の前の脅威であるはずの識に信頼を置くような感情を抱いていたからだ。



(どうして、楓はあの狐野郎に……!!)



 そして、識の方も楓に対し、戸惑の感情を向けている。ただの混乱ではない。むしろ好意に近いものだった。そのすべてを境が整理された情報として受け取ったわけではない。万象神覚によって一度に受けた情報を断片的に理解したに過ぎないが、激しい嫉妬に怒りを覚えたのである。



「この程度で……俺を止められると思うなよ!!」



 だが、識をあと一歩のところまで追いつめたにも関わらず、謎の巫女が境の前に現れた。体が重い。まさか、巫女による凪の神楽が自分に影響したのだろうか。いや、これは万象神覚を通した何らかの攻撃だと理解した。



「ふふっ、どうやら覚醒して間もないようだな」



 謎の巫女は辛うじて立ち上がる境を見て笑う。



「もう少しその力に慣れていたのなら、私など瞬時に殺されていたところだろう。巡り合わせというものに感謝しなければならないな」



 巫女による干渉が、さらに重たくなった。



(……そうか。ここ最近の楓の体調不良は、こいつが原因か!)



 楓は誰かに視られている、と表現していたが、確かにそれに近い感覚があった。まるで、巨大な目玉に見下ろされ、そのまま押し潰されてしまいそうな圧迫感。だが、境は識に対する怒りによって、どうにか耐えきってみせる。



「貴様ら、絶対にぶっ殺してやる!!」



 境が一歩前に出ると、巫女に動揺が走った。どうやら、これ以上は強い力で境を抑え付けられないらしい。だとしたら、今ここで確実に殺すべきだ。境は御神渡の柄を握り締めた。



「行かん。退くぞ、識!」



 巫女は早々に退却を判断したが、識は境から目を離さない。



「先に行け」


「馬鹿を言うな。私が抑えつけている間に、距離を取るぞ」



 二人の意見は分かれたようだが、境は識の冷静な判断を評価する。なぜなら、二人が同時に背を向けるようならば、境はすぐに追いかけて、後ろから斬りかかるつもりだからだ。たが、境にしてみると、残った識を斬れば十分だった。巫女は識の袖を引っ張る。



「今ならやつの動きは鈍い。早く行くぞ」



 どうやら、巫女は境を抑えているつもりらしい。だとしたら、あえて動けないふりをして、二人が背を向けた途端に斬りかかろう。そう企む境だったが、識の方は慎重だ。決して背を向けず、ゆっくりと遠ざかる。このまま、動けないふりをしていたら、取り逃がしてしまうかもしれない。



「逃がすか……!!」



 境が動き出すと、識は予測していたように、刀を構え直す。ならば、正面から斬るだけだ。さらに、一歩踏み出す境だったが、思わぬ方から声があった。



「境、待って!」


 楓だった。彼女は境の震えた腕で、境の背中にしがみついている。


「楓……」



 境が先程感じた、楓の思考らしきものは、幻覚だったのだろうか。彼女は確かに恐れている。



「大丈夫だ。俺がいるから……何も怖くはない」



 これが好機と識たちは逃げ出すが、境は追うことはない。それよりも、楓の恐怖を宥めることが優先だと思ったからだ。識たちの姿が完全に見えなくなり、そこら中で暴れ回っていた猛煌の姿も消える。この様子なら怪我人も少ないだろう。境の緊張感が薄らぐと、楓の方も呼吸が穏やかになってきた。



「落ち着いたか?」


「……うん。邪魔しちゃってごめん」


「お前が無事なら、俺は何でもいい」



 楓の無事な姿を見て、境の気持ちも落ち着き始めていた。先程まで、どこからか流れ込んできた、他人の想いも今は感じられない。自分の体に何が起こっていたのだろう、と頭の中で首を傾げていると、楓がゆっくりと顔を上げてから、境の顔を見て目を丸くした。



「その髪、どうしたの??」


「どうしたって……何がだ??」


「所々で銀色になっているよ。私みたいに」



 境は髪の毛を摘まんで、どうにか一目見ようと思うが、それは叶わなかったらしい。だが、彼にとって頭髪の変化など何でもいいことだ。



「お前と一緒なら悪いことじゃねえだろ」


「えー? でも、変な目で見られたりするよ?」


「そんなやつがいたら、殴ってやるから良い」


「あはははっ。私もそんな風にできたら良かったなー」



 境は久しぶりに純粋な楓の笑顔を見たような気がした。自分の体に何らかの変異があったことは確かだが、この笑顔のためなら、何を捨てても構わないと思うのだった。しかし、そんな二人の姿を遠くから眺める紬の心情は、決して穏やかなものではない。



「何よ。私のことだって、少しは気にかけても良いじゃない……」



 そんな呟きは、境の耳に届くことはなく、彼女は二人に背を向けて、状況報告のために葛城の方へ向かうのだった。

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