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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第二章 翳りゆく心
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逡巡

 百の猛煌(もうこう)が暴れ、御神楽衆の剣士たちが刀を振り回す中、柊は悠然と歩みを進める。まるで、誰も柊が見えていないようだ。その後ろに付き従う識すら、誰も気に留めないのか、阻まれることはなく進み続けた。



「あの女か」



 前を歩く柊が呟き、落ちていた刀を拾い上げる。識は彼女の前方を確認すると、古守(こもり)という剣士に守られる楓の姿があった。



(やはり、そうなるのか……)



 識は心の中で呟くが、自分が何を成すべきか、考えがまとまっていない。それなのに、柊は歩みを止めず、楓と古守が彼女の接近に気付くのだった。



「巫女の方、何者か!」



 明らかに尋常ではない柊に、まず古守が声をかける。しかし、それでも足を止めない柊に、古守は敵と判断して刀を構える。これには、柊も足を止めた。自分よりも剣技があると判断したのだろうか。少し様子を見たかと思うと、彼女の周りに数名の猛煌が集まった。



「行け」



 柊の命令に、猛煌たちが古守に襲い掛かる。だが、古守の流れるような剣が次々と猛煌たちを無力化した。柊はそんな古守に向かって走り出したかと思うと、剣を振り終えた彼に向かって、拾ったばかりの刀を突き出す。



「まさか、この状況を作った本人とは!!」


 古守は驚きながらも、柊の刀を払うと、腕を狙う一撃を返す。


「……貴様の仲間だったか」



 古守の呟きは識に向けられたものだった。なぜなら、古守の柊を狙った一撃を、識が阻んだからである。古守は識の脅威を知っているためか、すぐに距離を取った。だが、柊が識に向けた視線は冷淡なものである。


 余計なことをするな。そんな声が聞こえた気がして、識は居心地の悪さを感じたが、彼女はただ見つめてくるだけだ。



「助けたつもりだったが?」



 ついに居たたまれなくなった識は柊に言う。できるだけ、言葉は交わさないよう注意していたが、それは防衛本能のようなものだった。しかし、柊から意外な反応がある。



「ならば、もう少し助けろ」


 そう言って、古守の方に刀の切っ先を向けた。


「あの男を止めろ。その間に、私は女の首を取る」



 古守の動きを止めることは簡単だ。が、柊の言う通りにすれば、彼女は自由になるため、容赦なく楓の命を奪うだろう。それは識にとって見過ごせることだろうか。


 識は柊の手元を見ると、そこにはわずかな傷があった。古守によるものなのだろうが、そこから血は流れていない。


 それはそうだ。彼女は……ただの泥人形なのだから。



「楓さまに近付くな!」



 躊躇う識に、古守が仕掛けてきた。なかなか鋭い踏み込みと同時に繰り出される、横薙ぎの一撃。だが、識は必要最低限に下がってそれをやり過ごし、そっと差し出すように切っ先を突き出した。静かな一撃は古守の腕の肉を削ぐが、その程度で止まってくれる相手ではない。


 さらに踏み込み、古守は突きを放ってきた。識は横に逸れて躱すと、半歩分だけ体を寄せ、肘を叩き込む。ほとんど反射的な攻撃だった。長年、命のやり取りに身を置いていたからこそ、出てしまった反射的な動きである。だが、古守は膝を折ってしまい、顔を歪めるのだった。



「か、楓さま……」



 古守が視線を向ける先。それを識が確認すると、柊が刀を手にして、尻をついたまま動けずにいる楓に迫っていた。柊は無感情に刀を振り上げるが、識は楓の視線に気付く。


 恐怖に塗れながらも、決して助けを求めようとしない彼女の姿に、識の心は激しく揺らいだ。


 柊の手首にある傷。血の流れない傷を見て、識は頭の中で繰り返す。



(あれはただの泥人形なのだ。俺と共に過ごした記憶も持っていない……ただの泥人形。ならば……!!)



 識は勢いよく地を蹴ると、一瞬で柊と楓の間に入る。そして、振り下ろされた刀を受け止めた。



「何をする?」


「この女は……」



 平坦に問いただす柊に、識は返す言葉が見つからなかった。



「退け、妖怪。私はこの女を殺さなければ自由になれない。それとも、お前は……私ではなく、この女の味方か?」



 それは識の思考をかき乱す言葉だった。しかし、彼女は柊ではない。泥人形だ。だとしたら、生きている楓を……。答えに窮する識を責めるように、柊は目を細める。その冷たい視線は、識の眉間にゆっくりと針を刺すようであるが、それでも彼は楓の傍を離れなかった。


 ここで、泥人形を斬るべきか。いや、それは絶対にできない。


 いくら偽物であっても、柊の形をしたものを斬ることはできないのだ。だとしたら……。だが、そんな迷いを断つ者が接近していることに識は気付く。背後の楓も同じように察知していたようだった。



「境!」



 楓が助けを求めた男が、識に向かって疾走していた。

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