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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第二章 翳りゆく心
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再戦

 それは突然だった。崖の上から妖怪が降ってくるように現れると、戦斧を振り回しながら襲い掛かってきたのだ。しかも、その数は百に近い。境は御神渡を抜きながら叫んだ。



「樒ヶ里村(しきみがさとむら)の人間は下がれ! 御神楽衆はできるだけ多くの妖怪の足を止めるんだ!」



 波のように押し寄せる妖怪たちに、さすがの境も焦りを覚える。しかも、妖怪は蓮華沢村(れんげざわむら)を襲った上級妖怪の猛煌(もうこう)ではないか。それが大勢で襲ってくるなど、絶望的な状況のように思われたが、境は違和感に気付く。



「こいつら……大したことないぞ!」



 猛煌が振るう戦斧は凄まじく重たくて、何もかも破壊してしまいそうな力があったが、目の前にいる妖怪たちは見掛け倒しだ。



「慌てなくていい! 確実に一体ずつ仕留めろ!」



 境はさっそく猛煌の一人を斬る。妙な手応えに眉を寄せるが、倒れた猛煌が葉っぱに変化したところを見て、その正体に気付く。



「妖術なのか……??」



 だが、最低限の殺傷能力はある。樒ヶ里村の人間も十分に対応しているが、境は一体でも多くの猛煌を斬ろうと混乱の戦場を駆け抜けた。次々と偽物の猛煌を斬る境だが、一つの謎が浮かぶ。



(なぜ、こんな手応えのない妖術を仕掛けてきた……?)



 この妖術で境たち御神楽衆を殲滅することなど不可能だ。せいぜい目くらまし程度の嫌がらせでしかない。目をくらます、ということは……。



(何か本命があるってことか!)


 それに気付いた境は足を止めて振り返る。


「楓!!」



 偽物の猛煌を斬りながら、楓の方に向かう。この妖術に紛れて、何者かが楓に襲い掛かろうとしているのなら、いち早く彼女のもとに駆け付けなければならない。幸い猛煌たちは境の障害にならないため、すぐに辿り着けると思われたが……。



「なんだ!?」



 一体の猛煌が境の剣撃を受け止めた。しかも、手応えのない妖術による偽物と違い、鋭い反撃を放ってくるではないか。



「まさか……本物か!?」



 猛煌が獰猛な笑みを浮かべた。



「この前はやってくれたな、討者。あのときの屈辱……晴らさせてもらうぞ!」


「わざわざ俺に右腕を差し出しに来たんだな? 律儀な野郎だぜ」



 不敵な笑みを返す境だが、内心では焦り、苛立っていた。猛煌は確かに強い。この男の他に、楓の命を狙っている敵がいるとしたら、足止めとしてかなり厄介な相手だ。


 首を狙う戦斧の一撃。境は身を低くして躱したが、その目の前に大きな手の平が伸びてきた。猛煌の腹から発生した、三本目の腕による攻撃に違いない。



「斬っても生えてくるなんて、やっぱり便利な体だな!」



 横に回り込んで第三の腕をやり過ごしつつ、猛煌の脇腹を狙って御神渡を振る。が、追撃の戦斧によって、それは防がれてしまった。鋼と鋼が重なり、甲高い音が響くが、猛煌の怪力によって境は後退を強いられてしまい、距離ができる。


 そこに太い脚による回し蹴りが放たれた。どうにか屈み込んでやり過ごすが、旋風が吹くように、さらなる戦斧の一撃が。今度はそれを飛び越えつつ、境は御神渡を振り下ろした。



「ぎゃあっ!」



 猛煌が小さな悲鳴を上げる。境の一撃によって、右腕が斬り裂かれたのだ。だが、猛煌は止まらない。両手で戦斧を握り締めると、渾身の反撃を放ってみせる。



「遅いんだよ!」



 天を支える大木すら切断してしまいそうな戦斧の一撃だが、境は退くことなく踏み込むと、二人の影が交差した。後方へ駆け抜けた境が振り返ると、横腹から黒い血を噴く猛煌の姿が。



「時間がない。右腕はそのままにしてやるよ」



 勝ちを確信する境だったが、膝をついて振り返る猛煌の目は、まだ怒りに満ちていた。



「ここで終わるわけにはならんのだ。俺は……翳さまに!!」



 ゆっくりと立ち上がる猛煌の手には、何かが握られていた。丸薬だろうか。手の平に乗った黒い物体を睨み付けながら、猛煌は覚悟の炎を瞳の中で揺らす。



「あの骸伝(むくろつたい)とか言う化物は気に入らないが……翳さまに武人としての誇りを称えていただくためなら、この命だって!!」



 そして、手の平にあった薬を口の中に放り込む。ぐっと胸を抱え込むように体を丸める猛煌だったが、獅子の鬣(たてがみ)のような毛髪が逆立ったかと思うと、今度は背筋を伸ばして、血走った目で境を見るのだった。



「今度こそ殺してやるぞ、討者!」


「何を食ったのか知らないが……腹を壊して後悔するじゃないぞ?」



 軽口を叩く境だったが、その返事は背後からだった。



「俺でなく、自分の心配をするんだな」



 直後、境は鈍い痛みと共に、地面の上に自らの体を投げ出されてしまうのだった

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