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万象神覚

 神気を降ろす巫女たちは、御神楽衆に籍を置く。と言うのも、巫女の力は御神楽衆で訓練したものだけが身に付くからだ。



「しかし、楓様は特別です。貴人に保護された身でありながら、御神楽衆を呼び寄せて巫女の力を学んだのです」


「どうして、わざわざ巫女の力を……?」



 説明を躊躇う古守だったが、境が口を挟んだ。



万象神覚(ばんしょうしんかく)だな」



 古守は何も言わないが、その目に驚きを浮かべている。どうやら、境の指摘は当たっているらしい。なぜ分かった、と視線だけで問う古守に境は説明した。



「万象神覚は巫女の力を付けることで、より発揮されると聞いたことがある。万象神覚の力を(まつりごと)に利用したいってやつは、朝廷に山ほどいるのだろう?」


「へぇ、境は察しがいいんだねぇ」



 古守は何も言わなかったが、楓本人が認めると、驚くほど自然に境の傍へ近寄って、彼の瞳を覗き込んだ。



「もしかして、私と同じなのかなぁ?」



 唇が触れそうな距離で見つめ合う二人に、紬は胸騒ぎを覚えながら、必死に次の質問を探す。



「そんな楓さんが、なぜこんな八州(やしま)の奥地にいるのですか? 御神楽衆から要請があったわけでもないのでしょう?」



 自分たちが様子を見てくるよう命じられたのだ。まだ村の状況すら報告していないのに、楓という妙な立場の巫女がやってくるわけがない。



「それがねー」



 楓は指を一本立て、どこか自慢気に話す。



「いつも通りの朝を迎えたある日、急に告げられたんだよ」


「告げられた?」


「そう、あっちで何か起こるから、絶対に見に行った方がいいって」


「誰に言われたんです??」


「うーん、私自身?」



 要領を得ない説明に言葉を失う紬だが、代わりに境が答えた。



「それが万象神覚ってことなんだろう」



 古守が頷く。



「楓様は、そんな調子で急に屋敷を飛び出してばかりです。今回に関しては、ここまで遠出になるとは思いませんでしたが……」



 楓の指示に従って馬車を走らせている間に、この村にたどり着いてしまったそうだ。



「この村で何かが起こるってことか?」



 万象神覚による予感。それは何かの前兆なのか。そんな境の疑問に、楓は首を傾げる。



「どうだろうね。万象神覚って言っても、何もかも分かってしまうわけではないから。何かが起こるかもしれないし、誰かが呼んでいるのかもしれない」


「同じ万象神覚の持ち主がいるのか?」



 楓は否定する。



「それも分からないよ。もしかしたら、私を呼んでいる本人だって分かっていないかもしれない。自分が気付かないところで、だけど、強く助けを求めている。そんな想いの欠片を私が受け取ってしまっただけなのかもしれない」



 滔々と語る楓は、どこか本人ではなく、誰かの意思で口を動かすように見えた。そんな異質な沈黙が部屋の空気を重くするが、境は躊躇いなく口を開いた。



「分からないことだらけじゃないか」



 揶揄(からか)うような響きがあったが、楓は気に入ったらしい。



「そうだよ、分からないんだ。もしかしたら、境だったってこともあり得る。君が分からないまま、私を求めているのかもしれないんだよ?」



 またも境に体を寄せる楓を見て、紬は焦りを覚える。結果、紬は話の流れを切るように、手の平を打った。



「さぁ、もう遅いので休みましょう。楓さん!」



 紬は立ち上がると、楓に手を差し出す。



「私たちはあっちで寝ましょう。女は女同士、男は男同士で!」



 楓は特に抵抗することなく、笑顔で紬に従う。襖で部屋を区切って、寝床の準備を整えると、楓が笑顔でこちらを眺めていることに気付いた。



「なんですか?」


「もしかして、貴方と境は恋仲なの?」



 なぜ、そんなことを。紬の胸に針が突き刺さるようだった。



「ち、ち、違います!」



 否定はした。が、万象神覚を持つ者の前では無駄なことだろうか。それでも紬は言葉を重ねてしまう。



「境は……歳も近くて、御神楽衆に拾われた時期もほぼ一緒なんです。そう同期ってやつです。苦労しているのも知っているから、何て言うか、面倒見てやらないとって思っているだけで!」



 ただ笑顔でこちらを眺める楓に気付き、口を閉ざすと、頬が熱くなってしまう。やっぱり、万象神覚で分かってしまうのだ。そう思ったが、楓は意外なことを言うのだった。



「ただの幼馴染ってやつだね」



 どこか安堵した響きが含まれているように感じたのは気のせいだろうか。疲れているはずなのに、寝つきの悪い夜を過ごす紬であった。

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