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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第二章 翳りゆく心
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条件

「よくやったぞ、識」



 上段の間から翳(かげり)に称賛の言葉をかけられる識だったが、背後の気配に神経を傾けなければならなかった。一つは猛煌(もうこう)である。彼は夜襲に失敗し、翳の評価を落としたばかりである。新参者である識が、このように評価されては面白くないだろう。



「いえ、すべては翳さまが用意してくださった、巫女の技によるものです」



 もう一つの気配が背後に座る巫女装束の女だ。識という名を聞いて、何か反応を示すのではないか、と緊張感を抱くが、彼女は黙って座っている。限りなく静かな気配ではあるが、猛煌の殺気に満ちた視線よりも、識に死を感じさせる嫌な存在感だった。



「万象神覚か。その女、今後も使い道はありそうか?」



 識が曖昧に頷くと、翳はその意味を測るように目を細めてから巫女に問いかける。



「おい、貴様。名を覚えているか?」


「……柊」



 ただの泥人形と思われたが、名を覚えているらしい。識は口を閉ざして、翳の質問に耳を傾ける。



「では、柊よ。ここにいる理由を覚えているか?」


「私は死んだはずだ」


「なぜ死んだ?」



 柊はなかなか答えなかった。まるで、夢心地のようにぼんやりしているが、目覚めるようにゆっくりと口を開く。



「覚えていない……。が、ここにいるということは、私は妖術で魂の一部と肉体を再現された、ということか」


「ほう、分かるか」


「そういう術があるとは聞いている。非常に不愉快だ」



 識は知っている。柊は自由を求めて旅に出たのだ。こうして、誰かの手によって蘇ることは不本意だろう。しかも、その命も骸伝(むくろつたい)という外道の妖怪に握られているのだから。そんな柊の感情を向けられても、翳の表情は変わらなかった。



「悪いな。こちらも危機が迫っていたものだから、利用させてもらった」


「危機?」


「この里が人間に狙われているのだ。保身は大切だろう?」



 何を思ったのか、柊はまたも口を閉ざす。しばらくの思考の後、柊は言った。



「その危機が去れば、私は自由になるか?」



 その質問に固くなったのは識である。柊が自由に。そうなったら、自分はどうすれば……。識は面の奥から翳の表情を窺うが、彼女は薄い笑みを浮かべていた。



「私の願いを聞いてくれたら、考えないでもない」


「願いとは?」


「この里を狙う人間の中に、万象神覚を持つ巫女がいるらしい。その女の首を取ってきてくれるのなら、私としてもお前のような死人に協力を求める必要もなくなるのだが」



 後ろで柊が立ち上がる音が聞こえた。さすがの翳も驚きを覚えたらしい。



「どこへ行く?」


「その巫女を討ち取ってくる」


「……場所は分かるのか?」


「私がなぜここに呼ばれたのか、忘れたのか?」



 背中で柊が挑発的な笑みを浮かべる気配を感じた。どうやら、今から人間たちを攻めるつもりらしい。これには翳も慌てた顔で引き止めた。



「待て。一人で行って死なれては困る」


「一人でもやりようはある。勝手にやらせてくれ」


「そうは行かん。識、猛煌」



 名を呼ばれて頭を下げると、翳の指示が出た。



「貴様らに柊の目付を任せる。もし、人間ども返り討ちに遭うものならば、すぐに連れ戻すように」



 柊はすぐに屋敷を出て、人間たちが逃げ込んだ森の方へ歩き出した。識は黙って彼女の後を追う。昔よく見た……彼女の背中を眺めながら。



「おい、巫女」



 猛煌が当たり前のように柊を呼ぶが、識は今すぐにでも斬りかかってやろうか、と刀に手が伸びそうになる。そんな識の怒りなど知らず、 猛煌は気軽に柊に言うのだった。



「我々はあくまで、貴様のお目付け役だ。助力を得られると思うなよ」


「私が一緒に来てほしいと言ったか? むしろ、私の周りをうろついて、邪魔をするなよ」



 小気味のいい柊の返しに、識は思わず笑みを零した。懐かしさもあったが、ずっと猛煌の態度に我慢していたせいもあり、余計におかしく感じてしまったのだ。面で隠しているにも関わらず、識が笑う気配が伝わってしまったのか、猛煌に睨み付けられてしまう。



「識、貴様……どういうつもりだ」



 識という名が再び彼女の前で出されてしまい、やや焦りを覚えるが、それに反応する様子はない。柊はあくまで魂の一部が再現されているだけ。その一部の中に、自分と過ごした記憶は含まれていないのだろう。複雑な感情を抱きながら、識は猛煌に答えた。



「失礼した。私も彼女の邪魔にならないよう、大人しくしなくては……と思っただけだ」



 前を歩く柊が一瞬だけ振り返るが、何も言うことなく、歩みを止めることもなかった。蘇った柊をどのように扱うべきか。その答えが見つからぬまま、三人は森の中へ入るのだった。

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